(――見えた、アレが次の……!)
猛スピードで飛行していたイゼッタは、前方にて、ゲール軍のものであろう、かなり大きな建物を視界にとらえ……目的地への到着を知る。
そして……そこにいると教えられた、今回の『標的』を探すべく、施設上空に到達と同時に、その周囲を旋回しながら……目を凝らしていた。
当然、施設にいる兵士たちからは攻撃が加えられる。
しかし、かなりの高高度を猛スピードで飛行するイゼッタにはその効果は皆無であり、全くと言っていいほど当たる気配がない。
それでも、銃口を向けられていてはいい気分ではないので、イゼッタはいつも速やかに作戦目標を破壊してスピーディに戦場を後にする……というのが常道だった。
適度に探して見つからないようなら、物資を先に焼いてしまうつもりでいたイゼッタは、ちらっと後方に浮遊させている燃料タンクに目をやった。
銃撃では傷一つつかないくらいに頑丈なものなので、一緒に飛行していても安心なものだ。いざ使う段階になったら、同じく随伴させているランスを使って穴をあけ、敵の物資集積地に中身をばらまいて、適当に火花か何かで着火すればいい。
と、その時だった。
丁度施設の近くを飛行していたイゼッタの耳に、うかつと言っていい声の大きさで話している声が聞こえてきた。
「何をしている! 魔女とはいえたかが1人だ、撃ち落とせ! ええい……せめて先に指揮官殿を退避させねば!」
「下に車を回します! それまで時間稼ぎをしますので、非常階段から……」
指揮官、という言葉にはっとしたイゼッタが、聞こえた方向に目をやると……そこには、武骨な作りの建物の中で……建物の外の壁際にある階段を、駆け足で駆け下りていく人影が見えた。
そして、周囲の兵士たちに守られるようにしている、その男は……黒髪に、黒目。事前に聞いていた特徴と一致する容姿をしていた。
「っ……見つけた!」
確信するやいなや、急降下するイゼッタ。
それに気づいた兵士たちが、輪の中心にいる人物を守るべく銃を構えてるも、イゼッタはそこめがけて、従えていたランスを次々に突貫させ、周囲の階段の留め具や支えを盛大に破壊。ガラガラと音を立てて、階段が崩れ落ちていった。
当然、その上にいた者達も、足場を失ってあえなく落下していく。
イゼッタはその落下から救う形で標的――『ペンドラゴン少佐』を捕獲しようと、背後に浮遊している投網を動かそうとした……が、
「ミッション……スタート!」
ほとんど誰にも聞こえないような音量で、そうぼそっとつぶやいた直後……テオの脳内で、種が砕けたイメージが浮かび上がり……目から、ハイライトが消える。
そしてその瞬間、彼は……超人となった。
崩れゆく足場のうち、壁際の比較的無事な個所を見つけて手をかけ、それを足蹴にして駆け上がる。そしてそのまま……壁に沿って設置されている配管を足場にして走り出した。
「……っ……嘘っ!?」
捕獲しようとしていたイゼッタは、目の前の光景が信じられず、しばしあっけにとられてしまう。
今、テオが走っているパイプは、金属製とはいえ、太さにして10㎝あるかないか。しかも、階段が崩れた影響でグラグラと不安定に揺れているし、当然のように円筒形で安定性は最悪。
その上を、明らかに全力疾走かそれに限りなく近い速さで走っている。
こんなことができる人間がいるのか、と……イゼッタはしばし呆けていた。
が、すぐに気を取り直して、それを追いかける。
確かに驚いたし、目論見は外れて逃げられているが、イゼッタは空を飛んでいるのだ。しかも、戦闘機にも劣らぬ速度が出せる上に、小回りもきく。追いつくのは簡単だった。
そして、先程突貫させたランスを呼び戻して周囲に浮遊させ、切っ先を走るテオに向けながら……警告を発する。
「止まってください、そこの指揮官さん! 止まりなさい!」
「はいよ?」
「えっ!?」
直後、急停止するテオ。
まさか本当に止まると思っていなかったイゼッタは、スピードをすぐには殺しきれず、それを通り越し、追い越して飛んでいってしまう。
慌てて方向転換して戻ろうとしたときには……彼は逆方向に向けて走り出していた。
「ちょっ……えぇ!?」
またしても驚きつつも、イゼッタはそれを追う。
「と、止まって! 止まってくだ……止まりなさいってばぁ!」
「はっ! 追われてるのに止まれって言われて止まるバカがどこにいるよ!」
「今止まったじゃないですか!」
「何それ、忘れました」
「……っ……もぉっ!」
仮にも戦争中の敵同士のやり取りとしては、いささか緊張感に欠ける内容の会話が二言三言かわされ……それに若干むきになったイゼッタは、先程よりも音量を上げて、
「止まらないと……!」
最後まで言わず、イゼッタはランスを急加速させ、テオの前方にあるパイプを貫いて破壊した。
「ちょっ……せめて最後まで言い切れよ……」
とっさにそうツッコみつつ、前の足場を失ったテオであったが……即座に反応し、なんと今の足場から飛び降りて、下のパイプに降り立った。
しかも、そこから跳躍して、今まさにひしゃげて崩れ落ちそうな前方のパイプを蹴ると、そこから勢いをつけて前に飛び、また別なパイプをつかんでさらに飛び……途中でひねりまで加えて体制を整えながらそれを繰り返し、はるか遠くの窓枠へとたどり着いてしまった。
サーカス団員やワイヤーアクターも真っ青の軽業の連続である。
「うぇえ~……!? あ、あの人本当に人間……!?」
再び目の前で繰り広げられた神業に、最早あっけにとられるしかないイゼッタだが、2度目だけあって再起動も早い。
いくら超人的な身体能力を持っていたとしても、戦闘機に匹敵する速度で飛べるイゼッタから逃れることは不可能。イゼッタはそう思っていたし……テオもそれはわかっていた。
彼の狙いは……逃げることではない。また、別なところにあった。
(そろそろ、いいかな……)
ちらっと視線を一瞬下にやったテオは、何かを目視で確認すると……すぐ背後に迫りつつあるイゼッタが、またランスをこちらに飛ばしてくるのを視界の端で見た。
今度は、確実にこちらの逃げ道をふさぐつもりなのだろう。16本あるランス全てを飛ばし、自分を囲むような軌道で射出してきた。
それに反応してテオが、非常階段の踊り場に当たる位置で急停止した直後、ガガガガッ……と、ほぼ一続きの音を立てて、16本のランスが壁に突き立った。
テオを囲む……どころか、牢か鳥かごのように、その内部に閉じ込めるような形で。
外から見れば、斬新なデザインの牢獄にテオが捕らわれているようにしか見えない図になってしまっていた。
これでさすがに逃げられないだろうと、イゼッタは残った逃げ道である正面をふさいで陣取り、乗っている対戦車ライフルの銃口をテオに向ける。
傍らには、投網を広げて浮遊させていた。
「もう逃げられませんよ! 大人しく捕まってください。そうすれば、拘束する以外は何もしません……おちょくられたことは忘れてあげます(ぼそっ)」
「(意外と根に持ってる?)……そりゃできない相談だね。これでも、兵たちの命を預かってる身だ……簡単に降参なんてしちゃ、信じてついてきてくれた彼らに申し訳ないだろう?」
それを聞いて、イゼッタは少し意外そうに、驚いたように目を見開く。
「……私の知ってる人にも、同じようなことを言っていた人がいます。まじめな人なんですね……正直、ゲールにもそういう人がいたんだな、って、驚きました」
「そりゃいるさ。まあ、僕自身がそんな大層な人物かはともかく……君たちから見りゃ、ただの侵略者集団だろうけど……こっちだってきちっとした1つの国なんだし、まともなのが1人もいなかったんじゃ、社会が回るわけがないだろ?」
「……そうですね。でも、ともかく今、あなたにはどの道逃げ場はないですよ。もし逃げてもすぐ追いついて捕まえます。その時は……今より乱暴になるかもしれません。降参してください」
そう、毅然とした態度で言い切るイゼッタだが……彼女は、気づいていない。
先程から、それなりの人数浮いたはずの、地上部隊の兵士たちからの攻撃が……全く飛んできていないことに。
再度のイゼッタからの勧告に、テオはにやりと笑って……
「お断りだ……よっ!」
直後、突如としてその場にしゃがみ込むと、踊り場の天板に使われている金属板をはぎ取って、なぜか壁と自分の間に、まるで盾にするようにして構えると……それに合わせて、体を丸めて小さくなった。
逃げる気かと身構えたイゼッタが、その行動に首を傾げた……次の瞬間。
―――ドガァァアアァン!!
「……っ……!?」
突如として、施設の壁が爆発し……それによって大量の石礫がはじけ飛んでイゼッタに襲い掛かった。
イゼッタはとっさに、開こうとしていた投網を丸めて盾にしてそれをあらかた防ぐも、爆発で発生した大量の土煙により、視界が全く効かなくなった。
さらに、その壁に突き立っていたランスも、爆風で吹き飛ばされて、しかもいくつかは破損ないし変形し、ばらばらに飛散してしまった。
そして、その一瞬の隙に……
「もらった!」
爆風で外向きにひしゃげたパイプを足場に跳躍したテオが、投網を飛び越してイゼッタの真上から襲い掛かると……前かがみになっている彼女の体に、背後からがしっと抱き着いた。
そして、それに驚く彼女が硬直している一瞬の隙に、彼女の体を抱き上げるようにしてわずかに浮かせ……座っているライフルを蹴り落として、彼女と離れ離れにした。
慌てたイゼッタが、とっさに体をひねり、左手でテオを押しのけつつ、右手をライフルに伸ばしてつかもうとしたが……その瞬間、
「放水……開始ィ―――!!!」
建物の影に隠れていたゲールの兵士たちが、非常消火用の水栓につないだ大型ホースをいくつも構え、その放水口を自分に向けている光景をイゼッタが目にしたと同時に……そこからとてつもない勢いの水流がはなたれ、テオもろともイゼッタに直撃した。
ライフルという乗り物を失っていたイゼッタは、たちまち地面に落下。
幸い、大した高さではなかったために目立ったケガはないものの、全く衝撃や痛みがないわけではなく、息が詰まって体が動かなくなる。
そしてその間も、容赦なく放水が彼女に集中し……その、複数方向からの水の圧力に、体にうまく力が入らないイゼッタは翻弄され、抑え込まれている。
「やっ……ぐ……がぼっ! うぷ……や、やめっ……てっ……あぁっ!!」
立とうとしてもたちまちバランスを崩されて転ばされ、しかも足元は土の地面。水を吸ってぬかるんで滑る上に、あまりの水量に、陸上だというのに溺れそうになる。
しかも、周囲に魔力を流して操れそうなものがない上に……冷水に全身を打たれ、翻弄され続けるあまり、全く集中できない。魔力をうまくコントロールできる気がしなかった。
しかも……イゼッタの体は、だんだんと動かなくなっていく上、その意識も徐々に薄くなっていっていた。目はかすみ、手足はしびれ、力が抜けていく。
冷たい水を大量に吹き付けられて、手足が冷やされているから……だけではない。
イゼッタの視界の端に……放水するホースとは別に、何かの機材からつながれたホースがあり、その口から煙が噴き出しているのが見えた。その煙が、空気に溶け込みながら……しかし確実に、こちらに向けて流れてきているのも。
おまけに、その周囲にいる帝国兵たちは……皆一様に、ガスマスクをつけていると来た。
(もし、かして……何かの、ガス……あんなものが、ある、ってことは……私、最初から……)
薄れていく意識の中、思い起こされるここまでの流れ。
イゼッタは……逃げ回るテオを追いかけていたつもりで、所定の位置に誘い込まれ……壁の内側にあらかじめ仕掛けられていた爆薬によって、致命的な隙を見せてしまった。
そこを狙ってテオが飛びかかり、ライフルを蹴落として――この時点で蹴落とせなくても構わなかったが――動きを封じ、自分もろとも地上からの放水で墜落させる。
そしてそのまま動きを封じつつ……テオが逃げ回っている間から散布を始めていた麻酔ガスの中に叩き落し、放水を続けて動きを封じつつ、充満するガスを吸わせて……眠らせる。
(だ、め……い、意識、が……)
いかに魔女・イゼッタと言えど……周囲に武器になるようなものがなく、しかも触れることも見ることもできない気体が相手では、打つ手はなかった。
自分のうかつさを自分で責めながら……打ち付ける水流と、肺の奥に入り込んで猛威を振るうガスの中で……イゼッタは、ついに動かなくなった。
それを、自分もガスを大量に吸い込んで朦朧とする意識の中……部下に駆け寄られ、ガスマスクをつけられて助け起こされながらも……テオは、確かにその目で、はっきりと見ていた。
「作戦、成功……! 諸君、ご、く、ろう……あー、ダ、メだ、あと……よろし……く……」
そして彼もまた……力尽き、がくり、と頭を垂れて……その意識を闇に沈ませる。
自らを囮にしてまで、この……まぎれもなく、魔女に対しての『勝利』をもぎ取った上官に対して……そこにいたゲールの兵士たちは皆、無言の、見事な敬礼で持って、その偉業をたたえたのだった。