こういう話は動画の方がマッチしそうな感じもしますが、はてさて。
始まって間もなく秋津洲が叩き落されるというデンジャラスな展開を見せ始めた艦娘対抗レース。
ショートランド一周というそこそこ長めのコースであることを意識してか、秋津洲脱落後は各メンバーともに鳴りを潜める形になった。途中補給ポイントは何ヵ所か設けられているが、何も考えずにバカスカやり合っていたらあっという間に身動きが取れなくなる。
今のところ島風が先頭をキープしているが、後続集団との距離はそこまで離れていない。何かあれば追い抜かれる可能性は十分にあった。
『さて、ここで第一補給ポイントです。担当の神威さんたちが待機中です』
青葉の紹介を受けて補給担当の面々がモニターに手を振った。ここだけ見ると何とも微笑ましい。
『おおっと、最初の補給ポイント前で比叡さんが前に出ました! 長門さん、翔鶴さんも速度を上げています!』
『おそらく大型艦故に補給で時間がかかるからでしょうな』
次々と補給ポイントに入り洋上補給に取り掛かる。
『おっと、これは……!?』
補給ポイントからいち早く飛び出したのは鳥海だった。
『鳥海さん、どうやら補給よりも先行することを優先したようです! 補給は必要最低限に留めた様子!』
『他の参加者たちの表情からは焦りと困惑が見えますねえ。補給を続けるか自分も出るべきか、揺さぶられているようです』
『これも鳥海さんの策なのかー!?』
漣の指摘通り、他の参加者の脳裏には迷いが生じたようだった。動じていないのは島風と長門くらいか。二人は最後まで補給すると固く決めているらしい。
単独トップに躍り出た鳥海はというと、意外にもこれまでのペースを維持する安定した走りを見せた。ここで一気に他の参加者を引き離すこともできそうなものだが、そういうつもりはないらしい。
「無理にペースを上げずとも問題ありません。まだ先は長いですから」
鳥海は十分なプランを練って参加しているようだった。プランへの自信が安定した走りに繋がっているのだろう。
それに引きずられて早々に補給を終える者、最後まで補給を続ける者に分かれたため、第一補給ポイント後の順位は大きく動くことになった。
先頭は鳥海。それに少し遅れて吹雪、熊野。先ほどまで先頭にいた島風は順位を大きく落とすことになった。
『さあ、次の目的地は島の北西部にある第二補給ポイント! しかし実は、そこに至るまでの間に障害物エリアがあったりします!』
青葉の宣言に参加者たちがぎょっとした表情を浮かべた。どうやら知らされていなかったらしい。
『あ、苦情は青葉じゃなくて司令部の皆さんにお願いしますね。海上移動はサプライズだらけ、安全なコースをただ走って得る一位なんて意味はない――そう言って障害物エリアを設けたのは司令部の方々なのでっ!』
『ドSですねー。お富士さん発案なのか、叢雲ちゃん辺りの発案なのか』
『そんなわけでここでの障害物は――魚雷地獄です!』
ぱっとモニターが切り替わる。
そこには多数の魚雷を装備した北上と木曾、それに参加していない潜水艦たちの姿があった。
「いやー、大井っちには悪いけどこれも仕事だからね」
「そんなわけで――行くぜ!」
一斉に参加者たち目掛けて放たれる魚雷たち。どう避ければいいんだと言わんばかりの量だった。
「くっ、これは想定外です……!」
鳥海たち先頭グループは速度を最高まで上げて魚雷から逃れる方法を選んだ。一方後続にいたグループは一旦速度を落とし、迂回することで魚雷を避けようと試みる。
『さあ、ここで貧乏くじを引かされたのは真ん中辺りにいるグループ! 先にも行けず後にも引けず、さあどうする!』
「こうします!」
青葉の言葉に応じるかのように翔鶴は真上で艦載機を放った。よく見ると、艦載機には糸がついている。その糸は翔鶴の身体に伸びていた。
『おおっと、翔鶴さん――これは艦載機によって自分の身体を引っ張り上げているゥー!?』
『秋津洲さんと違ってそのまま進むには無理があるけど、短時間の間魚雷を避けるならこれで十分というところですな』
『あっと、しかしこれは……!』
宙に浮かびかけた翔鶴の腰元に、なんと比叡が抱き着いていた。
「一人だけ助かろうなんて薄情じゃないですかぁ、翔鶴さん!」
「ちょ、離してください! ず、ずり落ちちゃいます!」
比叡がしがみついているせいで翔鶴の袴が落ちかけているようだった。
『こいつはやばい! 別の意味で翔鶴さんが大ピンチです!』
『観客には男性陣もいるのでやばいですねー。ということで映像チェンジ!』
漣の合図と同時に映像は大井へと切り替わった。心なしか観客席の男性陣が肩を落としていたようにも見えたが、スルーしておく。「ふふふ、魚雷の撃ち合いっこですか? 構いませんよ、北上さん……!」
映像に映し出された大井は自分が大ピンチなのにも関わらず相当ハイになっているようだった。正直顔が怖い。
そういえばアイツは相当な魚雷フリークでもあった。今の状況はもしかすると大井的には最高の状況なのかもしれない。
「行きますよ、ホラホラホラ!」
自分に迫りくる魚雷目掛けて大井はカウンターとして魚雷を撃ち放つ。それは寸分違わず北上たちの放った魚雷に命中し、大井に当たる前にすべて相殺される形になった。
「うわあ、さすが大井っちだね」
「こうなる予感はしてたけどな……」
北上と木曾も、これには苦笑するしかないようだった。
魚雷エリアを越えて第二補給ポイントに向かう艦娘たち。
何人かはダメージを受けたが、脱落に至る者はまだ出ていない。
ただ、魚雷を避けるために加速したツケか、鳥海の速度は少しずつ落ちてきていた。
少しずつ追い上げてきているのは島風と長門、それに伊19だった。伊19は魚雷エリアを潜航して突破したので、他の参加者と比べてペースが乱れていない。
一方、魚雷でダメージを負ったからか翔鶴や比叡は少し遅れ気味になっていた。
「あちゃー、先頭からは大分離されちゃったな……」
「うう、比叡さん酷い……」
「わ、悪かったってば」
袴の位置を確認しながら涙目で訴える翔鶴。
そこにススッと近寄る影があった。
「このまま先頭集団に引き離されたままというのも面白くありませんわ」
「その声は……熊野!」
「なんですの、その大袈裟なリアクションは」
比叡に対しやや呆れ顔を浮かべる熊野。
「……何か策でもあるんですか?」
「ええ。そのためにはもっと仲間を集める必要がありますけれど」
そう言って熊野は怪しげに目を光らせた。
「戦場において速さだけでは目的地に辿り着けない――そのことを教えて差し上げますわ!」