終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.13 記憶と、銃声と

 

 

(助けてもらったのに……ごめんなさい! でも、私……姫様のところに、帰らなきゃいけないんです……!)

 

イゼッタは、茂みで用を済ませつつ――申し出自体は嘘ではなかった。ただ、その後に思いついて脱走を企てたのである――服を捨て、下着姿になって、野山をぎこちない動きで走っていた。

 

くじいた足は痛むが、実のところ、歩けないほどではない。

確実に悪化するだろうが、無理すれば走ることもできる。

 

そしてイゼッタは、このままゲールに捕まるわけにはいかない、と考え……負傷を推して、場所もわからない野山で決死の逃走を試みたのである。

 

自分の、女としての恥ずかしさその他を案じてくれたテオを出し抜くのは、敵とはいえど命の恩人、後ろめたさがなくもなかったのだが……ここでつかまれば、敬愛するフィーネに、帝国との戦における勝ちの目がなくなってしまうことを思えば、迷ってはいられなかった。

 

この足ではそう長くは走れないだろうが……先程も彼女が考えた通り、この辺りにはレイラインが細かに走っていたはず。魔法が使える場所に出さえすれば、適当な何かを浮かせて乗り物にして……そのまま帰還することができるはず。そのように考えての、脱走。

 

しかし……焦って考えたプランであることに加え、今の彼女は、想像通り……というか、思った通りに体が動いてはくれない状態。

おまけに、土地勘があるわけでもない場所でやるには……尚早だったと言わざるを得ない。

 

もし、気づいて追いかけてこられたら、逃げ切れない。イゼッタは少しでも早く、少しでも遠くへ……何も考えず、ただひたすらに走り続けた。

 

……それが、まずかった。

 

極めて安易に、木立が多い方へ、多い方へ走った方が、遠くから見ても見つけづらくなると考えたイゼッタは、そのように……自分でも見通しの悪い方へと走った結果……

 

「……え、っ?」

 

木立の向こうに隠れていた崖に、気づくことができず……自分からそこに飛び込んでしまう。

 

慌てて急停止、方向転換して戻ろうとするも……すでに片足が地を離れてしまっていた状態だった。そのまま戻り切れず……重力に引っ張られて、彼女の体はがけ下めがけて落ちていく。

 

「ぁ……い、嫌っ!」

 

とっさに崖の上の何かをつかむべく、がむしゃらに手を伸ばし……崖の淵から伸びた、少し太めの木の枝をつかむ。枝は、大きくしなったものの、抜けも折れもしなかった。

しかし、めきめき……と不吉な音が響いている。次の瞬間にも、折れるか抜けそうだ。

 

慌てて周りを見るも……他につかまれそうなところがない。

イゼッタは、声を上げて助けを呼ぼうとして……今叫んだら、テオに聞こえてしまうのではないか、という思いがとっさによぎる。

 

そうすれば、助かるかもしれないが……またつかまってしまう。今度は、絶対に逃げ出せないようにきつく、厳しく拘束されてしまうかもしれない。

 

そう考えて一瞬躊躇するも……そうしなければ確実に死ぬ、と思い直す。

先程、一瞬見えたがけの下は、先に落ちたところ以上に流れの速い川だった。自分では……しかも、足が片方うまく動かない今の状態では、間違いなく溺れてしまうとわかるほどに。

 

仕方ない、と決断するも……その一瞬が遅かった。

『バキッ』と音がして……その瞬間、イゼッタが手にしていた枝が折れ……体が空中に放り出される。

 

(あ、そんな……)

 

浮遊感の中……イゼッタは、時間がスローモーションになる不思議な感覚を味わっていた。

眉唾物の知識で、死の間際にそういった現象が起こることがある、と聞いていたが……まさに今、自分はそういう状況である、と言える。

 

そう考えると、かえってこの演出は残酷と言えなくもない。一歩一歩、自分に近づいてくる死を、はっきりした意識の中で……恐怖しながら待つことになる。

ゆっくり、ゆっくりと……周りの景色が下から上へ動いていく、そんな中で……

 

普通の世界と変わらないかのような素早さで、こちらに猛然と駆けてくる人影が見えた。

 

「え……? ……あ……ぁあっ!」

 

「っ、この……手間かけさせんじゃ……ないっ!」

 

イゼッタの視界の端に見えたテオは、残像が見えるのではないかと思えるほどの速さで走り、崖の淵を踏み越えて……あろうことかそのまま、崖の岩壁を走って突進してきて、イゼッタに横から突撃、そのまま抱き抱えて走り続け……壁面を蹴って跳躍した。

 

軽く数mは跳んだその先には……先程イゼッタが捕まったそれよりも大きく太い枝があり、テオは空中で体を縦に反転させると、足を使って、膝を曲げてその枝をとらえ、鉄棒運動のように一回転して、そこに足で逆さにぶら下がる形で止まった。その腕に、イゼッタを抱えたまま。

 

数瞬のうちに、目まぐるしいどころではなく……酔う暇もないほどに勢いよく景色が移り変わった末に……イゼッタは、自分の命が助かったことを知った。

 

「あっ、あっあっあ……あ、あり、ありが……」

 

「いい、いい、落ち着いて……この状況下でパニックはさすがにまずいから。深呼吸」

 

言われた通り、深呼吸して落ち着いてから、イゼッタはテオに、改めての礼と、逃げたことへの謝罪を口にするも……

 

「いいよ。捕虜なんて嫌だろうし、チャンスがあれば逃げるのは自然だし……ぶっちゃけ僕が油断してたのもあるし。まあ、もう逃がさない……と、言いたいところなんだけど……」

 

「えっ?」

 

「……ごめん、今のでさすがにその……足が限界。この状態から動けそうにないから……悪いけど、上に戻るのに、手かしてくれる?」

 

「え、ええぇっ!? そ、そんな……で、でも、それならできればそうしたいですけど……わ、私、魔法なしじゃ、その……崖登りなんてできないし……」

 

「いや、大丈夫…………仕方ないから言うけど、ここ、レイライン通ってる。気づいてないでしょ、その分だと?」

 

「……え?」

 

はっとして、意識を集中させると……慣れ親しんだ感触を、手元に感じることができた。周囲の魔力が集まってきて……自分の力になってくれる感触。

どうやら、テオが跳躍した数mの移動で、運よくレイラインのある土地に入っていたらしい。

 

すごい偶然だ、と思いながらも、イゼッタは、テオが足でぶら下がっている枝に手を伸ばし……そこに魔力を流すと、生えている岸壁の一部ごとそれを浮遊させ、自分とテオと共に、崖の下にあったわずかな陸地に、狙ってゆっくりと下した。

 

そして、力が抜けた……というか、力を使い果たした様子で倒れこむテオ。イゼッタ自身も、足の痛みに加え、安心したせいか腰が抜けてしまった。

 

そのまま、一息ついたところで……まだ膝が笑っているテオが、ため息とともに、

 

「……さて、どうする? 形勢逆転しちゃったけども」

 

「? ええっと……はい?」

 

「魔法が使える土地に来たから、君の方が有利っていうか、強くなったってこと。しかも僕、体がったがたで動けそうにないし……超チャンスだよ? どうする? 殺す?」

 

どこか他人事のようにそう聞いてくるテオに対し、イゼッタは……驚くと同時に憤慨して、

 

「そ、そんなことするわけないじゃないですか! 命の恩人……しかも、2度も助けてくれた人を、そんな、恩をあだで返すようなこと……絶対しませんよっ! バカにしないでください!」

 

「いや、バカにするっていうか……戦争してる敵国の軍人相手にした対応としては、別に何もおかしいもんじゃないと思うけど……」

 

「それでもです! こっちから襲い掛かったのに助けてもらって、しかもその後嘘ついて逃げ出したのにまた助けてもらって……これで、これ以上もう何か……する、なんて……私、自分で自分を許せなくなります……!」

 

「ああ……トイレも嘘だったんだ?」

 

「……いえ、それはホントで……嘘は、その、ちゃんと帰ってくるって約束した部分で……」

 

「あ、そう……何かごめん。じゃあ、当初の予定通り……生け捕りにでもする?」

 

「……本音を言えば……私、あなたを見逃したいって思ってます。あなたなら……自力でどこかの基地にたどり着くぐらいはできそうだし。私は、その……さっき偉そうなことを言っておいてですけど、つかまるわけにいかないので……こ、このまま逃げさせてもらえれば、って……」

 

「……いや、それ確実に君んとこの偉い人に怒られるでしょ。軍法会議もんだよ?」

 

「あ、はい、そうですけど……私、正式には軍人じゃないみたいなので、何とか……ならない、かな? とか」

 

「……非正規兵は、それはそれで問題あるんだけどね……国際法、一部適用外になったり」

 

何だか力の抜けるやり取りだ、と思いつつも、テオは深呼吸して息を整え、立ち上がる。

膝は笑っているままだが、動けなかった先程までと比べれば、かなり調子はいいようだ。

 

「……ん……やっぱり、レイラインが通ってるところだと回復も早いな」

 

「……えっ? それって、どういう……」

 

イゼッタの問いには答えず、テオは懐から何かを取り出した。

 

それは、見た目は、掌に乗るサイズのコンパスだった。イゼッタを背負って歩いている間、何度かそれを見ていたのを、イゼッタは覚えている。

 

しかし、ただのコンパスではないのか……その方位磁針の下に、金色の砂のようなものが敷き詰められた皿がある。その砂は文字盤に散らばり……不規則な模様を作っていた。

コンパスを回すと、砂も動く。どうやら、ただの飾りではないようだ。

 

それもそのはず……これは、コンパスに擬態させた……レイラインの計測機器である。

 

金色の砂が、南西の方向に多く集まってキラキラと輝いているのを見ながらテオは、

 

「……南西に進めば、レイラインに沿って行けそうだな。確認しながらだけど」

 

「っ……やっぱりそれ、レイラインがわかる道具なんですね……! どこで、そんなもの……」

 

「作ったんだよ。まあ、色々珍しい材料がいるんだけど……」

 

「つ、作った……!?」

 

唖然とするイゼッタに構わず、テオは考えをまとめる。

 

どうやらこの甘い少女は、自分を捕まえるつもりはないらしい。それはありがたいが、実のところ自分も彼女を捕まえるのは難しいと思っていたので、お言葉に甘えてここは大人しく分かれるべきか……だとしたら、帰った後に責められないように口裏合わせがいる。

 

そして、イゼッタの力で、再度先程の大きな枝を浮かせて、崖の上に戻る――「最初から上に下ろせばよかったですね」とはイゼッタの弁――その最中、テオは、

 

(……あれ、何だ……この感覚、前にどこかで……)

 

魔法で浮遊する木の枝の上で、そんな違和感を覚え……同時に、再び何かが頭の中から呼び起こされそうな頭痛を覚えていたが……口に出すことはなかった。

 

「……この先、君がこのままコレに乗っけて送ってくれるってこと?」

 

「はい、さすがに、途中までですけど……あ、でもその、捕虜になってくれるなら、ランツブルックまできちんと送りますけど……?」

 

「いや、さすがにそれは……」

 

「そうですか……そう、ですよね……ああでも、姫様にお土産……でも、恩を仇で……」

 

今ので納得するのかとか、人をお土産呼ばわりするなとか、色々言いたいことはあったものの、努めて気にしないようにして、テオはこれからの移動プランを立てていっていた。

 

(……まずは、さっきの場所に置いてきた、彼女の服とりに戻らなきゃだな。色々あって忘れてるっぽいけど、彼女今、下着姿だし……気づいた後で羞恥で悶えそうな気がする)

 

「……やっぱり、その……失礼を承知で、なんですけど……ランツブルックに来ませんか? その、捕虜としてですけど……なるべく丁寧な扱いにというか、ひどいことしないように、ビアンカさんとかジークさんとかに話してみますから!」

 

「優位性を保ってんのに何でそんな腰の低い……ぶっちゃけ、今の僕に君に抵抗する力はないんだから、身柄が欲しけりゃ拘束でもなんでもして連行すりゃよかろーに」

 

「そんなの……それじゃ誘拐と同じじゃないですか! ああでも、最初そうしようとしてましたけど確かに……でも、こういうのってやっぱり本人の気持ちが……」

 

(戦争中の敵国の軍人相手に本人の気持ち尊重とか……この子軍人向いてないよな? あ、いや、そもそも軍人じゃないんだった……やってることと実力はそれ以上だけど)

 

「い、今なら私から頼んで、ロッテちゃんにアップルパイ作っておやつに出してもらえるよう頼んであげても……あ痛っ?」

 

ついには保険屋さんみたいなセールストークが始まったかと思えば、身を乗り出した拍子に足に痛みが走ったらしく、うずくまるイゼッタ。

 

見れば、かなり無理をしたのだろう、うっ血して青くなっている。

呆れながらテオは、ポーチから救急セットを取り出して、パック包装されている湿布薬を取り出す。濡れていてうまく破れないので、ナイフで袋を切ろうとしつつ、

 

「全くもう……言わんこっちゃない。それ治るの、安静にしてても結構時間かかるかもよ? ケガしてる上に、獣道ですらない山野を、方角とか考えもせずがむしゃらに走るから……せめて計画性もって行動するべきだろうに」

 

「し、仕方ないじゃないですか……あの時は私、必死で……それに、計画性って言っても、こんなところでどの道、道なんてわかるわけないし……」

 

「僕は大体、この国の要所の地形とか頭に入ってるけど? 方角とか確認しさえすれば……っていうか、ここまでそうやって歩いてきたんだし」

 

「そうなんですか!? すごい……いや、これってエイルシュタットまずいんじゃ……で、でも、しょうがないじゃないですか。私にはそんなことできませんよ……私、頭悪いし……軍人でもないし、まだ15歳ですもん……」

 

「……年上じゃんか、しっかりしてよ」

 

「……え? は!? い、今なんて……と、年う……え? あ、あの、ペンドラゴンさんって……」

 

「今14。あ、でももうちょっとで誕生日来て15になるか」

 

「……………………」

 

唖然とするイゼッタ。しばし思考停止。

 

「……大丈夫だよ、年上の威厳とか、そういうの気にする場面でもないだろうし」

 

「まだ何も言ってないです……うぅ、でも確かに、威厳も何もない……頭いいし、背も高いし、すごく強いし、おまけに助けられてばっかり……」

 

敵同士であるところに、気にする体裁も威厳も今更ないだろうが、イゼッタにとっては、ジーク補佐官などが警戒する、歴戦の軍人だと思っていた相手が、あろうことか自分より年下だったと知って……さらに、今までのやり取りを思い出して、アレが全部年下相手に自分がむきになっていたような感じに思えてしまい、何とも言えない気持ちになる。

 

「何一つ勝ててない……年齢くらいしか……この状況でできることなんて、せめて呼び方を年上っぽくするくらい……」

 

「何がどうしてそういう思考になって、何をしようとしてんのか知らないけど……呼び方くらいなら好きにしていいよ? どうせもう数時間の付き合いだし」

 

「うう、なんかそれすら妥協されたみたいな……で、でもそれなら、お言葉に甘えて」

 

(甘えるんかい)

 

「あ、あの……本名、何でしたっけ?」

 

「……テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン。別に覚えなくてもいいよ、長いし」

 

ため息をつきたくなったテオだったが、次の瞬間、

 

「じゃ、じゃあ、呼び捨てもなんですから…………て……て……

 

 

 

    テオ君!

 

 

 

……な、なんてどうで…………どうかしました?」

 

イゼッタに、若干無理矢理な笑顔で、その名で呼ばれた瞬間……テオは……頭の中で、何かがはじけたような感覚を覚えていた。

 

『SEED』ではない……もっと別な……先程まで、わかりそうでわからなかった、頭の中でくすぶっていた『何か』……頭痛や違和感の根源にあるものだった。

 

その記憶は……今の今まで、完璧に忘れていたもの。

しかしこの瞬間、脳裏に鮮明によみがえってきた。

 

 

 

『また明日も来るからな……いい子にしているんだぞ?』

 

『そうですね、姫様。じゃあテオ君、また明日、一緒に遊ぼうね』

 

『うん……ありがとう! またね、イゼッタおねーちゃん、フィーネおねーちゃん!』

 

 

 

「……イゼッタ……お姉、ちゃん……?」

 

「…………えっ!?」

 

一瞬、意味が分からなかったイゼッタだが、直後に、イゼッタの脳内にも同様の記憶がフラッシュバックする。

 

それは、まだ幼い日……それこそ、フィーネと共に遊んでいた頃の記憶だ。

 

よく2人で遊んでいた、イゼッタとフィーネだが……一時期、『3人』で遊んでいたことがあった。

 

2人が出会った、山間の避暑地の湖……よく、イゼッタがほうきに乗って浮かんでいた場所。

そこから少し離れたところに、小さな孤児院があった。そこに入っていた、ある少年……彼女達よりも1つ年下だったはずの彼と、よく一緒に遊んであげていたのだ。

自分も、姫様も、弟ができたようで楽しい時間だった……と、記憶がよみがえる。

 

その後、イゼッタは旅の暮らしに戻り、フィーネもランツブルックに戻ってしまい……いつのまにか、その孤児院はなくなってしまい、それ以来会うこともなかった、今まで忘れていた。

 

その彼の特徴は……自分たちより小さかった背丈は、年月が経っているからあてにならないにしても……黒髪に、黒目だったことを覚えている。名前は……本名までは覚えていないが……

 

よく、呼んでいた名前は…………そう、

 

 

 

「……テオ、君? 君、あの時のテオく―――」

 

 

 

―――パァン!!

 

 

 

「…………え、っ?」

 

響く、乾いた音。

 

のけぞるテオ。

そのまま……崖の下に、川に落下していき…………水音。

 

手に持っていたナイフと湿布薬のパッケージ、それに、レイラインの計測器が、音を立てて地面に落ちた。

 

何が起こったのかわからないイゼッタは、とっさに後ろを見て……

 

 

「間に合って、よかった……イゼッタ、無事で、何よりだ」

 

 

心の底から安心したような顔をした、ビアンカがそこに立っていて、

その手には…………硝煙をくゆらせた、拳銃が。

 

「――そん、な」

 

何が起こったのか、わかってしまった。

ビアンカが……何をしたのか。テオが……何をされたのか。

 

……そう、テオだ。

『ペンドラゴンさん』ではない……テオだ。『テオ君』だ。

 

「……川に落ちたか、これでは死体の確認は難しいな。まあでも、頭を撃たれて生きている人間はいないだろうから……イゼッタ? おい、どうした、イゼッタ!?」

 

『ナイフを持って、下着姿のイゼッタに襲い掛かろうとしていたゲールの軍人』を見事に一撃で打倒したビアンカは……彼女の様子がおかしいことに気づく。

 

汗は滝のようで、わなわなと震え……まるで、目の前の出来事が信じられないかのよう。

 

愕然として放心状態になっているイゼッタは、ビアンカの呼びかけに反応を返すこともなく……さっきまでテオが立っていたあたりを見た。

 

そこに残っているのは、ナイフと、湿布薬と、コンパスと……

 

 

……わずかな、赤いシミ―――血痕。

 

 

「……イゼッタ!? おい、どうした、しっかりしろ!」

 

 

やけに遠くにビアンカの声を聴きながら……その瞬間、イゼッタは……意識を手放した。

その頬に……一筋、涙の軌跡を残して。

 

 

 

 

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