S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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海防艦も増えてきましたね。
育成も兼ねて最近はガンビアと一緒に近海警備してもらってます。


倹約はつらいよ(佐渡・対馬・松輪・ガンビア=ベイ・磯風・浜風)

 はあ、と大きな溜息が零れ落ちる。

 

「祭り、楽しみにしてたのになー」

 

 ぼやいたのは、海防艦・佐渡だった。

 レイテ沖海戦の最中に着任し、それから海戦が終わるまで前線基地にいたので、泊地に来たのはつい最近である。

 

「仕方ないわ、倹約令が出てるんだもの」

 

 そう言って佐渡を宥めたのは、同型艦の対馬だった。

 二人とも海防艦故に小柄な体躯の持ち主だが、対馬の方は妙な落ち着きがあって、所作も大人びている。

 一方の佐渡はというと、元気な腕白っ子そのままと言った感じである。

 

 対馬が口にした倹約令とは、つい先日泊地の司令部から出された臨時の命令だった。

 どうも先のレイテ沖海戦で、泊地の資源があらかた吹っ飛んでしまったらしい。

 おまけに、今は諸事情あって拠点の改築・増築を進めているところで、レクリエーションに回せる経費はびた一文ない有り様だという。

 

 泊地では時折祭りをすると聞かされていたのだが、この布告によって、大規模な祭りは当面すべて中止に決まった。

 祭り好きな佐渡としては、残念無念なのである。

 

「なんだよ、つっしーは平気なのか?」

「あったらあったで楽しむけど、ないならないで別に……」

「ノリ悪いなー! まつは佐渡様の悲しみ、分かるよなっ」

「えっ……あ、うん」

 

 急に話を振られて曖昧に頷いたのは、同型艦の松輪である。

 元気な佐渡、マイペースな対馬と比べると、どことなくオドオドした印象の子だった。

 

「えっと、おやつとかも減るのは、残念だと思う」

 

 ただ相槌を打つだけだと悪いと思ったのか、松輪は慌てて言葉を付け足した。

 それに反応を示したのは対馬の方だった。

 

「そうね。おやつを減らされるのは辛いわ……」

「そこには嫌なのか。まあ、二人とも甘いもん大好きだもんなー」

 

 佐渡はそちらにはあまり関心がないようだった。どことなく他人事のようである。

 

「ガンビアさんはどう思う?」

「んー?」

 

 最後尾に控えていた護衛空母――ガンビア・ベイは、質問を受けて、首を傾げながら唸り始めた。

 ちなみに、現在四人は泊地近海の警備中である。

 

「ないのは物資で、個人資産は問題ないんだよね。おやつとかなら、他所で買ってくるのは?」

「品揃えが豊富な市場で一番近いのってどこだっけ……」

「ホニアラ市じゃない?」

「遠すぎる!」

 

 うがー、と呻く佐渡。

 ちょっと散歩ついでに、という感じで行ける距離ではない。

 

「……でも、皆そう考えて我慢してるかもしれない」

「ん、なんだよつっしー。何か面白いこと考えついたのか?」

「ええ。私たちで運送業をするの」

「ほほーう?」

 

 儲け話の匂いを感じ取り、佐渡が悪い笑みを浮かべる。

 フフフと笑い合う佐渡と対馬を見て、松輪とガンビア・ベイは「大丈夫かなあ」と不安そうに顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 対馬の思いついたプランというのは、さほど特別なものではない。

 泊地内で「おやつもっと買いたいけど、遠くまで行くのはちょっと……」という艦娘たちを探し、買い物を代行する、というものだった。当然手間賃はいただく。それが対馬の狙いでもあった。

 

「ちょっと面倒だけど……手間賃の分、もっとおやつが買える」

「それだけだと運送業ってか、ただのお使いじゃないか?」

「そうね。それだけだと。だから、注文数に応じて割引したりするの。あと一緒に注文してくれる人紹介したら紹介手数料を……」

「対馬ちゃん、ちょっと笑みが怖い……」

 

 そんなわけで、佐渡と対馬、そして成り行き上巻き込まれる形になった松輪とガンビア・ベイの四人は、泊地内で聞き取り調査を行った。

 割とおやつを望む声は多かった。懐具合の問題で依頼を断念する者もいたが、最終的には結構な数のクライアントが揃った。

 

「結構な額が集まったな……」

 

 買い物をしてくるという性質上、クライアントからは前払いで料金を預かっている。

 現在、佐渡の手には大量の硬化や紙幣が集まっていた。

 

「……」

「佐渡ちゃん」

「お、おう?」

「預かっておくね」

 

 何か危険な予感がしたのか、珍しく松輪が有無を言わさぬ調子で佐渡からお金を取った。

 松輪は改めて周囲を見て、半分をガンビア・ベイに渡す。

 

「お金は私とガンビアさんで預かっておくから……」

「分かったよ。正直、魔が差してなんか買っちまいそうな気がするしな」

「……何気なく松輪ちゃんから佐渡と同レベルに見られていることが判明して、私は悲しい」

 

 よよよと泣き崩れる対馬。ただ、どうにもその反応は嘘っぽかった。

 

「し、信用してないわけじゃないよ? ただ、佐渡ちゃん以外で分担してたら、佐渡ちゃんだけ仲間外れにしてるみたいになっちゃうと思ったから……」

「気にしなくていいぞー、まつ。これつっしーのいつもの冗談だ」

「バレた? オロオロする松輪ちゃん、可愛いから、つい」

 

 佐渡に指摘されると、対馬はけろっと元通りの表情に戻った。

 

「でも、このメンバーでホニアラ市まで行けるかな……」

 

 ふと、ガンビア・ベイが今更な疑問を投げかけた。

 戦闘力に乏しい海防艦三人と、量産型の軽空母一人。潜水艦相手ならドンと来いと言える布陣だが、水上艦の敵艦隊に遭遇したらひとたまりもない気がする。

 

「そうか、そこちゃんと考えてなかったぜ」

「普段は敵の水雷戦隊と遭遇するくらいって聞くけど……それでも、私たちにとっては十分な脅威ね」

「分け前は減るけど、誰か用心棒を雇うしかないか」

「でも、ここで用心棒買って出てくれる人って誰かしら」

 

 対馬の問いに、全員が首を傾げた。

 奇しくも、ここに集まったのは泊地に来て日が浅い艦娘たちばかり。

 こういう話に乗ってくれそうな人、と言われても全然ピンと来ない。

 

「そもそも用心棒務まるくらい強い人じゃないと駄目よね」

「誰が強いんだここ」

「やっぱ戦艦・空母の人たちとか……?」

「戦艦・空母は出撃許可出ないと泊地から出られないって聞いたよ。ほら、資源の消費が激しいから」

「げっ、そうか……。そもそもそこから話が始まったんだったな」

 

 どうするか、と四人揃って頭を働かせる。

 しかし、省エネかつこういうのに付き合ってくれる強い人、となるとどうもパッと思い浮かばない。

 

「――どうやらお困りのようだな!」

 

 そこに、突如凛とした声が響き渡る。

 四人が声のした方に視線を向けると、そこには黒髪ロングの少女と、銀髪ショートの少女がいた。

 

「……何してんだ、磯風・浜風」

「なんだ、反応が悪いな佐渡よ。困っているようだから声をかけたというのに」

 

 不服そうに磯風が口を尖らせた。

 磯風・浜風は陽炎型駆逐艦の艦娘だ。駆逐艦は海防艦ほどではないが小型の艦種になる。省エネ戦力の筆頭と言っていい。

 

「もしかして、手伝ってくれるの?」

「その通りだ、ガンビア・ベイよ。ちょうど我々は新しい改装の試運転中でな」

「明石から数日間この艤装を使ってみてくれと頼まれていて、どうしたものかと考えていたところなんです」

 

 見ると、確かに二人の艤装は普段と少し違っているようだった。

 

「けど、駆逐艦と海防艦、軽空母だけで大丈夫でしょうか」

「心配いりませんよ、松輪」

「うむ。別に自惚れているつもりはないが、特に問題ないだろう。この泊地には英雄と言うほどの者はいないが、弱卒もいない」

「えー、本当にぃ?」

 

 良いことを言った風な磯風に対し、容赦ない疑問を投げかける佐渡。

 

「疑うなら見てみるか、私たちの力を。もしホニアラ市に行けず戻ってくることになったら、私と浜風の取り分は返上する」

「えっ、磯風……?」

「おう、面白い! なら見せてもらおうじゃねえか、陽炎型駆逐艦の――十七駆の実力を!」

「え、ちょっと……」

 

 間に立つ浜風をスルーして、佐渡と磯風はトントン拍子に話を進めていく。

 

「浜風も、大変なんだね」

 

 どことなく浜風の立ち位置に共感するものがあったのか、ガンビア・ベイは何度も頷いた。

 浜風はそれに対し何かを言いかけて、結局やめた。不毛な気がしたのである。

 

「よし、では行くぞ皆の者! この磯風についてくるがいい!」

「あ、指揮るのは佐渡様だぞ! 勝手に行くなー!」

 

 駆け出していく磯風と、それを追う佐渡。

 二人は、あっという間に他の四人の視界から消えていく。

 

 そんな二人に遅れまいと、他の四人も慌てて後に続くのだった。

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 

 何度か危うい場面はあったものの、一行はどうにかホニアラ市まで無事に辿り着いた。

 しかし、泊地の面々が所望するだけの量のおかしはそもそもホニアラ市にもなく――四人の儲けは、労力に比してとても小さなものになってしまったとかなんとか。


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