話とは関係ないですが香取はオンオフ切り替えるタイプでオフだとちょっと残念な感じになると良いと思います。
事の発端は、教室での江風の一言だった。
「やっぱ駆逐艦の本懐は戦闘だよな!」
話し相手は長波だったか清霜だったか。どちらもうちの駆逐艦の中ではかなりの武闘派だ。自然と戦闘談義で盛り上がったのだろう。
「特に魚雷! 駆逐艦が一撃決めるのはやっぱ魚雷さ!」
「私は主砲の方が扱いやすいかな……。細かい立ち回りが求められることが多いから魚雷は少し扱い難いと思う」
新たな意見を投じたのは綾波だった。
「えー、やっぱ魚雷だよ! なあ夕立の姉貴!」
「うーん、夕立は武器の種類には拘らないっぽい。夜戦で派手に暴れて敵を混乱させられれば後は流れでどうにかなるもの」
「夜戦だったら探照灯で囮役になって他の人たちのチャンスを作るのも大事なレディの仕事よね!」
「囮役じゃ敵倒せないじゃンか」
「でもあの神通さんだってそうやってチャンス作って勇猛果敢に戦い抜いたのよ!」
「う、神通さんの名前出されると何とも言えなくなるな……」
盛り上がる戦闘談義。
そこに、更なる一石が投じられた。
「そもそも敵を倒すことだけが駆逐艦の役割ではないと思いますが。例えば空母や戦艦の人たちの護衛とか」
秋月だった。対空能力に秀でている秋月型らしい意見である。
「単純な戦闘力で言えば空母・戦艦――重巡洋艦、航空巡洋艦といった方々の方がずっと上ですし。その戦闘力を削られないよう護衛に徹するというのが駆逐艦の本懐なのではないですか?」
「それは少々消極的ではないか秋月。我らとて戦う力を持っているのだ。倒せる敵がいるなら狙っていくのは悪いことではない」
磯風も会話に加わる。彼女もやはり武闘派だ。
「勿論叩ける敵がいるなら私も叩きます。しかし自分で戦うことに意識を割くよりも、より強力な戦力の護衛をした方が結果的に艦隊としては良い戦果を上げられるのではないかーーということです」
「私も、どちらかというと秋月の意見に賛成ね。護衛もまた戦いだと思う」
初霜が秋月に同意する。他の秋月型や初春型も頷いて同意を示した。
「護衛というなら潜水艦の相手もできないと駄目じゃない?」
リベッチオが更なる意見を投じる。
「潜水艦は放っておくと怖いよ……?」
「うっ」
「潜水艦コワイ!」
曙や漣といった潜水艦に苦手意識を持つ子たちが反応を見せる。
「確かに潜水艦を放置しておくと大変なことになります。他の艦種の人たちが戦いに集中できるよう潜水艦を掃討しておくというのも駆逐艦の重要な仕事ですね」
朝潮が対潜派の意見をとりまとめる。
「――皆肝心のことを忘れているんじゃないかにゃ?」
あらかた意見が出たかと思ったが、まだ伏兵が残っていた。睦月だ。
「敵を倒したり護衛したりするのも大事だけど、そもそも私たちがそうやって戦うためには何が必要かにゃ?」
「何って……それは勿論燃料とか弾薬よね」
陽炎が睦月の問いに答える。睦月はそれに大きく頷いた。
「戦うためには燃料・弾薬が必要。修理には鋼材もいるし、空母の人たちの艦載機にはボーキサイトだって必要なんだよ。それを集めるのが第一! なら輸送艦の護衛任務が一番大事なお仕事だよ!」
「確かに、これは燃費の良い駆逐艦ならではの役割ね」
「戦艦や空母じゃコストが高くつくしねー」
神風や皐月がこれに賛同する。
「けどそれだって制海権をある程度確保してないと難しいだろ? まず戦いで敵を叩くところから始めないと!」
「それは戦艦や空母に任せれば良いんじゃない?」
「大型艦はいざというときに備えておいていただいた方が良いでしょう。できるだけ水雷戦隊で片を付けるのが望ましいと思います」
あちこちから様々な意見が飛び出してきて、段々収拾がつかなくなってきた。
「板部先生はどう思いますか?」
吹雪がこちらにキラーパスを投げてきた。せっかく初雪と望月にプログラミング講座しながら知らぬ顔の半兵衛を決め込もうと思っていたのに。
「あー、そうだな。まず最初に言っておくと俺はどれも正解だと思う。少し言い方を変えると、駆逐艦と言っても皆はそれぞれ得意とすることが違う。島風みたいに速く海を駆け抜けられる子は他にいないし、秋月たちみたいな対空防御は他の艦型には無理だ。だから駆逐艦の本懐なんて曖昧なもんじゃなくて、自分の本懐というのを見つけ出すのが大事なことだぞ、うん」
「なんか正論だけどつまんない……」
ぼそっと初雪が毒を吐いた。
「先生の言いたいことは分かるけどさー、それでも駆逐艦って定義がある以上、それで何を突き詰めていくべきかは興味あるんだよな」
嵐が言うと、皆もうんうんと頷いた。どうも『大人な意見』を言って済ませようというこちらの魂胆はバレバレで、それで納得するつもりはないらしい。
どうしたものかと悩んでいると、教室の扉が開いた。
「あら。何か盛り上がっているみたいですね」
「おお香取先生か」
練習巡洋艦香取。この泊地では俺のような人間のスタッフと一緒になって学び舎の教員役を担っている。
艦娘たちも教員も自分の仕事があるので、日本の一般的な学校のようにきっちり時間割が決まっているというわけではない。一週間のうち数時間だけ必修科目の授業はあるが、他は教室を使った自由学習がメインだ。教員も暇を見つけて顔を出すだけで、常に教室にいるとは限らない。
香取も暇になったので顔を出しにきたのだろう。
「どうかされたのですか?」
「実は――」
駆逐艦たちの間で繰り広げられていた本懐談義について説明する。
香取は話を聴き終えると、にこやかに笑った。
「そうですね……駆逐艦と一口に言っても皆さん様々な特徴がありますし、ここで出た意見はすべて正解と言えます」
「でもそれじゃ――」
「はい。それで納得できないんですよね。でしたらもう少し踏み込んで考えてみれば良いんじゃないでしょうか」
香取の言葉に俺含め全員が頭に「?」を浮かべた。
「駆逐艦は様々な長所もあれば短所もあります。そして、他の艦種にはない特徴があります。それはなんですか、雪風さん」
「え? えっと……他の艦種にはない特徴ですよね。……あ、数、でしょうか!」
「はい、正解です。他の艦種と比べて駆逐艦は低コストで数が多い。だからこそ、目的に合わせて様々な形で艦隊を組むことができます。例えば夕立さんや江風さんは夜戦での強襲を得意としていますが、昼に敵空母に襲われたらひとたまりもないですよね」
「う……確かにちょっと分が悪いっぽい」
「そんなとき艦隊に秋月さん、照月さん、初月さんがいたらどうでしょう。夕立さんたちを夜まで生かし続けられる可能性がぐっと上がると思いませんか?」
「確かに。空母相手なら秋月たちほど頼りになる味方はいないぜ」
「他にもいろいろな組合せが考えられます。潜水艦が多い海域では対潜水艦戦闘に優れた子がいなければ相手を倒しきれず後顧の憂いを残すことになります。けどその子だけでは水上艦の相手をする余裕はないですよね。そんなときは他に対水上艦に優れた子が一緒にいてサポートしてあげないと」
そこまで言って、香取は黒板にある言葉を書いた。
『One for All, All for One』
有名な言葉だった。俺でも意味は知っている。
一人は皆のために。皆は一人のために。
「目的を果たすため、それぞれの個性を生かし、互いの短所を補い合う。これが私なりの『駆逐艦の本懐』だと思いますが、いかがでしょう」
おお、と駆逐艦たちの感心の眼差しが香取に注がれる。一部こっちにしょうがねえなあみたいな視線も送られてきたが、今度こそ知らぬ顔の半兵衛を決め込むことにした。
「しかしさすがですね香取先生。なんというか、本物の教師みたいでしたよ」
「ふふ。これが練習巡洋艦としての私の本懐ですので」
香取は少しいたずらっぽく笑うと、駆逐艦の輪の中に入っていった。
彼女はとっくに自分の本懐を見つけているということか。えらいものだ。
俺の本懐はなんだろう――。
「板部先生、早くこの脆弱性の仕組み教えて……」
初雪に突かれて我に返る。
本懐と言えるかどうかは分からないが、俺はこうして今できることをやっていくしかなさそうだ。
「……ちなみに脆弱性の話なんか聞いてどうするつもりだ?」
「何かあったときに備えて大本営に侵入できるようになっておきたい」
「…………ちなみに脆弱性の話なんか聞いてどうするつもりだ?」
「何かあったときに備えて大本営に侵入できるようになっておきたい」
「わざわざ一回聞き直したおじさんの心境を察して欲しい」
「察したけど面倒だから無視する」
「初雪。子どもはもう少し大人に優しくしないと駄目だぞ」
「それ逆では……」