……現在は欲を出してアイオワ掘りもしているので、資源回復はまだまだ先になりそうです。
次週からは別シリーズと交互に更新していくスタイルにしたいと思いますので、基本は隔週更新となります。
レイテ島とソロモン諸島を結ぶ海路。
S泊地の面々を乗せた船団は、ゆっくりとそこを進んでいた。
聞こえるのは波の音ばかり。
船団には多くの艦娘やスタッフが乗っていたが、艦娘の大半は皆死んだように眠っていた。
未曽有の規模で行われたレイテ沖海戦――そこで死力を出し尽くした後である。
戦線に出て無傷だった者はほとんどおらず、出ていない者も後方支援で体力の限界を迎えていた。
「……今、深海棲艦に襲われたらひとたまりもないわね」
「不吉なこと言わないでくださいよ加賀さん」
船団の護衛役として見張りにあたっていた加賀の呟きに、赤城が苦笑いを浮かべた。
二人も戦列に加わっていたので疲労していたが、それを顔に出すことはなかった。
後輩の奮闘を目にして良い恰好をしたくなったのだろうと赤城は推測していたが、口にはしない。しても加賀は否定するだろう。
「泊地では飛龍や蒼龍、鳳翔さんたちが待っているでしょうし、きちんと皆を送り届けないと」
「……当然その『皆』の中には赤城さん自身も含まれているのよね?」
「え、ええ。大丈夫ですって」
加賀に釘を刺されて赤城がたじろいだ。
以前、赤城は自分自身を省みず戦いに臨もうとした前科がある。戦果が挙げられるのであれば、自分自身の命を省みない。そういうところが赤城にはあった。
大分改善されているが、人の本質というものはそう簡単に変わるものではない。
今も赤城はときどきそういう危うさを垣間見せることがあった。
もっとも――本質は変わらなくとも、釘を刺す誰かが周囲にいるなら抑えは効く。
「……けど、良かったわ。こうして皆無事で」
「そうですね。瑞鶴も翔鶴もどこか晴れやかな顔をしていました。武蔵も――あの戦いに参加していた皆も、清々しい表情を見せてくれました」
かつて艦娘だった彼女たちが艦艇だった頃、今回と似たようなシチュエーションでレイテ沖海戦が行われた。
作戦が成功する見込みなどほとんどない。成功したとしても、戦局を好転させるには至らない。そんな凄惨極まる戦いだった。
そんな絶望的な戦況の中、多くの艦が沈み、数多の人命が失われた。
今回は違う。勝てば希望が見える戦いだった。
難局ではあったが――どうにか深海棲艦を退けることに成功した。
「お二人も、とても良い表情をされていますよ」
そこに、最上型の二番艦である三隈がやって来た。
瑞雲で周囲の様子を見張っていたらしい。「異常はありませんでした」と簡単な報告をしてきた。
「……そんな顔をしているように見える?」
「ええ、とても」
三隈は、陽気なものを感じさせる笑みをたたえながら頷く。
「私たちは、かつてのレイテ沖海戦に参加することも叶いませんでしたから。……今回共にあの子たちと肩を並べて戦えた、あの子たちの重荷を一緒に持つことができた、そうして一緒に危難を乗り越えられた。それが顔に出ているのかもしれませんね」
赤城の言葉に、加賀は若干照れくさそうな顔を浮かべて視線を逸らした。
そうかもしれないが、素直にそうだと認めたくない――といったところだろう。
「三隈さんたちのところはどうですか?」
「モガミンは満潮ちゃんたちと一緒に夢の国へ旅立ってました。鈴谷と熊野は二日酔いでダウンしているようです」
「おや。あの二人がそこまで飲むのは珍しいですね」
「昨日は栗田艦隊のメンバーで集まって祝杯をあげたそうですから……。高雄さんや妙高さんですら潰れていますわ」
堅物で有名な高雄や真面目な妙高がそれでは、他のメンバーの現状も知れたものだった。
「……けど、昨晩はそこまで騒いでいるような感じはしませんでしたが」
「どんちゃん騒ぎをするような感じではなかったようです。皆、静かに飲んでいたとか。ただ、暗い感じでもなくて――なんでしょうね。何かを偲んでいるような、そんな雰囲気の会合だったようですわ」
皆、往時の苦しさと、それを乗り越えた喜びを噛み締めていたのかもしれない。
「……そういうのも、悪くはないわね」
加賀がポツリと言った。
彼女や赤城も、何年か前、自身が沈んだミッドウェー海戦と似た状況の作戦に参加したことがある。
作戦を終えた直後、胸に去来した思いは――何とも形容しがたいものがあった。
苦くて、温かい。あえて言うならそんなところだろうか。
「もしかすると、深海棲艦が現れて、私たち艦娘が生まれてきたのは――"そういうの"を得るためなのかもしれませんね」
ふと、赤城がそんなことを口にした。
「今回、深海棲艦たちの陣容はかつてないものでした。昨年の夏の大遠征の折も相当な軍勢がいたと聞いていますが、それは欧州に行くまでの広い範囲に展開していたというもので、今回とは事情が異なります。この海域にこれだけの深海棲艦が集結したのは、何か意味があるのだという気がします」
「……一部の深海棲艦は、こちらを試すような言動を取っていたそうですわね」
深海棲艦の多くは、人間や艦娘に対する敵対心をむき出しにして襲い掛かってくる。
しかし、秋に交戦した姫クラスの深海棲艦や、先日遭遇した何体かの深海棲艦は――こちらの進軍を止めるために敵対行動を取っているような節が見受けられた。
そして、レイテ沖海戦の最奥にいた瑞鶴と瓜二つの深海棲艦は、悲痛な叫びを上げながらこちらと砲火を交えた。
深海棲艦は艦娘と表裏一体の存在ではないか。
そういう話は随分と前から出ていた。ここ数年ではより顕著にそれが現れるようになってきた感もある。
「軍艦は国を守るために戦った。戦うことで、他国の人を沈めた。それはどちらも嘘ではありません。あの戦いは意義のあったものだと信じていますが――それが何から何まで正しいものだとも思いません。そういう相反する面が、艦娘・深海棲艦という形で現れている。そういう考えも、ありなのではないでしょうか」
「レイテ沖海戦では多くの艦が沈んだ。……その負の側面があったからこそ、深海棲艦があんなに現れたと?」
「推測ですけどね。……私は、深海棲艦も何か救いを求めて現れているのではないかと、そう思うことがあるのです。それに応える形で私たちが現れた。結果的に我々は砲火を交える関係になったわけですが――それによって、私たちが生きたあの時代のことを、世界が改めて思い出すようになっている」
赤城はどこか遠い目をしている。
加賀も三隈も、赤城がそこまで自分たちや深海棲艦のことを考えているとは思っていなかった。
「もし深海棲艦が現れていなかったら、もしかするとあの時代のことは人々の中で風化していったかもしれません。あるいは歪められてしまっていたかもしれない。……そうなれば、いつまで経っても沈んだ者たちに救いは訪れない」
「……それで深海棲艦が声を上げたのだと、仮にそうだとしても、現実として深海棲艦は今を生きている人々を害しているわ。それは防がなければ」
「そうですね。私たち艦娘はそのためにいます」
加賀の言葉に、赤城は頷いた。
「ただ、いつまでも砲口を向け合っているだけではこの戦いは終わりません。きっと、どれだけ倒しても深海棲艦は現れる。……そろそろ私たちは、人類は、深海棲艦とは何なのか、どうすればこの戦いを終わらせられるのか――それをもう一度考えてみなければならないのかもしれません」
そのとき、三隈が「あ」と小さく声を上げた。
「見えてきました、泊地です! 埠頭には間宮さんたちが見えます」
「やっとですか。やれやれ、これで少し羽を伸ばせそうです。畑の様子も見ておかないといけませんね」
先程までの様子はどこへやら、赤城は普段の調子に戻ったようだった。
急な変化に戸惑う加賀に、彼女は少しいたずらっぽく笑ってみせた。
「二人とも。泊地に戻ったら、少し贅沢に間宮さんのところでジャンボパフェをいただきましょう。私がおごります」
「え?」
「いいんですか?」
「いいんです。日々のこともこれから先のことも、まずは腹ごしらえをしないと満足にできませんから」
他の皆には内緒ですよ。
そう言って、赤城は人差し指を口の前で立てて見せるのだった。