S泊地の駆逐艦娘たちの元に招待状が届くようになった。
『〇月×日フタフタマルマル、地図の場所まで来ること』
中に入っていたのはその手紙と地図だけ。差出人の名前はなかった。
ただ、駆逐艦によって日付が若干違っており、ちょうど非番の日が指定されていることから、おそらく時折ある司令部の催し物だろう、と噂されていた。
「見事に同期組勢揃いって感じだねえ」
その日、地図に記された場所にやって来た江風は、集まった面子を見て機嫌良さそうに口笛を吹いた。
その場に集まっていたのは、江風と同時期に着任した駆逐艦娘――海風・風雲・リベッチオ・照月たちだったのだ。
「勢揃いって言っても、割とよく一緒にご飯食べてるから久々な感じはしないけどね」
「そう言うなよ風雲ー」
風雲のつれない言葉に江風が口を尖らす。
「でも、これからどうすればいいんだろう」
照月の言葉に、全員がある方向へ視線を集中させた。
「それは、やっぱりあれに入るしかないんじゃないかな……」
海風がおずおずと言う。
五人の目の前にあるのは木造の小屋だった。入口のところにはおどろおどろしく「ようこそ」と書かれた看板がある。
ただ、小屋の中に人の気配はない。
「リベ知ってるよ、こういうのお化け屋敷って言うんでしょ! 肝試しやるのかな!」
「お化け屋敷……なのかねえ。ちょっと判断つかないけど」
五人揃って「うーん」と声を上げながら小屋を眺める。
誰も入ろうとはしない。
「……海風の姉貴、ここは先を譲るぜ」
「え、なんで!?」
「だってこの中じゃ一番姉っぽいじゃンか。年長者がこういうときは先を行くもンだぜっ」
「そ、そういう理屈なら私よりリベッチオの方が早いわよ?」
「リベはほら、こういうの得意じゃないし! 動じなさそうな風雲が良いと思うよ!」
「わ、私……!?」
流れ流れて指名を受けた風雲はどうしようかと逡巡したが、やがて意を決したように一歩を踏み出した。
「分かったわ、やってやろうじゃない……!」
「さすが風雲さん、ファイトー!」
無責任な照月の声援を背に、風雲は小屋の扉を恐る恐る開いた。
中は酷く荒れていた。どうも長年放置されていた建物らしい。一歩動くたびに床が嫌な音を立てて軋む。
風雲の後に続く形で他の四人もそろそろと入ってくる。
「なあ、そこの壁に何か貼られてないか?」
「あら、本当ね」
江風が指し示した貼り紙を海風が回収する。
そこには、真っ赤な字で「モウ戻レナイ」と書かれていた。
直後、激しい音を立てて扉が閉まる。
「うわっ……え、ちょ、開かない!」
慌てて照月とリベッチオが扉を開けようとするが、妙なことに扉はびくともしなかった。人間を凌駕する身体能力を持つ艦娘ですら開けられないとは、どんな扉なのだろう。
「江風が余計なもの見つけるから……」
「えー、あたしのせいかよ照月。仕方ないじゃンか、こうなったら早く奥行こうぜ」
「現時点で他に選択肢はなさそうね」
五人は封じられた入り口を前に、やむなく奥へと進む決心をするのだった。
電気もなく薄暗い中、少し進んでいくとリビングらしい場所に出た。
テーブルがいくつか並べられており、奥には台所もあるようだった。
五人が足を踏み入れた途端、ぼーん、ぼーんと古時計が音を鳴らした。
「……びびってなンかないぜ?」
「リ、リベも平気だよ……」
「足震えてるわよ二人とも」
海風の冷静なツッコミに、二人は明後日の方向を見て乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「海風は意外と冷静だね」
「私も苦手な方だけど、なんか皆を見守らなきゃって思ってたら……」
「お姉さんパワーだ……」
妙なところに感心する照月だった。
「皆、ちょっとこっち来て!」
風雲が何か見つけたらしい。四人が彼女の元に行くと、そこにはテーブルに乗せられたケーキがあった。ケーキにはクリームで文字が書かれている。
『油断しましたね』
どこかで聞き覚えのあるフレーズだった。
「なあ姉貴、これもしかして――」
江風が何か言おうとした矢先、リビングの外の方でぼうっと白い光が生じた。
「――」
全員が言葉を失い、動きを止めた。
きぃ、きぃ……そんな風に床を軋ませながら、何かがゆっくりとリビングへ近づいてくる。
何か――とても良くないものが来ている。
「ぜ、全員退避ー!」
照月の号令に全員が我を取り戻し、白い光とは別方向目指して一斉に駆け出して行った。
「し、死ぬかと思った……」
「何か知らないけど、捕まったら大変な目に遭う予感がしたンだぜ……」
ぜえぜえと息を切らしながら、一同は小屋の奥にある廊下までやって来ていた。
「ねえ、あれもしかして出口じゃない?」
リベッチオが廊下の先にある扉を指し示した。裏手口か何かだろう。
「やれやれ、やっと出られるのね」
「……そんな簡単に出られるとお思いかな?」
「何よ、まだ何かあるって言うの?」
風雲が振り返る。
そこにいたのは――真っ白なマフラー、黒いサングラス、若干汚れたトレンチコートを身にまとった謎の人物だった。
「……」
「このまま帰すわけにはいかないよぅ……」
ひっひっひ、とわざとらしく邪悪な笑みを浮かべる。
「帰りたくば! 私と夜戦をしないと駄目だー!」
「どう考えても川内さんじゃねーかアァ!」
江風の絶叫と同時に五人は出口に向かって駆け出す。
しかし、どういう動きをしたのか――謎のサングラス女は瞬時に出口の前まで移動していた。
「くっ、相変わらず夜になると意味不明な凄さを発揮する人ね……!」
「風雲、後ろ……!」
リベッチオが風雲の裾を引っ張った。
いつの間にか、後方には死装束をまとった女性が現れていた。『訓練は嘘つかない』という文字が書かれた鉢巻を額につけている。片手には小さな探照灯――ではなく懐中電灯を持っていた。
「姉貴どうすンだよ! 神通さんだよ絶対アレ! 神通さんなら姉貴の担当だろ!?」
「そんな無茶を言われても……」
「なかなか大変な状況だと思いますが……実戦だと思って、頑張ってください」
「そうそう。夜戦で挟み撃ちされることもあるからね! さあ、覚悟を決めて一戦交えようか」
じりじりと前後から二人が迫ってくる。
その様子はお化けのそれではなく、どちらかというとホラーゲームの敵キャラのそれだった。
「こ、これじゃ肝試しじゃなくてサバイバルゲームだよー!」
こうして――リベッチオたちの悲鳴が、虚しく響き渡ることになったのだった。