S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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寝正月にご用心(加古・衣笠・青葉)

 今は何日だっけと加古はカレンダーを見る。

 三が日はとうに終わり、そろそろ正月ボケが許されなくなってくる頃合いだった。

 

「そろそろ起きないと古鷹に怒られるかなあ」

 

 もそもそと布団から起き上がり、緩慢な動作で制服に着替えていく。

 重巡洋艦や戦艦は燃費の関係上、輸送任務に携わることは滅多にない。時折発生する掃討作戦や大規模作戦のときくらいしか泊地を離れることはなかった。

 だからと言って暇というわけではない。泊地運営に関する数多の仕事が存在するのである。

 特に忙しいのは泊地の中心となっている司令部に属するメンバーだったが、他の面々にもそれぞれ仕事は割り振られていた。ずっと寝ているわけにもいかない。

 

「……ん?」

 

 着替えの途中で、加古は違和感を覚えた。

 お腹周りが少しきついのである。

 

「なーんか、嫌な予感がするな……」

 

 嫌な予感が的中していないことを祈りつつ、加古はある場所へと向かうのだった。

 

 

 

 その日の昼。

 間宮でサンドイッチを食べる加古のところに、青葉と衣笠が姿を見せた。

 

「やっほー、加古。……あれ、今日は食欲ないの?」

「おや。いつもは丼もの大盛頼む加古にしては珍しいですね」

 

 二人の言う通り、加古がサンドイッチだけで昼を済ませるのは珍しかった。

 つい最近もおせちや雑煮・餅をたらふく食べて、姉妹艦の古鷹から食べ過ぎを注意されていたくらいだ。

 

「い、いやー。そういう日もあるってことだよ。あたしの胃袋も常に全力全開ってわけじゃないんだ」

 

 あはは、と乾いた笑みを浮かべつつ視線を逸らす加古。

 そんな彼女の様子を訝しんだ青葉は、視線を加古のお腹に移した。

 

「……もしかして加古さん、少し太――」

「どわあっ!」

 

 何かを言いかけた青葉の口を、加古が物凄い勢いで塞ぎにかかる。

 もがもがと抵抗する青葉を押さえながら、加古は周囲を見渡した。

 

「迂闊なこと言うなよ! 古鷹に聞かれたらどうすんだ!」

「つまり聞かれたらマズい状態になってるってことね……」

 

 衣笠が加古のお腹を見る。確かにいつもより少しふくよかな気がする。

 

「典型的な正月太りってやつかな」

「うう……。気のせいだと思いたかった。体重計は無情だぜ……」

「あ、既に確認したんだ」

 

 青葉を開放して、加古はがっくりと肩を落としつつ席に戻った。

 

「でも古鷹にバレたらマズいって、もう気づかれてるんじゃないですか?」

「いや。古鷹はここ最近司令部室で寝泊まりしてるから多分気づかれてないはず。多分。……気づかれてない……よな……」

 

 後半になるにつれて言葉がしぼんでいく。

 古鷹は普段こそ優しいものの、一旦怒らせると結構怖い。加えてなかなか怒りを解いてくれない。

 加古は先日も古鷹から食べ過ぎを注意されたばかりだから、もしこれで太ったことが発覚したらお説教コースは間違いなかった。

 

「古鷹にバレる前に痩せる方法ないかねえ……」

「そんな方法あったら衣笠さんも知りたいよ」

「青葉もその辺はとんと詳しくないですね」

 

 青葉は普段から記事を書くためあちこち歩き回るので、自然とカロリーを消費する。だからか無駄な肉はほとんどついていない。

 衣笠も青葉ほどではないが、割と運動をする方なのでそこまで太りやすい性質ではない。

 加古は、仕事がないときは大抵寝ている。

 

「……生活スタイル直さないとどうしようもないんじゃない?」

「そんなっ。寝る子は良く育つって言うじゃんか!」

「お腹は育ってますね」

「ぐはっ……」

 

 衣笠と青葉からコンボを喰らって加古はお腹を押さえた。

 距離感が近しい間柄だからこそ容赦がない。

 

「長良とか神通に鍛えてもらえば?」

「そんな空恐ろしいことできるか」

 

 長良や神通は訓練が趣味みたいなところがある。

 あの二人の訓練についていける者は、この泊地でもそう多くはない。

 

「まあドライなこと言うと、そんなさっと痩せる方法はないですね」

「だよな……」

 

 青葉の正論に加古は突っ伏した。

 そのお腹がぐぅ~と音を立てる。

 

「食べる量を減らすのはストレスにもなりますし、食べるものを低カロリーなものにするのはどうでしょう。そのうえで適度な運動を心掛けるとか」

「適度な運動ねえ。なんか良いのあるかな」

「キツイのだと三日坊主になる可能性高そうだしね」

「悪かったな。……いや、まあ多分そうなるだろうけど」

 

 そんなことを話していると、顔にいろいろな模様が描かれた吹雪・扶桑・山城たちが入って来た。

 

「あ、青葉さん、衣笠さん、加古さん。こんにちは」

「ちはー」

「凄い墨だらけだね。羽根つきでもしてたの?」

「ええ。一進一退の攻防でついやり過ぎてしまって」

 

 全員顔中罰ゲームで描かれた模様だらけだった。

 よほど熱中していたのか、汗だくになっている。

 

「考えてみれば正月っていろいろやることあるよねー。羽根つきもそうだし、凧揚げとかカルタとか」

「それやれば良い運動になるってことないですかね」

 

 青葉の提案に「正月遊びかあ」と加古は身体を起こした。

 

「まあ長良たちの訓練よりはずっと良いかな」

「凧揚げは第三艦隊寮の前で凧揚げ合戦やってましたよ。コマ大会とかカルタやってるところも確かあったと思います」

 

 吹雪の説明を聞いて、衣笠は「よし!」と加古の手を引いて立ち上がった。

 

「こういうのはやると決めたらさっさと行動するに限る! ほら、行くよ加古!」

「え、もう?」

「どうせ時間置いたら段々行く気なくなるでしょアンタ」

「……ま、まあそうかもしれない」

「ならすぐ行く!」

「へーい」

 

 加古は頭を掻きながら、衣笠に引っ張られる形で立ち上がった。

 

「それじゃ青葉もお供しますかね。日頃の取材で鍛えてますし、簡単には負けませんよー」

「まずは凧揚げから行こうか。身体動かしつつ集中できるから、加古の目も覚めるでしょ」

「いや、一応もう起きてるから。寝ぼけてないって」

 

 いってらっしゃーい、と見送る吹雪に別れを告げて、三人はワイワイと食堂を出て行くのであった。

 

 

 

 翌朝。

 司令部室の仕事が一段落ついて部屋に戻って来た古鷹が見たのは、普段通り布団で横になっている加古の姿だった。

 

「まったくもう、加古ったらまたこんな時間まで寝て……」

「い、いや……。起きてるぞー、古鷹」

 

 布団の中からプルプルと震える腕を出しながら加古が声を出した。

 

「……大丈夫? なんだか調子悪そうだけど」

「昨日ちょっとはしゃぎ過ぎて、全身あちこちが筋肉痛になってる……」

 

 あれから日が暮れるまで正月遊びであちこち動き回ったせいで、疲労が溜まってしまったらしい。

 

「今日は非番だからちょっと休ませて……ガクッ」

「自分でガクッて言った!?」

 

 古鷹のツッコミに応える気力もなく、加古の意識は深く沈んでいった。

 彼女のダイエットが成功したかどうかは――定かではない。


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