この冬、泊地に新しい潜水艦娘が二人着任した。伊13と伊14だ。
昨晩はそんな二人の歓迎会ということで、潜水艦寮は飲めや歌えやの大騒ぎだった。
特に伊14は盛大に飲み明かし、最後は伊19との飲み勝負に打ち勝って『潜水艦一のうわばみ』の称号まで獲得した。
それだけに、翌朝は酷い有り様である。
「うぅ~。頭が痛い……」
「もう、イヨちゃんあんなに飲むから」
はい、と二日酔い用の薬を差し出す伊13。先ほど伊8からもらってきたものだ。伊19や伊58がよく二日酔いになるので、潜水艦寮でも常備するようにしているらしい。
「おはよう。イヨはさすがにまだ調子が悪そうですね」
ロビーに顔を出すと、新聞を読んでいた伊8が声をかけてきた。
「出かけるのは午後からだから、それまでに調子戻しておいてくださいね」
コーヒーとライ麦パンを味わいながら新聞のページをめくる様は、なんだかヨーロッパの紳士チックだった。ちなみに陸上なので当然水着姿ではない。緑をベースにした大人しめのファッションだ。
伊8は個性派揃いの潜水艦組の中では参謀役的ポジションらしい。リーダーの伊168があたふたしながらも皆をとりまとめる役で、それを側でフォローするのが伊8のようだ。
「その、はっちゃんさん」
「はっちゃんでいいですよ。敬語使われるとなんだか照れます」
「その……はっちゃん」
「はい」
「出かけるというと、どんな……?」
「簡単な定期哨戒任務です。他の水上艦組も勿論哨戒してるけど、海の中から見えるものはまた少し違うので。実際戦闘になることは滅多にないですよ」
「今日は私とはっちゃん、それから二人の四人で行くからねー」
と、台所で調理中の伊168が会話に入り込んできた。
「昨日は艦隊全体と潜水艦寮での挨拶が中心だったから、この泊地での本格的な生活は今日からよね」
「はい」
「ちょっと大変かもしれないけど、今日はこの泊地で潜水艦が普段やってること一通り説明するつもりだからよろしくね」
言いながら伊168は手招きした。それに応じて伊13が覗き込むと、香ばしいベーコンの香りが漂ってくる。
「ということで早速だけど、台所の使い方から説明するわね。潜水艦は割と単独任務多いから、寮は一人でそれぞれ使いこなせるようにならないと駄目よ。いや、大鯨が掃除とか洗濯はやってくれてるんだけど……」
伊168からてきぱきと説明を受けてメモを取る伊13。
その間に伊14がなにをしていたかというと――。
「ううぅ、あーたーまーがー」
横になりながら、頭を抱えて悶えていた。
「よーっし、早く行こうよ!」
午後になるといつの間にか伊14はけろっと回復していた。
「二日酔いにはなるけど立ち直りは早いのね」
「いやー、立ち直れないくらい酔うならお酒にはまってないよ」
豪快に笑い飛ばす。伊168と伊8は「おぉー」と妙な感心の仕方をしていた。
四人はそれぞれ艤装を展開すると、泊地脇の桟橋から海に飛び込んだ。
「それじゃ行くよ」
伊168が先導する形で海中に潜り込む。他の三人もそれに続いた。
泊地近海の海中は綺麗だった。エメラルドの海の中には大小様々な生き物が暮らしている。水上艦が目にすることのない世界だ。
全員が潜航したことを確認すると、伊168は海中を進み始めた。一定時間進むと浮上して休憩を取る。そして再び潜航する。潜水艦の哨戒任務は基本的にこの繰り返しだ。
「ポイントは浮上時するとき敵に見つからないような場所を選ぶってところね。泊地近海のお勧めポイントは今日一通り教えるから覚えて」
「お、覚えられるかなあ」
伊14がこれまで教わったポイントを思い出しながら不安そうに言った。
「割とどこも特徴があるから覚えやすいですよ。それに厳密に覚えなくてもだいたいの場所が分かれば問題ないです」
「そうね。そのときの状況次第で少しポイントずらすこともあるし。どちらかというと何故お勧めなのかを覚える方が大切かな」
「……ところでイムヤ。もっと大切なこと、そろそろ二人にも教えてあげないと」
と、そこで伊8がにんまりと笑みを浮かべた。
「もっと大切なこと?」
「な、なんでしょう……」
様子の変わった伊8に、伊13と伊14は警戒の色を見せた。
「はっちゃん、変な顔しないの。二人とも驚いてるじゃない」
伊168に平手チョップを受けて伊8は頭を押さえた。
「いたた。冗談ですよ。そんな怖いことじゃないです。むしろ『オイシイ』ことです」
「これを使って魚を捕まえるの」
と、伊168が腰に下げていた袋から取り出したのは網と銛だった。
「ただ海中哨戒するだけじゃ退屈だからってゴーヤとイクが言い出して、任務のついでに漁もすることにしてるの。ソロモン諸島の許可を得てやってるから取り過ぎには注意だけど」
「沢山取れたら島の人とトレードしてるんですよ。たまに島の外の人に売って現金化することもあります」
「はっちゃんの書籍購入資金ってだいたいコレだもんね」
伊8の趣味は読書で、潜水艦寮の彼女の私室は泊地第二図書館と言われるくらいの書物があるらしい。
「へえ。それじゃいっぱい捕まえたらお酒いっぱい買えるかもしれないね」
「……イヨちゃん」
「な、なにさー。別に良いじゃん、自分で働いて得たお金で何買ったって。姉貴だって好きなもの買えるんだよ?」
「あはは、イヨは乗り気ね。けど――任務のついでだからって、漁は簡単じゃないわよ?」
伊168が不敵な笑みを浮かべる。
「お、そう言われたら私は燃えちゃうよ!」
腕まくりのポーズをする伊14。そんな妹を心配そうに見つめる伊14。
「それじゃ、今日はこの辺りでトライしてみよっか」
伊8がのんびりとした調子で言った。
「なんの成果も得られなかった……」
夜。潜水艦寮に戻ってきた伊14はソファーで横になりながらぐだっていた。
魚たちは意外と警戒心が強く動きも鋭敏で、こちらが近づくとすぐに逃げてしまうのだった。
どうにかこうにか取ってやろうと奮闘したのだが、結局上手くいかないまま終わってしまった。
「まあまあ。はい、これあげるわ」
一方、伊168と伊8は慣れた様子で小魚からそれなりの大きさの魚を取っていた。
今差し出したのは、そうした魚の刺身である。
「漁に関してはゴーヤとイクが凄く上手いから、二人から教わるといいわよ。今日は遠出してていないみたいだけど」
「いつかリベンジする……。あ、これ美味しい」
刺身を一つ口にした途端、伊14の表情が綻んだ。
そこに何冊か本を抱えた伊13が戻ってきた。
「あれ、姉貴それどうしたの?」
「はっちゃんから借りてきたの。本を大事にするならいつでも貸してくれるって」
「へえ。今度私も貸してもらおうかな」
「……イヨちゃん、本は大切にね?」
「な、なにさ。大切にするって。本当だよ?」
「あえて念押しすることで一気に胡散臭くなったわね……」
「なにをぅ、イムヤまで!」
ぶぅ、と膨れる伊14。そんな彼女を見てクスっと笑う伊13。
他の水上艦とはやや異なるが――彼女たち潜水艦組も、日々こんな感じでそれなりに楽しくやっているのだった。