→今回はご縁がありませんでした(2018/03/23追記)
昼下がり。
神風は、同期である春風・親潮と三人、泊地の中庭でのんびりとお茶を飲んでいた。
「最近はいろいろとバタバタしてたから、こうやってゆっくりできるのも久しぶりね」
「そうですね。と言っても、大分燃料等を使い込んでしまったようなので、しばらくはまた護衛任務で稼がないといけませんけど」
「親潮は真面目ねえ。今はこうやって自然の中に溶け込むように、何もかも忘れてまったりしないと。ほら、春風を見てみなさい」
「わあ」
春風は周囲の緑と同化しているかのような溶け込みっぷりだった。
音を立てず、しずしずとお茶を飲む様は、絵画の中の人のようにも見える。
「春風の佇まいは、なんというか『禅』な感じがしますね!」
「お褒めにあずかり光栄です」
「……悪い意味ではないのは分かるけど、誉め言葉としては分かるんだが分からないんだか微妙なチョイスね」
そうツッコミながら、神風もゆっくりとお茶を楽しんでいた。
「こういう静かな時間が、ずっと続けばいいのにね」
「……神風姉様。それは、所謂『ふらぐ』というものでは」
「なにそれ?」
「漣さんが仰っていました。それはお約束のようなものだと――」
と、春風が告げたところで、おーい、と誰かが駆けてくるのが見えた。
小柄な体躯の二人組。どちらもあまり見慣れない顔である。
確か――最近着任したばかりの、日振・大東だった。
「神風さんだよな? それと、春風さんに、親潮さん」
「ええ。あなたは確か大東だったわね」
「おう。いやー、探してたんだ。いや、正確に言うと探してたのは別のヤツなんだけど」
「す、すみません。大東がいきなり失礼を……。大東、ちゃんと先輩には敬語使わないと駄目だよ!」
快活に話しかけてくる大東に、控え目な感じの日振。随分と対照的な二人だった。
「別に話し方は気にしてないからいいわよ。艦種や元々の艦の竣工日・進水日順とか、泊地に着任した順とか、長幼の序を言い出したらややこしいことになるし」
「なんていうか、貫禄あって自然と敬語になっちゃう人とかはいますけどね」
そう言いながら、親潮は何人かの顔を思い浮かべているようだった。
おおよその察しはつくが、今は別にそれが本題ではない。
「誰かをお探しなのですか?」
春風が尋ねると、日振と大東は揃って大きく頷いた。
「実は、何人かの方に誘われてかくれんぼをやってたんです」
「けど、時間が過ぎても一人だけ全然見つけられなくてさ。戻ってくる気配もないから、皆で探してんだよ」
「なるほど。けど、それでなんで私たちを?」
「いなくなったの、アイオワさんなんです」
日振の言葉に、神風たちは揃って「あー」と頭を抱えた。
アイオワ。神風たちと同期の、米国出身の戦艦娘だ。
テンション高そうな雰囲気ながら、意外とシビアな価値観の持ち主なのだが――たまに天然っぷりを発揮して、周囲を混乱させることもある。そういう艦娘だった。
この泊地のアイオワは、よく作戦行動等で神風と組んで行動することが多かった。
私生活でもかなり親しくしている。だからか、アイオワ関連で何かあったときは神風に話が来ることが多い。
「かくれんぼもやるからには全力で――って感じで隠れて、その間待ってるのに疲れて眠りこけてるとか、そんなところね」
「よく分かるな」
「ありがとう、嬉しくはないけど」
仕方ないと観念し、神風はすくっと立ち上がった。
「アイオワを探すわよ! 神風探検隊、ついてらっしゃい!」
「おー!」
「お、おー……っ」
「私たちも……ですよね」
「そうですね。親潮さん、頑張りましょう」
各自、やる気はまばらなれど――神風探検隊は、こうして発足したのであった。
かくれんぼの範囲は泊地の敷地内限定とのことだった。
とは言え、この泊地もそれなりの広さを誇る。闇雲に探すのは自殺行為だ。
アイオワが隠れそうな場所を重点的に見て回るのが良いだろう。
そんなわけで、まずは寮にあるアイオワの自室にやって来た。
ここはアイオワと同じく米国出身の艦娘・サラトガとの相部屋なのだが、サラトガは日振たちとは別行動でアイオワ捜索中らしい。
「ここにいるんですか?」
「アイツの思考は結構堅実なのよ。突拍子もない場所を隠れ場所に選ぶことはないと思う」
日振の質問に答えながら、神風はベッドの下やクローゼットの中をチェックしていた。
だが、いずれの場所にもアイオワの姿はない。
「アメリカ出身だから銃とか飾ってあるかと思ったけど、特にそういうのはないんだな」
「大東さん、それはかなり偏見が入っているのでは……」
「そういえばアイオワさん、誰も日本刀飾ってないって言って以前ガッカリしてましたね」
「その後、皐月とかに後で見せてもらってテンション上がってたけどね」
異文化コミュニケーションはなかなか難しいものだ。
続いて、今度は泊地内にあるバーにやって来た。
泊地内でギャンブルが公認されている場所だが、それとは別にマスターの出すお酒目当てで来る者も多い。
「おや、皆さんお揃いで」
カウンターの中からマスターが丁寧にお辞儀をしてきた。
人間のスタッフで、過去の経歴は一切不明だが、篤実な人柄で周囲の信頼を得ている不思議な人物である。
各地を放浪していたらしく、古今東西様々な料理やお酒を提供してくれる。
「マスター、アイオワ来なかった? かくれんぼしてたらしいんだけど、終わっても帰ってこないんだって」
「本日はお越しになられていませんね。今日のお客様は御覧の通りです」
そう告げるマスターの前には、カウンターに突っ伏して豪快に酔い潰れているポーラの姿があった。
彼女も神風たちの同期で、アイオワのこともよく知っているはずなのだが――。
「この調子じゃポーラから話聞きだすのは無理ね」
「後でザラさん呼んでおきましょうか……」
「そうしていただけると助かります」
マスターに別れを告げて外に出る。
他にアイオワが行きそうな場所を何点か探してみたが、一向に見つかる気配はなかった。
「あーもう、どこ行ったのよ……」
半ば諦めかけたそのとき、神風の携帯が鳴った。
げんなりした表情を浮かべながら電話に出た神風だったが、その表情はすぐに生気を取り戻した。
「……え、そうなの? 分かった、ありがと」
電話を切ると、神風は苦笑いを浮かべながら一同に告げる。
「見つかったみたいよ、アイオワ」
一行がやって来たのは、神風の部屋だった。
勝手知ったる自分の部屋なので、神風は躊躇なく扉を開けた。
そこには、神風のベッドの上で寝息を立てるアイオワの姿があった。
朝風が神風を尋ねに来たときは、既にこの状態だったらしい。
「まさかこっちにいるとはね……」
溜息をついて、神風はアイオワの身体を揺さぶった。
「アイオワ、さっさと起きなさいってば! もうすぐ日が暮れるわよ!」
「……んぅ?」
寝ぼけ眼のアイオワが、ゆっくりと身体を起こした。
ぼんやりと周囲を見回して、少しずつ状況を理解したらしい。
「オー、ソーリィ! 春の陽気に負けて、すっかり寝入っちゃってたわ!」
「そんなことだろうと思ったわよ。けど、なんで私の部屋に?」
神風に尋ねられると、アイオワは若干照れたように頬を掻いた。
「かくれんぼにはサラも参加してたから、普段私が行きそうなところはチェックされてると思ったのよ。だから、ちょっと神風にかくまってもらおうと……」
「そしたら私が不在だった、と。それで待ってるうちに眠くなってきたってことね」
「面目次第もゴザイマセン」
アイオワがしゅんと項垂れる。
だが、日振や大東は笑ってそれを許した。
「今日一日、泊地のいろいろなところを神風さんたちと見て回れて、それはそれで楽しかったので」
「そうそう。それに眠気には勝てないよなー! あたいも今日みたいな日に部屋いたら、多分寝ちゃってたよ」
日振たちがそう言う以上、神風たちもアイオワを特に責めるつもりはなかった。
「せっかくだし、サラトガたちとも合流してこのまま夕食にしない?」
「そうですね。朝風さんたちも呼びましょうか」
「ポーラさんも大丈夫そうだったら呼んでみましょう」
春風と親潮の提案に、一同が頷く。
ゆっくりはできない夕餉になりそうだったが――それはそれで、良いものになりそうだった。