うちでは秋津洲は前線にこそ出ないものの補佐担当として有能なイメージでいます。
「子どもがいなくなった……ですか」
泊地の一角にある相談室。そこでは泊地内外からの様々な相談を受け付けている。
今日そこを訪れたのは島のとある集落の壮年の男性だった。この泊地ができてから日本語を覚えた一人で、彼のように日本語を使える人はよく連絡役としてここを訪れる。
「母親一人で子ども四人を育ててる家の長男坊なんだが、昨日いつの間にかいなくなっていたんだ。昨晩から探してるんだが全然見つからなくてな……」
言いながら男は一枚の写真を差し出した。写っているのがいなくなった子なのだろう。活発そうな少年だ。
「それで泊地の力をお借りしたいということですね。承知しました」
受け答えしているのは瑞穂だった。
「探し物なら私たちにお任せください。こちらで見つけたらそちらまで送り届けます」
「助かる。こちらもずっと探し続けるのが難しくてな」
礼を述べて男は去っていった。
「さて、話は聞いてましたね秋津洲さん、テストさん」
受付の奥で雑談していた二人に声をかける。
「聞いてたよー。大艇ちゃんたちなら準備万端かも!」
「私も問題ありません。早く見つけてあげましょう」
元気の良い秋津洲と落ち着いた雰囲気のコマンダン・テストがそれぞれ応える。
今日はこの水上機母艦三人が相談室の担当だった。捜索系の任務なら得意とするところである。
「ではまず我々三人で探しましょう。一時間後に見つけられなかったら千歳さんたちにも応援を頼むということで」
「了解かも!」
「D'accord!」
相談室近くから偵察機が飛び立ったのは、そのすぐ後のことだった。
それから三十分ほどしたところで、秋津洲が「あ」と声を上げた。
三人は相談室の屋上から偵察機を出して、そのままそこで様子を見ていた。偵察機とは視覚情報を意識的に共有させることができるのだが、間に壁があったりするとうまく共有できなかったりする。なので偵察機を出している間は基本的に屋外待機が原則だ。
「どうしましたアキツシマ」
「海沿い崖の途中の出っ張ったところに子どもが一人座り込んでる! 写真の子かも!」
「すごいところで発見しましたね……。けどこれで村に帰らなかった理由も分かりました」
秋津洲の報告を受けて、三人はそれぞれの偵察機に帰還命令を出した。数分もしないうちにすべての偵察機が戻ってくる。
「けど、あの様子だとすぐ助けに行った方がいいかも。昨日からずっとあの状態だと疲れてるだろうし」
「そうですね。では秋津洲さんは現場に行っていただけますか? 私は村に報告に行きますので。テストさんはここで待機をお願いします。また村の人が来るかもしれないですし、他の依頼もあるかもなので」
「分かりました。アキツシマ、お気をつけて」
「大丈夫だよ。秋津洲は艤装が戦闘向けじゃないだけで、身体はきちんと鍛えてるからそこそこ自信はあるかも!」
「そこは『かも』をつけずに言い切って欲しいところですけどね……。まあ、大丈夫だと思ってますが」
二人に別れを告げて、秋津洲は一旦海に出た。海上移動した方が艤装の推進力を活かせる分移動は速い。
しばらく島の側面を移動し続けるうちに目当ての場所に着いた。
「あ、いたいた」
男の子がいるのは崖の中腹だ。秋津洲は崖に手をかけると艤装を解除し、軽くなった身体ですいすいと崖をよじ登っていく。
『おーい、生きてるー?』
登りつつ秋津洲が声をかけると、男の子はぴくりと反応した。
『……か、艦娘さんだ』
『そうそう艦娘さんだよ』
よいしょ、と手をかけて男の子がいる出っ張りの隣に登りきる。
『大丈夫? 怪我してる?』
『足が痛いんだ……』
『どれどれ?』
出っ張っているところが崩れないよう確認しつつ秋津洲は腰を下ろして男の子の足を見た。
『折れてはいないね。けどちょっと捻っちゃってるかも』
『うう……』
『大丈夫大丈夫、お姉さんに任せるかも!』
そう言って秋津洲は男の子に背中を向けて、おぶさるよう促した。
男の子は少し逡巡しながらも、秋津洲の首にがっしりと腕を回して背中に身を乗せた。
『最近俺少し重くなったって母ちゃん言ってたけど大丈夫かな……』
『これくらいなら全然大丈夫かも。艦娘のパワーなら平気へっちゃらっ!』
そして男の子を背負ったまま、今度は崖の上に向けてどんどん登っていく。海から帰っても良いのだが、海面に降りる際に艤装を再展開しなければならない。艤装の展開時は多少の衝撃があるので、怪我人を背負ったままやるのは良くない。
『お姉さん、村の人に頼まれて俺を探しに来たの?』
『そうだよ』
『そっか……』
男の子は落ち込んでいる様子だ。あの状況では帰れないのは仕方ないと思うのだが。
『君はなんであそこに落ちちゃったの?』
『妹が風邪で寝込んでるんだ。それで、大人たちが身体に良いって採ってる草があったの思い出して探してたんだけど……』
『妹さんのためなんだ。偉いじゃない』
『けど、結局見つけられなかったんだ。どれがその草かもうろ覚えで……』
子どもゆえの無鉄砲な行動だったということなのだろう。ただ、このまま村に送り届けるだけではかわいそうな気がした。
秋津洲に姉妹艦はいない。ただ、泊地の仲間は皆それと同じようなものだと思っている。誰かが風邪で苦しんでいたらどうにかしてあげたいと思うだろう。
『――家族のための行動と聞いたら黙ってられないかも。それに風邪引いた子がいるって聞いてそのまま放置するのは秋津洲流の正義に反するし。ちょっと寄り道していくけどいいかな?』
『え、うん。いいけど……』
『よーし、それじゃ行くよ!』
そうして、秋津洲は駆け足で泊地に向かった。
『本当にありがとうございます。なんとお礼を言えばいいのか……』
何度も頭を下げる母親に、秋津洲たちは揃って気にしないよう答えた。
あれから――秋津洲は特急で泊地に戻り、保健室に飛び込んだ。
そこで男の子の怪我の具合を診てもらい、さらにその後先生をここまで連れてきて男の子の妹も診てもらったのである。
『この島にも病院はあるのですが、なかなか時間が取れず連れていくことができなくて……。いえ、言い訳しているようでは母親失格ですね。ただ、皆さんには本当に感謝しています。本当にありがとうございます』
『ありがとうございます』
男の子と、その下の兄弟たちが揃って頭を下げた。
このままだとお礼を言われ続けそうだったので、秋津洲たちはきりの良いところで村を後にした。
「まったく、突然の予定というのはあまり好きじゃないんだけど……」
ここまで連れてこられた道代先生が若干ぶーたれた様子を見せた。
「でも秋津洲的に事は急を要する感じだったかも。仕方ないかも……」
「はいはい。でもこれで貸し一つだからね。今度何か奢りなさいよ」
「なら私はクレープがいいです」
「なんでさらっと瑞穂にまで奢る流れになってるかも!?」
「冗談ですよ冗談」
クスクスと瑞穂が笑う。
「でも今日はいっぱい動いたしお腹減った……。コマちゃんも誘って後で間宮に行くのはいいかも!」
「そうですね。戻る頃には相談室も閉める時間帯でしょうし、四人で間宮さんのところに行きましょうか」
「なんだ、テストにも奢るの? 秋津洲は太っ腹ねえ」
道代先生にお腹を突かれた秋津洲の「ひゃあ、やめるかもー!」という叫びが茜色の空に響き渡る。
良いことをしたという実感があったからだろうか。その空はいつもより少しだけ澄んで見えた。