S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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磯波は引っ込み思案だけどいろいろなものに対する憧れは強いんじゃないかな、というイメージで書きました。鬼怒は相変わらず描いていて楽しいですね。


島の図書館に行こう(鬼怒・磯波)

「この後図書館行くんだ」

 

 たまたま食事処で鉢合わせた鬼怒に付き合う形で、図書館に行くことになった。

 

「板部さんはどんな本読むんだっけ?」

「エンタメ小説が中心かな。特に面白ければジャンルは問わない」

「システムエンジニアの参考書とかじゃないんだ」

「仕事で必要なら読むけどな。プライベートは別よ別」

「ふーん。あっ、鬼怒はねえ」

「お笑い系の本かスポーツトレーニングの本だろ」

「えっ、なんで分かるの!?」

 

 そんなやり取りをしているうちに、目的地である図書館に着いた。泊地の中にあるので、大して時間はかからないのだ。

 中に入ると涼しげな空気が出迎えてくれる。正直そこまでラインナップが充実しているわけではないが、読みたい本がなくても涼みに来たくなることもある。

 

「お、いらっしゃーい」

 

 出迎えてくれたのは重巡洋艦の艦娘である摩耶だ。平時は姉妹の鳥海と二人で泊地の図書館を管理している。

 

「鬼怒とエンジニアのおっさんか」

「摩耶さん、この間頼んでた新刊届いた?」

「あー……『月刊 E! トレーニング!』だっけ。ありゃあまだしばらく先になりそうだな。本土でもそんな部数多いもんじゃないみたいで、取り寄せに時間かかりそうだ」

「なんでみんなあの雑誌の良さが分からないんだろうなー」

 

 以前戯れに一読してみたことはあるが、あれを好むのはこの泊地でも鬼怒とその姉の長良くらいではあるまいか。長門とか神通あたりはどうだろう。

 ちぇー、と言いながらお笑い系のコーナーに向かう鬼怒と別れて、一人文芸コーナーに向かう。

 そこまで大きい図書館ではない。元々はこの泊地の初代提督が本好きだという理由で資料室を用意したのが前身だ。しばしば本が行方不明になったのできちんと管理しようと図書館にした、という経緯である。

 文芸コーナーも本棚三つくらいのスペースしかない。置いてあるのはミステリーやライトな感じのエンタメ系、それから歴史・時代小説が少々。年頃の娘さんが多いからかエログロ含む内容のものはほとんどない。

 数は少ないが、この島では貴重な娯楽の一つだ。

 今回はそこに先客がいた。駆逐艦の磯波だ。

 脚立に乗って棚の上の方にある本を探しているようだった。なんだかふらふらしていて危なっかしい。

 とは言えここで声をかけたら驚いて逆に落ちてしまいそうな気もする。仕方ないので俺は少し距離を置いて、隣にある児童文学コーナーのタイトルを眺める作業に移った。

 だが。

 

「わっ」

 

 磯波の声が聞こえたかと思ったら、何かが――というか十中八九磯波が落ちてきた。どうも脚立を動かさず無理に身体を伸ばしていたらしい。

 

「うおっと」

 

 慌てて落ちかけていた磯波の肩口の辺りを下から支えてやる。磯波は斜め四十五度の微妙な体勢で留まった。

 

「あ、あれ……せ、先生?」

「横着するな。ほれ」

 

 ぐっと肩を押し上げて、元の状態に戻してやる。

 

「あ、あの……すみませんでした」

「謝らなくていいからもっと気をつけろ。つまらないことで怪我したら駄目だ」

「す、すみません」

「取り難いようなら取ってやろうか、どれだ」

「いえ、そ、それはいいです!」

 

 磯波はなぜか慌てた様子で脚立から降りて、こちらに一礼すると駆け足で去ってしまった。自分が読んでいる本を他人にあまり知られたくない、というタイプなのかもしれない。今のはこちらが無神経だったか。

 磯波が手を伸ばそうとしていたエリアに目を向けてみる。

 

「……お?」

 

 そこに並んでいたのは、この泊地では割と珍しいハードボイルド小説だった。学生時代に読んだタイトルのものばかりだ。

 ふと視線を感じたので横を見ると、顔を真っ赤にした磯波が本棚の陰からこちらを覗き込んでいた。

 

「……」

「……」

「……あ、あの。変……でしょうか」

「いや、別に良いんじゃないか。むしろ俺はちょっと感心したくらいだ。引っ込み思案な磯波がハードボイルド小説に興味を持つなんてなあ」

「わ、私も吹雪ちゃんや叢雲ちゃんみたいにもっと格好良くなりたいんです。そしたら球磨さんが」

「また意外なところからの推薦だな」

 

 てっきり天龍か木曾あたりの推薦だとばかり。

 

「先生は、何を読まれるんですか?」

「俺か。俺は面白ければ何でも良いって感じだからな……。ここにあるハードボイルド小説なんかも学生時代一通り読んだぞ。ここにあるのでおススメなのは『色彩なき街』シリーズかな」

 

 俺がハードボイルド小説にも理解があると知った途端、磯波の表情から力が抜けた。意外と分かりやすい。

 

「あの、この前読んだのは『荒野を旅する弾丸』なんですけど、あの主人公って他の作品にも出てきたりしますか……?」

「あー、確かジャニィ・ジャックランドだっけ。あいつ格好良かったよなあ。でもシリーズ化はしてなかったし他の作品には出てなかったと思う。けど似たようなのが同じ作者の『崩れた街に棲む日々』って作品に出てたな。あの主人公も格好良かった」

「そ、それ、あるでしょうか……」

「あるみたいだぞ」

 

 棚を見ると置いてあった。二十年近く前にベストセラーになった作品だ。取り寄せるのも難しくないのだろう。

 磯波に渡してやると、嬉しそうな顔でぺこりと頭を下げて、

 

「これ、読んでみます……!」

 

 今度は軽やかな足取りで、受付の摩耶のところに向かっていった。

 

「ほほう、なかなか良い先生っぷりですな!」

 

 いつからいたのか、突然鬼怒が背後から肩を掴んでサムズアップしてきた。

 

「いやあ、磯波ちゃんも格好良くなりたい願望があったんだね! 今度トレーニングに誘ってあげよっかな!」

「無理強いはするなよ」

「大丈夫大丈夫!」

 

 簡単に大丈夫というやつの大丈夫は基本的に信用できない。

 

「こらー、図書館では静かにしろよー」

 

 摩耶の気だるげな注意を聞き流しながら、俺は適当な本を物色するのだった。

 

 

 

 数日後。

 泊地内の学び舎で教室に向かって歩いているときのこと。

 

「……それでも行く。俺は他の生き方を知らん」

 

 一応言っておくと、突然聞こえてきたこの声は俺のものではない。

 人気の少ない階段の裏から聞こえてきたのだ。誰だと思って覗きこむと、そこにはポーズを決めながらいろいろと台詞らしきものを呟いている磯波がいた。

 

「夢。それを失ってしまえば俺は死体と同じだ」

 

 ふっと悩ましげな表情を浮かべながら気合を入れて台詞を読み込む磯波。実に楽しげで結構なのだが、もうすぐ授業が始まる。

 

「……おーい、磯波さんや」

「ハッ!?」

 

 こちらに気づいた磯波は、瞬間沸騰機とでも名付けたくなる程の勢いで顔を真っ赤にした。

 

「す、すみませんっ……!」

 

 一目散に去っていく磯波を見送りながら、あれは確か『崩れた街に棲む日々』の主人公の台詞だったなあ、ということを思い出す。

 

「意外と本の影響受けやすいタイプなんだな……」

 

 教室に行くべきか磯波を追いかけるべきか考えながらも、自分の学生時代を思い返してつい笑ってしまった。


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