KanColle -GHOST CROSS-   作:有明WORKS

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第03話 Riunione

―呉基地、こんごう帰港後

「……イージス艦を中破させ、弾薬も大幅に損耗。報告書の書き方を間違えれば参考人招致、あるいは証人喚問もあり得るな」

呉に帰港した白神の報告を受け取り、一同からの聴取を済ませた村田は思わず溜め息を吐きそうになった。人的損害さえ出なければよしとする程度には事前情報が不透明ではあったが、帰ってきた結果は自衛隊という役所において決して無視出来ない損害である事も事実だ。一方で原因の半分ほどを担った張本人は素知らぬ顔色で

「多少口裏を合わせておけばどうとでもなります。ご協力を」

と言うのだから、常識的な感性ではたまったものではないだろう。だが一般論でどうにか出来る事態では無い事を村田は既に思い知らされている。溜め息を飲み込んで村田は言葉を返した。

「赤羽班の持ち帰った映像もあるし、対応の必要性は認められるだろう。……我々の既知からは離れた出来事のようだが、ともあれ君達を選んだ事は正解だったようだ」

「いかなる幻想も空想も、しかるべき観測と記録を経ればただの現実です。すぐに慣れますよ。海に出し入れされる軍艦はともかく、人にして人ならざる者は前例もあります」

「君のその切り替えの早さが本当に羨ましい。取り敢えず、この件を進めるのは市ヶ谷からのゲストを待つとしよう」

何枚かの書類を手元に、村田は続けた。

「こんごう乗組員にはしばらくの余暇が与えられる。娘さん方の『観察』任務に佐官以上の面々と赤羽班の皆を巻き込む程度で、そちらも実質余暇同然だ。早急の問題は彼女たちの衣食住でな……予算を付ける口実が間に合わん」

「それは問題ありません。既に三枝航海長と権藤砲雷長がクルーからカンパを募っていました。彼女たちへの直接対応はこれから、尾形副長と結城機関長に任せる予定です」

「了解した。それも併せて、総監と幕僚長への中間報告は私が済ませておこう。白神艦長もゲストの出迎え後は休むと良い」

「それではお言葉に甘えましょう。……迎えついでに、丁度娘が押しかけていまして」

「……今日は木曜日(平日)の筈だが、娘さんは中学生ではなかったか?」

「素行について時折学校からも注意を頂くのですが、私が船に乗っている時はあのままかと。疎遠になっていないだけ良いと前向きに考えます」

「尾形副長が繰り上がるまでの辛抱か。彼は今……」

「32歳ですからまだ先の話になります。出世と飲み込みが早くとも、欲も野心も薄い男です。自衛隊幹部としてはまだまだこれからでしょう」

「ハンモックナンバー1の出世頭もまだまだ青い果実か。君の手腕含めて期待する」

「そういった期待には全力で応える所存です。では失礼します」

「うむ。今後の聴取と会議では宜しく頼む」

部屋を退出する白神。扉を開けてすぐに待機していた尾形と赤羽が見えた。

「現在、軽巡洋艦大井を名乗る女性は赤羽班長の自宅に滞在しているとの事です。当事者もこちらと合流したい意思を示しているとも」

「ふむ。こちらからあの5人を連れて向かうとしよう。そのまま呉駅で人を出迎える。赤羽班長にも同行を願いたい」

「承知しました。自分の車は自宅に置いているので1台お借りしますが」

「了解した。もう1台は副長に預ける。そこに5人と私を同行して……む」

話している最中の白神から振動音が鳴った。携帯電話のバイブレーション音だ。携帯電話を抜き出し、立ち上げた画面には「イオ」の名前が映っている。電話を耳にあてる前に娘の声がスピーカーから響く。一人娘から好かれているのは素直に心地良いが、船を降りない限り、あれが加減を知る事は無さそうだ。

「私だ。……成る程。よし、まずは時系列順に追って話せ」

呆れと困惑を噛み潰したような表情。白神をこんな様子にさせる相手など、部下の尾形には一人しか心当たりがいない。電話は続いた。

「遭遇したのがお前で幸いである事態と理解した。……わかった、私はこれから呉駅に向かう用事がある。そこで合流できるか? よし、その女性には一度その妹へ連絡するように伝えてくれ。では呉で待つ」

「イオ君ですか?」

「あぁ、興味深い話を持ってきた。呉へ向かう道中に海上自衛官を妹に持つ女性と意気投合、訪れた矢先に軽巡洋艦大井を自称する娘と遭遇、現在行動を共にしていると」

「……んん?」

奇妙な符合に眉を寄せる赤羽千尋。それに対する白神未希の口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。

「多少驚かされたが、予定に変更はない。このまま呉駅集合だ」

 

――少し時間を遡り、呉。赤羽宅

「成る程、江田島からこちらまで」

「はい。私の覚えている江田島と違っていたもので、海軍基地のある呉に訪れました」

「帝国海軍って看板は今ありませんからねー。今は海上自衛隊って言うんですが、あたしのお母さんと千春さんの妹さんがそこで働いてるんですよ。で、大井おねーさんと関係あるのかナーと思って」

「……自分で言うのもなんですが、私って相当に非現実的な存在だと思うのですけど。イオさんがそう思った理由って何ですか?」

「今日は瀬戸内海を海自のヘリコプターがよく飛んでいて、同じ日にそこそこ偉いウチのお母さんと特殊な部署らしい千春さんの妹さんが作戦行動中。こりゃ何か大事でも動いてるのかなと思うけど瀬戸内海で外国がどう動くのかなーって疑念もあった時に大井おねーさんご一行と遭遇。そりゃ『あ、こういう事か』と点を線で繋ぎたくなりません?」

「なりませんね!?」

「そんなわけで3~4割くらいはただの勘ですケドこうしてお誘いしました。割とお困りのご様子でしたしネ。いやートトロを追っかけるメイちゃんの気持ちがわかりました」

「誰ですか?」

「千春さん、確定です。現代日本人でトトロ知らないとかあり得ません」

「是非とも見て欲しい作品ですが、今見ると途中で外に出ちゃう時間ですね。大井さんの件は私の妹かイオちゃんのお母さんと繋がるまで待つとしましょう。それでは……お二人について詳しく聞いても良いでしょうか?」

千春は水兵服の少女から異邦人の夫婦へと向き直る。慣れた様子で畳に足腰を預ける二人の内、まずは瑠璃から問いが投げかけられた。

「わかりました。では前提の確認ですが……多元宇宙(マルチバース)という概念はここで認知されているでしょうか?」

「多元宇宙ですか? 概念の提唱はされていますが、サイエンスフィクションやオカルトと同一視されがちですね。本格的な研究には至れていない分野かと」

「いきなりそれを聞くって、要するにお二人は他の世界から来た人って事ですかネ?」

「世界、か。まぁそういう表現でも合ってるかな。俺たちは次元とか、宇宙とかって呼んでる」

「……一つ質問が。お二人が異世界、異次元から訪れたのであればどうして言葉が通じるのでしょうか?」

「私たちの能力の一環ですね。皆さんも私たちも、自分の母語を話しているようになっています」

「あ、唇の動きと声の発音に違和感あると思ったらそーゆー事でしたか。海にいた割には髪や肌が荒れてないのも何か秘訣あったり?」

「ふふふ……旅の錬金術師たるもの精製水と化粧品で常にケアはバッチリだぜ。妻共々愛用している一品でして、売り物用を一式1回分どーぞどーぞ」

「あらあら、これはご丁寧に。名刺代わりに頂きますね」

「わーい♪」

「え、何でこんなスムーズに謎のやり取りが進んでいるんですか。ひょっとして私がおかしいんですか?」

「ご安心を大井おねーさん。あたし自分のこと結構変なヤツと思ってますから、波長が合うこのお三方もきっと変な人たちです!」

「一体何に安心しろと!?」

「そうですねー、ここはお茶でも淹れて一息落ち着きましょうか」

「いやそういう事では……いえ、私も少し頭を冷やしましょう」

「お茶かー、ここってどんな嗜好飲料があるんでしょ? コーヒーとかあるなら俺手伝えますけど」

「あら、折角ですからお願いしましょうか。異世界にもコーヒーってあるんですねぇ」

「そこはまぁ、次元の壁越えても同じ形の生き物とかがこうしていますから」

「あら、それもそうでした」

彰は手荷物を掴み、隣の妻に目配せをしてから千春の向かう台所へ続いた。その様子―正確には目配せで横を向いた瑠璃―を見て、イオが一言。

「瑠璃さんの耳ってとんがってるんですね。あたしたちの知ってる『人間』と違ったりします?」

発言者と受け手によっては相当無遠慮ともとれる質問。大井は同じようにその耳を気にしていた立場で少し肝を冷やしたが、瑠璃は特に気にする様子もなく、「この姿ですか?」とウェーブヘアを退けて尖り耳を二人に見せた。

「私はシェイプシフターと言いまして、様々な形に姿を変えられる体をしているんですよ。元々はリャナンシーと呼ばれる種族で、普段使っているこの姿は故郷の次元に住むエルフという種族を模しています」

「おお! 違う世界にもエルフっているんですね! その話詳しくお聞きしても!?」

「えぇ、喜んで。その次はイオちゃんからこの次元の事を聞かせてくださいね? 大井さんも知りたい事が沢山あると思いますから」

不意な話の投げかけに、置いてけぼりを喰らっていると思っていた大井の視線は瑠璃とイオの間を右往左往。

「そーですねー。まぁ義務教育真っ最中の小娘なのでそこまで細かい事は話せませんけど、あたしにわかる事であればお任せあれ!」

言葉の割には自信満々にサムズアップするイオ。彼女の声は台所まで聞こえる程度にはよく通り、そして張りがあった。

「元気な子だなぁ」

台所を借りた彰は手荷物から瓶詰めのコーヒー豆らしき物に、金属の筒と、鍋と透明なポット、そして透明の袋に入った布をテーブルに置く。千春にはこれらが何かなんとなく心当たりがあった。

「アウトドア用のコーヒーミルですか。この布はフィルターです?」

「常に屋外飲みってわけじゃないですけど、持ち運ぶ上でかさばらない事重視ですね。布を使った抽出は普通点検保守が面倒なんですけど、俺たちは携帯冷凍庫とか色々便利な道具持ってまして、この鍋もこうすると」

彰が鍋の蓋を手に取り、指でその裏に何かを書く仕草をして鍋に戻すと、たちまちそれは粘土のような柔らかい変形を始める。2、3度瞬く頃には細長く緩やかなS字型を描いた注ぎ口を持つヤカン……ドリップポットと化していた。千春は目をぱちくりさせている。

「この通り」

「うーん、異世界技術凄いですねー。それでは食器とお菓子を用意しますので、そちらはお任せします。お湯のポットはこちらに。水道と流しがありますからお片付けはそちらでどうぞ」

「あいあいさ。そいではお借りします」

断りを入れた彰は一度指を鳴らす。明らかに手動式であるミルが勝手に動いたが、あの鍋の後の千春には驚くほどではない。彼は手慣れた、しかし千春も見知った手順でコーヒーを淹れる。小さな器具一式で作業を二週すれば、台所の空気はすっかり薫り高くなっていた。形も柄もバラバラのカップが5つ、そこに黒く澄んだ液体が注がれる。お盆に運ばれたそれを、真っ先にイオが口に含んだ。

「あー美味しい。個人経営の喫茶店で飲むような味だー」

「……身内以外が飲むのは久々だけど、褒められるの結構くすぐったいなぁ」

「あはは、そこは素直に自慢していいと思いますよ? 大井おねーさんはどうですか?」

快活な笑顔のままイオは、ただ一人両手でカップを持っていた大井に問いかける。これまで困惑に染まっていた彼女の頬は、いつの間にか安堵に緩んでいた。

「……落ち着く香りと味、だと感じました」

「あーわかります。良いコーヒーやお茶ってのは心を静めてくれますよねー」

イオの言葉にうんうんと彰は頷く。アマチュアなりにこだわりが伝わる事は素直に嬉しくもあり、また異界の地で文化を共有できる安心感もあった。諸事情で興奮物質を抜き取っている事は野暮となる為に黙らざるを得なかったが。

そのまま緩やかに談笑が続いて1時間ほど、

「さて、と。いい時間になって来たし電話しますね」

イオは携帯電話を手に取った。

「あ、お母さん? 軽巡洋艦大井が綺麗なおねーさんになって原隊復帰をしたいらしいんだけど海自に連れて行けばいいかな?」

……この発言を聞いて一部始終を理解できる人間は果たしているのであろうか。そして続くイオの発言からするに、母親の理解は案の定追いつけなかったようである。

「えーとね、呉線で知り合った海自の人が妹のおねーさんと一緒に呉観光してたんだけど、アレイからすこじまでファンシーな3人組とファンタジーな出会いをしてさ。んで5人仲良く意気投合して今おねーさんの家で待機しながらお話なう。取り敢えず大井おねーさんは【今】がいつ頃かってのは理解してくれたから、帝国海軍の代わりって海自しか無いし、お母さん結構偉いしどうにかならない? ……フフフ、お母さんの教育の賜物かナ。……はいはーい、呉駅ねー」

隣で言と事の運びを見守る大井は内心不安を募らせていたが、問題なく話は進んでいるようだ。多分。

「千春さんー、車ってありますか?」

「はい。妹の車を出せますよ」

「呉駅で全員集合。やっぱり妹さんが大井おねーさん絡みで関わっているかもなので一回連絡とっといてくださーい」

「あ、それ俺達も一緒して大丈夫ですかね?」

「えぇ、大井さんをお連れしたのはお二人ですし……何かご用事が?」

「国の人とお話できる機会があれば、私たちも動きやすくなりますから」

何かを含んだ瑠璃の物言い。そしてイオはその含みを誤解する娘ではなかった。

「まーお二人とも観光目的ってわけじゃなさそうですね。何があってここへ?」

「そうですね。こちらに通じやすい表現で言えば……ある犯罪者を追ってきました。とても凶悪な」

「俺達と同じ、次元を渡り歩く魔術師だ」

――呉駅前

呉駅近くの駐車場に2台の車が停まる。1台は白神が、もう1台は赤羽がキーを抜き、次々と車を降りた者達の目には呉駅が映り、耳には電車が呉線を駆ける轟音が響いた。左手に携帯電話を抜き出した白神は駐車場の入口を一瞥して、

「赤羽班長、あの車か?」

そう一言、千尋に問いかけた。

「はい。私の車のナンバーですね。運転席に座っているのも、さっき電話の繋がった姉です。……助手席に座っている彼女ですか?」

「……娘だ。初対面の相手と打ち解けるのは得意な方だが」

「……まぁ、私の姉もそこは似たようなものです。その性分で連絡にある『拾い者』に繋がったものかと」

「そういう事にして困ることは無さそうだ」

ため息交じりの二人をよそに、3台目の車から奇人変人4人と巻き込まれた1人がアスファルトへ降り立つ。白神の娘は全力のキメ顔でピースサインを母親に向け、千尋の姉は妹へ朗らかな笑顔で手を振った。

イオは白神の元へ駆け寄ると、後ろに立つ5人の少女を一目見て手を叩く。

「つまり親子姉妹でそれぞれ同じ不思議に遭遇したと!」

「結論以外の全てを飛ばして話し出す癖は義務教育を終えるまでに直すように。……赤羽千春さんですね。イオの母の白神未希です。この度は娘がお世話になりました」

「いえいえ、とても賢いお嬢さんで私の方が助けになったくらいですよ。こちらこそ妹がお世話になったようで」

「世話……まぁ、世話かな?」

「そこに対する言及は控えよう。それで、後ろの3人が話にあった面々で良いか?」

白神が残る3人に目を向ける。さりげなく前に押し出されていた大井がまず頷いた。

「軽巡洋艦の大井です」

「東雲彰です」

「東雲瑠璃です。こちらもお話をイオちゃんから伺っています」

「話が早くて助かる。イオの母の白神未希だ。こちらも君たちと同様の事例で遭遇した5人がいる。呉駅前であるゲストの到着を待ちつつ、顔合わせと行こう」

白神は踵を返して皆を案内した。駐車場から呉駅まで歩くのに対した時間はかからない。【誰が】来るのかを白神から事前に聞かされた自衛官一同は大分畏まった様子になっていたが、同道した吹雪ほか4人の少女はその緊張から切り離されていた。吹雪と叢雲は元軍艦として自衛官たちの様子が気になったが、白神から「楽にしていい」と言われては他の民間人同様に振る舞う他ない。

間もなく駅の北口から二人組の男性が階段を降りるのが見えた。1人は初老の男性で、このご時世には珍しく蓄えられた髭が目立つ。海上自衛隊の制服を身にまとい、将補の階級章が袖口に輝いていた。

そしてもう1人、和服を着用する童顔の青年……の、ように見えた。しかし立ち振る舞いやその目に宿る光の深みからは、若さとは真逆の老練さが――それこそ、隣の男性よりも遙かに積み重ねられた年数が――感じられた。

じっと待っていた吹雪と叢雲と大井も、談笑に夢中であった漣と電と五月雨も、“彼”を一目見た途端に時間が止まった。いや、それは一瞬、(とき)を遡っていたのかもしれない。

ふいに吹雪は“彼”に向かって駆け出していた。その勢いのまま“彼”に抱きついたが、抱きつかれた“彼”も、抱きついた吹雪当人も、その表情には困惑だけがあった。吹雪自身、深く考えずに本能と感覚だけで飛び出したのか。しかしその表情も、次第に安堵へと移っていく。

「……お久しぶりです」

「……えぇ、本当に」

互いに目が潤んでいる事に気付く。

他の5人も歩み寄っていた。“彼”は皆を見渡し、ゆっくりと頷く。潤んだ瞳から、一筋だけ涙が零れていた。

「……イオちゃん、ちょっといいかな?」

彰がそっと耳打ちするように、イオへ尋ねる。

「あの人の事?」

「ん。……少なくとも、ただの人間じゃないよな?」

振り返ったイオが見つめる彰と、隣の瑠璃は目を見開いていた。数多の次元世界を渡り歩いた魔術師の眼が捉える“彼”の姿――肉体――は、確かに人間のそれである。だがその霊魂(ゴースト)のあり方は、人の……いや、それどころか定命のものですらない。不死たる龍や精霊を想起させた。

「ご明察デス。あの人は……んー、あー、直接聞いた方が早いかな。っとと失礼」

イオは身を“彼”の隣へ寄せた、階段を降りたもう1人の初老の男性が母と挨拶を交わしている。……たまたま隣に居合わせていた千尋が緊張で固まっていたのは、単なる不運か、あるいは白神の意図か。

「お久しぶりです将補」

「うむ、前にあったのは2ヶ月前だったな。隣の子が娘さんかね?」

「えぇ、娘のイオです。それとこちらが件の不明船に潜入した特警の赤羽千尋班長と、その姉の千春女史です。千春女史、一尉、イオ。こちらは市ヶ谷の佐竹将補だ」

「赤羽千尋一等海尉です」

千尋の声は普段通り張っていたが、その身は緊張で硬直している。目の前の人物は現場側の尉官が普段接する相手ではない。勝手が違うのだ。

幸か不幸か、その近くに歩み出ていた2人はそのような事を気にする立場でも性格でも無かったが。

「白神イオです! 母がいつもお世話になっています!」

「え、えーと赤羽千春です。妹がいつもお世話になっております」

「お姉ちゃん違う! 世話になっとらん! この人、うちの世話するほど近しい存在じゃなか!」

「一尉、落ち着け」

「はっはっは、市ヶ谷のはみ出し者相手にそう畏まる事もあるまい。今はあの方のお話を聞こうじゃないか」

佐竹は快活に笑って“彼”に向かって振り返った。“彼”は一筋流れていた涙をぬぐい、改めて、少女達6人を見渡す。

「初めましての方もいらっしゃいますので、改めて」ぺこりとお辞儀しながら“彼”は一同へ目を向けた。

「普段、人前に名乗る場では本田菊と称していますが、この場ではそう名乗る事も不要ですね」

そう告げて、“彼”は吹雪の肩にそっと手を置いた。

「私は“日本”と呼ばれています。この子達と同じようにヒトの器を持つ、“国”です」

 

 

 

 

 

第03話 Riunione

——呉地方総監部庁舎内の一室

「ヒトの姿をとる“国”と」

「ヒトの姿を持つ“船”。いやはや宇宙には不思議が散らばってるぜ」

本田菊と“日本”、二つの名を持つ“国”の在り方を聞いた彰と瑠璃は関心と驚愕を込めて吐息をこぼした。常識と非常識の境界線とはつくづく大雑把でいい加減だと実感したのは何度目だろうか。ひとたび次元を越えてしまえば、そこに待ち受けている世界は異なる法則に統べられている。その法則を力では破壊出来ても、知性が無視する事は出来なかった。もっとも、それはこの夫婦も似たような物だと、大井の目線が雄弁に語っていたが。

「私も話には聞いた事がありますが……現実にお目にかかるのは初めてです」

幽霊船との接触に関わる者全員が集まった場で、千尋も一言。異邦人の夫婦ほどではないにせよ、有名人に突然出会った程度の衝撃は彼女にも起こっていた。

「普段はただの隠居爺ですから。……この子たちが現役の頃は、あちこち動き回っていましたね」

感情の読み取りにくい眼で、本田菊こと日本は語る。

「長くしますと些か感傷的になってしまいます。早速本題へと移りましょう

「私がこちらへ訪れた理由は大きく2つあります。1つは皆さんとの……と言いますか、吹雪さん達との顔合わせと身元保証です。私と同類と言うことがわかれば、ある程度面倒事は避けられます。そしてもう一つは

日本(私の家)のみならず、他国(他の家)でも同様のケースが発生しています。皆さんにはこれから私たちの非公式会議に同席して頂きたいのです」

「その会議の予定時刻は決定していますか?」

「本日16時を予定しています」

「今すぐ、ですか。……出席国は旧枢軸、旧連合どちらも含みますね?」

白神の問いかけに張り詰めた空気を、その場にいる全員が感じた。日本が一瞬躊躇ったように見えたが、白神から目を逸らさず答える。

「……はい。現時点で彼女たちを発見しているドイツさん、イタリア君、アメリカさん、イギリスさん、フランスさん、ロシアさん……加えて未発見ですが国連常任理事国として中国さんも同席します」

「全国、彼女たちの同類も同じく出席しますか?」

「いえ、あなたが考慮してる事と同様の憚りから、希望者のみ出席と聞いています」

「承知しました。では我々も同様に倣いましょう」

感情を覗かせずに、白神は日本へと一礼して【当事者】達の方へ振り返った。

「事が急がれる以上事実だけを完結に言おう。かつて大日本帝国とアメリカ合衆国の間に勃発した戦争は70年近く前に終わり、今ではそこまで悪い関係でもない。欧州諸国も似たようなものだ」

部屋の空気を彷徨っている緊張と戸惑いを、白神は敢えて無視し言葉を続ける。

「私と部下は当時を知らない身である手前、君達の心中を完全には推し量れない。よって今回の非公式会議に出席するかどうかは君たちの自由意志に委ねる。申告も不要だ。会議室に来るか来ないか、その選択だけで良い」

吹雪達は口をつぐむ。視線だけが泳ぎ、その先は自分の手足であったり、隣に座る同類であったり、またはどこでもなくぼんやりと頭の中だけに集中していたりした。考えを纏めるのに少し時間を要しそうに見える。

「途中出席でも構わない。一先ず向こうへの話は尾形副長と赤羽班長がいれば通じる。二人は“祖国”と私共々会議に出席だ」

「「承知しました」」

部屋を発つ白神に、尾形と千尋が続いた。

そこに残された沈黙は、それほど長くはなかっただろう。その間、周りの視線が定まらない中で、吹雪の瞳はずっと閉じられた扉に向いていた。瞬いた拍子、自分が立ち上がっている事に気付く。その無意識の意味を探ろうと、彼女はドアノブに手をかけた。振り向いて、叢雲と目が合う。心中を窺い知れたわけではないが、それでも互いに頷いた。吹雪が扉を閉じるよりも先に、叢雲も席を立つ。

「……まぁ、整理は全部見てからかしら」

振り返らない彼女の呟きは明らかに自分自身へと向けたものだが、残る4人の心中にも投げかけられるようであった。

――会議室内

「全員揃ったか」

会議室を見渡した白神の一言。吹雪と叢雲が先駆けとなり、結局全員が会議室に移った手前、会議に参加しない者の目付を予定していた三枝、結城、権藤も会議室の扉を叩いた。

「……そこのお二人は何やってんの?」

開かれた会議室を見れば、白神が持ち込んだであろうノートパソコンの周りに、立体映像を浮かべた見たことのない機械と配線を置かれている。その映像をキーボードのように叩く2人組は軽巡洋艦大井と接触した夫婦であった。

「何って」

「大規模な会議をパソコン上でやるとお聞きしましたので、円滑に進められるようモニタを立体映像で大規模展開出来るように、そちらの艦長さんの許可を頂いて配線を色々と」

「それ庁舎の備品なんですけどオォォォ!? 艦長も何で管轄外のブツ弄るの許可してんスか!?」

「自己申告に基づけば尾形副長と同類かそれ以上の特異技能持ちであるそうだ。その証明としても手っ取り早い」

「ええ、貴女そういう人ですよね」

権藤の真っ当である筈の突っ込みも白神はどこ吹く風か。結城は上官の図太さに対して既に敬意と諦め以外の感情を持つには至れなかった。三枝だけは未知に対する好奇心が先んじて作業の様子に目を向ける。

「これ、機械的には一体どうなんの?」

「そこまでメチャクチャしませんよ。このコンピュータのモニタ出力を俺の電子魔道書がタスクごとに全部立体映像化して拡大・縮小・移動の範囲を広げるだけです」

「うんメチャクチャだねぇ!?」

権藤、例え無駄とわかっても突っ込まずにはいられない。

「ハードとソフトの仕組みそのものをいじらない限りヘーキヘーキ……よし出来た。テストしまーす」

電子魔道書と称された機械にノートパソコンのモニタ出力端子が差し込まれた。何度かの発光を重ねると、普段目にしていた「窓」が光の塊となって会議室内へと飛び出した。近くに立つ三枝からは関心の口笛が吹かれ、白神は納得したように頷き

「成る程、本物だ」とだけ呟いた。

「よしよし、急ごしらえでも何とかなるもんだ」

「この部屋内であればどこにでも映像を配置できますが、どのように置きましょうか?」

「……えぇと、そうですね。こう円周状にぐるっと」

“日本”は動揺を隠さずに答える。異能というものを知らないわけではなかったが、ここまで理路整然と、且つ当たり前のように振る舞われる事は経験がなかった。

瑠璃が少し手指を動かすだけで立体映像達は軽やかに並び、部屋に集まった者達と繋がって円周を描いた。電子魔道書が繋げられたノートパソコンに手を置いた日本は馴染みの同類と話すための馴染みのアプリを立ち上げる。電脳の会議場には既に「Deutschland(ドイツ)」「Italiana(イタリア)」「USA(アメリカ)」「UK(イギリス)」「Française(フランス)」「Российская(ロシア)」「中国」の名前がアクティブを示していた。

 

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