来年もぼちぼち頑張っていきたいと思いますので、なにとぞよろしくお願いいたします。
年の暮れ。S泊地の一角にある寮の食堂では、長いテーブルの上にカセットコンロが置かれていた。
コンロの上には鍋。その中では、ぐつぐつとおでんが煮えていた。
「それでは……今年もいろいろありましたが――お疲れさまでした。乾杯!」
「かんぱーい!」
一斉に皆の声が響き渡る。
ある者は早速酒を飲み、ある者は周囲との歓談を始め、ある者はおでんに手を伸ばす。
この寮に所属する艦隊のメンバーによる、遅めの忘年会だった。
「では私たちもいただきましょう。大潮、分けるの手伝ってください」
「はい、お任せですよー!」
「あ、いいわよ朝潮姉さん。私が分けるって」
「いえ、朝雲と山雲は材料提供で頑張ってくれたので、今は座っていてください」
朝雲を制しながら、朝潮と大潮が立って他の皆の分のおでんを分けていく。
鍋の中で美味しそうに煮えている大根や卵は、農業部である朝雲・山雲が育てたものだ。
また、コンニャクやしらたきの材料も農業部からの提供である。
「山雲の野菜へのこだわりようは凄いって萩風から聞いたわよ」
「そうなのよ。雨の日も風の日も必ず様子見に行くし、土にもこだわるし、陽射しの強弱まで気にするくらい」
「満潮姉も朝雲姉も大袈裟よー。山雲は、ただ皆にスクスク育ってもらいたかっただけだからー」
朝潮型の西村艦隊組は、野菜談議でワイワイと盛り上がっていた。
一方、荒潮と霞はぐったりとした様子である。
「……二人とも、お疲れ?」
霰に聞かれて、荒潮は「そうねえ」と覇気のない声で応じた。
「最近は輸送船の護衛任務が多かったから。お肌にも悪いし困っちゃうわ……」
「年末進行ってやつなのかしらね。この時期は妙に忙しくなる傾向にある気がするわ……」
荒潮と霞は二人とも遠征帰りで、直接この忘年会に参加している。
だからか、服も少し汚れていた。髪もパリパリになっているように見える。
「でも、朝潮と大潮は元気」
霰の指摘に、二人はぐっと言葉に詰まった。
元気に皆の分のおでんを分けている朝潮と大潮も、実は遠征帰りなのである。
「あの二人は――ガッツ二倍のスキル持ちなのよ」
「基礎訓練してた頃から体力が頭一つ抜けてたものね」
「大潮ちゃんに至っては、ランニング他の人より二周多く走ってたこともあったわね。『まだまだアゲアゲで行けそうだったので』って」
「朝潮姉さんは体力馬鹿というより精神が肉体を凌駕する系なのよね……。HPが0になっても活動し続けるみたいな」
「人をゾンビみたいに言わないの」
はい、と霞におでんの器を渡しながら朝潮がツッコミを入れた。
朝潮型全員のところにおでんが行き渡る。「いただきます」と、全員が手を合わせた。
「あ、霰。そっちにあるみそ取ってくれない?」
「ん」
「ありがと。……やっぱりおでんにはみそよね」
霰から受け取ったみそをおでんにつけながら、相好を崩す満潮。
「そう? つけるなら生姜醤油が一番じゃない?」
満潮の意見に異を唱える荒潮。
そこに、朝雲が更なる一石を投じた。
「え、普通からしじゃないの?」
三人の間に、微かな緊張感が走る。
きのこ・たけのこ論争に突入する寸前のような――そんな緊迫した空気が周囲を覆う。
「いやいや朝雲。通ならみそよ。みその良さが分からない?」
「みそは味付け濃くて口の中に残る感じが苦手なのよ。……からしでさっぱりした風味にした方が断然美味しいじゃない?」
「さっぱりした辛味なら生姜醤油でも良いんじゃないかしら」
「おでんに醤油なんてマイナーでしょ」
「マイナーだからって馬鹿にするのは良くないと思うの」
いずれも口調は淡々としているが、口元の端がやや引きつっている。
何かあれば一気に爆発しかねない――。そんな雰囲気が滲み出ていた。
「どうします、朝潮姉さん」
「任せなさい、大潮。ここは長女として、この朝潮が収めてみせます!」
胸を叩き、朝潮は腰を上げた。
「三人とも、味の好みで論争などしても虚しいですよ。調味料の好みは人それぞれ。みんな違ってみんないい。そういうものではないですか」
穏やかな表情で大きく腕を広げながら告げる朝潮。
しかし、事態は収束しなかった。
「朝潮姉、その器についてるのは?」
「えっ? ……からしね」
朝雲が指し示した朝潮の器には、確かにおでんにつけるためのからしが乗っていた。
「なるほど、朝潮はからし派なのね。……だったら、悪いけどその意見に賛同するわけにはいかないわ」
「荒潮姉、朝潮姉だってからし派なんだしそろそろ降伏しない?」
「降伏? なんで降伏しないといけないのかしら」
更に対立が激化した感すらある空気に、朝潮はオロオロしながら大潮の方を見た。
「ど、どうしよう大潮……」
「朝潮姉さん、相変わらず弱いなー」
「うう、交渉事はあまり得意じゃないんだから仕方ないじゃない……」
「まあ大潮も苦手なので気にすることないですよ!」
グッとサムズアップする大潮。
励ましになっているのかいないのか何とも言い難いが、朝潮は「大潮……!」とその手を強く握り締めていた。
そんな微笑ましい光景とは裏腹に、満潮・荒潮・朝雲の論戦はヒートアップしつつあった。
顔全体がピクピクと怖い感じに動いているし、目元も笑っていない。
加えて言うなら、全員顔がいつの間にか真っ赤になっていた。
「変に玄人ぶって! オーソドックスこそ正義なのよ!」
「何がオーソドックスかなんて人それぞれじゃない! 調味料としてみれば味噌の方がむしろメジャーよ!」
「あらー、醤油を差し置いてメジャーなんて名乗らせないわよ~」
言葉は激しくなっているが、勢いが感じられない。
若干ろれつが回らなくなっているように見える。
そんな三人の争いを見ながら、山雲と霰はマイペースにおでんを食べていた。
「――霰ちゃん、さっき三人のコップに何注いでたの~?」
「焼酎」
さらっと言ってのける霰に、それを聞いていた朝潮と大潮はぎょっとした。
艦娘の年齢については諸々の理由から扱いがまだ明確になっていない。そのためアルコールを摂取すること自体は特に問題でも何でもないのだが、気づかぬうちにそれを仕込んでいた手際の良さは何か恐ろしいものがある。
「酒の席での喧嘩なら後には残りにくい。特に三人は弱いから、明日には全部忘れてる」
「おでんに何をつけるかで喧嘩するなんて、姉さんたちも物好きね~」
そういう山雲は何もつけずに食べていた。
「何かをつけないと食べられないなんて、邪道なのに~」
「……」
山雲の発言に冷や汗を垂らす朝潮。
「大潮。……今後朝潮型でおでんはやらないようにしましょうか」
「賛成です。少なくともあの四人は一緒にしない方が良いですね……」
赤ら顔で口論する満潮・荒潮・朝雲。
黙々と食べ続ける山雲・霰。
周囲を気にかけながら箸を進める朝潮・大潮。
平穏とは言い難いが――それぞれの持ち味が出た忘年会になった。
「……あれ、そういえば霞は?」
「さっき足柄さんが連れていってました」
大潮が指し示した先――少し離れたテーブルでは、妙高型・神風型が集まって大いに盛り上がっていた。
その中で、霞は酔った足柄の抱き枕状態になりながら「もう休みたい……」とぼやいていたという。