なお、作者は農業に関してはど素人です。
泊地の外は大雨が降っていた。
こんな日は室内で大人しくしているに限る。といきたいところだけど、この泊地ではそうも言ってられない。
「どーおー、龍驤さーん」
雨の勢いに負けじと声を張り上げる。
「あかん! 排水路が何か所かぶっ壊れて作物が水に浸かっとる!」
「もう何日も降ってるし、修理するしかないかね!」
「うちらだけでやるのは無理や! 鬼怒はまず応援呼んで来て!」
「アイアイサー!」
それぞれの寮を駆け回って手の空いている子たちに声をかける。寮も一部雨漏り対策が必要なところがあって来れないという人もいたけど、結果的に五十人前後の人数が集まった。
「畑のピンチは泊地のピンチ、放っておくわけにはいきません」
中でもやる気に満ちているのは赤城さんだ。赤城さんは泊地内の農業部の部長を務めている。農業と食材管理に関してはマジパナイのだ。
ちなみに私と龍驤さんは今日の畑当番だ。様子を見に来たら畑の浸水具合が酷く、調べてみると排水路が一部壊れていたことが分かった、という状況である。
「第二艦隊、第四艦隊、第五艦隊の皆さんはあの辺り一帯に臨時の排水路を用意してください。あそこから流すことができれば少し状況はましになるはずです。第三艦隊、第六艦隊の皆さんは私と一緒に排水路の修復を急ぎましょう。けど適当な修復では駄目ですよ。雨はまだしばらく続くそうですから」
大部分の畑は暗渠排水をしっかりと行っているけど、これだけの雨が続くと楽観視はしていられない。
泊地の食糧や日用品は本土から取り寄せることが多いものの、深海棲艦の存在や予算の関係もあって、それに頼りきりというわけにはいかない。
そのため泊地内では様々な施設や設備を設けて、何かあったときも自給自足できるようにしている。これは設立間もない頃に本土との連絡が取れなくて苦労した教訓から出た方針らしい。その頃私はまだ着任してなかったから詳しいことは知らないけれど。
「鬼怒、見てみ。ここの辺り。雨のせいで土が崩れて畑の方に流れるようになってしまっとる」
龍驤さんが指し示しているのは、土を掘り返して作った排水路の一部だった。
「やっぱり石とか粘土とかで枠作らないと駄目なんじゃないかな」
「確か前もそういう話は出たんやけどねー……時間とか予算の関係で駄目ってことになったような気がする」
「でも今はそういうわけにもいかないよね。これ土を盛りなおしてもすぐ崩れちゃうんじゃないかな」
「せやなあ。何か硬いもんで固定するしかないけど、丁度良いのある?」
「さっぱりないよ……」
「多少不格好でも、当座が凌げそうなものであれば構いません。本格的な対策は雨が落ち着いたときにでも司令部に掛け合います」
赤城さんが力強く胸を叩いた。
「不格好でも……そや、バルジあったやろ!」
「そういえば十個くらいストックしてたね。他にも正方形っぽい使ってない装備あればそれ使うって手もあるかも……!」
「そういう発想に至ると思って持って来ましたよ!」
威勢の良い声とともに現れたのは、様々な道具を山ほど抱えた明石さんだった。
「ちなみにバルジは持ってきてません。代わりに板として使えそうなものとか、固定用の器具をいくつか」
「えー、バルジでええやん。あんなん必要ないやろ」
龍驤さんがぶーたれる。すると、明石さんは目を険しくさせて龍驤さんの鼻先に指を突き付けた。
「うちの泊地にある装備品はすべて大事な共有財産です。使用するも廃棄するも決定権は提督にしかありません。無駄遣いや用途にそぐわない使い方はノーですよ。オーケーですか?」
「わ、分かった分かった! 冗談や冗談!」
多分龍驤さんは本気だった気がするけど、それを言うと明石さんが鬼になりそうなので黙っておくことにする。赤城さんが農作物の鬼なら明石さんは装備品の鬼だ。明石さんの前で装備を軽んじる発言をしようものならきついお仕置きが待っている。
「それでは緊急工事に取り掛かりましょう。明日の美味しい食事のために全力を尽くすのです!」
赤城さんの声に皆が「えいえいおー!」で応じる。食料問題はこの泊地における重要事項なので、赤城さんに限らず皆の士気は高い。
勿論私も食事に食いっぱぐれるのは御免なので、全力で取り掛かることにした。
それから三日後、私たちは畑のところに集まっていた。
農業について詳しい道雄お爺さんに畑の状態を見てもらっているのだ。
道雄さんは南方泊地を回って農業指導をしてくれる艦隊の民間協力者の一人だ。もう七十を過ぎているけど今も元気いっぱいなお爺ちゃんである。赤城さんをはじめとする農業部の人たちにとっては先生みたいなものだ。
「……うん、これくらいなら大丈夫だろう。けど排水路は全体的に見直した方が良い。水を必要以上に吸ってるし、崩れやすくなってる。何かコの字型のものを設置して固めた方が良いだろうな」
一通り問題点を指摘すると道雄さんは船の積み荷を指した。
「まあ、今回は大変だったろう。ちょうど本土から届いた物資があるから、何か作って食べようか」
道雄さんの言葉に周囲が沸き立つ。道雄さんは本土から届いた食料品を各泊地に届ける仕事もしているからだ。大半は泊地内の食事処や島の人々に提供されるのだが、一部は道雄さんが自ら料理して振る舞ってくれる。これを楽しみにしている艦娘も多い。
「そろそろ夏だと思って今回は素麺を大量に持って来た。以前竹を割ったろう。あれがまだあるなら泊地の皆を集めて流し素麺でもやろうと思ってな」
「鬼怒、急いで皆呼びに行くで!」
「あ、ちょっと待ってよ龍驤さーん!」
こういうイベントごとが好きな龍驤さんは早速駆けだしていく。
私はそれを慌てて追いかけるのだった。
くぅ、とお腹の音が聞こえた。
私のお腹の音じゃない。隣にいた赤城さんのお腹の音だ。
「あ、赤城さん。もうちょっと食べても良いんじゃ……」
「いえ。私が食べ過ぎると下流の子たちが食べられませんので」
「でもさっきから……」
「何を言うのです鬼怒さん。一航戦たる私がそんなお腹を鳴らすなど――」
くぅくぅとお腹が鳴った。
下流の子たちもこちらを――赤城さんを見ていた。
赤城さんの我慢はそこから三分程続いたのだった。