S泊地も師走になると忘年会が開かれるようになる。
同じ艦隊で集まってやることもあれば、気の合う者同士で集まってやることもある。
開催場所は大抵艦隊別の寮か間宮、あるいは鳳翔の店だが、趣向を凝らして野外で開くこともある。中にはショートランド島の集落に呼ばれて、そちらで住民と一緒にパーティを開く者たちもいた。
そんな忘年会シーズンの真っただ中、忘年会に参加する予定のない艦娘たちがいた。
「ふぅ、これで全部かしら」
「こっちも終わりました。お疲れ様です、間宮さん」
「伊良湖ちゃんもお疲れ様」
そう。食堂「間宮」のスタッフ間宮と伊良湖である。
二人は連日忘年会が開かれる間宮で忙しなく働いているため、とてもではないが自分たちで忘年会をやっている余裕などないのだ。
元々日々の業務で忙しいうえに忘年会シーズンともなると作業量が増えて、仕事をこなすだけでいっぱいいっぱいになる。師走とはよく言ったもので、常に全力疾走しているような忙しさなのだ。
「まだしばらく忘年会も続くし、今日はもうあがって休みましょうか。私たちが倒れたらいろいろと台無しになってしまうものね」
「そうですね。……あの、間宮さんくれぐれも無理はしないでくださいね」
「ありがとう。伊良湖ちゃんもね」
互いを気遣うようなやり取りをしながら厨房を後にする二人。
そのとき、たまたまその話を耳にした者がいた。
翌日。
「おーい」
いつも通り厨房に入ろうとした間宮と伊良湖を呼びとめる者がいた。
医療室勤務の曲直瀬道代だ。
「あら、道代先生。朝食ですか?」
「まだ食堂開くまで時間あるのにせがむほど飢えてないわよ。それより二人とも、これからちょっと医療室に来てくれない?」
「え、でも……」
「どうも最近流行り病が本土の方で広がってるみたいでね。念のため各拠点で艦娘の検査しろって大本営から命令がおりたのよ。となればまずは食堂やってる二人を診ないと駄目でしょ」
道代の説明を受けて間宮と伊良湖は困った顔を浮かべた。確かに道代の説明はもっともなのだが、食堂を急に空けてしまっては困る者も多いだろう。
「ああ、食堂なら大丈夫よ。助っ人呼んでおいたから。ほら来た」
道代が示した方向から歩いて来る人影が三つ。伊勢、大井、川内だ。
「二人ほどじゃないがこの三人ならそこそこ料理できるから。三人いれば問題なく回せるでしょ」
「そこそこって失礼な……。あ、いえ何でもありませんよ」
「ま、そんなわけだから気にせず検査行ってきてよ」
「……」
川内は朝方ということもあってか眠そうだったが、無言でサムズアップをしていた。任せろということらしい。
「二人が病気にかかってしまうとこちらとしても迷惑なので。しっかり診てもらってくださいね」
大井に背中を押されて、間宮と伊良湖は戸惑いながらも道代先生と一緒に医療室に向かうのだった。
何か仕組まれているような気配がしたものの、医療室では本当に検査が行われた。
道代先生が差しだしたプリントを見ると、本土で流行り病が発生しているというのは嘘でも何でもないらしい。艦娘の中にも病にかかった者が若干名出ているそうだ。
ただ、検査自体は一時間もかからずに終わった。
「はい。これで一通り終わり。結果出るまで少し時間かかるからそれまでその辺で休んでていいわよ」
と言われて医療室から出たものの、何をどうすればという心境である。
とりあえず医療室前の待合席に座ってみたが、普段は食堂で客を迎え始めている頃合いだということを考えるとどうにも落ち着かない。
「……暇ですね」
「そうね……」
「暇って、何かこう……暇ですね……」
「ええ……」
二人してそんな不毛な会話を続けていると、大きな弁当箱を持った朧と潮が通りかかった。
「あれ、間宮さんに伊良湖ちゃん」
「こんなところでどうしたんですか?」
「ちょっと医療室で検査を受けて、その結果を待っているの」
「そうなんですか。それじゃ今ってお時間空いてます? これから特型駆逐艦で集まって中庭でピクニックするんですけど、一緒にどうかなって」
朧の問いかけに間宮と伊良湖は顔を見合わせた。時間は空いているが、検査の結果待ちなので勝手にあまり離れてはいけないのではないか。
「行ってきていいわよ」
と、いつの間にか医療室から出てきていた道代先生が煙草をふかしながら言った。
「検査結果なら後で二人の部屋に届けとくから。島風便で」
「は、はあ」
「たまには外で食事してみるのもいいものよ。気分転換になっていいアイディア浮かぶかもしれないし」
と、今度は道代先生に背中を押される形で間宮・伊良湖は朧と潮についていくことになった。
その後も、特型ピクニックの最中に現れたイタリア勢に釣りに誘われたり、釣った魚を捌こうということで艦隊寮のお邪魔したり、本土で好評を得た映画を観ようと視聴覚室に誘われたり、集落から遊びに来ていた子どもたちと鬼ごっこをしたりと、二人はめまぐるしくあちこち移動を続けた。
日が暮れる頃には、泊地にいる非番メンバーとほとんど顔を合わせたような気さえしていた。
最後は食堂に通されて、なぜか集まっていた提督や司令部の面々に囲まれて飲み会が始まってしまう始末。飲み会は思っていた以上に盛り上がり、二人が食堂を後にする頃にはもう日が替わってしまっていた。
「なんだか今日は今年の忘年会を全部やってしまったような気がしますね」
自室に戻る道すがら、伊良湖がそんな風に一日を評した。
「そうね。多分、そういうことなんだと思うわ」
少し酔いが回ったのか、若干顔を赤くした間宮はクスクスと笑った。
「誰が考えてくれたのかは分からないままだったけど、感謝しないとね」
いい仲間を持ったなあ、と間宮はぼんやりする頭で泊地の人々のことを思い浮かべるのだった。
なお、散々連れ回されたせいか翌日二人はものの見事にバテて、食堂は二日連続で代理の面々が切り盛りすることになったという。