S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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フォローしておくと、今回名前が挙がった子たちは学校にあまり来てないので授業の理解が他の子に追いついてないという扱いです。やればできるのです。


テスト前の戦争(深雪・卯月・涼風・朝霜・鬼怒)

 S泊地では人間のスタッフや練習巡洋艦が教師役を務める学校がある。

 学校といっても、必修科目は一週間のうち数時間だけで他は自由学習だ。どちらかというと塾に近いスタイルである。

 そんなスタイルでやっているから、自然とやる気のある者ない者で学力差が開いてくる。

 

「……えー、そんなわけで。現状皆の学力がどの程度なのかを調べるためにテストを行う」

 

 その日の教師役である板部の発表に、ざわついていた教室が静まり返った。

 この学校制度が始まって何年も経つが、テストは数えるくらいしか実施したことがなかった。

 皆それぞれ自由に学力を伸ばしてくれればそれでいいと思っていた――というのは勿論建前で、教師役が問題を作るのが面倒だったから、というのが主な理由である。

 

「そんなのやらなくていいじゃん……先生たちだって面倒でしょ」

 

 望月がぶーたれながら反対意見を述べる。板部は何とも言えない表情を浮かべた。

 

「提督からの指示なんでな。皆がどれくらいの学力か確認しておきたいんだよ。あまりに低いと戦後の身の振り方に困ることになるだろうからな」

「むう」

「そんなわけで観念しろ。ちなみに点数が基準点未満だったら補習だ」

「えー、横暴だ。日頃の任務はどうするのさ」

「補習を受けるときは有休扱いにしておく」

「えぇぇぇ」

「基準点以上を取ればいいんだよ。ちゃんと勉強してれば十分取れるラインにしておく」

「基準点って何点ですか?」

 

 村雨の質問に、板部は渋い顔をした。

 

「これも提督の指示だが基準点は事前に公表するなと言われてる。言ってしまうとギリギリ基準点取ればいいやってなる奴が出てくるだろうから……だそうだ。まあ、俺が学生の頃とか実際そんな感じだったからな。反論できんかった」

「お富士さん厳しいわねえ」

 

 しかめっ面の提督の顔を脳裏に浮かべて、教室にいる全員が溜息をついた。

 

「科目は国語・数学・英語・理科・社会の五つだ。大まかな範囲はそれぞれ担当の先生から発表がある。テスト開始は一週間後だからそれまでに復習しっかりとやっとけよ」

「はーい」

 

 真面目に復習しようとする者、補習でもなんでもいいよと投げやりになっている者など反応は様々だった。

 

 

 

 その夜。

 とある建物の片隅の小部屋にこっそりと集まる四人の艦娘がいた。

 

「よく来てくれた。同志諸君」

 

 なぜかサングラスをかけている深雪。

 

「なんか集まった面子から、これがどういう集まりかなんとなく分かったぴょん……」

「いやー、見事に馬鹿ばっかり集まったな!」

 

 深雪の両隣には卯月と涼風。

 

「それで、どうすんだい。今から必死こいて勉強でもすんのかい?」

 

 深雪の正面に座っているのは朝霜だ。

 

「絶対間に合わない。次の畑当番賭けてもいいぴょん」

「まーそうだろうな。それで深雪よ、どうすんだ」

 

 この四人の中では深雪がどうやらリーダー格のようだった。

 

「決まってるだろ、先生たちから問題用紙をゲットするのさ!」

「やっぱりな。けどどこに問題用紙あるのか知ってるのか?」

「さあ。けど仕事部屋か私室にあるんじゃないの?」

「それくらいしか思いつかないよなー。職員室とかってうちにはないし」

「今の時間帯、私室は危ないぴょん。皆休んでるかもしれないし」

「だな。ということでまずは仕事部屋に潜入するぜ!」

 

 方針が決まったところで全員が立ち上がり、深雪以外の三人も揃ってサングラスを着ける。

 

「テストなんてものには縛られないのさ……行くぜ、反逆の時だ!」

「おー!」

 

 やる気に満ちた声が響き渡る。

 静かにしなくていいのかとツッコミを入れる者は、ここにはいない。

 

 

 

「そんなわけでまずは香取と鹿島の仕事部屋だ!」

 

 司令部棟にある練習巡洋艦用の仕事部屋までやって来た深雪たち。

 普段香取たちはこの部屋で艦隊の育成プランや学校で使うテキスト作成等を行っている。おそらく二人の担当科目の問題用紙はここにあるだろう。

 

「……今更だけどちょっと怖くなってきたな。香取とかにバレたら凄いお仕置き待ってない?」

 

 涼風が若干及び腰になっていた。無理もない。香取は良いことをしたらとても褒めてくれるが、悪いことをしたらとてもきついお仕置きをしてくることで有名である。

 

「う、うーちゃんもうおやつ一週間抜きは嫌ぴょん……」

「正座一時間は勘弁だぜ……」

「どうしたんだよ皆、ここで怯んだら補習確定だぞ! そうなったらどっちみち香取からはきっつい説教が来るんだ!」

 

 深雪の喝に怯みかけていた一同が「ハッ」となった。

 

「そうだった。どのみちあたいらに退路はなかったな……!」

「進むしかないなら行ってやるよ!」

「突撃するぴょん!」

「よし、行くぜ!」

 

 勢いに乗って仕事部屋のドアノブを回す。

 ただ、そこで一つ大きな問題が発生した。

 

「あ、鍵かかってる」

 

 当たり前だった。

 

「……鍵ってどこにあると思う?」

「そりゃ、香取たちが持ってるんじゃないか?」

「こっそり取ってここの扉開けて気づかれないうちに元に戻す……いやいや、無理だって。無理ゲーだって」

 

 いきなり計画が頓挫した。

 

「誰かピッキングできる人」

「そんな技能持ってる人この泊地にいるのか?」

「じゃあ壁通り抜けられる人とか」

「もっとありえないぴょん!」

 

 このままでは補習コース待ったなしである。そうなれば有休が無駄に消費されてしまう。お説教も間違いなしだ。

 どうにかしなければ――必死に思いを巡らせる。

 

「どうやらお困りのようだね」

 

 そこに、新たな人影が一つ加わった。

 

「あ、アンタは……鬼怒!」

「そう! 前回見事に補習をくらって長良姉と五十鈴姉に説教をくらった鬼怒さんだよ!」

 

 高らかな宣言と共に現れた鬼怒は、手にじゃらりと鍵束を持っていた。

 

「それは、まさか……」

「ふふん、司令部棟の鍵だよ。今日の見回り当番は鬼怒だからね、持っていて当然なのさ」

 

 そう言って鬼怒はニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ探索といこうか」

「鬼怒もワルだなあ!」

 

 部屋の鍵を使って、ゆっくりと扉を開ける。

 

「……」

 

 中には、ヘッドホンをつけながら業務に勤しむ香取と鹿島の姿があった。

 二人とも目の下にはクマが出来ている。どうやらパソコンで何かを作成しているところらしい。

 そういえばテストの件を伝えた後、板部が言っていた。「しばらくは試験問題作成で残業続きかなあ」と。

 ヘッドホンをしているからか、二人がこちらに気づいた様子はない。

 

「……お邪魔しました」

 

 バタン、と扉をそのまま閉める。

 

「……真面目に勉強しようか」

「そうするぴょん」

「やっぱ悪いことはできねえなあ」

「駄目で元々、やってやるか」

「だな……」

 

 深い後悔とともに、四人はその場を後にした。

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 五人は一念発起して勉強に勤しんだ結果、どうにか基準点ギリギリの点数を取ることに成功した。

 ただ、無理をして勉強したせいか体調を崩し、結局有休を使って休むことになってしまったという。

 

「日頃から勉強しておくんだった……」

 

 うなされながら後悔する深雪なのだったが――それから彼女が真面目に勉強するようになったかどうかは定かではない。


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