S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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1回で収まりそうになかった……。
貧乏泊地は様々な人の協力のおかげで今日も運営できています。


倉庫増設計画(1)(鬼怒・大淀・龍驤)

「増設……ですか?」

「はい。お願いしますね、鬼怒さん」

 

 執務室に呼び出された私を出迎えたのは、新しい命令だった。

 泊地の倉庫を増設したい、というものだ。

 

「図面は藤堂さんに用意していただいたので、後は我々で建てるだけという状況です。メンバーの人選はお任せします。ただ、なるべく未経験者にも経験させてあげてくださいね」

「そういうわけだ。私の設計通りのものが建てられるかしっかりと見張らせてもらうから、頑張りたまえよ」

 

 物凄くナチュラルに上から目線のこの人は一級建築士の藤堂政虎さん。腕は確かなんだけど気難しくて個人的には少し苦手なタイプだ。悪い人ではないのは分かってるんだけど。

 

「えーと、未経験者っていうと誰がいましたっけ。最後に工事したのいつ頃だったかなあ……」

「そこそこ大きな工事をしたのは今年の一月が最後ですね。島の各集落との道の一部を舗装したとき以来です」

「ってことは大規模工事未経験者は初月ちゃん、沖波ちゃん、ザラさん、ポーラさん、神風さん、春風さん、親潮さん、アイオワさんか。倉庫の規模ってどれくらいになります? おー、これくらいならもうちょっと欲しいなあ。経験者からも何人か募った方が良さそうですね」

 

 材料調達の手筈や施工期間、使える資金についても確認していく。資金面でのやり取りは大淀さんもなかなか苦しそうな顔をしていた。うちは最前線だけどそこまで重要視もされておらず、ほとんど大本営からの支援も期待できないので資金繰りで苦労することが多い。大本営との距離感が遠い分気ままに動きやすいというメリットもあるのだけど。

 

「でも倉庫って大きいものだけでもう三つありますよね? 増やす必要あります?」

「設計図をよく見たまえ鬼怒君。今回作るのは冷蔵倉庫だ。ただの倉庫ではない!」

 

 うるさい顔で藤堂さんが力説する。

 

「現在泊地では食堂や各寮に冷蔵庫はありますが、泊地全体で使える冷蔵倉庫はありませんでした。今回は予算もどうにか確保出来たので作ってしまおうかと」

「冷蔵ってことは電力とか使うんですよね。大丈夫ですか?」

「そこに関してはソロモン政府にご協力いただいて、現在よりも多くの電力を使えるようになる手筈になっています」

「今度菓子折り持ってお礼に行った方が良さそうですね」

 

 うちは距離感や実際の仕事内容の関係上、ソロモン政府にいろいろと助けられることも多い。もしかすると大本営以上にお世話になっているのかもしれない。

 

「冷蔵倉庫が無事できれば食料品を大量買いして保存しておけるようになります。物資補給の選択肢が増えてより効率的にできるようになるんです! それなりの出費にはなりますが、長期的に見ればコストダウンにも繋がるんです……!」

 

 大淀さんが語り出した。大淀さんは普段泊地運営でいろいろ苦労している分、こうやって語り出すと長い。

 

「あっ、メンバー集めないとなー。それじゃ失礼します!」

 

 わざとらしく言って執務室を後にする。大淀さんには悪いけど、長話は趣味じゃないのだ。

 

 

 

「はーい、皆注目!」

 

 プラスチックのコンテナに乗って集まったメンバーを見渡す。

 最近入ったばかりの子たちはまだ状況を把握できてないようで、不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「ヘイ鬼怒! これから何をするのかしら」

 

 集まったメンバーの中で一番背の高い艦娘――アイオワさんが率先して質問をぶつけてきた。

 

「はい、アイオワさん良い質問です! これから何をするのかというと、ここに倉庫を建てます!」

 

 事情を把握しているメンバーは面倒臭そうな顔をした。最近入ったばかりのメンバーはまだ戸惑いを隠せないでいるようだった。

 

「鬼怒、ちょっと言っている意味が分からないんだが」

 

 ボーイッシュな口調の初月ちゃんが挙手をしながら言った。その隣では沖波ちゃんもうんうんと頷いている。

 

「よーし、じゃあもう少しはっきり言っちゃうぞ! 私たちが、自分の手で、ここに、倉庫を、建てます!」

「私たちがっ!?」

 

 神風ちゃんが驚きの声をあげた。他の子たちも声にこそ出さなかったけど、反応は似たり寄ったりだ。

 

「その、普通そういうのは業者に頼むものでは……」

「そういうわけにもいかんのや」

 

 春風ちゃんの疑問に答えたのは私ではなく龍驤さんだ。龍驤さんはこういう集団行動での仕切りが上手いので、今回の工事に副責任者になってもらったのである。

 

「薄々分かってると思うけど、うちの泊地貧乏でな。ここまで業者に来てもらって工事してもらうなんて資金は、ないんや……」

「工事に限った話じゃないけど、うちは基本自分たちで出来ることは自分たちでやる、というのがモットーなんだ。今ある寮とかも設計は建築士さんにお願いしたけど、直接建てたのはこの泊地の皆なんだよ」

「なんというか、凄い話ですね……」

 

 親潮ちゃんが自分たちの暮らしている寮を眺めながら言った。

 

「あの寮とか建てたときは皆もうそれなりに土木作業には慣れとったからね。専門家のアドバイスとかも貰ってたし、良いもんできたと思ってる」

 

 龍驤さんが自慢げに胸を張った。

 その横では藤堂さんが自己主張の激しい顔をしていた。龍驤さんが言っている専門家というのは何も藤堂さんだけじゃないと思うんだけど。

 ちなみに今ある建物は二〇一四年の秋頃に建てられたものがほとんどだ。あの年、夏に大きな大空襲を受けて泊地は一度壊滅状態に陥っている。ほぼまっさらな状態からすべてを建て直した結果が今の泊地なのだ。

 

「ま、実際艦娘の身体能力なら土木作業って言っても実際のところそんな疲れないよ。ということで皆、今日から大変だと思うけど頑張っていこう!」

「お、おー!」

 

 戸惑いを残した子や面倒臭そうな子も何人かいるようだったけど、とりあえず趣旨は伝わったようだ。

 

「それじゃまず縄張りから始めるよ! 分からないところがあったら遠慮せずがんがん聞いてね! その場で聞き難いって人は後からでも良いから質問しにくること! それじゃあまずは――」

 

 慣れてないであろう艦娘たちに説明をしながら工事を進めていく。

 今回も大変そうだけど、頑張ってやっていこう!

 

 

 

「ところで藤堂さんってなんでいるんですか? 設計図作るだけならもう要らないんじゃないですか?」

「酷いことをさらっと言うな君は! 工事監理者として必要なんだよ、私は!」

 

 藤堂さんが泣きそうな顔で両手を大きく広げた。

 

「好き勝手な改良したら許さんからな! ここの泊地の連中はたまに私の設計を魔改造するから信用ならん!」

「あー……」

 

 何人か心当たりがあるだけに、それ以上は何も言えなくなったのだった。


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