掘りは一通り終わったので、後はE7攻略のみ。一期最終イベント、頑張っていきましょう。
これは、昔日のこと。
泊地がまだ軌道に乗り始めて間もない頃のことである。
「あー、もう。疲れたーっ!」
そう言って後ろに倒れ込んだのは、軽巡洋艦の艦娘・鬼怒だった。
その両手にはトンカチや釘が握られている。
彼女の正面には、大分形が整ってきた木造住宅がそびえ立っていた。
形が整ってきたと言っても、まだ骨組み部分ができつつあるという状態だ。
完成にはまだまだ時間がかかる。
ただ、ここに至るまでの間、木材の加工や地盤作りを散々やって来たので、鬼怒を始めとするメンバーは疲労していた。
肉体的な疲労はさほどでもない。艦娘は人間を凌駕する身体能力を持っているし、休憩はきちんと入っているからだ。
問題は、精神的な疲労の方である。
「確かに。……そもそも、我々艦娘の本分は戦うことにある。こんなところで木材や土地相手に悪戦苦闘することになろうとは」
同意しつつ不満を口にしたのは重巡洋艦の艦娘・那智だ。
彼女はどちらかというと軍人気質なところがあって、言葉にした通り戦うことに誇りを見出すタイプだった。
しかし、この泊地に着任してからというもの、訓練以外はこういうインフラ仕事ばかりをさせられている。
「いつまでこんな仕事やればいいんだろう」
「さてな。提督が『もういい』と言うまでではないか」
「……いつになったらそんな日が来るんだろうねえ」
はあ、と溜息が零れ落ちる。
他の皆も、口にこそしないものの不満を感じているようだった。作業の手はしょっちゅう止まるようになっている。
「――なんだ、てんで進んでねえじゃねえか」
そこに、闊達な声が響き渡った。
鬼怒や那智、周囲の艦娘たちの視線が声の主に集中する。
そこにいたのは、小柄で精悍な顔つきの老人だった。
年の割には頑健そうな身体つきをしている。小柄とは言え、その辺の大人なら問答無用で張り倒せそうなオーラを感じさせる。
老人の名は丹羽一徹。泊地の提督が本土から呼び寄せたインフラ担当者である。
「しけた面してると仕事振りまでしけちまうぞ。なんだ、そんなに不満かい」
「……不満と言えば不満だ」
「なんで鬼怒たちがこんなことしないといけないのさー!」
皆を代表して二人が一徹老に向き合う。
一徹はギロリと二人を一瞥すると、ハァと大きく息を吐いた。
「他に人手がないんだから仕方ないってことだ。そいつは提督さんだって俺だって説明したろうが」
「理屈では分かっているが、我々はインフラ事業を営むために艦娘としての生を受けたわけではない」
「そうだそうだー!」
「必要であれば本土から臨時のスタッフを呼ぶという手もあるのではないか?」
「そうだそうだー!」
「鬼怒はうるせえな少し静かにしろい」
一徹に威嚇されて鬼怒は口を閉じた。この老人は何か逆らい難い雰囲気を持っている。
元々は大工の棟梁だったという。ただ、その真偽はよく分からない。一徹はあまり過去を語らなかった。
「那智よぉ、つまりお前さんは戦いをしたいというわけか?」
「騒乱を望むわけではないが、我々の本分は戦いにあると思っている。あまり戦いと関係のないことをしたいという気はせんな。この時間を訓練に割り当てたいというのが正直なところだ」
まだ泊地は発足してそこまで経っていない。必然的に所属している艦娘の練度もあまり高くなかった。
これでは深海棲艦との戦いで後れを取ってしまう可能性がある。那智はそれを危惧しているのだった。
「那智。んじゃ一つ聞くが、戦いに必要なのはなんだ」
「……指揮官と兵士、勝つための装備と作戦。そんなところか」
「足りないな。日本ではよく言うだろう。腹が減っては戦はできぬってよ」
一徹が言うのとほぼ同じタイミングで、鬼怒のお腹がぐぅ~と鳴った。
周囲に何とも言い難い空気が漂う。
「食事に関しては間宮を中心になんとかやっている」
「ギリギリの状態だろう。食材を保存する場所だってちゃんと用意されてない。調理場だって間に合わせのもんだ。間宮はお前らに見せないだろうが、相当無理をしてるんだぜ」
「……それは本当か?」
「嘘言ってどうなるよ」
一徹の言葉に、周囲の艦娘が互いに顔を見合わせた。
この中で調理担当の間宮の世話になっていない者はいない。
「お前らは艦娘だ。昔と違って艦艇じゃない。半分は人間だ。人間なら戦うために腹を満たさなきゃならねえ。疲れを癒さなきゃいけねえ。衣食住を整えなきゃ十分に戦えねえ。なら、今お前らがやってるのは――戦いのための準備だ」
一徹はそう言って破顔した。
「準備不足で負けたくねえだろ。なら訓練よりも何よりも、ここをきちんとお前らの家として作らなきゃいけねえ。そう思えば、もうちょっとやる気出るんじゃねえか?」
その言葉に反論する者はいなかった。
那智も鬼怒も他の皆も――表情を引き締めて、手を動かし始める。
それを満足げに見ながら、一徹は各所の点検に移るのだった。