S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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一緒に何かできる相手がいるというのはいいものだな、と。
うちの島風は姉妹艦がいないが故に、却って幅広い付き合いができているというイメージでいます。


この世の理とは速さなのかもしれない(3)(島風・長門・伊19)

 艤装も身体も、良い感じに温まってきた。

 途中アクシデントがあったりもしたが、それくらいは許容範囲だろう。

 

「純粋な速さじゃ私が一番だしっ」

「ははっ、言うではないか島風!」

「潜水艦最速の看板背負ってるからには負けられないのね!」

 

 意外にも食らいついてきているのは長門と伊19だ。

 

『ちなみに最速を自称してるイクちゃんですが、ニムたんも同じ速さらしいでござる』

「こ、このタイミングでそういうことは言わなくていいのね! 嘘じゃないし!」

 

 伊19が速度を上げてくる。純粋な速度ならこちらの方が上だが、伊19は数々のアクシデントを潜ることで避け続けてきた。一番自分のペースを維持できている。

 そんな伊19がペースを上げてきたのには理由がある。

 

『さて、ここで後続の参加者たちも一斉に追い上げてきました。――もうすぐです! ゴールが間近です!』

 

 青葉の言葉通り、レースは終盤に差し掛かっているのだった。

 

 

 

「……なんか島風、楽しそうだな」

 

 モニターに映し出される様子を見て、そんな言葉が口から出ていた。

 

「普段は少し気怠そうにしてる印象が強かったが」

「島風があんだけ全力で走れる機会なんてまずないからねえ」

「作戦行動のときは他の艦に合わせた速力にしないといけないから……。島風にとっては窮屈なのかもしれない」

 

 望月と初雪がポップコーンを頬張りながら言った。

 ずっと走り続けているからか、参加者たちの表情には疲労が表れていた。

 それでも皆どこか楽しそうに見える。

 

『おおっと、ここで後続集団が大きく動いたー!』

 

 先頭の島風、長門、伊19から引き離された集団――熊野たちが動きを見せた。

 

「これは速さを競うだけの勝負ではありませんわ……! 最初にゴールを越えた者。それが勝者であり真のレディですのよ!」

 

 熊野が一斉に艦載機を発射する。今回は軽空母として参加しているようだった。

 

「むっ……!」

 

 熊野の元から放たれた艦載機の多くは艦爆だった。容赦ない爆撃が先頭集団を襲う。

 

「ば、爆弾は勘弁なのね!」

 

 特に被害を受けたのは伊19だった。艦爆の攻撃は潜って避けるというわけにはいかない。

 島風と長門はギリギリのところで避け続けていたが、伊19はとうとう捕まってしまったらしい。雨あられのように降り注ぐ艦爆のこうげきを受けて、艤装が大破してしまった。ここまでくると速度もがた落ちである。

 

「ぐぬぬ……。む、無念なのね……!」

 

 親指を突き立てて海中に潜っていく伊19。意外と余裕はありそうだった。轟沈しないよう調整してるからかもしれないが。

 

「攻勢に出たな、熊野! だが艦載機をこれだけ繰り出しては、走ることに集中できまい……むっ!?」

 

 長門が熊野の姿を見て顔をこわばらせた。

 熊野は比叡・翔鶴の二人に縄で引っ張られていた。曳航されている形になる。

 

「熊野さんのサポートは、私たちで……!」

「艤装の調子が悪い分は、気合で補います!」

 

 先頭集団への攻撃は熊野が担当し、走りは比叡たちがカバーする。

 

「なるほど、他の参加者との協力もありとルールにはあったな。だが、この長門は負けんぞ!」

「島風だって!」

「――私たちのことも忘れてもらっては困りますね!」

 

 そこで、先頭と後続の間にいた鳥海と大井が速度を上げてきた。

 後続集団の出方を見極めてから出るつもりだったのだろう。彼女たちにとっては、後続集団の攻撃が先頭集団に集中している今が最大の好機とも言えた。

 

「魚雷は全部出し尽くしたから攻撃はできないけど……その分身軽になってるのよねえ!」

 

 猛追する鳥海・大井・熊野たち。

 熊野の攻撃の手が尽きた頃には、彼女たちも島風や長門たちと並ぶようになっていた。

 

『さあ、ここからは地力の勝負か! ゴールは目前だあ!』

 

 青葉の言葉通り、島風たちの前にはもう余計な障害物はなく――彼方にはゴールが見えていた。

 

 

 

 全力で走ろうとするといつも止められた。

 皆はそんなに速く走れない。少し抑えろ、と。

 だから、艦隊行動中はいつもモヤモヤした思いを抱えていた。

 本当はもっと速く走れるのに。そうしてはいけないなら、この速さは何のために備わっているのだろう。

 別に他の皆が意地悪でそう言っているわけではない、ということは分かっていた。

 ただ、それでも全力で走ってみたいという欲求は常に心の中にあった。

 ほとんど休みなしで全力疾走し続けていたからだろう。身体はもう疲れ切っていた。最初の頃と比べるとスピードも落ちてきていることだろう。

 それでも、今はとても気分がいい。

 皆が全力で走っている。一番は自分だと、負けず嫌いの顔をして走っている。

 

「ははは、やはり速いな島風――だが速度を最高まで上げたこの長門から逃げ切れるかな!?」

「なんでそんなに速くなってるのよ! 訳分かんない!」

 

 長門なんて普段はとても遅いのに。

 自分には絶対追いつけないと思っていたのに。

 今は不思議と食らいついてくる。

 ゴールは目前だった。

 自分の順位とか、他の人がどこにいるかとか気にしている余裕はなくなってきた。

 絶対に負けたくない。自分が一番になるんだと、そのことだけを考えるようにする。

 青葉と漣が何か言っている。聞こえてはいるが、もう頭には入ってこなかった。

 それでも。

 ゴールを通過したとき、自然と腕が大きく振り上がった。

 

「私には――誰も追いつけないんだから!」

 

 そうして、勢い余って前のめりに海面へ激突することになった。

 

 

 

 意識が飛んでいたのはどれくらいの間だろう。

 気づけば、長門に抱きかかえられていた。

 

「あれ、私……」

「白熱し過ぎて意識が飛んだみたいだな。普段のお前からは考えられないくらい熱くなっていたぞ」

 

 周囲を見ると、他の皆も全力を出し尽くしたのか各々休んでいるようだった。

 

「私、勝った?」

「ああ。やはり速さでお前には敵わないな」

 

 そう言って長門は頭をわしゃわしゃと撫でてきた。

 

「ちょ、もう。やめてよー!」

「照れるな照れるな」

 

 そうではなく長門の力が強すぎて頭がシェイクされるのだ。

 ひとしきり撫でて長門は満足したのか、愉快そうに笑っていた。

 

「島風」

「な、なに……?」

「――楽しかったか?」

 

 自分は楽しかったぞ、と言わんばかりの笑みを浮かべて長門は言う。

 つまらないことを聞くものだ。

 そんなこと、答えるまでもないではないか。


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