――大学学園艦。30万人が住む世界最大級の学園艦では様々な店が存在しており、第二階層と第三階層は世界最大のショッピングモールと呼ばれている程である。生きている内にすべて回った者はいない、そう言わしめるほどの店舗数と売り場面積を誇るのがこの学園艦に住む者の自慢である。
そんな中、第二階層の隅っこで経営されているクラブ「タチャンカ」では男達が丸テーブルを囲んで額を集めていた。男達はいずれも服の上からでも分かる程に鍛え上げられた肉体を持ち、ウォッカの入ったグラスを傾けていた。
「店主、例の“彼女”は確保した」
「ご苦労。君らの行動はいつも早くて助かる」
「世辞はいい。だが……」
店のマスターと話すリーダー格はチラッと確保した”彼女“の方を見やった。マジックミラーの向うで生クリームにチョコレートがタップリのパフェと格闘している。とてもじゃないが、重要人物とはとても思えなかった。
「本当にあの子がそうなのか? その……」
「心配するな。確かに君の言うことは分かるが、任務もあと二日で終わる。血液と細胞のサンプルを頂き、検査をすれば、あの子は解放する。そう言う手はずだ」
「……それは本当に祖国のためなのか?」
「当り前だろ」
マスターが鋭い口調で言うと「そうだ」「そうだ」と周囲の隊員も同調しだした。彼らに言わせればこれは祖国の内情を救う可能性を秘めた奇貨であり、あるいはメシアであると言う。彼らの悩みとはただ一人無縁なリーダーは首を傾げるばかり。
リーダーは再び、少女の方を見た。背丈は小さく、声も甲高い女の子にどんな奇跡があるというのか。テーブルに頬杖をついて長考しても答えはでない。危険な任務を成功に導く優れた頭脳はこういう時は沈黙しているようだ。
だが、今のところ気にすべきことは、彼女の守護者兼保護者の方であった。あの人外をどうすれば撃退すべきか。非殺傷のカーボン弾が装填されたAK74Mを手繰り寄せ、その名を呟いた
「バーバヤガ……」
そして、この五分後彼らは想像もしない戦闘へと身を投じるのだが、その前に約12時間前の話をしなくてはならないだろう。事の全ての始まりであるパッシェンデールから。
△
シェアハウス、パッシェンデールにおいて沈黙と言う言葉は縁がないものである。大抵、誰かが騒いでいるか、歌っているか、あるいはラジオの音楽が流れているからだ。流れる曲は様々で下手くそなドイツ軍歌や化石めいたロック、失恋を慰める湿っぽいラブソング、切なく歌われる子守歌などなど。
そんな家では今日聞こえるものは一際珍しい物で上機嫌な鼻歌であった。それだけなら、特別珍しくもないが、歌っているのがこのパッシェンデール1おっかなくて、背が高いプラウダ美人であるノンナの物であるとなれば、話は違う。
ガチョウパンツに薄いブルーのブラウス、麦わら帽子を被り、念入りに身だしなみをチェックする。いつもの鉄面皮も今日はどこへやら。薄く微笑んで鏡の前で一回転してスカートをフワリと浮かせる。
「の、ノンナ殿が笑っています」
「何かの前触れでしょうか?」
「とっても、可愛いですわ!」
「声がデカいって」
そんな彼女を陰から見つめるのは優花理にアリサ、薫子、ローズヒップの4人である。4人は万が一に備えてヘルメットを被り、敵情偵察と称しノンナを観察していた。
「何でノンナを観察してるんですの?」
「バカ。良い? 奴が笑っている時は大抵ロクな事になってないのよ?」
「そうですよ! ノンナ殿が笑う時は大抵撃破炎上する戦車を見ている時とか、クラーラ殿とカチューシャ議論で勝った時とか。ニーナ殿とアリーナ殿が丸太担いで走っている時とか!」
「しかも、その後大抵人食い魔みたいになるんですから!」
「もう忘れましたわ! そんな事!」
「アンタも一回怒らしているんだからね。かけっこでカチューシャ泣かせたりして!」
「知りませんわ!」
「このバカヒップ!」
3人がローズヒップの両肩を掴んで揺らすが効果は今一つ。この様にパッシェンデール内における最強人類としてカウントされているノンナは怒らせてはいけないルームメイトに指名されているのだ。
「こういう時にエリカがいれば」
「どうせお隣の西住さんとこよ!調整役の癖に肝心な時にいないんだから!」
「ほほう、エリカ殿はまた裏切りですか」
薫子が呟くが、アリサがすかさず反論、続いて優花理が暗黒面へ。最早恒例となった反応にローズヒップですら反応しない。そのように見守っているとノンナが携帯を取り出した。その画面を見て、うっとりとした顔で微笑みだしたので、アリサ達はゾクリと冷汗を流し、ローズヒップは「おお」と感嘆の息を漏らす。
ノンナは立ちあがり、そのまま玄関へ。4人も何が起こるのかと期待と不安を半々に(一名は期待で一杯だが)観察を続け、外へ出たノンナを見やると一台の戦車がシェアハウスの前に来た。
ソビエトの快速戦車BT-7。オリーブドラブの小柄な戦車が前に止まり、ノンナはワクワク、ついでにスピード狂である薫子とローズヒップが目をらんらんと輝かせ、涎を垂らす。
「BT-7ですわ薫子」
「時速70kmもでると言うアノ……」
「クッソ早いロシア戦車ですわ」
「胸が躍りますね」
ごくりと喉を鳴らす二人をアリサはスリッパで叩いて気絶させ、BT-7とノンナの動向に集中する。すると、砲塔のハッチが開き、弦楽器の音色が聞こえ、同時にノンナの舌打ちもアリサの地獄耳は捉えていた。
「やあ」
出て来たのは薄い色素のロングヘアーの美人。継続の元隊長であるミカであった。
「……何故貴女が出てくるのが説明していただきますか?」
ノンナは鋭い目でミカを睨み付けていた。その様子に優花理とアリサはタジタジ。まずい、非常にマズイ。よりによって親の仇みたいな相手がやってくるとは。何を隠そう、独り立ち(?)したカチューシャの寮のルームメイトが実はミカなのだ。
元々、継続とプラウダは因縁の間柄であるのだが、そんな事が些末事にすら思える程二人の関係は危うい物だ。日頃カチューシャを溺愛して止まないノンナの前でミカはカチューシャをあやしたり、一緒にお風呂に入ったりするものだから、さあ大変。火薬庫の中でバーベキュ―をするが如くの行為に皆震えが止まらないのだ。
「その質問に応える意味があるとは思えないな」
「何故?」
「遠くたって君たちは繋がっている。それでいいじゃないか」
「私はそのような事を聞いた覚えはないのですが? 何故、貴女が、此処に、居るのですか?」
「昼寝をしている彼女を運んだだけさ」
「ほお?」
怒りのボルテージを上げて行くノンナに対し、砲塔に座り、飄々とするミカにあわわとパッシェンデールの二人は冷汗を流す。ミカの煽っているとしか思えない言動に肝を冷やしっぱなしで、優花理に至っては緊張で気を失いかけている。
「いやあ、プラウダの皆には感謝しきれないね。こんなに沢山のモノを頂いて」
「我々は一度も施した事はないのですが」
「そんな事ないさ。風が語り掛けてくれるのさ。僕を持てってとさ」
「流石はサーミ。盗人猛々しいですね」
「でも、彼女は自分の意志で来たようだけどね」
ミカはカンテレを引き鳴らし、得意げな顔をノンナに見せつける。対する彼女は拳を握りしめ、親の仇のようにミカを見ていた。一触即発と言うべきか、ミカの言動にアリサは胃が締め付けられるようで、言葉にならない悲鳴を上げていた。
「アリサ殿、しっかり!メディック! メディーック! うん?」
そこで、多少回復した優花理はアリサを抱えつつ、キラリと光る物を見つけた。何かと思い、光った方を見やると、そこにはSVD狙撃銃を構えるクラーラがおり、涙を流しながら銃口をミカに向ていた。
「ま、まさかの第三勢力……!」
ここで、優花理は何故クラーラが撃たないのかを察知し、周囲を見渡した。すると、別方向に涙目で小動物のように体を震わせているアキがいた。モシンナガンを構えている辺りからクラーラを釘付けにするように言われているのだろう。
「な、なんと数刻前から此処はキリングフィールドだったのですね」
「ウチの前を戦場にしやがって畜生」
「アリサ殿落ち着いてください! 今から私も機関砲持ってきますので!」
「要るか!」
これ以上厄介事を持ちこまれてたまるか。アリサはツインテールを揺らし、走る優花理を引きとめた。平穏とはついぞ縁がないパッシェンデールだが、だからと言って戦争が起きていいわけがない。
ドアから外を覗けば、ノンナとミカで押し問答。双眼鏡で見渡せば涙目な狙撃手が二人。そして、現在家にはまとめ役としてのエリカもいない。居るのはバカばかり。唯一の救いは特級のバカであるぺパロニが食材を買いに行っていることぐらいだ。
「マズイわね……ああ、神様」
十字を切って神頼みをしても、状況は好転しない。ノンナの怒りは溜まりっぱなし。ミカの言動は腹立ちまくり。スナイパーは引き金に指をかけ、味方はバカ。これ以上最悪の状況などあるものか。
そうだ。アリサは開き直った。これ以上の状況なんて無い。此処からは上がるだけだ。なら、逆に考えて自分は幸運じゃないか。神様はまだ私を見捨てていない! そう結論付け、ドアを開けて、一歩大地を踏みしめた。
そして顔を上げて見れば、BT-7の後方に猛然と飛んで行くRPG-7の弾頭が見えた。
――――死んじゃえ、神様
「え? 何?」
砲塔からひょっこり出て来たカチューシャがあくびをしたのも一瞬。対戦車ロケット擲弾が後部に突き刺さり、BT-7は白旗を甲高い音と共に上げた。豪快な爆発音と同時にアリサやノンナは爆風で倒れ、ミカとカチューシャは衝撃で空を飛ぶ。青空をカンテレと共に空を飛ぶミカを見てアリサはシュールだなと現実逃避気味で思っていると、カチューシャが何者かにキャッチされた。
「むが!」
周囲にスモークが展開され、何名かの人影を見かけたのも束の間、コンクリートにカーボン弾が着弾し、弾けた。クラーラがドラグノフを乱射しまくり、それに対応してアキが応射しているらしい。
銃声と怒号、涙声の「カチューシャはどこだ!」というロシア語が木霊し、パシェンデール前はもくもくと白煙と硝煙が満ちる混沌の場となった。
「あ、あはは。コレは夢よ。そうよ、偶然ウチの前でもくもく作戦をしているだけなんだわ。こんな事でサンダースの女の子は泣かない。泣かないわ。無理数を数えて落ち着けば……」
「アリサ殿! それ無理ですから! 現実に戻ってきてください!」
そうやって、アリサが縮こまっている内に状況は刻一刻と変化していく。
「BT-7が!」
「薫子、奴らですわ! 奴らがお尻にRPGをぶち込んだのですわ! 野郎ぶっ殺してさしあげますですわ!」
「敵はどっちだ!」
「匂いで分かりますわ!」
いつ頃起きたのか、高速戦車を撃破されたことに怒る聖グロリアーナのコンビが飛び出し、煙の中逃走しようとする人影に向けてレコード盤や皿をぶん投げ、道路に激突しては破片を飛び散らせる。
「何がどうなっているでんですかぁ?!」
「お、カチコミか?! 待ってろ今行く」
「ああ、ぺパロニ殿まで!」
そこへ、買い物帰りのぺパロニが参戦し、CV33が駆け出した。
「邪魔です! どけイタ高が!」
しかし、薫子が誤って靴下型対戦車手榴弾(イギリス戦車道ショップご用達)投げ、これを撃破。ぺパロニは潰れたトマトの海の中で気を失った。こうして、戦闘は何ら目的もなく、主目標も消え去った中、三時間にわたって続けられた。
△
「ああ。疲れた」
夕陽が綺麗なオレンジの空の下でアスファルトの地面を力なく歩くプラチナブロンドの少女が一人呟いた。少女、もとい逸見エリカは図書館での勉学を終え、痛む肩を時々揉みながら帰路についていた。大学まで徒歩八分だが、大学の敷地面積は巨大でいつもならバイクで行き来するのが普通だった。
最も昨日ローズヒップが荒運転をしてクラッシュさせるまでの話で、今日は徒歩での帰宅をする事になり、エリカの頭と身体の双方は疲労の極みに達していた。
「今日の晩御飯なにかしら」
エリカは脳内に今晩の献立を想像し、頬を緩ませた。熱々のラザニアか、鶏肉のコトレッタか。冷蔵庫に確かアンチョビが残っていたはずだから、プッタネスカなんてあるかもしれない。
あの愉快でお馬鹿なルームメイトと食卓を囲むのもこれで二年近く。思えば、騒々しい毎日であった。しかし、こうして帰り道に思い返せば存外悪くない。エリカは曲がり角を曲がって進み、麗しの我が家へと急いだ。
実に穏やかな気分のまま進んでいけば、いつもの光景が目に映る。ひび割れたアスファルトにもうもうと上がる黒煙。ガソリンと焦げた金属の慣れ親しんだ香り。地面に転がる空薬きょうに割れた皿や花瓶。自宅から二件先の噴水に浮かぶ継続の元隊長に、屋根上で突っ伏すロシア人美女。
昼寝かしら? と思うことにして、更に歩を進めれば二階の物干し竿に引っかけられたミカの姿が見え、パッシェンデール前にたどり着くとそこには戦場跡が広がっていた。
後部を攻撃され、白旗をはためかせているBT-7.。割れた植木鉢を頭に乗っけて眠るローズヒップに薫子。膝をつき、天を仰いで呆然とするノンナ。ヘルメットを被って寄り添うように白目を剥いたアリサと優花理。
全てがいつもとは“ちょっと”違った。
「……何があったの?」
「その声、エリカか?」
「ぺパロニ?!」
かすれた声だったが、ぺパロニの声がしたので駆け寄ると、CV33からズルりとトマトまみれで真っ赤になったペパロ二が現れた。エリカはぺパロニを抱きかかえ、手を握った。
「よお、悪いな」
「何があったの?」
「アタシにもよく分からねーんだ。ただ、物凄い衝撃が来て……畜生目をやられて……」
「トマトで視界がふさがれているだけよ! しっかりしなさい!」
「姐さんに伝えてくれ。チーズは守って見せたってな」
ペパロニは袋詰めにされたチーズの詰め合わせをエリカに手渡してフッと意識を手放した。大きくイビキをかいて眠りだしたものだから、エリカは襟首を掴んで揺らす。
「おいコラ! 事情を話せ! それから寝ろ!」
「……今、少し……睡眠時間をくれれば……」
「寝てる場合か!」
こうして、後に伝われるカチューシャ争奪戦の火ぶたが切って落とされた。
戦車道用RPG-7
ロシアで購入可能な戦車道グッズ。気になる戦車道のあの子の戦車を倒して、出会いのきっかけをつかみましょう。
※ 発射後に受ける反撃に関しては責任を負いかねます。
戦争開始。
第一弾はノンナ主役でお送りします。
大体三話ぐらいで締める予定です。
更新遅れて申し訳ありません。