S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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海防艦、今回のイベントではお留守番でした。
次回は対潜マップあれば積極的に使っていきたいですね。


理髪店に行こう(鳳翔、択捉、占守、国後、敷波)

 その日、いつものように泊地近海を哨戒していると、前にいる択捉ちゃんが時折髪をつまんでいるのが見えた。

 海防艦であるこの子たちが着任してから、もう数ヵ月が経過している。よく見ると髪の毛が結構伸びていた。

 

「択捉ちゃん、そろそろ髪切りますか?」

 

 こちらが声をかけると、択捉ちゃんは少しびっくりしたような表情で振り返った。

 

「鳳翔さん、なんで私が髪の毛を気にしてると分かったんですか?」

「いや、択捉結構しょっちゅう髪の毛弄ってたじゃない。あたしも気づいてたわよ」

 

 と、択捉ちゃんの隣にいた国後ちゃんがビシッとツッコミを入れる。

 

「占守は全然気づかなかったっす!」

「姉さんはもうちょっと周囲に意識を向けた方が良いわよ」

「まあまあ」

 

 占守ちゃんはこれと決めたことに一直線なのが魅力なのだと思う。皆それぞれ違った良い点があるのだ。

 

「でも、私自分で髪の毛を切ったことがないので自信が……」

「あら、自分で切るの?」

「え、皆さん自分で切ってるんじゃないんですか?」

 

 択捉ちゃんだけでなく、占守ちゃんと国後ちゃんもきょとんとしていた。

 どうやら皆、あの場所のことを知らないらしい。

 

「目立たない場所にあるから気づかないのかもしれないけど、うちの泊地にも理髪店はきちんとありますよ。そうだ、戻ったら案内してあげましょうか」

 

 こちらの提案を受けて、三人の瞳が心なしかキラキラし始めたような気がした。

 

 

 

 S泊地の理髪店は、司令部棟の一階の奥にある。

 この辺りは資料室や物置等が多いので、用事がないとなかなか来ることはない。

 

「けど、なんでこんなところに理髪店があるっすか?」

「髪を切りたいって要望が多くて、今の司令部棟を作ったときに早速入れようってことで、空いてた部屋を割り当てたんです。そこをそのまま今も利用しているんですよ」

 

 一部の器用な人は自分で切ったりしていたが、皆が皆そうできるわけではないので、理髪店は多くの艦娘が必要としていた。

 当時の提督もその重要性は理解してくれたので、本土から専用のスタッフを呼んでくれたのである。

 

「こんにちは」

 

 声をかけて理髪店の中に入る。

 

「いらっしゃい……」

 

 中にいたのは、目元が隠れるくらいの前髪が特徴的な一人の女性だった。

 

「ふふふ……鳳翔さん、お久しぶりです……。そろそろ来る頃だと思っていましたが……可愛らしい新規のお客さんも来るというのは予想外でした……」

 

 少し低めの声音で話す女性に、択捉ちゃんたちは少し警戒心を見せていた。私の後ろに隠れて、じっと様子を窺っている。

 

「怖がらなくてもいいのよ……。私は小野小道。少し髪の毛が好きなだけで、悪い人間ではないわ……。あっ、怪しいかもしれないけどそこはごめんなさい……」

 

 ふふふ、と笑いながら挨拶をする小道さんに対して、択捉ちゃんたちは余計警戒心を強めたようだった。

 

「大丈夫よ、皆。小道さんが悪い人ではないのは確かだから」

「で、でも自分で言うのは変っす!」

「そこは、まあ」

 

 否定しようとしたが、どう言えばいいのか迷ってしまった。

 

「いいんです。変なのは自覚しているので……。大事なのは、貴方たちがここを訪れたということ。……髪を切りに来たのね?」

 

 頷くべきか迷っている三人に、小道さんはパンフレットを渡した。そこにはいくつもの種類の髪型の写真が載っている。

 

「この中から希望の髪型があれば選んでちょうだい……。もちろん、載ってない髪型でも受け付けるわ。大事なのはその人を今一番幸せにする髪型にすることだから」

 

 そう言って小道さんは奥に戻っていった。どうやら先客がいたらしく、作業を再開したようだった。

 作業中の小道さんは職人らしい顔立ちになって、普段とは別人のように見える。そんな彼女の様子を見て、択捉ちゃんたちも少し警戒心を解いたようだった。

 三人がパンフレットを見て話し込んでいるうちに、先客の散髪が終わったらしい。髪を切り終えてこちらにやって来たのは敷波ちゃんだった。

 

「あ、鳳翔さんたちも切りに来たの?」

 

 敷波ちゃんの髪型は普段とほとんど変わっていない。ただ、不思議と表情が輝いて見えるような気がした。髪が伸びるとどうしても整わない部分が出てきてしまうが、小道さんのカットのおかげか、そういう部分が今はまったくなくなっている。

 敷波ちゃんらしさを損なわず――むしろ普段以上に敷波ちゃんらしさを感じさせる形に整っている。

 

「なんか、敷波さんが眩しいっす……!」

「え、そう? そんなことないと思うけどなー」

 

 そう言いつつ、敷波ちゃんは満更でもなさそうに頬を赤くしていた。

 

「もうすぐアタシの妹たちが来るって言うからさ、ちょっと良い感じにしておきたかったんだよね」

 

 そういえば、そろそろ欧州に行っていたメンバーが戻ってくる頃合いだった。

 戻ってくるメンバーの中には、今回の欧州救援作戦で合流した敷波ちゃんの妹たちも含まれていたはずだ。

 

「姉妹艦ってことだと、確か択捉の妹も来るんだよね。ここでバッチリ決めてお迎えしてあげると良いんじゃないかな」

「は、はい! そうしたいと思います!」

 

 生真面目な表情で頷く択捉ちゃんは、少しばかり興奮しているようにも見えた。

 そういえば、これまで択捉ちゃんは姉妹艦がいなかった。初めて姉妹艦をお迎えするということで、身だしなみが気になっていたのかもしれない。真面目な子だから、お姉ちゃんとしてちゃんとした格好で出迎えないと――と考えていたのだろう。

 

「ふふふ……それじゃ、次は誰の髪を切りましょうか……」

「あ、まだ選んでなかったっす!」

「ちょ、ちょっと待って……!」

「私も、少し待ってください……!」

 

 ひょっこりと顔を出した小道さんに、三人は慌ててパンフレットの確認を始めるのだった。

 

 

 

 欧州に行っていたメンバーが戻って来たのは、その翌日のことだった。

 水平線の彼方に皆を乗せた船が見える。長期間の遠征で久しく会っていなかったからか、何人かは待ちきれず艤装を出して船に向かっていったようだった。

 

「択捉ちゃんはいいの? 松輪ちゃんをお迎えにいかなくて」

「はい。私があまり浮かれていると松輪も困ると思うので」

 

 そう言いつつ、択捉ちゃんは服装をバッチリ決めていた。髪型も大きな変化こそないものの、昨日カットしてもらったからか粗がなく綺麗に整えられている。

 なんだか、見ていると微笑ましい気持ちになる。

 

「あら」

 

 見ると、船の先頭の方でこちらに手を振る小さな人影が見えた。

 択捉ちゃんと同じ服装の小柄な子だ。択捉ちゃんの方もそれに気づいたらしい。控えめに、ぎこちない所作で手を振る。

 

「択捉ちゃん、もっと思い切り手を振ってあげましょう。そうしないと歓迎の気持ちが伝わらないですよ」

「そ、そういうものでしょうか……」

「そういうものです。ほら、こうやって……おーいっ!」

 

 こちらが率先して手を大きく振ると、それに倣って択捉ちゃんも声を張り上げて大きく手を振り始めた。

 

「おーいっ」

「おぉーいっ!」

 

 それから船が桟橋に着くまで――小さな姉妹艦は、ずっと手を振り合っていた。


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