ガングートは基本イケメン枠だと思ってます。
今年も秋刀魚漁の季節がやってきた。
毎年秋に行われる秋刀魚漁支援――それは二年前に始まり、なぜか艦娘や民間業者にも好評を得て毎年続くようになった謎のイベントである。新たに着任した艦娘たちは「なぜこんなことを?」と疑問を口にし、古参の艦娘も「なんでだっけなあ」とうまく答えられない――そんなイベントだった。
本来は各国間での漁業に関する取り決め等から生まれたイベントなのだが、実際に参加する人々でその辺りの事情を正確に理解している者は一割にも満たない。
S泊地のメンバーも、例年通り秋刀魚を獲りやすい北方海域へと出向いていた。
だが――。
「響だよ。今年はさっぱり秋刀魚が獲れず、このまま戻るかもうちょっと粘るかで船内でも意見が割れているよ」
「誰に説明してんのよ……」
突然語りだした妹に暁がすかさずツッコミを入れた。
「嫌だな暁、まるで私が突然独り言を呟くキャラみたいじゃないか。今のはレコーダーに記録しておくための台詞だよ」
「レコーダー?」
首を傾げる暁に、響は手にしていた小型のレコーダーを見せた。
「余り物を組み合わせて夕張と初春が自作したものでね。テスターに任命されたんだ」
「また妙なものを……」
S泊地には技術部という様々なものを開発・改良する部門がある。夕張と初春はその一員なのだが、たまにこうした「なぜ作った」と言いたくなるようなものを開発することがある。
「けど、本当にどうするのかしら。せっかく新品のパーカーを用意したのにボウズは嫌よ」
「うちの漁船では多少獲れてはいるみたいだけどね。あと私もそれなりに釣ったよ」
「え、もしかしてボウズなの私だけ……?」
「いや、あそこにも一人いるようだ」
響が指差した先には、甲板から釣り糸を垂らしつつ貧乏ゆすりをしている女性の姿があった。
暁はその背中を見て、響の背中にさっと隠れた。どうやら女性のことが少し怖いらしい。
一方、響はまったく物怖じせず女性に近づいた。
「へいガングート、調子はどうだい」
「……ちっこいのと、その姉か。見ての通りだ、サッパリ釣れん。北の海は私の味方だと思ったんだがな……」
呼びかけられたガングートは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
彼女はロシアの戦艦の御魂を持つ艦娘であり、北の海には縁がある。味方だと思っていた――という発言はそれに基づくものだ。
響は日本の駆逐艦の御魂を持つ艦娘だが、彼女の起源とも言える駆逐艦・響はかつての大戦の後でロシア改めソ連の所属になったという経歴を持っている。艦艇だった頃に両者が面識を持っていたかは不明だが――本人たちもその辺りは記憶が曖昧らしい――泊地に着任してからは、自然と交流を持つようになった。
「そうか、大変だな。ちなみに私はこんな感じだったよ」
響が差し出したバケツを暁とガングートが覗き込む。そこには大量の魚が入っていた。
「どこがそれなりなのよ!」
「喧嘩売ってんのかちっこいの!」
双方に突っ込まれて、響はやや照れたように頬を掻いた。
「そう褒められても困るじゃないか」
「褒めてない!」
「――お前さんたち、響の嬢ちゃんにからかわれてるってことに気づけよ……」
そこに顔を出したのは、漁船の船長を務めているリチャードという男だった。
ガングートも艦娘の中では比較的強面の部類に入るが、この船長はそれに輪をかけて恐ろしい面構えをしていた。元々ごつい顔つきなのに加えて、大きな傷跡が顔に残っているのがその要因だろう。
実際はショートランド島にある集落の長で、別段恐ろしい人ではない。
「船長、漁を続けるかどうか結論は出たかい?」
「さらっと話題を変えたな……。いや、まだ船員や艦娘の意見もまとまってなくてな。ちょっと膠着状態になったんで会議を中断したってわけだ」
深いため息をつくリチャード。船長というのも楽ではないらしい。
「なら、気分転換になるようなことでもしようか」
「気分転換?」
「そう。これだ」
響はどこからともなくホワイトボードを取り出して、ささっと何かを書いた。
『北方海域ワクワク企画、釣りバカ対決~真の釣りバカはどっちだ~』
その下には可愛らしくデフォルメされた暁とガングートらしき絵が描かれていた。
響の唐突な企画にリチャードが「他にやることねえし好きにしな」と許可を出したことで、なぜかこの釣りバカ対決は実現する運びとなってしまった。暇を持て余していたのか、他の艦娘や船員たちがギャラリーとして二人の周囲に集まってきている。
「なんでこんなことになってるのかしら……」
「お互いちっこいのにはめられた感じがするな」
釣り糸を垂らしながら、ガングートはウイスキーを飲んでいた。その様子を暁がちらちらと窺っている。
「なんだ、お前も飲みたいのか? 欲しいなら分けてやるぞ」
「ち、違うわよ。それだけ飲んでよく平気だなって思っただけだし」
「ああ――まあ、身体温めるのにちょうどいいってところだ。北の海は、よく冷えるからな」
艦娘たちは海の寒さに耐性を持っている。どういう理屈なのかは各拠点の技術班も解明できていないが、寒いところの海で活動する際に支障が出ないように持たされた耐性なのではないか、と言われていた。
ただ、それは海に接しているときの話だ。今みたいに船の上にいるときは、普通の人間よりも若干寒さに強いという程度である。
二人はそれから集中して釣りに臨み始めた。
じっと、静かに釣り糸を垂らしながら獲物を待ち続ける――。
「二人とも、もうちょっとトークしてくれないかい。ギャラリーが飽きてしまう」
ギャラリーを整列させていた響から注文が入った。
「いや、ちっこいの。トークしてたら釣りに集中できないだろ」
「そうよ、これは真剣勝負なんだから」
「二人とも分かってない……。これは真剣勝負じゃない! 暇潰し企画なんだよ!」
くわっと目を見開いて力説する響。そんな響に二人は揃って「えー」と言いたげな顔を浮かべた。
「なら私がお題を用意しよう。はい、まずはこれ」
と、響が再びホワイトボードを取り出した。
『敗者にしてもらいたい罰ゲーム』
「……え、罰ゲームありなの?」
「それなら事前に決めておけよ」
そのとき、暁の釣り竿が微かに震えた。
「きた、きたわっ……!」
竿を引くと、そこには確かに一匹の魚がかかっていた。
「どう、これがレディの実力よ!」
「やるじゃないか。このガングートも本気を出さざるを得ないようだな……!」
ガングートは自らの頬を両手で叩き、気合を入れて意識を釣り竿に集中させた。
暁もそれに負けじと再び釣り糸を垂らす。
「……では、ここでCMです!」
スルーされた形になった響は、気を取り直すかのようにそう宣言するのだった。
その後、ガングートも何匹か釣ることに成功し、両者は一進一退の攻防を繰り広げていた。
暁とガングートはあくまで真面目に取り組んでいるので、ギャラリーが飽きないようにと響があの手この手で場を繋げるという珍妙な光景になっていたが。
「あ、言い忘れてたけど残り時間五分だよ」
「えっ」
対決を開始してから二時間弱。響による唐突の終了宣言に慌てたのは暁だった。
現在の成果はガングートが十匹なのに対し、暁は九匹。これまでのペースから考えると、逆転できるかどうかはかなり怪しい。
「対決に制限時間あったの?」
「いや、そろそろ場を繋げるのがしんどくなってきた」
「自分勝手な理由だった――!?」
暁は腕時計をちらちらと見ながら釣りに臨んでいたが、それで魚が食いついてくれるはずもなく――やがて、そのまま勝負は終了となってしまった。
暁とガングートのバケツが並べられる。響がその中にいる魚の数をカウントし始めた。
「うん。暁が九匹、ガングートが十匹だね。となるとこの勝負はガングートの勝ちだ」
「……負けちゃった」
肩を落とす暁。そんな彼女の頭をポンポンと叩きながら、ガングートはバケツを指し示した。
「おい、ちっこいの。いつ魚の数で勝敗を決めると言った?」
「ん?」
「重さで決めよう。釣れた種類もバラバラだしな」
「……まあ、私はどちらでも良いけど」
「秤ならあるぞ」
リチャードが船室から秤を持ってきた。バケツの重さをそれぞれ計ると――僅かだが、暁のバケツの方が重くなった。
「大物狙いで勝負を決めるとは駆逐艦らしい。なかなかやるじゃないか」
「……なんだか、勝ちを譲られた気がするけど」
「別に譲るつもりで言ったわけじゃない。単純に疑問に思っただけだ。個人的には楽しめたし、悪くない時間だったぞ――暁」
じゃあな、と言ってガングートはそのまま船室に入っていった。欠伸をしていたので、仮眠にでも行ったのかもしれない。
そんなガングートの背中を見送りながら、暁がポツリと呟いた。
「ガングートさんて、格好良いわね」
「ああ、あれでいて可愛いところがあるんだ」
「……え、可愛い?」
響にはガングートがどう映っているのか。少し気になる暁だったが、深く突っ込むのはやめておくことにした。
以下、今回の後日談。
暁とガングートの勝負を見ているうちに船員たちはやる気を取り戻したらしく、秋刀魚漁は継続することになった。その結果、例年ほどではないにしろある程度の収穫を得ることができたという。
ちなみにガングートは、響がレコーダーに録音していた暁の「格好良いわね」を聞かされ、恥ずかしさに身悶えしたという。