S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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騙す能力はともかく、騙されにくくなる能力は欲しいですね。


策士は一日にしてならず(サミュエル・B・ロバーツ)

「騙し合いに勝つ方法?」

 

 ある日サムに呼び出されたサラトガは、相手の言葉を繰り返した。

 サムは大きく頷いて、グッと拳を握りしめながら悔しそうに語る。

 

「最近、親睦を深めようとここの泊地のいろんなメンバーと集まって遊んでるんだけど」

「良いことじゃない」

「うん。ただ、最近全然勝てないんだ。騙し合いのゲームがトレンドでさ」

「別のゲームにしてもらうのじゃ駄目なの?」

「負けっ放しで終わるのは何か嫌なんだよね」

 

 意外と負けず嫌いなサミュエル・B・ロバーツ。

 今年の春頃に着任したばかりの駆逐艦娘で、比較的新顔である。

 

「で、同郷の中だとサラならそういう知略戦とか得意そうだから、何かコツを教えてもらいたいなと」

 

 同じ米国出身の艦娘だと、他にはアイオワ、ガンビア・ベイ、イントレピッドがいる。

 しかし、アイオワは細々とした騙し合いは苦手そうで、ガンビア・ベイは騙されてそうな印象が強く、イントレピッドもどストレートな性分の持ち主なのでこういうのは不得手そうだった。

 

「うーん。そうねえ」

 

 口元に指を当てながら悩ましげな表情を浮かべるサラトガ。

 そこはかとなく大人っぽい仕草を真似てみるサムだったが、どうにも背伸びをしている感が拭えない。

 

「ならサム、私に対して何か言ってみて。それが本当か嘘か当ててみるわ」

「テストってわけだね。んー、どうしようかな」

 

 と、そこで何かに気づいたようにサムはポケットからメモ帳を取り出し、紙片を一枚切り取ると、サラトガに見えないよう何かを書き込んだ。

 その紙片を手で隠して、得意満面の表情でサラトガに問いかける。

 

「今私はここに……パンの絵を描きました。Yes or No?」

「No。何も書いてない、でしょ」

「えーッ!?」

 

 サムはショックを受けた。

 実際、サムの手から出てきた紙片には何も書かれていない。

 

「なんで、なんで分かったの!?」

「紙片に書き込もうとしてるとき、こっちにかなり見せつけるような感じだったから、っていうのが一つね。いかにも『描いてるぞー』っていう感じだったから、何かあるなって」

「お、おぉ……」

「もう一つは、パンの絵を描いてるって言うとき少しだけ何か考えてたでしょ。だから、本当は何も描いてなくて、今何を描いたことにしようか考えてるんだって、なんとなく分かったのよ」

「お、おみそれしました」

 

 ははーっと平伏するサム。

 どうもオイゲンあたりから変な影響を受けている節が見え隠れして、サラトガとしては少し心配になる。

 

「ともかく、一つ言えることがあるわ」

「なに?」

「サム。あなたは相手の裏をかくのに向いてない」

「な、なんだってーっ!」

 

 面と向かって指摘されて、サムはショックを受けたらしい。

 わなわなと震えたかと思えば、がっくりとその場に崩れ落ちる。

 

「うぅ、これでは鳥海へのリベンジが……」

 

 どうやらサムが勝ちたいのは、泊地の中でも頭脳派寄りとされる鳥海らしい。

 さすがに相手が悪いのでは、という言葉を呑み込んで、サラトガは「うーん」と思考を巡らせた。

 

「鳥海は確かに頭も良いし騙し合いにも長けているかもしれないわね。でも、ある程度セオリーに則ったやり方を好むと摩耶から聞いたことがあるわ」

「セオリー?」

「相手を騙すときに奇抜な方法を使わないってことね。だから――」

 

 そう言って、サラトガは脳裏に思い浮かんだ鳥海対策方法をサムに伝授したのだった。

 

 

 

 その日、サラトガはサムが参加しているという集まりに同席し、例の騙し合いゲームを観戦していた。

 今日のゲームは「汝は人狼なりや?」と呼ばれるチーム対抗形式のゲームである。

 村人・人狼チームに分かれ、人狼と思われるプレイヤーを処刑する昼、人狼が村人を襲撃する夜を繰り返し、どちらが多く生き残れるか競うゲームである。

 

 現状、場に残っているプレイヤーは、サム、鳥海、藤波の三名だった。

 人狼ゲームは村人の数が人狼以下になった時点で勝敗が決するので、このうちの二人は村人ということになる。

 

「凄いですね。サムがここまで勝ち残るのは珍しいです」

「そうなの?」

「はい。なんかサラトガさんに秘訣を聞いたって言ってましたけど、どんなアドバイスしたんですか?」

 

 一緒に観戦していたガンビア・ベイの問いかけに、サラトガは「まあ見ていれば分かると思うわよ」と返した。

 

 現在は昼。

 ここで人狼を当てて処刑できれば村人の勝ちが決まる。

 一方、ここで外してしまうと夜に村人が処刑されて人狼の勝ちが決まる。

 言ってしまえば、ゲームの最終局面だった。

 

 大抵の場合ここまで来るとおおよそ怪しいのが誰か分かってくるので、すんなりと終わってしまうケースも多いが、今回は少々ややこしいことになっていた。

 

 村人の中には役職が割り振られる者が存在する。

 役職にはそれぞれ能力があり、それを生かして人狼を特定するのである。

 

 しかし、一つ特殊な役職として「狂人」というものがあった。

 狂人は村人という扱いながら、勝利条件が「人狼チームの勝利」になっているという一風変わった役職である。

 その狂人が、まだ場に残っている可能性があった。

 

「サムさん」

 

 と、そこで鳥海が手を挙げた。

 サムと藤波の視線が鳥海に集まる。

 

「実は私、人狼なんです。狂人は貴方ですよね。藤波さんを投票で潰してしまいませんか?」

 

 しれっと告げる鳥海に、サムと藤波の目が光った。

 狂人は勝利条件から人狼チームに属しているが、本人の条件としては村人と同じであり、誰が人狼か分からず、人狼からも認知されていない。

 

 自らの正体を明かせば他の村人から警戒されてしまうので、狂人としての本分を全うできない。

 しかし、残り三人で投票するというこの状況下であれば話は別だった。

 昼の処刑は多数決で行われる。ここで人狼と狂人が示し合わして村人に票を入れれば、確実に勝ちを拾うことができるのだった。

 

「――ちょっと待った! サム、鳥海さんを信じちゃ駄目。人狼は私だから!」

 

 藤波が鳥海の提案に待ったをかけた。

 一方、サムは鳥海と藤波のやり取りを注意深く眺めている。

 

「あら。こうなると少し困りましたね。どちらが本当の人狼か、サムさんに当ててもらわないと」

「私だって、もち!」

 

 互いに人狼であることを主張する鳥海と藤波。

 通常、人狼は正体を隠しながら夜のターンで隠密裏に村人を襲撃していく。

 ただ、今回のように自分たちの方が優位に立っているとみなせる場合、正体をカミングアウトすることもあった。

 

「これ、どういうことですかね……?」

「鳥海が本当に人狼で村人である藤波を嵌めようとしている可能性と、鳥海が実は村人で人狼の藤波を始末しようとしている可能性があるわね」

「村人なのに人狼を騙っちゃうんですか?」

「騙らなかったら藤波が同じように人狼宣言してサムを味方につける可能性もあるでしょ。その可能性を見越して先手を打ったって可能性があるわね」

 

 そこで、サムが二人を交互に見て静かに告げる。

 

「私――狂人じゃないんだけど」

 

 観戦者たちの間でざわめきが広がる。

 すっかりサムが狂人であることを前提に話が進んでいたから、皆がサムの発言に戸惑った。

 それは、場に残っていた鳥海と藤波も例外ではない。

 

「狂人じゃ……」

「ない……?」

 

 二人の言葉を受けて、サムは――少しおかしそうに笑った。

 

「あ、ゴメンゴメン。嘘。私狂人」

 

 会場に「えぇー」という声が広まる。

 サムの嘘によって混乱する者も大勢出ているようだった。

 

 ただ、そういった会場の動きの中で、サラトガはあることに気づいていた。

 

「でも今ので分かった。人狼は藤波だね!」

 

 ビシッと藤波を指差してサムは宣言した。

 鳥海の顔が少しだけ強張る。

 

「どういうことでしょうか?」

「だって今嘘って言ったとき、藤波凄く安心してたから」

 

 そう。

 サムが前言を撤回したとき、藤波は大きく息を吐いて身体から力を抜いたのである。

 サムが狂人だということが分かって、安心したのだった。

 

 サムと藤波が鳥海に票を投じて、処刑が執行される。

 その瞬間、ゲームマスターが人狼サイドの勝利を宣言した。

 

 

 

「……いや、今回の貴方はなかなか読めませんでしたね」

 

 ゲーム終了後、鳥海はサムの健闘をそうやって称えた。

 

「サラにアドバイスもらったおかげだよ。私だけの力じゃまだまだ勝てなかったと思う」

「サラトガさんから? もし差し支えなければ、どういうアドバイスだったか伺っても良いでしょうか」

「そう難しいことじゃないよ。まず、私は騙すのに向いてないから、騙そうとするんじゃなくて騙されないよう集中すること。……んで、もう一つは、騙すなら騙す相手を見極めること」

 

 そう言ってサムは鳥海の側にいた藤波を見た。

 

「鳥海はポーカーフェイスだから反応見るのも難しそうだったけど、藤波はその点素直だから何か見えるかなと思ったんだ」

「くっ、反論できない……」

 

 藤波は悔しそうに拳を握り締める。

 ゲームには勝ったが、どことなく負けた気がしているようだった。

 

「まあまあ、藤波はそういう素直なところが良いと思うよ!」

「う、うるさい! ほら、次のゲームやるよ! 今度は絶対上手く立ち回ってみせるんだから!」

 

 そんな風にやり取りする二人を、鳥海や観戦席のサラトガたちは微笑ましげに見守るのだった。


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