S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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松風のキャラはいろいろ話を転がしやすそうですね。そして藤波はそれに振り回されるイメージが……。


火傷しないよう気をつけな(雲龍型姉妹・時津風・春風・松風・藤波)

 S泊地はできるだけ自給自足することを目標の一つにしている。

 本土からの輸送が途絶えても、ある程度自分たちだけでやっていけるようにする必要があるからだ。

 そんなわけで農業・畜産・漁業・林業等を持ち回りで行っている。

 最初のうちは悪戦苦闘する艦娘たちだったが、慣れてくると普通の人間を上回る身体能力を持っているだけに余裕が出てくる。

 そして、余裕が出てくると遊び心が湧いてくる。

 

「茶葉を育てて自作のお茶を作ってみた」

 

 というところから、

 

「自分で茶器を焼いてみたい」

「茶器を焼くには窯がいる」

「窯を作ろう」

 

 という発想になるのは自然なことだった。

 

 

 

 そんなわけで泊地の片隅にある空き地に集まった艦娘たち。

 中心にいるのは雲龍だった。今回の件の発起人は彼女である。最近お茶にはまっているらしい。

 時津風が肩車されているが、そのことについてとやかく言う者は誰もいなかった。この二人はだいたいこんな感じである。

 

「……それで、窯を作るんだって?」

 

 やや面倒くさそうに尋ねたのは工廠の長である伊東信二郎だった。今日は休暇ということで煙草をふかしながらダラダラしていたのだが、雲龍に捕まってここまで引っ張り出されてきたのである。

 

「そう。そうすればいろいろな茶器が作れる……」

「こういうモノづくりは藤堂でも呼べばいいだろうに」

 

 藤堂というのは設計士を生業とする泊地のスタッフだ。泊地にある建物をはじめとするインフラのほとんどに関わっている。

 

「藤堂さんは最近ハードワークで死にそうだから……。それに伊東さんは実家で陶芸やってると聞いた」

「誰だ余計なこと言ったのは……。まあいいか。適当なことして火傷でもされたら困るからな。監督役はしてやる」

「せっかく広いんだし大きい窯作りたいなー」

 

 時津風の言葉に伊東は周囲を見渡して頷いた。

 

「今後他の連中が使う可能性もあるし、作れるならその方がいいな。耐火レンガはそれで全部か?」

「はい。さすがに耐火レンガまで自作するのは大変そうでしたので、本土から取り寄せました」

「いざ使ってみてレンガの出来に問題があったら目も当てられないしね」

 

 トラックに積み上げられたレンガを指して天城と葛城が答えた。

 

「……天城と葛城は雲龍の手伝いってことで分かるとして、お前たちは?」

 

 伊東は視線を春風・松風・藤波に向けた。

 

「私、雲龍さんと一緒によくお茶をしていまして」

「春風の姉貴だけに力仕事をさせるわけにはいかないからね」

「松風に引っ張られて来たのよ。夕雲姉さんたちも『いい経験だから』って言ってたから逃げられなかった……」

 

 藤波からはそこはかとなく苦労人オーラが漂っていた。同期の松風が自由人なので日頃から振り回されているらしい。

 

「んじゃ、まずは土台作りだな。それから骨組みだ」

「レンガを積むんじゃないの?」

 

 不思議そうに尋ねてくる藤波に、伊東は頭を振った。

 

「完成したときのイメージを持たずに作り始めてもロクなことねえぞ。そういう意味でも土台作りと骨組みはしっかりやっておかないと駄目だ」

「骨組みは何使えばいいかしら」

「竹とかでいいだろ。確か倉庫にいくらか余ってたはずだ」

 

 そんな調子で地面をならし、設計イメージを固めながら竹で骨組みをしていく。

 こういう作業はさすがに経験豊富な雲龍たちの独壇場だった。松風や藤波はどうすればいいか把握しかねているようで、春風や時津風に話を聞きながら少しずつ作業を進めている。

 

「正直俺も専門家じゃないから自信はないがな。とりあえず駄目元で作ってみるって感じだ」

「伊東の旦那、意外と弱気だね」

「陶芸は奥が深いんだぞ、松風。いや、俺も詳しくは知らないが親父にはガキの頃からずっとそう言われて育ってきた。窯は陶芸のベースになる部分だからな。形だけ整えても駄目だ。火加減だとか頑丈さだとかいろいろクリアしないといけない課題も多い」

「ふうん」

 

 松風はレンガを積み上げている最中で、あちこち汚れていた。普段身なりを整えているだけに、こういう姿は少し意外である。

 

「こういうのも悪くないな」

 

 ただ、よく見るとその視線は裾をまくって窯づくりに勤しむ天城に注がれている。

 

「和服美人が一生懸命何かに勤しむ姿、いいね」

「駄目ですよ、集中しないと」

 

 ポカリと春風が松風にチョップを喰らわせていた。

 

 

 

 そんなこんなで数日かけて作業を進めていき、どうにか完成に漕ぎつけた。

 

「こうして形になると『やった!』って感じになるわね」

 

 作業着で汗を拭きながら藤波が言った。この数日ですっかりその恰好が似合うようになっている。

 

「隙間もないし、煙突の位置も悪くない……と思うんだがなあ」

「親方さん、もうちょっと自信持ってよ。私まで不安になるじゃない」

 

 葛城に肘で小突かれて、伊東は「ううむ」と唸った。

 一同が息を呑む中、雲龍が窯に薪を入れていく。

 しばらく様子を見ていたが――そのうち窯に亀裂が走り始めた。

 設置した温度計をじっと見るが、思っていたほどの温度になっていない。

 

「これは駄目かなー」

 

 時津風の言葉に一同が溜息を漏らす。

 

「やっぱ専門家に話を聞いておくんだったな……。強度も熱量も足りてない」

「残念」

「まあまあ雲龍さん、そう落ち込まないで」

 

 松風が慰めの言葉をかける。だが、そういう松風自身も幾分か残念そうな表情を浮かべていた。

 一方、雲龍は案外と平気そうな顔をしていた。

 

「大丈夫。こういうのはよくあることだから」

「よくあるの?」

 

 藤波の問いかけに天城が頷いた。

 

「割と失敗だらけよ。一度で成功する方が少ないかも」

「見張り台作ろうとして一気に倒壊したときが一番の衝撃だったわね」

「ええ……」

 

 葛城の経験談に、松風と藤波は若干引いているようだった。

 

「ま、今度本土行ったときに実家で話聞いて来てやるよ。そうしたらまた修繕するなり作り直すなりすればいい」

「そのときはまた呼んでよ。なんか失敗して終わりじゃすっきりしない」

「同感だね。仕事を途中で諦めたら朝風の姉貴に何言われるか分かったもんじゃない」

 

 意気込む二人を見ながら、伊東は『こいつらもすっかりここに染まったなあ』と思うのだった。

 

 

 

 なお、窯は紆余曲折を経て半年程後に無事完成し、それ以降泊地でちょっとした焼き物ブームが起きるのだが――それはまた別の話である。


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