ソロモン諸島、S泊地。
その一角には厳重なセキュリティで守られた工廠があった。
そこでは艤装の改修、装備の開発といった定常業務と――新たな一歩を踏み出すための挑戦が行われていた。
艦娘たちの新たな可能性を生み出すための、艤装改造案の作成である。
艤装は艦娘が現世で受肉する際に必要となる依代であり、彼女たちのコアとも言えるものだった。単なる基本兵装ではない。
艦娘に何ができるのかは艤装によって決まると言っても過言ではない。どれだけ射撃能力が優れていても駆逐艦の艤装では長距離射撃は行えない。自分の艤装とマッチしない艦載機は絶対に扱うことができない。それくらい艤装は重要なものだった。
改造というのは、その艤装をベース部分から変えてしまおうという行いである。部分的な修正を行う改修とはまるで違う。改修が成長であるならば、改造は転生と言っても過言ではない。
リスクは高いが、リターンも大きい。
そして、改造案を作成する技術者たちの役割は、そのリスクを限りなくゼロに近づけることなのだった。
「……うん、いや、それは分かったんだけど」
目の前で熱く語る技術部員・最上に対し、鈴谷は若干戸惑いがちの表情を浮かべた。
「結局、私はなんで呼び出されたの?」
この泊地には様々な技術の発展を志す技術部という部が存在している。鈴谷にとって姉とも従姉ともいえる最上はその一員だが、鈴谷自身はそうではない。
「実は鈴谷に第二改装の話が来てるんだ」
「え、マジ?」
「うん。それでどういう風に改造すべきか各拠点の技術部で話し合っててさ。いろいろと鈴谷にも協力してもらいたいんだよね」
「なるほど。そりゃ自分のことだしね。協力するのは全然オッケーだよ」
S泊地の艦娘にはいくつか憧れの対象が存在する。第二改装、通称『改二』はその一つだった。
「改造案のテストとかそういうやつ?」
「いや、まだその少し前の段階なんだ。これは最上型の第二改装がなかなか来なかった理由の一つなんだけど……ほら、鈴谷たちは改造案のときに僕に合わせて航空巡洋艦に艦種変更しただろう? その影響もあってか航空巡洋艦としてスペックの底上げがなかなか大変でね。どうせやるなら利根や筑摩に匹敵するくらいの性能が欲しいだろう?」
現状航空巡洋艦の切り札とも言える両名の名前を出されて、鈴谷は「そうだね」と頷いた。利根と筑摩は比較的早い時期に第二改装が施されており、それからはずっと航空巡洋艦の二大エースとして扱われている。
「その辺りはどうにかこうにか実現できる見込みが立ったんだけど、その過程でちょっと妙な方向に話が広がってね。それについて鈴谷本人の意見も聞きたいなって」
「妙な方向? 阿武隈みたいに甲標的取り扱えるようにするとか?」
「いや……ある意味もっと妙かもしれない」
そこに技術部の一員である初春が図面を持ってきた。
「鈴谷よ、これを見るが良い」
テーブルの上に広げられた図面を見る。そこには想像していたのと違うものが記されていた。
「飛行甲板……ちょっと大き過ぎない?」
「うむ」
「これ鈴谷の改造設計案なんだよね?」
「うん、そうだよ」
「これだと主砲とかろくに扱えなさそうなんだけど」
「その通りじゃ」
「いや、その通りって」
と、そこで鈴谷は図面の端に記載されている文言に気づいた。
『鈴谷・軽空母改造案』
完全に予想外だった。しばし思考がフリーズする。
「んんん~?」
「いや、『これなあに?』的な顔を向けられてものう」
「一応かつての戦争のときも空母改装案出たでしょ? 利根や筑摩に対抗するならいっそのこと艦載機運用に全力投球するのもありなんじゃないかって」
「誰発案よ」
「各地の夕張」
「私も提案者の一員よ!」
グッとサムズアップする夕張。鈴谷は迷わずその頭をがっしりと掴んで持ち上げた。
「痛い、痛いってば! ギブ、ギブ!」
「いきなり軽空母っていくらなんでも無茶でしょ! 航巡とじゃ扱う艦載機だって全然違うじゃん!」
「そ、そこはホラ……努力でなんと――あだだだッ」
無責任なことをのたまう夕張を完全に沈黙させる。
そんな鈴谷の肩を叩く者がいた。
「鈴谷さん、それくらいで。空母の艦載機については私がレクチャーしますよ」
そこにいたのは大鳳だった。泊地でも数少ない装甲空母として頼られている艦娘の一人だ。
「あれ、大鳳って技術部じゃないよね?」
「ええ。ただ今回の鈴谷さんの改造案ではこれを使ってはどうかという話があって、それで呼び出されたんです」
そう言って大鳳が見せたのはクロスボウだった。
「空母の艦載機は弓もしくは術式で扱いますが、どちらもきちんと取得するには時間がかかります。ただ、このクロスボウなら幾分か扱いやすいので、これを使って鈴谷さんの空母適性を見ようという話になったんです」
「なるほど」
大鳳から渡されたクロスボウを様々な角度から眺めてみる。
「……見ただけじゃ分かんないなあ」
「それはそうでしょう。実際に使ってみないと」
そうして――そこから鈴谷の挑戦が始まった。
「違います。もっとしっかり相手を見てください!」
時には大鳳の叱責を受け。
「艦載機の妖精さんとの同調が安定しないね。今度一緒に食事でもして親交を深めてみる?」
時には最上の提案で仲間との絆を深め。
「これはもう駄目かもしれんのう……。いや、そんな顔をするでない。そなたが諦めないならわらわも付き合おう」
時には壁にぶつかり諦めそうになりながら。
「――よし、良い感じ良い感じ。これなら最終テストまでいける!」
鈴谷は、軽空母への適性試験に臨んだのだった――。
「よっしゃー!」
最終テストの結果を見て、鈴谷は柄にもなくガッツポーズを決めた。
見えたのは『合格』の二文字。仲間たちとの挑戦は無為ではなかった――その証明だ。
「他の拠点の鈴谷たちも合格したみたいだし、軽空母への改造はいけそうだね」
「当然じゃん、鈴谷やれば出来る子だしっ!」
ふっふーんと胸を張る。
そんな鈴谷を見ながら、それまで鈴谷の特訓を見守っていた技術部の部長――明石が口を開いた。
「では鈴谷さんは軽空母側への第二改造希望ということで良いですか?」
「……へ? 軽空母側?」
首を傾げる鈴谷に、工廠の長である伊東信二郎が「ん?」と声を上げた。
「なんだ鈴谷、お前聞いてなかったのか。お前の第二改造は航空巡洋艦と軽空母のコンバート方式だぞ」
「……聞いてないんですけど?」
ぐるりと首を動かして最上たちを見る。
「い、いやあ。言ってなかったっけ?」
「軽空母必須だと思ってたから死に物狂いで頑張ってたんだけど」
「ま、まあまあ。貴重なデータも取れたんだし鈴谷の軽空母としての技量も上がったんだし……あだだだっ!?」
鈴谷に頭を掴まれて悲鳴を上げる夕張。それを見て最上と初春は一歩退いた。大鳳はよく分かってない様子で立ち尽くしている。
「はっはーん。さてはテストデータ取りたいからあえてそういう方向に持っていったなあ?」
「す、鈴谷よ。そう怒るでない。これは決して興味本位とか私利私欲ではなく……いや、まったく興味がなかったというわけでもないのじゃが」
「そうそう。いやー、鈴谷、そんな怒らないで。可愛い顔が台無……あだだだっ!」
「やかましいわー!」
最上と初春の頭を掴んで振り回す。
そんな鈴谷を見て、大鳳はぽつりとこう漏らした。
「今回一番磨かれたのってアイアンクローの威力なんじゃ……」
なお、その後鈴谷は無事正式に軽空母となったため、特訓の成果は無駄にならなかったという。