「それで、何やるか決まらないからいろいろ偵察して回っていると?」
ふらっとやって来た水無月たちを、望月が若干渋い顔で出迎えた。
この面倒臭い来客をいかに手早く追い返すかを考えている顔だった。
「もっちー、そんな顔しないでよ。姉妹艦の仲じゃないか」
「こっちも準備で忙しい……ああ分かった分かったそんな顔するな」
水無月たちが捨てられた子犬のような眼差しを向けると、望月も態度を軟化させた。
「あたしらがやるのはゲーム喫茶だ」
「ゲーム喫茶?」
「あたしの作った自作ゲームをやりながらのんびりしてもらうのがコンセプト。ゲームの得点によって価格がちょっと割引されるんだ。今あたしは絶賛開発中」
望月が自分の操作していたパソコン画面を指し示した。そこに映っていたのは四つのゲームを選択する場面である。見たところアクション・シューティング・パズル・クイズの中から一つを選択してプレイするらしい。
「人によって得意分野も違うだろうから、さっと遊べる複数ジャンルのゲームを用意してるんだ。これは弥生のアイディアだよ」
「おお~。そういえば睦月たちは?」
皐月が周囲を見回して尋ねた。望月は睦月たちと組んでいるようだったが、この場には望月しかいない。
「睦月と如月は設営のための資材集め。弥生と卯月は場所確保のために動いてる」
「皆もう動いてるんだねえ」
「というか皐月たちが遅いんだよ。もうちょっと急いだ方が良いんじゃない?」
「急がないとまずいの?」
四葉祭初参加ということで状況をよく分かっていない水無月が文月に尋ねた。
「うん。資材も場所も限りがあるから、あんまり遅くなると大変なことになるんだよ」
「最悪資材も場所もない状態でのスタートになるからな……」
「それはそれで面白そうな気もするけど」
「……水無月、お前なかなかの強者だな」
「強者だよぉー」
「そ、そうかなあ?」
てへへと照れる水無月。それを遠目に見ながら望月は皐月の肩を叩いた。
「あの調子だと大変そうだなぁ」
「それは言わないでよ」
皐月は困ったような笑みを浮かべるしかなかった。
「あら、皐月じゃない。あなたは水無月だったわね、私は陽炎! よろしく!」
次に尋ねたのは陽炎型のネームシップである陽炎である。
部屋に入るなり颯爽と挨拶をされ、気づけば握手を交わしていた。
「参考用に私たちの企画を見に来たってとこかしら。ほら、遠慮せず見て行きなさい」
「か、陽炎。僕たちまだ何も言ってないんだけど」
「この時期に皐月が皆を連れて私たちのところに来るなら偵察目的だと思ったんだけど違った?」
「いや、違わないけど。相変わらず察しが良いなあ」
「ネタばらしをするとね、さっき朧たちも来たのよ。あそこも意見がなかなかまとまらないらしくて」
「あー」
朧たちということは朧・曙・漣・潮なのだろう。皆意外と頑固なところがあるからなかなか企画が決まらないのかもしれない。
陽炎は今回不知火・黒潮・親潮の四人で組んでいるようだった。他の三人は奥の方で何か作業をしている。
「陽炎たちは何をするんだい?」
「よくぞ聞いてくれました。私たちは釣りイベントを開催するのよ」
言われてみると、部屋には釣り具や網が沢山置かれていた。
不知火たちは大きな布の補修をしているようだ。はっきりとは分からないが、どうも帆船の帆のようにも見える。
「釣った魚の調理は島の人たちにも協力してもらえる手筈になってるから、外から来る人たちにとっては興味深い企画になると思うわ。ちなみに島の人たちにはお礼に釣った魚の何割かをあげることになってる」
「島の人たちからも人気ある陽炎ならではの企画だね」
皐月が感嘆の声をあげた。
陽炎は日頃から暇さえあれば島の集落を歩いて回っている。仕事の手伝いをよくしているそうで、特に高齢者や中年層から人気があった。同年代の友人も各地の集落に何人もいるらしい。
「そういえば今回は霞や霰とは一緒じゃないんだ?」
「霰はなんか知謀部門に出るみたいよ。思考が読めないから騙し合いの展開になれば結構面白いことになるかもね。霞は前回大淀さんたちと団体部門出たから誘おうにも誘えなかったのよね」
「へえ。それじゃ今回は何に出るのかな」
「なんか足柄さんが選挙部門に出させようとしてるって霰が言ってたけど、どうなるかは分からないわねー」
と、そこで陽炎は「いやいやいや」と手を振った。
「あんたたち雑談しに来たんじゃないでしょ。どう、何か思いついたの?」
「うーん、それがさっぱり」
「同じく」
「ふみぃ」
「水無月もさっぱりだよ」
「だ、駄目だこの姉妹……。そういえば菊月と三日月はどうしたのよ。あの二人はこういうとりまとめとか得意そうじゃない」
「二人は蒼龍さんたちに誘われて別のチームになってしまったんだ」
「あー、なるほど」
うーん、と陽炎は首を捻る。自分たちのチームのことではないのだが、なんとなく困っている仲間がいると見捨てられずにはいられない性質なのである。
「そういえば皐月、あんた結構な量のご飯食べるわよね。フードファイトなんてどうかしら」
「そういうのって大型艦の人がやりそうな気もするけど」
水無月の指摘に、他の全員が微妙な表情を浮かべた。
「いや、水無月。実際に前戦艦の人たちと空母の人たちが一回ずつやったんだ。でも結果は不評でね……」
「なんで?」
「戦艦・空母の食べっぷりは一般にも知られてるらしくて、みんな勝てっこないって参加してくれなかったんだよ」
一応戦艦・空母組の名誉のために捕捉しておくと、彼女たちも決して暴飲暴食をしているわけではない。艦娘としての力を行使すると大量のカロリーを消費するので、それを補うために必要な分を摂取しているのだ。戦艦・空母のカロリー消費量は特に凄まじいが、他の艦娘もそれなりに消費するので、駆逐艦も普通の大人並には食べる。
「あー……。そうなると駆逐艦ならどうにか勝てるかもって参加してくれる可能性があるってことか」
確かに勝ち目の見えない勝負に挑むのはよほどの物好きだけだろう。外から来た参加者に不評だったというのも頷ける。
「そういうこと! どうよ皐月!」
「ボクは食べるの好きだから全然構わないけど、みんなはどう?」
「私は構わんぞ。スポーツのあとにということなら太る心配もあるまい」
「うぅ、体重の話されるとちょっと気になるけど……あたしも大丈夫だよ。甘いもの対決とかしてみたいなぁ」
「水無月もオッケーだよ。あんまり体重にこないようなメニュー伊良湖ちゃんに聞いておこうか」
反対意見なし。
皐月たちの企画はフードファイトで決まりとなった。
「いやー、さすがは陽炎。助かったよ!」
「……はっ。さては皐月、あんた最初から私に考えさせるつもりだったんじゃ」
「な、なんのことかな? ほらみんな行こう、まずは企画立案して司令部と予算交渉するよ!」
慌てて逃げる皐月たち一行。
陽炎はそれを「仕方ないわね……」と苦笑いを浮かべつつ見送るのだった。