S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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艦これ一期最後のイベントまで後僅か!
悔いのないよう頑張ってまいります!


思い出は掃除の手を止める(白雪・叢雲)

 その日、白雪は泊地の執務室で掃除をしていた。

 もうじき大規模な作戦が始まる。泊地の艦娘も大部分が出撃することになっていた。

 普段執務室を使っている提督や司令部の面々は、作戦が行われる地点へと先行していた。だから今は白雪しかいない。

 

 提督は普段から整理整頓しているらしく、机のまわりは綺麗に片付いていた。

 ただ、提督の机以外はかなり散らかっている。意外と執務室は人の出入りが激しいし、仕事の幅も結構広い。だからか、ファイルがきちんと並べられていなかったり、出しっぱなしの印刷物が机にまばらな状態で積み重なっていたりする。

 

「忙しいのは分かるけど、これで執務に支障出ないのかな……」

 

 白雪は、思わずそうひとりごちてしまった。

 中身を確認する必要もあるので、書類の整理整頓は見た目以上にハードである。

 本来なら担当者たちがすべきだが、皆作戦のため出てしまっているので仕方がない。

 

「まあ、今日私が手が空いてたのもあって自主的に申し出たことだし、あんまり愚痴を言っても仕方ないよね……」

 

 片付けは大変だが、書類を見るとこれまでの事跡を思い出したりもできる。

 そういうのが、白雪は割と嫌いではなかった。

 

「これは……こっちの方かな」

 

 ファイルの中身を整えて、棚の然るべき場所に納める。

 そのとき、棚の上の方から埃の塊が落ちてきた。

 

「……整理整頓の前に、まずは棚を綺麗にした方が良いかも」

 

 白雪は自室からマスクとはたき、それに雑巾を取ってきて、棚の中身を一旦出すことにした。

 部屋はますます散らかることになるが、たまには棚の中身も掃除しておかないと、汚れが溜まる一方である。

 

「この汚れ具合、大掃除のときに掃除しなかったのね……。というか、どれくらい掃除してなかったのかな。すごい埃」

 

 マスクがなかったら間違いなく咳き込んでいただろう。

 時間をかけてゆっくりと丹念に掃除をする。

 そうして一通り綺麗にしたところで、先ほど棚から出したファイルを元の場所に戻していく。

 

「……あら?」

 

 ふと手にしたファイルに、白雪の視線が止まった。

 そのファイルの表には、短く『日誌~二〇一三年』とだけ書かれたシールが貼られている。

 二〇一三年といえば、この泊地ができた年だ。

 

 どんなことが書かれているのだろう。

 白雪は、ファイルを開いてみることにした。

 

 

 

 ~二〇一三年 九月三十日~

 

 今更という気もするが、日誌をつけてみることにした。

 飽き性の私がどれくらいこの日誌を続けられるかは分からないが、こういう記録も後々役立つかもしれないので、やれるところまでやってみる所存である。

 

 この泊地は計画的に作られたものではなく、深海棲艦によるソロモン諸島の窮状を、兎にも角にもどうにかせねばと作ったものだ。設備も人手もまだまだ足りない。助けようとしていた島の人々には、むしろ助けられてばかりである。

 一応、艦娘の拠点である。艦娘についての説明は、この日誌を見るような人にとってはおそらく不要だろう。

 一応と書いたのは、ここが拠点として十分に機能しているか自信がないためである。艦娘は皆頑張ってくれている。それこそ命懸けで。それに応えられるよう、泊地の充実化については私の方で頑張らねばならない。

 

 まずは人が欲しい。島の人を除くと、ここには私しか人間がいない。間宮や明石はサポートに徹してくれているが、それでも戦っている艦娘のフォローを十分にできているとは言えない。

 できれば艦娘の心身もケアしてくれるような医者。それに明石のサポートをしてくれるような職人。インフラを任せられるような建築技術者も欲しい。

 

 やることは多い。皆が最高のコンディションで戦えるように、そして戦いがないときは穏やかな日々を過ごせるよう、泊地を作っていかねばならない。

 門外漢も良いところだが、やりがいはある。

 いつかこの日誌を見て「やってやったぞ」と言えるよう、やってみるとしよう。

 

 

 

 初日はとりとめのない内容だったが、そこからは事務的な内容がひたすら続いていた。

 続けられるか心配、というようなことが書いてあったが、結局その日誌は――書き手が泊地を去るまで続いていた。

 

 そこに、扉をノックする音がした。

 入って来たのは、泊地最初の艦娘・叢雲だ。

 

「あら、白雪。掃除の途中?」

「うん。叢雲ちゃんはまだ出発してなかったの?」

「残留組率いて先行組と合流しなきゃいけないからね。さっきまで仮眠してたのよ」

「あ。……出発って何時だっけ」

「あと三時間ね」

 

 叢雲の言葉に、白雪は周囲を見渡した。

 掃除のためとは言え、最初よりも散らかり具合は酷くなっている。

 

「……私も手伝うから、終わらせましょ」

「ごめんね。これ見てたらつい」

 

 と、日誌を掲げてみせる。

 

「ああ、それ。そこまで面白いものでもなかったでしょ」

「うーん。まあ娯楽作品じゃないし、面白いかどうかで言われるとそうでもないけど……。でも、懐かしい気持ちにはなったよ」

「白雪も泊地発足当初からいたものね。いろいろ思い出すことあった?」

「そうだね。……いろいろあったこと、思い出したよ」

 

 手を動かしながら、白雪は叢雲といろいろなことを語り合った。

 それは、深海棲艦との戦いにおけることだったり、泊地で過ごした日常のことだったり、出会った人々のことだったり。

 

「だいたい四年半か。よく続いてるわね、ここも」

「何度か潰れかけたしね……」

「提督も何度も変わってるものね。おかげでいろんなタイプの提督がいるってことが分かったけど」

「そうだねえ。お父さんみたいな人、姉妹みたいな子、捉えどころのない人、厳しくて優しいお婆ちゃんみたいな人――それに、提督以外にもいろんな人にもあったよね」

「昔、艦艇だった頃も人間のことは見ていたけど――関わったのは艦娘になってからだから、いろいろと新鮮だったわね。もうすっかり慣れちゃったけど」

 

 肩を竦める叢雲を見て、白雪の表情は自然と綻んだ。

 

「良い人も嫌な人もいっぱいいたね」

「ええ」

「……守らないとね」

「――そうね」

 

 やがて、散らかっていたファイルや印刷物が綺麗に片付いた。

 

「……叢雲ちゃんは、もし深海棲艦との戦いが終わったら、どうするの?」

 

 一仕事終えて背中を伸ばす叢雲に、白雪はふと尋ねた。

 普通の人間になることもできるし、役目を終えて軍艦の魂の元に還るということもできる。

 この泊地を背負いながら戦い続けてきた妹がどういう道を取るのか、今、聞いておかなければならないという気がしたのだ。

 

「正直、あんまりきちんとは考えてないわ」

 

 姿勢を改めて、叢雲は少し申し訳なさそうに言った。

 

「でも、人間として生きていこうとは思ってる。戦うこと以外にも、できることはいっぱいあるって、もう知っちゃったしね」

「……そっか」

 

 どこか安堵したように、白雪は息をついた。

 

「そういう白雪はどうなの?」

「私? 私は――」

 

 白雪は何かを言おうとして、言葉に詰まり、結局何も言えないまま黙って笑った。

 

「考えてみれば、私も考えてなかった」

「仕方ないわね。……だったら、二人で一緒にやりたいこと探すってのはどう? 世界は広いし、多分私たちがまだ知らないこともたくさんある。そういうものを探しに行くっていうのは」

 

 叢雲の提案に、白雪は少し意外そうな顔をした。

 誘われるとは思っていなかったのだ。

 ただ、意外だったというだけで、嫌なわけではなかった。

 

「――そうだね。考えておこうかな。けど、そういうお誘いは吹雪ちゃんにもしてあげないと、吹雪ちゃん落ち込んじゃうよ?」

「あー。そうね。吹雪にも聞いてみましょうか。……それなら、初雪と深雪にも声かけた方が良いわよね?」

「うん。今度の作戦が終わったら聞いてみよう」

 

 そうして、どちらともなく時計を見た。

 そろそろ出発の準備を始めなければならない。

 

「……それじゃ、行こうか」

「ええ。今回もよろしく頼むわよ、白雪」

「もちろん」

 

 二人で拳を打ち付け合いながら、夕陽が差し込む執務室を後にする。

 また、ここに戻ってくるために。


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