S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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公式4コマの古鷹山ネタを見て思いついた小話。


山川論争(古鷹・加古・青葉・衣笠)

 その日、間宮に顔を出すと、どんよりとした顔の古鷹が鎮座していた。

 隣には衣笠がいて、どうにか古鷹を励まそうと奮闘している。

 

「どうしたんだ?」

 

 声をかけると、衣笠はまるで救い主が現れたかのようにこちらを見た。

 

「板部先生。お昼ですか?」

「あ、ああ……。なんだ、妙にテンションの陰影がハッキリしてるな」

「しーっ!」

 

 古鷹のテンションの低さに触れるのは駄目らしい。

 本人の前だから意味がない気もするのだが、衣笠は必死にこちらへ「それを言うな」というポーズをしてきた。

 

「んで、結局どうしたんだ。古鷹がそんな顔してるのは珍しいじゃないか」

 

 間宮からラーメンを受け取って古鷹たちの正面に座る。

 他にも席は空いていたが、一旦声をかけた以上避けるのは後味が悪かった。

 

「今度の休み、六戦隊の皆で遊びに行くことになったんです」

「ほう。そいつは良い話じゃないか」

 

 古鷹はこの泊地の司令部の一員で、いつも忙しくしている。

 休暇を取ること自体が稀で、以前同じ六戦隊の青葉が「古鷹とは全然予定が合わせられない」とぼやいていたことがあった。

 

「そうそう。せっかくの機会だし泊地から出て、少し遠出しようってことになったんだ」

「遠出って言っても、長期休暇でもなければ、行ける場所は限られるんじゃないのか?」

「うん。だから近場にしようってことになったんだけど――」

 

 そこで衣笠は言葉を濁し、窺うように古鷹の方を見る。

 

「……近くの島の小山か川に行こうってことになったんです」

「良いんじゃないか。夏休みっぽい」

「私も最初はそう思ったんです。でも、意見がどうにも合わなくて」

「なんだ。割れたのか」

「はい。私は山が良いって主張したんですけど、加古は川の方が良いって……」

 

 それは艦名の由来に基づく志向性なんだろうか――と言いたくなったが、黙っておくことにした。

 ここで茶々を入れるのは良くない。

 

「それで、喧嘩になってしまって……」

「まあ、意見が分かれたっていうのはキッカケみたいなものだけどね」

 

 衣笠がフォローを入れた。

 確かに、第三者に説明できる喧嘩の原因などというものは、キッカケもしくは後付けであることがほとんどだろう。

 実際のところ、喧嘩と言うのは大抵が感情のかけ違いで起こるものだ。

 

「で、その休日はいつなんだ?」

「明日です」

「おおぅ……」

 

 道理で落ち込んでいるわけだ。

 Xデーが近づいてきたことで、加古に対する苛立ちを、喧嘩別れしたままその日を迎えることの辛さが上回ったのだろう。

 

「……うーむ。流石にこれを放置しておくのは寝覚めが悪いな」

「何か妙案ある?」

「上手くいくかどうかは分からんが、やってみるさ」

 

 さてどうしたものかと思案しつつ、表面上は自信たっぷりに頷くのだった。

 

 

 

 翌日。

 俺と六戦隊の五人は、ショートランド島内の奥地にある川を目指して歩いていた。

 

「……」

「……」

 

 古鷹と加古は今日顔ずっと口を利いていない。

 どうやらまだ雪解けはしていないようだった。

 

「いやー、絶好のピクニック日和ですねえ!」

「お前は元気だなー、青葉よ」

「せっかくの休暇なんですから、テンションアゲアゲでいきましょうよ!」

「大潮かお前は」

 

 元々青葉は明るく振る舞うことが多いが、能天気というわけでもない。

 暗い雰囲気をどうにかしようと思っての行動だろう。

 実際、青葉と衣笠のおかげで少なからず空気は和らいでいる気がする。

 

 そんな調子でしばらく進んでいくと、目的の川が見えた。

 そこから更に上流に向かって進んでいく。

 

「おーい、加古」

「……ん?」

「昨日言ってたの、まだしばらく先か?」

「あ、ああ。そうだな」

 

 一瞬古鷹の方を見て、加古は心持ち小さな声で答えた。

 もっとも、古鷹の方は加古から距離を取っていたので気づいていないようだったが。

 

「なあ、板部先生」

「ん?」

「もしかして、古鷹にもう説明してるのか?」

「してない。そんな無粋なことするか。説明はお前がしろ」

 

 そう告げると、加古は僅かに「ぐへえ」と言いたげな顔をした。

 

 更に進んでいくと、遠目に小屋らしきものが見えてくる。

 他のメンバーより少し遅れて、古鷹もその小屋の存在に気づいたようだった。

 

「……こんなところに小屋って、変わってますね」

 

 この辺りは島の集落からも少し離れている。

 周囲に何があるわけでもなく、その小屋はポツンと建っているのだった。

 

「そうだなー、変わってるな。誰が建てたんだろうな」

 

 わざとらしく間延びした口調で話しながら、加古の方を見る。

 

「あたしだよ」

「……加古が?」

 

 古鷹が意外そうな表情を浮かべた。

 この泊地は何もない辺境にある。そのためインフラまわりも自分たちで整えないといけない。

 ただ、加古はどうにも肉体労働が面倒な性質らしく、そういう活動にあまり熱心に参加していなかった。

 

「……前に古鷹言ってたろ。静かな川辺でのんびり過ごしたいなって」

「そ、そうだっけ?」

「忘れてるのかよ……。いや、古鷹いつも忙しそうにしてるもんな。無理もないか」

 

 はあ、と加古は観念したように息を吐いた。

 

「もしかして――それで、この小屋を?」

「ま、まあな。小さいしちょっと不格好だけど、何人かでのんびり休むくらいならできると思う」

 

 気恥ずかしそうに言う加古に、青葉と衣笠が両脇から飛び掛かった。

 

「なんですかこのイケメン! 相方のさり気ない望みを叶えるため人知れず頑張るとか、ちょっと嫉妬しちゃいますよ!」

「前もって相談してくれれば衣笠さんも手伝ったのにー。この薄情者め!」

 

 うりうり、と両サイドから青葉・衣笠に揉みくちゃにされて、加古は「ぐおおお」と苦悶の声を上げる。

 

「あれ、助けなくていいのか?」

 

 古鷹に確認する。

 彼女は、少し目元を潤ませながら笑って頭を振った。

 

「しばらく見てましょう」

「あ、あれ? 古鷹、もしかしてまだ怒ってるー!?」

 

 加古が焦りを表情に見せつつ叫ぶ。

 それに対し、古鷹は少しだけいたずらっぽく笑って返した。

 

「怒ってないですよー、だ」

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 

 例の小屋は「せっかくだし皆に使ってもらおうよ」という古鷹の申し出により、泊地メンバーの避暑地という扱いになった。

 加古はやや複雑そうな表情を浮かべつつも「ま、古鷹がそういうなら良いか」と承諾。

 これにより、小屋は休日のんびり過ごしたい艦娘の憩いの地になったという。


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