S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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本編
かき氷を作ろう!(鬼怒)


 ふとカレンダーを見ると七月になっていることに気づいた。

 日本から赴任してきて早一年半というところだろうか。この辺りの地域は一年通してあまり気候が変わらないので季節感は乏しいが、こうして暦を確認すると故郷の四季折々の風景を思い出す。

 仕事が詰まっていたので少し息抜きしようと部屋から出ると、そこで見知った顔に遭遇した。

 

「あ、板部さんだ。どうしたの、死にそうな顔してるね」

 

 長良型五番艦の鬼怒だ。

 

「よう鬼怒。そっちは元気そうだな」

「なに、またシステムがトラブルでも起きたの?」

「使ってるOSSでいくつか脆弱性が発見されてな。影響が出るかどうかの調査をしてたんだが、ここのシステム継ぎ接ぎしながら肥大化してるせいでどうも面倒臭い」

 

 とはいえ現状この泊地でシステム管理者としてのスキルを持っているのは俺と何人かの艦娘くらいだ。艦娘の本業は当然システム管理などではないから、こういうところでは俺が頑張るしかない。

 と、そこで鬼怒が持っているものに気づいた。

 

「鬼怒。そいつはまさか……」

「ふっふーん、やっと気づいた? そう、これこそ夏のお供! かき氷機!」

 

 高々とかき氷機を両手で掲げながら鬼怒がドヤ顔を見せつけてくる。暑苦しい。

 だがムシムシする仕事部屋から出てきたばかりの俺にとって、かき氷というのは何とも魅力的に映った。

「なあ、どうしたんだそれ」

「遠征先で会ったお婆ちゃんに貰ったんだ。これから作るつもりだけど、板部さんも食べる?」

「いいのか?」

「ここで駄目って言ったらなんか死にそうだしね」

「すまんな。しかしかき氷か。子どもの頃を思い出すな。俺はメロン派だった」

「鬼怒はイチゴが好きだな。そこは譲れないね!」

「そういえば氷は部屋の冷蔵庫にあるので良いとして、シロップどうすんだ」

「間宮さんのところで分けてもらうつもりだよ」

 

 

 

「ごめんね、今はシロップほとんどなくて」

「えぇー!」

 

 鬼怒の悲痛な叫びが甘味処間宮に響き渡る。

 

「そういえば先日かき氷売り出し始めたときに艦娘たちが殺到してましたね。もしかしてそれで全部?」

「ええ。去年を参考にして仕入れたつもりだったんですけど、予想以上に売れてしまって……」

「何それ聞いてないよ!?」

「ちょうど鬼怒は遠征でいないときだったからな。あのときはあまりのかき氷人気っぷりに食べるの早々に諦めたもんだ」

「くうぅー! 熱い艤装背負って、日陰も何もない大海原をようやく戻って来たというのに! うう、あんまりだよォー!」

 

 なんだかそこまで言われると気の毒に思えてくる。

 

「まあ待て鬼怒。ないなら代わりを用意すれば良い」

「か、代わり……?」

「要するにシロップのようなものがあれば良いってことだ。間宮さん、少し厨房見せてもらっても良いですか?」

「ええ、どうぞ」

 

 間宮さんの許可を得て厨房の中を物色して回る。当然手を綺麗に洗ったうえでだ。

 使えそうなものを見つけては間宮さんに使って良いか確認を取る。最終的に使えそうなのは砂糖、水あめ、他いくつかの材料だけだった。

 

「まあこれでも大丈夫だろう。適当に鍋に入れて水に溶けきるまで混ぜればそれなりにシロップっぽい感じになるに違いない」

「なんか今一つ不安だよ……」

「言うな。俺も婆さん家で昔作ったっきりでそんなに自信はないんだ。何もないよりマシだろ」

 

 こんなとき間宮さんのアドバイスをいただけるとありがたかったのだが、伊良湖と二人で夕食の準備に取り掛かっている。さすがにもう邪魔は出来まいと、俺たちは材料だけ貰って寮まで移動することにした。

 

 

 

 この泊地はいくつかの艦隊で構成されており、艦隊毎に寮が分かれている。

 俺たちがやって来たのは鬼怒が属する第三艦隊の寮、その台所だ。

「……そういえば艦娘は艦だった頃の記憶をある程度持ってることもあるって言うが、鬼怒は主計科に関する記憶とかはないのか? あまり料理してるところ見た覚えがないんだが」

「鬼怒はあんまりそっちの記憶はないかなあ。いつも阿武隈にやってもらってるから困らないし。他の鬼怒はどうか分からないけど」

(うーん、この駄目姉)

 まあ普段の様子を見る限り阿武隈も嫌々やっているようには見えないし、当人同士が良いと思っているなら余計なことは言わない方が良いだろう。

 

「熱い……けどもうすぐ出来そうだよ!」

「ああ。大分シロップらしい感じになってきたな」

 

 鍋に入れた砂糖をはじめとする材料が大分溶け込んできた。普通のシロップと比べれば妙な味になるかもしれないが、何もかけないよりはきっとましなはずだ。

 

「あれ、鬼怒さん。何しとるの?」

 

 もうすぐ出来上がりというところで、陽炎型駆逐艦の浦風が入って来た。

 

「あ、浦風ちゃん。実はかき氷のシロップを作ってるんだ!」

 

 ふふーんと自慢げにかき氷機を見せつける鬼怒。

 浦風は素直に「おお」と感心していた。よく見ると、浦風の後ろには他の駆逐艦たちの姿もある。皆の視線は鍋とかき氷機に向けられていた。

 

「……せっかくだし全員分作るか」

「ええの?」

「材料は少し多めに貰ってきたからな。今この寮にいるメンバーの分なら足りるだろ」

「自分たちだけで食べるのも気が引けるもんね!」

「ありがとの。それならうちらも手伝うけん」

「あの、私も……」

「この磯風に任せてもらおう!」

「谷風さんは食べる専門だよ!」

 

 浦風の駆逐隊仲間たちがぞろぞろ入りこんでくる。

 

「なんだか甘そうな匂いがするクマー」

「HEY鬼怒ー、何か面白そうなことしてますネー!」

 

 浦風たちの声につられたのか、他の艦娘たちも姿を見せ始めた。

 長丁場になりそうだが仕方ない。気分転換と割り切って楽しむことにしよう。

 

 

 

 浦風たちが手伝ってくれたおかげもあって、思っていたより早く調理は終わった。

 第三艦隊寮の食堂では、不在の艦娘以外が揃ってかき氷を頬張っている。

 

「味はなんかこう、いかにも手作り感があるな」

「でもかき氷って感じはするよ! くぅー、頭キンキンする!」

「アイスクリーム頭痛か」

「え? アイスクリーム食べてないよ?」

「いや、あくまで現象名だからな」

「でもさ、現象名つけるならかき氷現象でも良くない? なんでアイス?」

「そこまでは俺も知らん……」

 

 首をかしげながらも鬼怒はぱくぱくと美味そうにかき氷を食べる。そして一定周期で頭を抱えていた。


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