「瑞鳳いる? ちょっとこの前の件で確認したいことがあるんだけど」
その日は司令部の活動について確認したいことがあったので瑞鳳の部屋に足を運んだ。
泊地の司令部は各艦種から最低一名ずつ選出されたメンバーで構成されている。空母では正規空母の加賀さんと軽空母の瑞鳳が選ばれていた。加賀さんは二航戦と一緒に買い物に行っているので瑞鳳の元を訪れたのだ。
「ず、瑞鶴!? い、いるよぅ。ちょっと待って」
中からドタドタと物音がする。何をしているのだろうか。
言われるがまま大人しく待っていると、やがて息を切らした瑞鳳がドアを開けた。
「お待たせ……」
「何かしてた? もし邪魔ならまた出直すけど」
「大丈夫。大丈夫よ」
あははと空々しい笑みを浮かべる瑞鳳。その様子が気になったが、問題ないというならここで帰るのも変なので入室する。
瑞鳳の部屋は相変わらず物がごちゃごちゃと置かれていた。同居人の祥鳳のエリアは綺麗に片付いているが、瑞鳳エリアは雑誌やらプラモやらで埋め尽くされている。
「もう少し整理したら……?」
「整頓はしてるんだけど」
「祥鳳もよく怒らないわねコレ」
「……ときどき注意はされるんだけどね」
視線を逸らしながら瑞鳳が呟く。
祥鳳は随分と瑞鳳に甘い印象があるが、さすがにこの部屋の惨状は目に余るのだろう。
「で、どうしたの瑞鶴」
「この前の治水工事の件だけど、島の北西エリアって誰担当かな。司令部がメンバー調整して連絡するって言ってたけどなかなか来ないから」
「あ、ごめんごめん。私もまだ確認できてないんだ。工事って明日からだよね。すぐ司令部行って確認してくるから待ってて」
しまった、という表情を浮かべて瑞鳳は慌てて飛び出していく。司令部棟に向かったのだろう。
自分も行こうかと思ったが、瑞鳳は既に駆け去ってしまった。仕方ないので部屋で待機する。
「けど、本当にいろいろあるわね」
艦載機のものをはじめとして様々な種類のプラモが並んでいる。
「私たちのプラモまであるわね……」
赤城・加賀を筆頭に空母のプラモが綺麗に並べられていた。サイズが違うだけで本物同然の出来栄えだった。
「こういうのって高いんだろうなあ。迂闊に触って壊さないようにしないと――」
慎重に覗き込む。もし壊したら瑞鳳は間違いなくキレる。キレるを通り越して泣くかもしれない。それはいろいろな意味で勘弁願いたいところだ。
そのとき、ヴゥーンと何かが震えるような音がした。
思わず身体がびくっと反応してしまう。
「な、なに? ってスマホか……。瑞鳳忘れていったのね」
しばらくスマホは震えていたが、やがて静まった。
「……ふう。急に鳴るから驚いたじゃない――」
と、自分の周囲の状況を確認して、あることに気づく。
驚いて少しだけ身体を動かした方にあった紫電改のプラモが、欠けていた。
「……」
主脚がポッキリと折れている。
「の、のりはどこ!?」
大慌てで室内を探し回る。
工具箱があったので安堵したが、開けてみるとのりは入っていなかった。
「なんでのりないのよーッ!」
瑞鳳がどれくらいで戻ってくるかは分からないが、あまり悠長に構えてはいられない。
部屋の中が駄目なら部屋の外だ。扉を開けて廊下の様子を見る。
ちょうどすぐそこで初霜と若葉が談笑していた。
「若葉、初霜! のりない!? 部屋とか!」
「お、おお?」
「ず、瑞鶴さん? 部屋にありますけど……」
希望が見えた。思わず表情が綻ぶ。
「少しもらっていい!?」
「ど、どうぞ……。あ、持ってきます」
「急いで! 最大船速でお願い!」
「は、はい!」
初霜が慌てて部屋からのりを持ってくる。
「最高、二人とも愛してる! 今度いいもの奢ってあげるわ!」
「は、はあ」
二人は戸惑ったままだったが、詳しい経緯は説明できない。
初霜から受け取ったのりを手に瑞鳳の部屋に戻る。瑞鳳はまだ戻ってきていない。
「合体ィ――!」
鮮やかな手つきで主脚をくっつける。
なんとか形は元に戻った。見た目も不自然ではないように思う。
「これならバレないでしょ……バレないわよね。バレない。うん、多分、大丈夫」
ヒーヒー言いながら一仕事終えたような達成感に浸る。
ちょうどそのとき「ただいまー」と瑞鳳が戻ってくる。間一髪だった。
「お、おかえり……」
「あれ、どうしたの? なんかすごい疲れてるみたいだけど」
「い、いえ。なんでもないのよ。オホホホ」
「……なーんか怪しいなぁ」
瑞鳳が疑わしげな眼差しをこちらに向けてくる。
……大丈夫。バレない。バレないってば。
自分に言い聞かせつつ、瑞鳳から治水工事メンバーが書かれた書類を受け取る。
「ところで瑞鶴、なんでさっきからそのポジションを堅持してるのかな?」
無意識に紫電改を隠すような位置取りをしていたらしい。それが却って瑞鳳に不審がられてしまったようだ。
「い、いや……ナンデモナイヨ」
これ以上隠すのは無理だ。バレるかもしれないが、そこは祈るしかない。
そろりそろりと足を動かしながら移動する。
「……んぅ?」
と、瑞鳳が紫電改に鋭い視線を向ける。
心臓がバクバクと悲鳴を上げている。これほどドキドキしたのはいつ以来だろう。
だが、瑞鳳の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「あれ。直ってる」
「――はい?」
瑞鳳が「いやー」とばつの悪そうな表情で説明した。
「これ実は藤堂さんのなのよ」
藤堂というのは泊地のスタッフだ。本業は建築士だがインフラ関係全般を支えてくれる有能な人である。ただ偏屈なところがあって慣れないと付き合いにくい類の人だが。
「あの人もプラモ好きなんだ」
「私とはキャリアが違うよ。プレミアものもいっぱい持ってるからときどき見せてもらったり借りたりしてるの。けど……その、さっき寝ぼけてて、つい」
「やってしまったと」
「のりもなくてどうしようかと思ってたところに瑞鶴が来たのよ」
部屋に入る前にドタバタしてたのはこのことだったのか。
「……なによ、心臓に悪い。瑞鳳を怒らせるか泣かせるかするんじゃないかって冷や冷やしたのに」
「あはは、ごめんごめん。でもこれならどうにか――」
「――誤魔化せそう、かね?」
不意に扉が開き、噂の藤堂が姿を現した。
「と、藤堂さん!? 返却期限は明日だったはずじゃ……!」
「本土に戻る用事ができたから実家に持って帰ろうと思ったのだ。だから早めに取りに行くと、先ほどメールをしたのだがね」
さっき瑞鳳のスマホが鳴っていたのは藤堂からのメールが原因らしい。
「ところで君たちの声はよく通るな。うん? 盗み聞きするつもりはこれっぽっちもなかったのだがね。どうも良くない話が聞こえた気がするのだが――」
「あ、あっはっはっは」
「ハハハハ」
藤堂が笑いながらどこからともなくドライバー類を取り出して構えた。
「解体してやる。なに、壊しはせん。それはモデラ―として恥ずべきことだからだ。ただ、全部一から作り直さないと駄目な状態にしてやる! あとついでにパーツ混ぜ合わせてどれがどのパーツが判別困難な状態にしてやる――!」
「きゃあぁぁ、それはやめてぇぇ!」
藤堂の奇声と瑞鳳の悲鳴が寮に響き渡る。
何事かと部屋の様子を見に来た若葉と初霜の肩をそっと抱いて部屋を後にした。
「ず、瑞鶴ー! 助けてー!」
「瑞鶴、あれはいいのか?」
「……いいのよ。あれは。それより約束通り間宮で何か奢ってあげるわ。行きましょ」
美味しいおやつが待っている。
今はそのことだけを考えようと心に誓うのだった。