S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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二〇一六年、お疲れ様でした。
二〇一七年もよろしくお願いいたします。


蕎麦粉が足りない!(赤城・神通・鳳翔)

 十二月も暮れようとしている。S泊地もそこはかとなく年末モードで、いつもより空気感が緩くなっていた。

 そんな中、第一艦隊寮では例外的に緊迫した空気が漂っていた。

 

「蕎麦粉が足りません……」

 

 沈痛な表情を浮かべた鳳翔の報告に、何人かが唸り声をあげた。

 

「それじゃ年越し蕎麦食べられないの?」

 

 島風が不満そうな声を上げる。鳳翔の手作り年越し蕎麦はこの泊地ができてから毎年欠かせないものになっていた。

 

「まったくないわけではないので、それなりの量を作ることはできます。けど……」

「今うちの泊地に所属しているのはスタッフ含めて二百人前後。そのうち食べられるのは半分くらいになります」

「安心してください島風さん。駆逐艦の皆さんには優先的に配りますから」

 

 島風をなだめるかのように話す赤城だったが、親しい者には彼女の目から流れる血の涙が見えていた。

 

「雪風、時雨、なんとかならないっぽい?」

「いや、無理言わないでくださいよ」

「いくら僕らが幸運艦だからってないものをどうやって出せばいいのさ」

 

 夕立からの無茶ぶりに雪風と時雨が揃って手を振った。

 

「けど、なんで足りなくなったの?」

「輸送船が深海棲艦に襲われて……。幸い怪我人は出なかったそうなんですが、蕎麦粉を積んでいた一部の船がやられてしまったんです」

 

 それを聞いて大井が立ち上がった。

 

「それなら話は簡単じゃないですか。襲った連中を見つけ出して奪い返せばいいんですよね? うふふ、魚雷地獄に陥れてあげましょうか……」

「落ち着きなよ大井っち。どうやってその深海棲艦見つけるのさ……」

 

 北上の至極真っ当なツッコミに大井は「うう……」とがっかりした様子で腰を下ろした。

 

「おーい、見つかったぞ!」

 

 と、そのときドアを勢いよく開けて深雪が飛び込んできた。

 

「深雪さん。なにが見つかったんですか?」

「蕎麦粉かすめ取った深海の連中だよ! 伊168たちが必死こいて探し当てたらしいんだ。さっき司令部に報告があった!」

「……ほほう」

 

 それまで沈痛な表情を浮かべていた第一艦隊の面々が一斉に立ち上がった。

 

「これはやるしかなさそうですね。一航戦の誇りにかけて蕎麦粉は取り戻します」

「私たち水雷戦隊も負けていられません。私たちの蕎麦粉に手を出したことを後悔させてあげましょう」

 

 神通の一声に駆逐艦たちが一斉に声を上げた。

 泊地の中枢を担う決戦部隊――第一艦隊が、蕎麦粉奪還のために立ったのだ。

 

 

 

『……何か大事そうなものだと思っていたのだが、これはなんだろうな』

 

 一方その頃、蕎麦粉を奪った深海棲艦たちは孤島のアジトで不思議そうに積荷の中の蕎麦粉を見ていた。

 ホ級は興味深そうに蕎麦粉をつまんでいる。チ級はくんくんと匂いをかいでいた。

 

『何か危ない粉だったりしないよな』

『あ、私聞いたことある。人間たちの中にはハイになる粉を使う奴がいるらしい。ただそれを使うと中毒症状になるから、手を出したら駄目なんだって』

『それ姫様の受け売りだろ。私も聞いたことあるぞ』

『む。それならこっちは聞いたことある? 人間どもの間にはネンマツシンコーなる恐ろしいものがあるって話』

『ネンマツシンコー? なんだそれ、新手の信仰か?』

『私も詳しくは分からない。けど年末信仰……確かにそれっぽい! なんか怖い!』

『お前たち、話が脱線し過ぎだろう……』

 

 逸れかけていた話題を戻したのはネ級だ。ここに集まっている深海棲艦の指揮官でもある。

 

『こいつは蕎麦粉というやつだ。人間どもの中にはこの時期こいつを使った料理を食べる風習を持つ連中がいるらしい。大方そのために運んでいたのだろう』

『そうなんですね! それじゃ今頃連中悔しがってる?』

『イエーイ』

「Yeahhhhhhhhh!」

 

 と、そこに凄まじい怒号が響き渡った。

 驚いた深海棲艦たちが周囲を見渡すと、いつのまにか重武装の艦娘たちに取り囲まれている。

 

「私たちの蕎麦粉を奪ったのは貴様らかアァァァ!」

『ひいっ!』

 

 長槍を構えて吼える赤城にホ級が怯えた。

 

「ふふん。ここを嗅ぎつけてきたか艦娘どもめ!」

 

 一方ネ級は動じていなかった。彼女は手にしていたスイッチを掲げ、人語で艦娘たちに応じる。

 

「下手な真似はするなよ。このスイッチは積荷にセットしておいた爆弾のものだ。いざとなれば蕎麦粉ごと貴様らを道連れにしてやる」

「な、なんて卑劣な……!」

 

 赤城が悔しげに表情を歪ませる。

 

『で、でもネ級。これじゃ膠着状態だよ。どうするの、これ!』

『慌てるなチ級。私にいい考えがある』

 

 ネ級は不敵な表情で艦娘たちを見渡した。

 

「状況はイーブン! 我々とて勝算のない戦いを無闇にするつもりはない。さりとてせっかくいただいた戦果を手放したくもない。ここは平和的に解決しようではないか!」

「平和的って、強奪者がどの口が言うんだ……」

 

 時雨のもっともなツッコミをスルーして、ネ級は懐から巻物を取り出した。

 あざやかに広げられた巻物の中身は、双六の盤になっていた。

 

「ここに双六の盤がある! これで先に一着になった方が蕎麦粉を総取りということでどうだろうか――」

「深雪スペシャル!」

 

 ネ級が言い終わるのとほぼ同時に、深雪が広げられた巻物を蹴り飛ばした。

 

「ああっ、なんということを! 人の話を聞いていなかったのかお前!」

「話を聞く必要があるのかな? 爆破するならしてみろっぽい」

 

 目がほんのりと朱に染まった夕立が危機迫る様子でネ級に迫る。

 

「こちらも大晦日の準備であまり悠長に時間を取ることができません。くだらないことに時間を割くくらいなら早々にケリをつけましょうか」

 

 神通がゆっくりと主砲を構えた。本気の目だ。

 

「これも一種の遊戯ですよ。あなたがスイッチを押す前にその腕を吹っ飛ばせれば作戦成功。吹っ飛ばせなければ作戦失敗。どちらにしてもあなたたちには鉄槌を下しますが……」

「早撃ちなら島風に任せて」

 

 ぎらりと目を光らせた島風に呼応するかのように、彼女の周囲にいた連装砲ちゃんたちが一斉にネ級の腕に照準を向ける。

 

「くっ、なんて話の通じん奴らだ。艦娘というのはどいつもこいつも物騒だな! 暴力は駄目だってお母さんに教わらなかったのか!」

「人間襲ってる君らが言っても説得力皆無なんだけど」

 

 時雨のもっともなツッコミをまたしてもスルーして、ネ級はスイッチを叩きつけた。

 途端、周囲が煙で覆われる。

 

「ハッハッハ、こいつは爆弾のスイッチではなく煙幕弾よ! さらばだ艦娘ども!」

『ま、待ってよネ級』

『さよならー』

 

 神通たちの視界が遮られているうちにさっさと退散するネ級たち一行。

 

「くっ、見事な撤退です。引き際を弁えているとはなかなかの名将ですね……!」

「ただの変人だと思います」

 

 感心する神通に対して雪風が辛辣なコメントを返す。

 かくして、泊地に届けられるはずだった蕎麦粉は無事に取り戻せたのだった。

 

 

 

 なお、泊地に戻った第一艦隊の面々を出迎えたのは、既に出来上がった年越し蕎麦を食べる他の面々だった。

 

「いえ、あの後皆で相談していたら『蕎麦がないならうどんやパスタを食べれば良いのでは?』とコマンダンテストさんから発案があって……」

 

 困ったような笑みを浮かべる鳳翔。

 海外組は元々蕎麦よりパスタ派なのでこの意見に賛成。他にも蕎麦にそこまでこだわりがない子や蕎麦アレルギーの子もいたので、とんとん拍子で事態は解決してしまったのだという。

 

「わ、私たちの苦労はいったい……」

 

 がっくりと項垂れる赤城や神通の肩に叢雲がポンと手を乗せ、優しい声で告げる。

 

「無断出撃の始末書、後で出しておいてね」

 

 こうして泊地の一年は暮れていくのだった――。


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