S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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氷上の観艦式、前段作戦と最終作戦に参加してきました。
フィギュアスケートは知識もほとんどない素人だったのですが、そんな素人でも楽しめるイベントでした。
スケート選手の方々の演技・演奏・演出が揃った、ある種舞台版艦これと言える内容だったな、と。行って良かったです。


南の島のスケートリンク(夕張・舞風・子日)

「何か涼しいことがしたい」

 

 うだるような暑さの中、夕張が呻いた。

 

 現在、S泊地の工廠は冷房が壊れてしまったため絶賛休業中だった。

 最近は装備のメンテナンスと改修以外特にやることがなく、メンテナンスは各自で実施することもできるため、そこまで致命的な問題にはなっていない。

 ただ、普段工廠に詰めている面々は暇を持て余すことになった。

 

「涼しいことって言っても何ができるんだ。この南国で」

 

 夕張に問いかけたのは工廠長を務める伊東信二郎という壮年の男性だった。

 普段は工廠妖精たちと一緒に工廠の管理をしているが、彼も今は暇人の一人である。

 

 二人はやることもないまま、微妙に冷房が効いているような気のする寮のリビングで倒れていた。

 

「涼しい涼しい……納涼盆踊り大会」

「言葉ほど涼しくないぞ」

「流しそーめん大会」

「この前やったな」

「海水浴!」

「まあ、やりたきゃ止めないが……涼しいか?」

「いんや、生温い」

 

 はあ、と夕張は情けないため息をついた。

 

「この暑さが耐えられないのよ……」

「ゲームでもやったらどうだ。好きなんだろゲーム」

「今持ってるやつはどれもコンプしちゃったのよね……」

「ああ、そう」

 

 伊東は物凄くどうでも良さそうに頷いた。

 普段ならもう少し話が弾むのだが、二人とも熱で頭があまり働かなくなっている。

 

 そこに、荷物を背負った舞風と子日が通りかかった。

 

「あらー、二人ともお出かけ?」

「あっ、夕張さんと伊東さん。こんにちは!」

「こんにちはー! 子日たちはねえ、これからスケートしに行くんだよー」

「……スケート?」

 

 夕張が目を点にした。

 

 ここは年中高温多湿のソロモン諸島。

 おまけに、歯に衣着せぬ言い方をするなら田舎も田舎のド田舎である。

 

 屋外スケートリンクなど望みようがないし、屋内スケートリンクもどこに行けばあるのやら、という土地だ。

 そこでスケートなどという単語を聞いたら、夕張のような反応になるのもやむなしだろう。

 

 ただ、夕張は熱さで機能停止しかけていた脳みそをどうにか稼働させて、別の可能性を見出した。

 

「はっはーん、ローラースケートね!」

「惜しいけどちょっと違うかな。ねー子日」

「そうそう。子日たちがやるのは、涼しいスケートなんだよ」

「……ほほう?」

 

 夕張が上体をむっくりと起こした。

 

「その話、詳しく」

 

 

 

 一行がやって来たのは、島の中央部――森の中を流れる川のほとりだった。

 川が近く木陰があるからか、この辺りは泊地一帯よりも幾分涼しい。

 

 この近くは川が若干広くなっている。

 そこで滑って遊んでいる艦娘が、既に何人かいた。

 

「水上スケートって言えばいいのかしらね」

 

 夕張は、出立前に明石から貰ったシューズを見ながら首を傾げた。

 

 このシューズは艦娘の艤装を改良したものらしい。

 兵装はなく、主機の機能のみを取り付けた特注品とのこと。

 

 艦娘は艤装を身に着けることで水上を滑走することができる。

 しかし、艤装はなんだかんだで重いし、素材が素材なだけあって夏場は熱い。

 それを取っ払って、水上を滑走することだけに特化させたのがこのシューズなのだという。

 

「そういえばいつだったかフィギュアスケートがテレビとかで流行ってたっけ……」

「そのとき明石さんに頼んで作ってもらったんだよ」

「水上できめ細かな動きが出来るようになれば役に立つはずだって説得したんだよねー」

 

 舞風と子日は慣れた手つきでシューズを着用すると、そのまま川の中に飛び込んでいった。

 シューズのおかげか、二人の身体は川に沈むことなく水上に留まっている。

 

「……どうした、お前さんは行かないのか」

 

 と、暇だからか引率も兼ねてついて来た伊東が声をかけてきた。

 

「い、いやー。ちょっと初めてだと緊張しちゃうじゃない?」

「そうか。どれ、じゃあ先に失礼するぞ」

「なぬっ?」

 

 伊東は筋骨隆々の大柄な身体で、躊躇うことなく川に飛んだ。

 意外にも、彼は綺麗に着地を決めて、すらーっと綺麗に滑って見せる。

 

「わー、伊東さん上手だね!」

「これでも若い頃はスケート通いしてたことがあったからなあ。久々だが全然問題なさそうだ」

「……っていうか人間が身に着けても効果あるの、このシューズ!?」

 

 夕張が驚きの声を上げると、伊東は「知らなかったのか」と意外そうな表情を浮かべた。

 

「艦娘以外のスタッフ――提督とか母艦のクルーとかが、いざというとき身一つで逃げられるように作られたって面もあるんだぞ、このシューズ。さっき子日が言ったみたいな理由だけで予算通す程大淀は甘くない」

「っていうか伊東さん知ってたなら教えてよ! 私全然知らなかったんだけど!」

「あー。そういえば、当時は明石が技術部の面々には黙ってろって言ってたな。技術部に任せると予算度外視したヘンテコなもの作るからって」

「……くっ、否定できない……!」

 

 もし今そういう企画が持ち込まれたら、絶対追加でオプション機能を二つか三つはつけたくなる。

 自分のそういう性質を、夕張は十分に理解していた。

 

「それより夕張さん、早くおいでよ。一緒に滑ったら気持ちいーよー」

「そうそう。今日はスケート日和だよ!」

「うっ……。わ、分かったわよ」

 

 舞風と子日に急かされて、夕張は覚悟を決めた。

 息を大きく吸って、川に飛び込む。

 

 着地した。

 水には沈まない。シューズは効果を発揮したのだ。

 

 しかし、次の瞬間夕張は盛大にこけた。

 

「……お前、艦娘なのに……」

 

 伊東が何か憐憫の眼差しを向けてくる。

 それに耐えかねて、夕張は慌てて釈明した。

 

「か、勝手が結構違うのよ! 艤装がない分普段とバランス感覚違うんだもん!」

「でも他の艦娘皆滑ってるぞ」

「……み、皆結構常連だからね」

 

 見かねた子日がフォローした。

 

 実際、ここにいる面々の技量は思っていたよりも高かった。

 ただ滑っているだけでなく、スピンやイーグル、ジャンプをしている子もいる。

 

「……舞風ちゃん。申し訳ないんだけど、少し練習に付き合ってもらって良いかしら」

「いーよ! 滑り仲間が増えるのは嬉しいしね!」

「子日も手伝うよ! これでも結構得意なんだから!」

 

 二人の手を借りて、夕張はどうにか起き上がる。

 

「俺も練習付き合おうか?」

「いいの! 伊東さんは後で見返す相手なんだから、ぎゃふんという練習でもしてて!」

「お、おう」

 

 夕張の剣幕に押されて、伊東は大人しく奥の方へと退散していった。

 

「いつか絶対見返すんだから……見てなさいよ伊東信二郎……!」

「夕張さんが無茶苦茶燃えてる……」

「やる気満々だねえ」

 

 夕張は当初の涼むという目的をすっかり忘れていたが――暑さも忘れていたので、これはこれで問題ないのかもしれなかった。


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