「……ん……朝か……」
野宿そのものといっていい、寝袋どころか敷布の一枚すらない状態での一夜を経て、テオは目を覚ました。
寝心地は最悪だったが、意外にも熟睡できたらしい。疲れはとれている。
嬉しい誤算かな、と寝ぼけ半分の頭で考えつつ、体を起こそうとしたが……なぜかうまくいかない。まるで、何かが上に乗っているかのように。
……その例えが、そのままの状況であると彼が気づくのは、数秒後……寝ぼけ眼が目の前の光景を鮮明になってからのことだった。
「すぅ……すぅ……」
「…………え?」
視線を下側に下げた彼が見たのは……仰向けに寝ている自分の上ですやすやと熟睡している……イゼッタの姿。早い話が、彼を敷布団ないしベッド代わりにしている状態だ。
さらに言うなら、当然ながら……2人とも、昨日、就寝したままの状態である。
すなわち、テオは上半身裸で、イゼッタは下着姿だ。テオが貸した軍服の上着は、掛け布団代わりにイゼッタの上からかけられている状態。
当然、彼の素肌には……『もにゅ』とか、『たぷん』とか、『ぷにゅん』とか……色々と蠱惑的な擬音が似合いそうな感触が、そこかしこに感じられて……
「……? ……!? !? !!? !?!?」
急速に覚醒していく意識の中で、テオの頭脳は、めったに陥ることのない『パニック』というものに盛大に突っ込んでしまっていた。
「どわああぁぁあ!?」
「わひゃあっ!? あ痛っ!」
驚いて飛び上がったテオと……そこから硬い地面に振り落とされて強制的に目覚めさせられたイゼッタが、それぞれ違った理由で上げた悲鳴が、人気のない川岸の洞窟に響いた。
「あ、頭イタイ……あ? ……あ、えっと、その……おはようございます」
「あ、うん、おはよう……じゃないでしょ! 何してんの君!? 何してんの君!?」
「え、えっと……その……服、貸してもらっておいてなんですけど……さ、寒くて……そ、それでその! 前におばあちゃんから、雪山とかで寒くてどうしようもない時は、裸で抱き合って人肌で互いに温めあうのが意外とあったかいって聞いたの思い出して……」
「いや、確かにそれ割と生存率上がるけど……だからって普通ホントにやる!? しかも、男相手に! しかも僕敵国の軍人で、君捕虜だよ!? もうちょっと危機感持とうよ危機感! やらないけどさ、襲われたって文句言えないよ!? エロ同人誌みたいに!」
昨日は、襲われるのではないかと危惧しておびえ、顔を青ざめさせてこちらを恐怖の表情で見返していた少女が、一夜にして無警戒・無防備系の天然美少女に変わったのだから、テオの混乱もひとしおである。パニック継続中。
この男、常に冷静沈着に見えて……突然のトラブルには弱い。To L○veるにはもっと弱い。
「えろ、ど……? で、でもほら、背に腹は……って言いますし、あのままじゃ寒くて眠れない感じだったし……そ、それに……あったかかったでしょ? 少佐さんも」
「おかげさまでね! 超ぐっすり眠れたよ!」
やけに寝心地が良かったのはこのせいだろうか、と、顔に熱がこもって熱い感触を覚えながら、テオはそうヤケ気味に言った。それを見て、ばつが悪そうに笑うイゼッタの顔も、当然赤い。
その赤い顔のまま、空気を読まずにさらなる追撃をかけてくるイゼッタ。
「あのー……お、怒っちゃいました? わ、私、重かったですか?」
「い、いや別に、怒ってはいないけど……それに、君くらいを重いとか感じるほど、やわな鍛え方はしてないつもりだし」
「じゃ、じゃあその……何で、後ろ向いちゃうんですか?」
「…………黙って流してくれると一番助かるんだけど。繰り返すけど、怒ってないから」
「で、でもじゃあ何で……」
「聞くなっちゅーのに!」
……ほとんどの健康な男子には、起床直後には、妻や恋人でもない限り、間違っても女性には見せたくない、体のごく一部の変形が起こるのである。抗いようのない生理現象として。
ましてや、彼の眼前には直前までイゼッタの半裸があったわけであり……お察しください。
「頼むから黙ってて、一分くらいで収まるから多分」
「収まるって何が……」
「シャラップ!」
……ここまでで終わっておけば、ただの笑い話で済んだのだが……パニックに陥った脳は、時に洒落にならない失敗を呼ぶ。
顔の熱が引かないまま、勢いに任せてテオの舌は回る。思慮を伴わず、回ってしまう。
「全くもう……今言ったけどね、君もうちょっと危機感持ちなさい、かわいいんだから」
「かっ、かわ!? い、いや、そんな……」
「しかもここレイライン通ってないんだから、君限りなく無防備でしょ。これも繰り返しになるけど、僕に襲われでもしたらとか考えないの?」
「かわ、かわ……あ、いやでも別にほら、その、私………………えっ?」
「ん?」
「……あの、今……『レイライン』って……?」
「……あ゛」
……数秒の沈黙。
「な、何でその言葉を……ど、どうして知ってるんですか!? ま、魔女の一族しかそれは誰も……」
「……黙秘します」
「そんなぁ!? お、教えてください、そ、それ……それ、帝国に知られちゃったら困るんです! 私の、秘密で! 姫様と、信頼できる人しかっ! え、エイルシュタットが、姫様の国が負けちゃうからぁ! 困るんです―――っ!」
「ノーコメント、全てにノーコメント……てか、仮にも敵に対してそんな風に懇願されてもちょっとまて!! 来るな、こっちに来るのはやめろ! まだだから、まだ収まってないからあと30秒くらいやめろ見るな身を乗り出すなくっついてくるな! 羞恥心仕事しろ!!」
結局、完全黙秘で乗り切った?後、テオとイゼッタは、ある程度乾いていた服を着て、テオが持っていた携帯食料を2人で分けて食べ……そして、移動を開始した。
その際、イゼッタが流されている途中でぶつけたのか、足をくじいて歩けないことが分かったため……テオが背負って歩いている。川沿いの道を、下るように。
……そしてその間中、数分おきに質問が後ろから飛んでくる。乗り切れていない。
「何でレイラインのことを知ってるんですか?」
「魔女の力について、どこまで知ってるんですか?」
「あのベアル峠の戦いで知ったんですか?」
「私以外に魔女を知ってるんですか?」
「ゲールの軍はもうこのことを知ってるんですか?」
(しつけぇー……)
そんな感想を抱きながらも、ほぼ完全に無視しつつテオは歩き進む。
繰り返される耳元での質問攻めに、最初こそ、彼女を背負うことによる、背中に感じる2つの柔らかな感触――いわゆる『あててんのよ』状態――を必死で耐えていたが……今ではそれを上回る鬱陶しさで心がくたびれきっていた。
まあイゼッタも……とても知りたそうにはしているものの、おぶってもらっている、というか、昨日から助けられっぱなしであるという自覚があるため、彼女にしては我慢している方だった。大体数分で我慢できなくなって再度尋ねるのだが。
実のところ、彼女は普段は素直で聞き分けもよく、物腰も柔らかかつ丁寧だが、一度こうと決めると、誰に何と言われようとやり通すという、頑固な一面を持っている。ジーク補佐官が、彼女の頑固さに折れて作戦を一部変更することを認めるほどに。
そうなった彼女を翻意させられる者がいるとすれば、それは……敬愛する大公にして親友であるフィーネだけだろう。それですら不可能な場面も、もしかしたらあるかもしれないが。
その後しばらく歩くうちに、昼も過ぎた時間なので休憩を取ることになった。
川岸に座り、水に足を浸して冷やして休んでいるテオの隣で、イゼッタはまだ聞きたそうにしながら、意識して自分を無視しているテオを見つめている。
いくら問いかけても答えてくれないテオに、できるなら朝と同じように寄って迫って聞き出したい気分のイゼッタだが……今の彼女は、それができない。
自由に動けないのだ……拘束されているために。
というのも、今イゼッタが着ているのは、彼女のいつものあの白い戦装束ではなく、『拘束服』と呼ばれるもので、囚人や捕虜に着せて、衣服そのものの機能により体の自由を奪うものだ。
ツナギのように上下一体になっていて、腕や足に何本もベルトがついている。それを締め上げると、腕と足も締められて身動きが取れなくなるのだ。おまけに頑丈で、力を入れても破れない。
捕獲された直後、イゼッタはずぶぬれのあの白い服を脱がされ、これに着替えさせられたのである。その作業はテオの指示で、きちんと女性兵士が行った。
ちなみに偶然だが、この服も色は白い。
なお、テオはこれによって拘束されているイゼッタを見た際、前世で見たとあるアニメの登場キャラを思い出し……『別な『魔女』もこれで拘束されてたっけな。というかあのキャラはもはや普段着で着てた気もするけど……』と独り言をこぼしている。
干されていた彼女の服は、もちろんコレだ。彼女の本来のあの白い服は……ゲール軍の輸送車両のコンテナに詰め込まれていたのだが……あの襲撃で燃えたかもしれない。
何にせよ、今手元にあるイゼッタの服はこれだけ。他に着れる服もないので、仕方なくコレを着つつ、拘束されているわけだ。
背負うのに邪魔だから、その時は手足は自由にされているが……休憩中は逃走防止もかねてベルトで締められている。
もしレイラインがある土地に出れば、即座に魔力を流して外してしまえる程度の拘束だ。現に、あの川に落ちた時、イゼッタは拘束状態にあったのを、魔法で自力で解除している。
……そのおかげで身を投げ出され、川に落ちた上、体にガスが残っていた上に拘束解除が中途半端だったおかげで、うまく泳げず溺れたのだが。
しかし、イゼッタも当然それを考えてはいたのだが……歩くこと数時間、一向にレイラインが通っている土地に到着しない。そうなれば、一気に立場は逆転するのだが。
(……おかしい……あの基地の周りは、太くはないけどレイラインが、あちこちにあったはずなのに……これだけ歩いて、全然なんて……)
そこでイゼッタは、はっとしてテオを見る。
(……まさか、わざとレイラインが流れてない土地を選んで歩いてる……? そういえば、何回か急に、理由も教えてくれずに方向転換したことが……)
どうやったのか、そもそもそうなのかすらわからないのだが、イゼッタがそう思い至った……その時だった。
「……っ……!」
突如として、大きな問題が……彼女の前に現れた。
とっさに、助けを求めようとテオの方に目をやるも……この問題はおそらく、彼にとっても大きすぎる……いや、『彼』だからこそ解決するのは難しいかもしれない、と思い至る。
ごまかしようもない、その立場ゆえに……彼は、手も足も出ないはずだ。
いかに強大な力を持っていても、どうしようないものとは存在するのだから。
それでも……多少強引というか、目をつぶる部分を発生させてでも、コレを解決しうる者は今、彼をおいてほかにない……イゼッタは、葛藤の末、テオに頼る決断をせざるを得なかった。
「……ペンドラゴンさん、お願いがあります」
「……? 何? 質問なら」
「いえ、違います。もっと、重要なことで……できれば、急いでくれると……」
「……どうかした?」
真面目なトーンで告げられるイゼッタの言葉に、テオも表情を真剣なものにした。
そして、素早く川から足を出して彼女の元に駆け寄ると、その体を抱き起こす。
見れば、その顔には焦燥と……玉の汗が浮かんでいる。何かあったのは確からしかった。
見たところ、ケガの類は特にないようだが……と、テオがいぶかしむ中、イゼッタが、呟くように口を開いたことには、
「……お手洗いに……行かせて、ください」
その数分後、イゼッタは、テオから服の拘束を解いてもらい、しかし代わりに、持っていた紐を拘束服のベルトにきつく結んでつないで、リードのようにした状態で、『行ってきなさい』と送り出された。
さすがに監視つきでの用足しは許してくれたことにほっとしつつも、いそいで近くの茂みの中にかけていったイゼッタを見送るテオ。そのまま自分は、今しばらく足を川で冷やしていた。
間違っても、その途中で彼女を見てしまうようなラッキースケベを起こすわけにはいかないので、極力意識しないようにすらしていた。
……一方で、先程からどうしても気になるというか、頭の隅に引っかかっていることがあった。
それは……先だって、イゼッタの脳内にも同様にあったものであると、彼は気づきようもない。
(やっぱり彼女、どこかで見覚えがあるような……写真とか映像で顔見るたびに思うんだよな……いや、前世のテレビとかじゃなくて、もっと……直接……?)
初めてテオが彼女を直接見た時……『ベアル峠』の戦いの時に、双眼鏡のレンズ越しだったが、その時の第一印象は『かわいい』だった。不謹慎かもしれないが、率直に言ってそれだった。
しかし同時に、頭の中で……どこかで会ったことがあるような気も、わずかにしていた。
いくら考えれども、その答えは出てこなかったが……彼女の顔を見るたびに、時には頭に鈍痛が走りすらした。何かを訴えるかのように。
しかし結局今回も何もわからぬまま、そのまま数分が経ち……ふと『やけに遅いな?』と気になったテオが、彼女の拘束服につないでいる紐を引っ張ると……まるで抵抗がない。
はっとして、紐を勢いよく引っ張ると……先についていたのは、脱ぎ捨てられ、中身のない拘束服だった。
「っ……あ~! 僕のバカ……古典的な手に! 油断した!」