今回は中規模でしたが結構ボリューム感はありましたね。
今日の話はイベント中に起きたとある出来事をベースにしています。
「はぁ……」
江風が何度目かの溜息をついた。
室内がそこはかとなく重苦しい雰囲気に包まれる。
「江風、あのね」
照月が声をかけようとすると、どんよりとした眼差しが突きつけられた。
「照月は敵艦載機をごっそり撃ち落とす大活躍だったそうじゃンか……」
「い、いや。そんなでもないよ?」
「謙遜はよしてくれよ。皆がベストな働きをしたんだろ。でなけりゃアイツを倒せるわけないンだ……」
江風が言っているのは本土沖に迫って来た新種の深海棲艦のことだ。何体か指揮官級の個体が確認されたのだが、これが難敵でこちらの攻撃がなかなか通らない。周辺の深海棲艦の支援も得て相当な強さを誇っていた。
そこで総司令部は、先に周辺の敵を掃討する作戦を立案。S泊地も決戦用装備を取り揃えていたメンバーを一部変更し、掃討作戦に取りかかった。
取りかかったのだが――。
「こちとらずっと待ってたンだ。もうすぐ決戦だと思って魚雷の手入れもしっかりしてたンだぜ……」
変更された一部のメンバーというのは江風だった。
彼女に替わって周辺勢力掃討用に加わったのは比叡である。
比叡を加えた一行は予定通り順調に周囲の深海棲艦を蹴散らしていた。そこまでは想定通りだったのだ。
想定していなかったのは、周辺勢力を追っているうちに標的である指揮官級の個体と接近し過ぎてしまっていたこと――そして、必死に応戦しているうちにそれを撃破してしまったということだ。
他にも同様の個体の存在は確認されているが、ひとまずS泊地が総司令部から命じられていた作戦はこれで一区切りついた形になる。
悪いことではないのだが、S泊地作戦支部で待機していた江風からすると寝耳に水だった。
以降、江風はずっとこんな調子なのである。
「でも、こんなに落ち込むとは思わなかったっぽい。夕立も活躍できなかったら悔しいけど、ここまでは落ち込まないよ」
「確かに……。いや、負けん気が強いのは知ってたけど」
江風から少し離れて夕立・時雨・照月がひそひそと話す。
「いや、多分……悔しいっていうのじゃなくて、提督に褒めて欲しかったんだと思う」
「提督さんに?」
夕立が首をかしげる。
「江風と提督さんてそんなに仲良かったっけ」
「うーん、表面上はそうでもないように見えるけど……」
今の提督は元々前の提督の頃から艦娘の教導官として泊地に常駐していた人で、その頃から江風はたっぷりと絞られていた。そんな提督に対して江風が悪態をつき、余計絞られる……というのはもはや様式美となっている。
それは今の提督が提督になってからも変わっていなかった。
「でも、この前江風指輪もらってたとき嬉しそうに言ってたんだ。やっと認めてもらえた――って」
指輪というのは艦娘の力を引き出すための特殊装置だ。限界まで練度を上げた艦娘以外が装着しても効果はないため、指輪持ちというのは必然的に皆優れた艦娘ということになる。
それを結婚指輪に見立てて特別な意味を持たせる拠点もあるそうだが、S泊地の場合そういうことはなかった。だからか指輪持ちの艦娘の数も相当いる。江風だけでなく夕立・時雨・照月も指輪持ちである。
指輪持ちが複数いるからといってその価値が薄れるわけではない。指輪はたゆまぬ努力と提督からの信頼がなければ得られないのだ。S泊地の艦娘は皆指輪をもらうことを目標の一つにしているくらいだ。
「江風としては、せっかく認められたんだし大手柄を上げたかったんだと思う。だからあんなに落ち込んでるんだよ」
「うーん、そうなると僕たちでどうにかするのは厳しいかもね……。泊地に戻って提督にフォローしてもらうしかないかな」
「それまではずっとこのまんまっぽい?」
「……仕方ないね」
肩をすくめる時雨に夕立がげんなりした表情を浮かべる。
このS泊地作戦支部は合同作戦の際に使う中型船の中に作られている。まだ作戦全体が終わったわけではないので、泊地に戻れるのは少し先になりそうだった。
そんなとき、ドアをノックする音が聞こえた。
照月がドアを開けると、そこに立っていたのは比叡と木曾だった。二人とも船の中の別室で待機していたはずだ。
「ありゃー、やっぱり落ち込んでるね、江風」
少しばつが悪そうな比叡に対し、木曾は溜息をついた。
「戦場では思ってもみなかったことが起きる。それは当然のことだ。……とはいえ、まあさすがに今回は気の毒だったな」
「励ましになるかどうか分からないけど、これ渡しておいてもらえるかな。今私が行くと却って逆効果になりそうだから……」
と、比叡は封筒を差し出してきた。
「これは?」
「さっきちょっと司令と通信できたから江風のこと話して、ちょっと励ましの言葉をもらったの。それをメモしてきたんだ」
「通信回線使って雑談するなって高雄や霧島には注意されてたけどな」
木曾が苦笑を浮かべながら補足した。
「ま、そんなわけだ。どうするかは任せるよ」
そう言い残して比叡と木曾はそそくさと去っていった。
渡された封筒を時雨・夕立と三人で眺める。
「中身見てみる?」
「でも江風宛てなんでしょ? 夕立たちが見るのはマナー違反っぽい」
「提督たまにすごくきついこと言ってくるから、余計江風の心へし折らないかが心配だね……」
元教導官ということもあってか今の提督――お富士さんはかなり怖かった。決して厳しいだけの人ではないのだが、ミスに対してはかなり厳格で何が問題なのか当人がきちんと考えをまとめるまで逃してくれないところがある。
「さっきから三人でなにコソコソしてンだ?」
さすがに不審に思ったのか、江風がこちらを覗き込んでくる。
自然、その視線は照月が持っている封筒に向けられることになった。
「なンだその封筒? 江風宛てって書いてあるじゃンか」
「あっ」
江風はひょいっと封筒を取ってしまう。
「なになに、提督から……?」
提督からと聞いて江風の表情に若干の緊張が走る。
だが、意を決したのか封筒の中の手紙をさっと取り出して目を通し始めた。
……大丈夫かな。
不安を感じながらも江風の様子を見守る。
「……」
江風は無言で手紙を読み終えた。予想に反して心なしか少し表情が明るくなっているようにも見える。
綺麗に手紙を畳んで封筒の中にしまうと、江風はにやりと笑みを浮かべて三人に指を突きつけた。
「今回は三人とも大活躍だったらしいけど、次は負けないからな! 三人だけじゃなくて比叡さんや木曾さんにだって負けないぜ!」
「お、おう……っぽい」
「なんか急にすごいやる気出したね……」
「でも指で人指すのはあんまり良くないよ」
三人の反応を聞いているのかいないのか、江風は勢いよくドアを開けた。
「あれ、どこ行くの?」
「部屋でじっとしてるのも性に合わないから、ちょっとそこらを走ってくる!」
言うや否や江風は勢いよく駆け出していく。
残された三人はしばし呆然と開いたドアを見ていた。
「提督はいったい何を言ったんだろうね……」
「見ちゃう?」
「やめとくっぽい。夕立たちがそれを見るのは無粋ってやつっぽい」
「だね」
「そうしておこうか」
三人はそっと残された封筒を江風の引出しの中にしまうと、江風の様子を見物しに部屋の外へと行くのだった。