S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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季節ネタについて調べると新しい発見が結構あって、文化って面白いなあと思うことがしばしば。


お化けたちが行く(白露、村雨、時雨、夕立、涼風)

 S泊地では、毎年艦隊別豆まき対抗戦が行われる。

 人間を凌駕する身体能力を持つ艦娘が、全力で豆を投げ合う。見ている分には微笑ましいが、普通の人間が巻き込まれたら事故の元になりやすい。

 そういう事情もあって、泊地に努めるスタッフはなるべく節分の日に外出しないようにしていた。

 

 もっとも、それはあくまで日中の話。

 夜にもなると対抗戦は終わりを迎えるので、各々普段通りの生活に戻る。

 

 泊地でインフラ系の業務を任されている藤堂政虎も、外の空気を吸いに部屋から出てきた。

 ここ最近は司令部からの依頼のせいで忙しい。息苦しい仕事部屋から出て、散歩してみたい気分だった。

 

「……ん?」

 

 泊地の広場をぶらついていると、正面から誰かが歩いてくるのが見えた。

 背格好からすると駆逐艦だろうか。そんなことを考えた政虎だったが、距離が近づくにつれて、相手の風貌が異様なものであることに気づいた。

 

 白い着物に狐のお面。

 手には番傘らしきものまで持っている。

 そんな恰好の者たちが何人も連れだって歩いていた。

 

「あ、藤堂さんだ」

 

 先頭を歩いていた狐面がこちらに気づいて歩みを止めた。

 

「その声、貴様白露型一番艦の白露かっ!?」

「なんかえらい説明口調だね」

 

 言いながらお面を外す。その下の素顔は、確かに白露のものだった。

 後ろにいた者たちも次々とお面を外していく。そこにいたのは、白露型駆逐艦姉妹だった。

 

「一体全体なんだというのだ、その奇天烈な風貌は。コスプレ大会でも開かれるというのか?」

「ある意味それに近いかもしれないですね」

 

 答えたのは三番艦の村雨である。

 白露以上にしっかりしていて、よく姉妹のまとめ役になっている子だ。

 

「藤堂さんは節分お化けってご存知ですか?」

「……フハハハ! 知っているに決まっているだろう!」

 

 政虎は口元を手で隠しながら大仰に笑ってみせた。

 この男、仕事はできるのだが、どうにも話し方やら性格やらに奇妙な点が多い。

 

「今答えるまでに間があったよね」

「あれは多分知らないっぽい」

「シャーラップ! この私に知らないことなどあろうものか!」

 

 ひそひそ話をする二番艦・時雨と四番艦の夕立に向かって、政虎はびしっと指をさした。

 

「じゃあ節分お化けって何か説明できるよなあ?」

 

 わざとらしく突っ込んできたのは、末の妹の涼風だった。

 他の皆も期待半分面白半分の眼差しを政虎に向けてくる。

 

「……節分の時期に現れるお化けのことに決まっておろうが! ちょうど、そう、今の貴様たちのような恰好の!」

「あー……」

 

 何とも言えない表情で、村雨が頭を振った。

 

「……もしかして違うのか?」

「節分お化けっていうのは、普段と違う格好で寺社に参拝することを言うんですよ」

「厳密にはお化けじゃなくてもいいみたいだよ。まあ私たちはちょっと狐のお化けっぽいのにしたけど」

 

 村雨と白露の説明を受けて、政虎の顔が赤くなった。

 何に関しても自信満々な態度を取る男ではあるが、恥を知らぬわけではない。

 

「くっ……この私としたことが……!」

「そんなメジャーな行事じゃないみたいだし、知らなくても別に問題ないと思うけど」

「私たちも提督に聞くまでは知らなかったしね」

 

 よく見ると、周囲には白露たち以外にも奇妙な恰好をした者たちの姿がちらほらと見えた。

 

 神風型の服を着こんだ吹雪型の面々、逆に吹雪型の服を着こんだ神風型の面々。

 修験者のような恰好であぶなっかしい歩き方をしている島風。

 巫女服姿の海外艦組に、シスター風の恰好をした陸奥。

 なぜかロックバンド風の恰好をしている阿賀野型姉妹もいた。

 

「どいつもこいつも珍妙だな」

「普段しないような恰好をする、っていう行事だからね」

「新鮮な感じがするという言い方もできるっぽい」

 

 時雨と夕立が自分の恰好を見下ろしながら言った。

 夕立はどことなく今の恰好を気に入っているようだったが、時雨は今一つ自信がないようだった。

 

「……ふん、まあ珍妙ではあるが悪くはないだろう。そういうのを楽しむ行事なのだとすれば、もっと堂々と楽しむことだ」

「おおっ、藤堂さんがまともな大人みたいなこと言ってる!」

「やかましいぞ白露。私は変わり者かもしれんが、ちゃんと大人してるわ」

「藤堂さん、あんた変わり者って自覚はあったんだな……」

 

 涼風の指摘をスルーして、政虎は「フン」と鼻息を鳴らし、その場を去ろうとした。

 

「そうだ、藤堂さん。せっかくだから仮装してみません?」

「……なに?」

 

 恐る恐る政虎が振り返ると、そこにはいたずらっぽい笑みを浮かべた村雨がいた。

 他の面々も、にやにやとした表情になっている。

 

「い、いや。私は遠慮しておこう」

「仮装しないと、鬼に気づかれて厄に見舞われますよ?」

「ほう、鬼を欺くための仮装なのか。まるでハロウィンだな。……はっ!?」

 

 政虎が妙なところで感心している間に、白露型の面々はすっかり彼を取り囲んでいた。

 全員、じりじりと政虎に近づいていく。逃げ場はどこにもなかった。

 

「くっ……無駄に息の合った連携をしおって……!」

「それじゃ、藤堂さんも厄除けのために面白……コホン。普段しないような恰好をしてみましょう!」

「待て。貴様今何か言いかけたろう! わざとらしく訂正しただろう! 何の格好をさせるつもりだ!」

「大丈夫大丈夫。怖くないですよー」

「待て貴様ら、離せ、はーなーせー!」

 

 喚く政虎を全員で担ぎ上げて連行する白露型ご一行。

 泊地の夜空に政虎の悲鳴が響き渡ったが――そういうのは割とよくあることだったので、特に誰も助けるようなことはしなかった。

 

 

 

「おい村雨嬢」

「はいはーい」

「なぜ私は鬼のコスプレをしているのだ」

「似合ってますよ?」

 

 言われて、政虎は自分の姿を見下ろす。

 どこかで見たような――黒を基調とした鬼の恰好だった。

 否、これは鬼というか、まるでカミナリ様のような――。

 

「……もう一つ聞く。なぜ私はウクレレまで持たされているのだ」

「弾けるかと思って」

 

 村雨の返しに、政虎は苦い顔を浮かべながら適当にウクレレを弾き始める。

 経験などほとんどないので、とても曲と呼べるような出来にならない。

 

「……ダメだこりゃ!」


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