ゆらゆらします。……とてもゆらゆらします。
物凄い雨音で目が覚める。
起き上がってカーテンを開けてみると、外は豪雨に見舞われていた。
「……なんだか、すごい雨みたいだね」
上のベッドで休んでいた名取姉も起きてしまったらしい。
時計を見ると、まだ時刻は四時になるかならないかといった頃合いだった。
「長良姉や鬼怒たちは今日も走ってるのかしら」
「多分走ってると思う。私が知る限り天候を理由に二人が朝のランニングを休んだことないし」
恐るべき姉妹である。何がそこまであの二人を駆り立てるのだろう。
「なんだかもう一回寝るには目が冴えちゃった。由良はどうする?」
「私もこの雨音聞きながらまた寝る自信はないかも……」
かと言って、朝ご飯を食べるにはまだ早い。
どうにも半端な時間に起きてしまったものだと後悔する。
「とりあえずやることないしロビーでテレビでも見ようか」
「そうだね」
それぞれの私室とロビーには多少の距離があるので、よほど大音量にでもしない限り私室まで音は届かない。まだ寝ているであろう他の子たちの迷惑にはならないはずだった。
着替えて一階のロビーへ向かうと、そこには先客――潮ちゃんがいた。
「あ、お二人ともおはようございます」
「おはよう。潮ちゃんも寝られなくなったの?」
「はい。曙ちゃんはまだ寝てたし、部屋にいてもやることないのでここで本でも読もうかと……」
話している最中、落雷の音が周囲に響き渡った。雨だけでなく雷まで鳴るとは、よほどの悪天候なのか。
「雷が鳴ってるならテレビはつけない方がいいかもね」
「万一落雷して壊れたら悲しいもんね……」
しかし、それなら何をして過ごそう。
「あ、いいものありますよ」
潮ちゃんがラックから何かを取ってきた。小型のゲーム機のようだ。
「少し前の世代のゲーム機らしいんですけど、可愛いソフトがあるんです」
潮ちゃんがカセットを差し替えて電源を入れる。
すると、愛らしい犬や猫が映っているタイトル画面が表示された。
「わ、可愛いね」
「ペットを育てるゲームなんです。七駆の他の皆はあんまりこういうのやらなくて……でも、お勧めです!」
潮ちゃんが珍しく語気を強めていた。よっぽどこのゲームが好きなのだろう。
「普段ゲームはやらないんだけど……そんなに難しくないならやってみよっか」
「そうだね」
名取姉と一緒に潮ちゃんのレクチャーを受ける。
このゲームは、家庭で飼えるようなペットの中から一種類選んで育てていく育成ゲームらしい。
最初にプレイヤーの名前を決めたらペットを選んで名前をつける。そして家に迎え入れてから日常生活を過ごしていく。
日頃の振る舞いによってプレイヤーやペットのステータスが変動していき、それによって出来ることやペットのリアクションも変わったりしていくらしい。
「結構、作り込まれてるんだね」
意外に奥深そうな内容に興味が出てきた。
画面の中から向けられてくるつぶらな瞳から、目が離せなくなっていく――。
「夕張、相談があるの」
休みのとき、私室で映画を見ていたら由良が訪ねてきた。スプラッター映画を慌てて止めて迎え入れると、由良は何やら深刻そうな表情を浮かべながらそう切り出してきたのだった。
「どうしたの、由良が相談なんて珍しいじゃない」
由良はしっかり者かつ控え目な性格だから、甘えるのがかなり下手だ。人に頼るということを滅多にしない。
自分から相談を持ち掛けてくるなどよっぽどのことだ。
「何かあったの?」
「……うん。私の教育方針、何か間違ってないかって不安になって」
教育方針ということは、旗下の駆逐艦の子たちのことだろうか。あるいは鬼怒や阿武隈のことかもしれない。
「私もあんまりそういうのは強くないから自信ないけど、何が不安なの?」
「自立値が全然伸びないの」
「……ん?」
なんか怪しげな単語が聞こえたような。
「自立心?」
「うん。自立値が全然伸びないの。きちんとときどき叱ったりもしてるんだけど……」
「由良。それ何の話?」
どうも認識にずれがありそうだった。由良の話を一旦止める。
由良は神妙な面持ちで少し前の携帯ゲーム機を取り出した。
「ゲームの話かっ!」
「げ、ゲームかもしれないけど、私は真剣に悩んでるんだから……!」
由良は口をへの字にして抗議してきた。こういう由良を見るのは珍しい。
ゲームの状態を見ると、確かにペットのステータスの中で自立のパラメーターが妙に低かった。
続けてプレイヤーのステータスを見ると、世話好きのパラメーターが最高値になっていた。厳しさとかもそれなりに高いのだが、それを上回る世話焼きっぷりである。
「……由良、ちょっと構い過ぎなのでは?」
「えっ……。で、でもトイレとかお風呂とかはきちんとお世話しないと駄目よね」
「そこはそうなんだけど……。履歴見るとしょっちゅう散歩連れてったり遊んだりしてあげてるみたいだし。悪いことしたら叱ってるからしつけのパラメーターは十分だけど……これじゃちょっと自立心は育たないわねえ」
こちらの指摘に由良はかなりショックを受けているようだった。
口元を手で押さえて、辛そうな表情を浮かべている。
「そんな……。駄目なの? とても可愛いからつい構ってしまいたくなってたけど……」
「ときには距離を置くことも大事なんじゃないかなー」
それはゲームに限らず、そういうものではなかろうかと思う。
私だって、由良みたいなお世話好きがずっと構い続けてきたら駄目になってしまいそうな気がする。
「……分かったわ。私、少し考えを改めてみる。ありがとう、夕張!」
こちらの手をがしっと握って由良は頭を下げた。
「う、うん。まあ程々にね」
「分かった!」
比叡さん並の気合を見せて去っていく由良を見送りながら、大丈夫かな、と少し不安を覚えるのだった。
それから更にしばらく経ったある日。
今度は鬼怒と阿武隈が揃って部屋にやって来た。
「最近、なんか由良姉や名取姉が妙によそよそしくてさ……」
「夕張さん、由良お姉ちゃんと仲良いし何か知らないかなーと」
由良がそうなった原因に心当たりがあるだけに、盛大なため息が口からこぼれ出る。
おそらく名取は由良経由で同じような状況になっているのだろう。
「あんたたち姉妹は世話が焼けるわね、まったく……」
結局――由良と名取が元に戻ったのは、ゲームでペットが天寿を全うするのを待たねばならなかったという。