S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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約一年と言うことで、第一回をちょっと意識したお話を。


七夕祭りだ!(鬼怒・龍驤・五十鈴)

「何か夏っぽいことしたい」

 

 かき氷をしゃくしゃくと食べながら鬼怒がそんなことをのたまった。

 

「……お前、今この上ないくらい夏っぽいことしてるだろ」

「チッチッチ、分かってないね板部さん。鬼怒はもっとビッグなことしたいんだよ」

「ついこの前由良の改二祝いと称して無茶苦茶騒いでただろう」

「……今日は今日の風を吹かしたいの!」

 

 子どもかこいつは。

 こうなると鬼怒は実際に動くまで落ち着かないだろう。何か適当な提案をするしかない。

 

「そうだなー、七夕近いし短冊でも飾り付ければいいんじゃないか」

 

 それなら手早く済ませられるだろうと思っての提案だったが、鬼怒はこちらの斜め上をいった。

 

「七夕……なるほど! 七夕祭りだ!」

「は?」

「泊地の皆で七夕祭りをやるんだよ! さすが板部さん、ビッグなこと考えるぅ!」

「……お、おう」

 

 曲解されたとは言え一応こちらから提案した形になるので、俺には頷くことしかできなかった。

 

 

 

「最近増えてきたしちょうどええな」

 

 龍驤が竹林の様子を眺めながら言った。

 他にも阿武隈に磯波や浦波、不知火や早霜などが集められている。全員作業着姿で、竹を切るためのノコギリを持っていた。

 

「はーい、それじゃ皆事前に通達した分だけ切ってねー!」

 

 鬼怒の号令に全員が応じて散会していく。動きに一切迷いがない。竹は伸びるのが早いので定期的に切る。皆にとっては定例行事なのだろう。

 一見するとこういう作業に慣れてなさそうな磯波や早霜もテキパキと切っていく。艦娘は対深海棲艦のプロなはずだが、そのことを忘れてしまいそうになるような慣れっぷりだった。

 こちらはというと、慣れない肉体労働で早速腕と腰が痛んできた。

 

「なんや先生、体力ないなあ」

「俺は皆と違って若くないんでね……」

「そんなんじゃあかんて。今度体力のつくもの食べさせたげようか?」

「……龍驤の馳走はなんか粉もの多めになりそうだな」

 

 美味いことは美味いのだろうが、なんか胃にもたれそうな気がする。

 こっちが苦戦している間に他の皆はさっさと切り終えてしまっていた。結局俺が切り倒したのは一本だけで、他は磯波たちにやってもらう形になってしまった。

 

「しかし、皆生き生きとしてるな。こういうイベント大好きだねえ」

「それもあるかもしれんけど、やることがあるってのはそれだけでええもんやと思うよ。いや、うちらの本分は深海棲艦との戦いやけど……やっぱり殺伐としとるし。命の危険もなく、皆で一緒に何かやれることがあるってええやん」

「深海棲艦とやり合うよりこういうことしてた方がいい、ってところは同意する」

 

 俺は皆で一緒に何かするより、一人でだらだらしている方が好きだ。

 

「短冊に書く願い事は『だらだらしたい』にするかな」

「やめんかい。初雪や望月辺りが見たらどうすんの」

「駄目か。仕方ない」

 

 竹を抱えて麓に降りていく。その途中、大量の和紙を抱えた集団に遭遇した。

 

「あら、もう竹切り終わったのね」

 

 集団を率いているのは五十鈴だった。

 

「和紙、そんなにいるか?」

「皆で書く分だけじゃないわよ。どうせなら豪勢に飾り付けたいじゃない」

 

 何を作るつもりなのだろう。大都市でやる七夕祭りみたいな飾り付けでもする気だろうか。

 視線を麓に向けると、泊地の中心部の広場に何か櫓らしきものが出来つつあった。

 

「……あれは何してんだろうな」

「夜に皆で踊るためのステージ用意するって大和さんと武蔵さんが張り切ってたわね。藤堂さんも駆り出されてるみたい」

「屋台も開くって言ってたね。珠子さんやイタリアたちが中心になって駆逐艦の子たち集めてたよ」

 

 次から次に泊地の艦娘やスタッフの名前が出てくる。

 こちらが気づいていなかっただけで、かなりの大事になっているようだった。

 

「よくこんだけ大規模な催しを大淀が許可したな……」

 

 普段から赤字ギリギリで回しているのがこの泊地だ。その財布を握っている大淀は、この手の大規模イベントに乗り気でないことが多い。

 

「霞たちに説得されたみたいよ。たまにはいいでしょうって」

 

 霞・朝霜・清霜の三人は大淀の泣き所として有名だった。おそらく先にその三人を落として、最後に本丸である大淀を攻め落としたのだろう。企画側にもなかなかの策士がいるようだ。

 

「ま、島の人たちや外部の人たちも呼ぶらしいから元手はどうにか取るつもりなんでしょ」

「近場の提督さんたちも来るらしいよ。この前四葉祭で盛り上がったばかりなのに、皆元気あるよね」

「言い出しっぺのお前がそれを言うのか……」

 

 その場にいた全員に突っ込まれて、鬼怒は明後日の方向に視線を逸らすのだった。

 

 

 

 それから数日経った七月七日。

 泊地は、普段と比べ物にならないくらいの賑わいを見せている。

 俺はというと、泊地の学び舎の屋上でぼんやりとその賑わいを眺めていた。

 賑わっている景色を見るのは好きだが、その渦中に飛び込むのは苦手だった。これくらいの距離感がちょうどいい。

 同じような考えの艦娘もいるようで、建物の屋上にも人はそこそこいた。

 

「やー、疲れた疲れた」

 

 そんなことを言いながら鬼怒が屋上にやって来た。さっきまで櫓の周りで踊りまくっていたからだろう。さすがに少し疲労の色が見え隠れしていた。

 

「お疲れさん」

「お、板部さん。さてはずっとここでぼーっとしてたねえ?」

「ご明察。当てた褒美に飴ちゃんをあげよう」

「おっ、ありがと。……って、これ塩飴かー。鬼怒黒飴が良かったよ」

「我儘だなあ。汗かいたなら塩分補給しとくのがいいんだぞ」

「知ってるよー。海上移動のとき散々舐めてるから飽きてるの」

 

 それは知らなかった。道代先生辺りが勧めたのだろうか。

 屋上の柵にもたれかかりながら、鬼怒は「ふー」と大きく息を吐いた。

 

「そういえば鬼怒は短冊に何か書いたのか?」

「書いたよ。また来年もこうして皆で何かやれますようにって」

「……そうか。そいつはいいな」

「いいでしょー」

 

 なんとなく、去年かき氷を作ったときのことを思い出す。

 泊地にいる間は皆割とのんびりと過ごしているが、この一年の間にも何度か大きな戦いはあった。命懸けの戦いだ。

 そういうものを経ての一年間だ。「また来年も」という言葉は軽いものではない。

 

「板部さんは何か書いたの?」

「似たようなもんだ。来年まで皆息災でありますように――ってな」

 

 息災であれば、後はやる気次第でどうにかなる。

 

「叶うといいね」

「どうだろうなあ。織姫と彦星じゃあ頼みとするにはちと頼りない気もする」

「それは確かに」

 

 太鼓の音が勢いを増していき、皆の踊りが一層活気づいてきた。

 

「さーて、休憩終わり。そろそろ戻ろうかな」

「……待て。なんで俺の腕を掴んでるんだ」

「一回くらい踊らにゃ損だよ」

「いや、俺は別に……いだだ、離せ、同行拒否ー!」

 

 艦娘の力にインドア系中年男性が敵うはずもなく――楽園たる屋上が遠ざかっていく。

 

 

 

 その後、鬼怒だけでなく武蔵や長門にまで捕まり、朝まで踊ったり飲まされたりすることになったのだが――それは特に語るようなことでもないので、割愛させていただく。


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