S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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今年もよろしくお願いいたします。

今回はそれぞれの正月の過ごし方三本立て。


明けた年の一日目(夕雲・阿賀野型姉妹・ビスマルク・プリンツ=オイゲン・第六駆逐隊)

 がやがやと賑わう泊地の一角。そこにあるのは小さな社――神社である。

 年が明けて間もない時間帯だが、神社は参拝客が集まり始めていた。参拝客と言ってもこの泊地の面々ばかりなのだが。

 

「尼子さん」

「なんだね」

 

 夕雲に呼ばれて、神主の老人は声のした方に足を運んだ。

 そこにいたのは巫女装束を身にまとった夕雲・巻雲・風雲の三人だった。

 

「どうかしら、おかしくない?」

「よう似合ってるぞ」

「そう。それなら良かったわ」

「すまんな、急に頼んで。伊勢や日向に頼んでいたのだが、急な出撃任務が入ったとかでどこかに行っちまってなあ」

「司令官さまからの呼び出しみたいだったので仕方ないですね。でも巻雲が来たからにはもう安心ですよ!」

 

 どや顔で胸を張る巻雲の鼻先を、尼子老人は凄まじい勢いで突いた。

 

「ふぎゃっ、何をするんですか!」

「いや、なんか巻雲のどや顔を見るとちょっかい出したくなってな」

「いい年して子どもみたいな振る舞いをするのはどうかと思います!」

 

 尼子歳久。今年で七十六を迎える老人だが、時折悪ガキじみた言動をとる困った性格の持ち主だった。

 

「巻雲姉を弄るのはそれくらいにしてください。けど、ここってこれだけの人が集まるんですね。ちょっと意外」

「普段は寂れておるからの。これだけ集まるのは初詣のときくらいよ」

「そういえば風雲さんは昨年照月さんたちと一緒にどこかに行ってたわね。ここ、初詣のときは結構すごいのよ」

 

 逆に言うと初詣のとき以外は本当に寂れている。なので一年に一度のこの機会を逃すと、この神社に人が集まっているところなど見れなくなる。

 

「ま、何人か物好きな奴はときどきやって来てはわしの遊び相手になってくれるがな。秋雲とかもここでよく絵を描いたり書をやってったりするぞ」

「あっ、そういえばその秋雲は? 秋雲には声かけなかったんですか?」

「あいつを始めとする物好き連中には最初に声かけとる。境内の中で今頃働いてくれておるじゃろ」

 

 この神社は規模も小さく普段は尼子一人でやっている。そのため元旦のときは臨時の助っ人を頼んでいるのだという。

 

「ほれ、いつまでもくっちゃべっとる暇はないぞ。わしもまだやることがあるからな。後で美味い煮炊きやるから、しっかり頼むぞ」

「うふふ、お任せを」

「巻雲にどーんとお任せください!」

「ま、まあやれるだけやってみるわ」

 

 三者三様の応じ様を見届けて、尼子老人は社の裏手の方に引っ込んでいった。

 

 

 

「あれ、オイゲンだ」

 

 日が昇ってからしばらくして神社にやって来た酒匂たちは、そこでドイツの艦娘たちとばったり顔を合わせた。

 

「ヤッホー酒匂! オショウガツー!」

「オショウガツー!」

 

 二人揃ってピースし合いながら挨拶を交わす。

 

「酒匂、その挨拶なに……?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべて尋ねる能代。

 

「ぴゃ? これはお正月の挨拶だよ?」

「いや、そんな当たり前そうに言われても」

「まあまあ能代、細かいことは気にしない!」

 

 オイゲンはさわやかな笑みを浮かべながらひらひらと手を振った。

 

「それにしても、あなたたちも神社に来るのね」

「郷に入らば郷に従えと言うでしょう」

 

 不思議そうに言った矢矧に対し、ビスマルクが返した。

 

「まあ本国にいるビスマルクならまた違う考えなのかもしれないけど。私たちは日本の提督との契約に応じた艦娘だから、考え方が日本寄りになってるんでしょうし」

 

 ちなみに泊地内にはカトリックの教会も設けられている。そちらも規模はここの神社と同程度だが、日頃から海外組の艦娘が通っている分宗教施設としてはきちんと機能していると言っていい。

 ビスマルクたちも普段は教会の方で見かけることが多く、神社に来ているのを見たことはなかった。だから矢矧にとっては少し意外だったのだ。

 

「それに、ここは単なる宗教施設というわけでもないもの。一年の頭に挨拶くらいはしておかないと」

「なるほど。それはそうね」

 

 普段人の集まらないこの神社は、かつて沈んだ数多の軍艦全般を祀る役割を担っている。そこで祀られている霊の分霊が様々な経緯を経て艦娘となる。そういう意味で、艦娘たちにとってこの神社は故郷の実家のようなものだった。

 

「オイゲン、せっかくだし一緒に行く?」

「いいよ! あ、でもサラたちとも一緒に行く約束してたんだ。サンパーイ初めてだからいろいろ教えて欲しいって頼まれちゃって」

 

 頼む相手を間違えてないかと内心思った能代だったが、それは口にせず堪えることにした。自分が教えなければ。正しい日本文化を守らなければ。

 

「……なら私たちも待ちましょうか。阿賀野姉、いい?」

「いいよ~」

 

 レーベやマックスにじゃれついて遊んでいる阿賀野は、妹の決意に気づく様子もなく緩い返事をするのだった。

 

 

 

 泊地から少しだけ離れたところにある人目につきにくい岬。

 そこには小さな墓があった。

 墓の前では四人の艦娘が手を合わせている。暁たち第六駆逐隊だ。

 

「今年もこうして一年の挨拶ができて良かったのです」

 

 ここに眠っているのは、かつて共に戦った仲間たちだ。艦娘もそうでない者もここに眠っている。

 電の発案により、彼女たちは毎年ここで新年の挨拶をしていた。

 第六駆逐隊だけではない。他にも何人もの人々がここを訪れているのだろう。贈られた花の数がそれを表している。

 

「……あっ、なんだかお酒臭いと思ったら本当にお酒が置いてあるじゃない! 誰よこんなところにお酒置いたの」

「銘柄からすると多分千歳じゃないかな……」

 

 暁がぷんすかする横で、響はじっくりと酒瓶を見ていた。

 

「これ、結構いいお酒だよ。大分奮発したんじゃないかな」

「響、あんたなんでそんなに詳しいのよ……」

「お酒はそう悪いものじゃないよ暁。呑まれて人に迷惑をかけるのが悪いんだ。お酒自体に罪はない。これはそう、粋、というやつさ」

「そ、そういうものなの?」

「そういうものさ。粋を理解してこそのレディだよ」

「う、うん……?」

「また響のマイペース時空に暁が呑み込まれてるわ……」

 

 二人の様子を半ば呆れ気味に見やる雷に、電は笑みを浮かべた。

 

「けど、いつも通りって安心するのです。日が変わっても、月が変わっても、年が変わっても――ずっとこんな風にしていたのです」

「ま、そうね。悪いものじゃないものね。こういうのも」

 

 元日の日も暮れようとしている。いつもと変わらない日暮の景色だ。

 

「暗くなる前に帰りましょう」

「そうね。ほら暁、響、帰るわよ」

 

 雷に引っ張られるようにして歩いて行く暁と響。そんな三人を目にして、電は一度だけお墓を振り返った。

 

「また、四人で挨拶に来るのです」

 

 そう言い残して、駆け足で三人の後を追っていく。

 少し――暖かい風が吹いたような気がした。


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