……というのは冗談として。バレンタインネタはいろいろな組み合わせが思い浮かびますが、今回は彼女たちの出番と相成りました。他の組み合わせのエピソードはまた機会があれば。
この泊地にもバレンタインの習慣はある。
日頃の感謝や親愛の情を伝えるためにチョコレートを渡す艦娘の姿があちこちで見受けられる。
ただ、日頃前面に出さない想いを出す日ということもあって、この季節はいろいろなことが起こる。
今回紹介するのは、そんなエピソードの一つである――。
「……どうしたの早霜姉さん、さっきから」
そわそわしている様子の早霜が気になって、清霜は寝台から身を乗り出した。
見ると、早霜の手には包みがある。
「あ、もしかしてチョコ? なに、清霜にくれるの?」
「あ、うん……。あ、でもこれは違うの……。夕雲型の皆の分はこっち」
と、早霜は足元に置いてあった大きな袋から一つ箱を取り出して清霜に差し出した。
「わあ、ありがとう! えっへっへ。……あれ、でもそれじゃそっちのは?」
「これは……」
早霜は若干照れくさそうに視線を逸らす。早霜がそういう表情を浮かべるときのパターンを清霜は把握していた。
「分かった、不知火さんのでしょ!」
「……」
沈黙がそのまま答えだった。
「渡すのが照れくさいの? だったら清霜が代わりに渡してきてあげよっか」
「い、いい。……でも一人で行くのもちょっと怖い」
「それじゃ一緒に行ってあげるね。チョコもらったお返しってことで」
ぴょんと寝台から身を乗り出した清霜に、早霜はふとした疑問を投げた。
「清霜はチョコを作ってあげたりしないの?」
「いやー、用意するの忘れちゃって」
そう言って清霜は「てへ」と舌を出すのだった。
「あっ、清霜! 早霜!」
寮を出て不知火を探している二人のところに、霞が駆け寄ってきた。
「ちょうどよかった。はい、あんたたちにも」
と、霞は持っていた手提げ袋から小さな包みを清霜たちに渡した。
「ありがとう! これチョコ?」
「そうよ。ありがたく食べなさいな」
「うん! ……でもちょーっと物足りないなあ」
もう一つまみを袋から取ろうとする清霜の手を、霞はぺしっとはたいた。
「やめなさいってば。ほら、他にも皆に配ろうとする人もいるでしょ? そういう人たちから全部受け取って食べたら糖分過剰摂取になるじゃない。だから控えめにしてるのよ」
「さすが霞……気配り上手ね」
「褒めても何も出ないわよ」
と言いつつ霞の顔が赤くなっているのを二人はしっかりと捉えていた。
「あ、そうだ。霞ちゃん、不知火さん見なかった?」
「不知火? 確か陽炎たちと一緒に集落の方に遊びに行ってるはずよ。島の人たちにもチョコを振る舞うみたい」
「そうなんだ。ちょっと出遅れちゃったかなー。あちこち回ってそうだし、見つけるのは難しそう」
「不知火にチョコ渡したいなら帰ってくるのを待ってた方が得策じゃない? それじゃ悪いけど私はもう行くわね。他にも配らないといけない人多いから」
駆け去っていく霞と残された二人。
目当ての人物は現在外出中――ともなると、しばらくやれることがなくなってしまう。
「どうしよっか。一旦部屋に戻る?」
「そうしましょうか」
と、二人が踵を返しかけたそのとき。
「二人とも」
いつのまにか、気配もなく、すぐ側に雲龍が立っていた。
「あ、雲龍さんだ。こんにちは」
「こんにちは」
普通に応答する二人に、雲龍は少しだけ物足りなさそうだ。
「二人とも驚かないのね」
「雲龍さんの登場が突然なのは今に始まったことではありませんし」
二人と雲龍は同時期に泊地に着任した同期なので、他の艦娘よりも付き合いが深い。だから雲龍がときどき気配を消して人を驚かせることも承知していた。
「それよりどうしたの?」
「磯風を見なかったかしら。春雨と時津風が探していたのだけど」
「見てないけど、磯風どうかしたの?」
「なんでも姉妹に配るためのチョコを春雨監修で作っていたらしいんだけど……」
「また失敗したとか?」
また、とはひどい言い草だがそのことについて兎角言うものはいなかった。悲しいがそれが三人の磯風に対する認識である。
「何度か失敗したけど最終的には成功したらしいのよ。それで配りに行ったらしいのだけど……包みに間違えて失敗したときのものを入れて行っちゃったみたいで。春雨がそのことに気づいて青い顔になって探してたのを、遊んでた私と時津風が見つけて」
「探すのを手伝って今に至る、と」
「でもそれなら時津風のところにいずれ来るんじゃない?」
「その前に他の姉妹が撃沈されないといいけど……」
雲龍の懸念に二人も「うーん」と渋い顔になる。磯風は結構融通の利かないところがある。こういうときは長女から順にと考えてもおかしくはない。
「随分探したけど見つからなくて。もしかすると泊地の外に出て行ったのかもしれないわ」
「大変だ!」
陽炎たちを探しに行ったのだとすれば、一緒にいる不知火も当然その被害にあう。
下手をすれば島の人たちも巻き込まれて、泊地と現地の人々の信頼関係にひびが入る恐れもあった。
なにより、そんな事態になれば磯風自身責任を感じてどういう行動に出るか分からない。まさか腹は切らないだろうが――。
「それなら私たちも探しに行きましょう。陽炎さんや不知火さんたちの、島の人たちの、そして磯風のためにも」
そうして泊地から出て島を駆け回ること数時間。
「行く先々で陽炎さんたちと磯風の話は聞けたけど……一向に追いつかないね」
もう島をぐるりと一周したような気さえする。艦娘の足とは言えさすがにこれだけ歩くと疲れてくる。
諦めて帰ろうかと思ったとき、坂の下で話し込んでいる陽炎たちの姿が見えた。磯風も一緒だ。
磯風に勧められて陽炎たちがチョコを口にしようとしている。
「ちょっと待ったァッ!」
思わず清霜は叫びながら坂から飛び降りて、陽炎たちのすぐ側に着地した。突如現れた清霜に陽炎や磯風たちはぎょっとした表情を浮かべている。
「ど、どうしたのよ急に。って清霜じゃない」
「なんだ清霜、私のチョコだからと言って危険物扱いするな。これは春雨も太鼓判を押した出来だぞ」
「それは太鼓判を押したやつじゃないの!」
清霜が事情を説明している間に早霜もゆっくりと坂を下りてくる。
「おや、早霜も一緒でしたか」
彼女に気づいた不知火が声をかけてきた。
「ええ……。ちょっと、放っておけなくて」
「早霜は姉妹思いですね」
放っておけなかったのはどちらかというと不知火なのだが、どうも不知火は清霜のことを放っておけずついて来たと受け取ったらしい。訂正するのも恥ずかしいので早霜は何も言わなかった。
「なんだと……!? ではこれはあのときの失敗作だったのか……!」
「そういうこと。ほら、成功作は春雨が持ってるらしいから、泊地に戻ってから渡そ」
「ううむ……。そういうことならそうするしかないな。すまない、助かった」
清霜に背中を押される形で磯風が泊地に向けて歩き出す。
ちょうど集落を一通り回り終えていた陽炎たちも、それに並んで歩き出した。
早霜と不知火は一行の最後尾になる。
これは渡すチャンスではないかと、早霜は意を決した。
「あの、不知火」
「なんでしょう?」
「……こ、これを」
と、ポケットに入れていたチョコを渡そうとして――異変に気付いた。
柔らかい。
日中、ずっとポケットに入れたまま島中を駆け回っていたせいで、溶けてしまったのだ。
「……」
取り出しかけたチョコをそっと戻す。
「いえ、なんでもないわ」
「……そうですか。残念です、チョコをもらえると期待したのですが」
不知火は早霜が手にしていたものに気づいていたらしい。
「……ごめんなさい。あげようとしたのだけど、溶けてしまっていたの」
「そうですか。不知火は別に気にしませんが」
「私が気にするの。――だから、改めて作り直して渡しに行くわ。今度は、私の方から」
「……それでは、楽しみに待つとしましょう」
力強く言う早霜に、不知火は笑みで応えた。
後日。
清霜は、意を決して部屋から出ていき、戻ってきてベッドの中でゴロゴロと転げ回る早霜の姿を目撃することになったという。
また、磯風の成功作は御礼ということで二人にも贈られたが――存外美味しいものであったそうな。