終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.14 魔人が目覚める日

 

 

「……フィーネ様、もう少し、お召し上がりになってください。これでは、お体が持ちません」

 

心配そうに、しかし言いづらそうに、メイドのロッテが声をかける。

 

テーブルについている彼女の主……このエイルシュタットの現・大公であるフィーネは、今しがた、食事の時間を終えたところだった…………だいぶ、早く。

 

並んでいるメニューは、1枚のトーストと、それに塗るバター。ベーコンエッグに、生野菜のサラダ。ドレッシングが添えられている。それに、ソーセージとジャガイモの入ったスープだ。

 

一国の国家元首としてはどうなのだろう、と言いたくなるほどに質素なメニューであり、しかも量が少ないが……これは、フィーネ自らの要望によってこうなっているのだった。

 

普段は、もう少し豪華というか、ボリュームもあるのだ。

それでも、戦時中ゆえか、王族が食べるようなものかどうかは意見が分かれるところだろうが。

 

しかし、今のフィーネは……イゼッタの敗北と、その身の安否が確認されていないことによる不安感から、食欲が激減していた。

それに合わせて、やむなく量を減らし、栄養バランスだけはしっかりと考えられたメニューを厨房の者達が作っているのだが……それすらも、残してしまうありさまだ。

 

ほんのひとくちかじった跡があるパン。一回だけ使われ、スープを口元に運んだ……濡れたスプーン。彼女の食事の痕跡を感じ取ることができるのは、それだけだ。

あとのメニューは、ほぼ出された時の状態のままである。

 

「すまない、ロッテ……だが、本当に食欲がないのだ。……作ってくれたシェフたちには申し訳ないが……とても喉を通らない」

 

「ですが……今朝も、昨日の夜もそのようにおっしゃいました……。それに、昨日……お眠りになっていないのでしょう? これでは、お体を壊されてしまいます……」

 

フィーネの目の下にできたクマが、その身にのしかかる心労と、昨日、満足に眠れていないことを雄弁に物語っている。結局フィーネは、イゼッタが帝国軍につかまった、という報告を受けてから……一睡もすることができず、今日の朝日を拝んでいた。

 

そんな主を見ていられなくて、ロッテは、強引かつ失礼になりかねないのは承知しつつも、

 

「無理にでも、召し上がってください……でないと、イゼッタ様がお戻りになった時に、悲しまれますよ……フィーネ様のことを一番に心配される方なのですから」

 

「……っ……ああ、わかっている。わかっているとも……だが……」

 

ぎり、と奥歯を噛みしめ……ぶり返してきた不安感に、体をこわばらせるフィーネ。

 

一度、悪い想像をしてしまうと……どこまでも悪い方に考えてしまう。

 

一番新しい情報では、奇襲によって敵の護送部隊を蹴散らし、しかしその後イゼッタの回収はかなわず、行方不明になった……ということだった。敵につかまっているのか、そうでないのかもわからない。混戦が極まったために、そこにいた近衛たちですら確認もできなかったそうだ。

 

うまく逃げおおせてくれたのか、それとも帝国につかまったままなのか……それとも……

 

もう幾度も繰り返した、自身の心をさいなむばかりの想像を、フィーネがどうにか振り切ろうとした……その時だった。

 

部屋の扉が、慌てているようにいささか強めにノックされ、フィーネがそれにはっとして許可を出すと……近衛の1人が『失礼します!』と入ってきた。

その顔は……心なしか、笑顔になっているようにも見える。まるで……何か、隠し切れないうれしいことが起こったかのように。

 

「どうかしたのか?」

 

「はっ、報告します! 北部戦線付近にイゼッタ様の捜索に出ていたビアンカ隊長より、1分前、イゼッタ様を無事保護したとの連絡が入りました!」

 

その報告に、一瞬何を言ったのかわからない様子で、きょとんとしていたフィーネだが……その意味を理解すると、見る見るうちにその顔に喜色が浮かんでいく。隣にいるロッテも同様だった。

 

「それは……本当か? 確かなのか!?」

 

「はい! 多少のケガと、川に落ちたせいで、若干低体温になりかけていたようですが、命に別状はまったくないとのこと。今、護送車両でこちらに向かっているそうです!」

 

「……そうか……よかっ、た……!」

 

その目じりから、安堵からだろう、ぽろぽろと涙がこぼれていた。

 

帝国にとらわれ、つらい思いをしているのではないか……耐えがたい責め苦や辱めを受けているようなことがないか、ずっと心配していたフィーネは……一気に肩の荷が下りた感覚を覚え、椅子の背もたれに体を預けて脱力した。

 

今まで、心を削られるような不安感にさいなまれていたその心中は、今や……あたたかな南風が吹き込んだかのような安心感に満たされている。

 

(よかった、イゼッタ……そなたに万一のことがあったら、私はどうしようかと……)

 

大きく深呼吸したフィーネは、さらに詳しく状況を聞こうと、近衛に問いかけようとして……

 

―――くぅぅ~……

 

……服の下、自らの腹から聞こえてきた、そんなかわいらしい音に気付いた。

見れば、近衛、ロッテともに苦笑している。どうやら、思いのほか音量が大きかったのかばっちり聞こえてしまっていたらしい。フィーネの顔が赤くなり、恥ずかしそうにうつむいてしまう。

 

「……まずはお食事をお取りください。それから、報告いたします」

 

「そうですよフィーネ様! せっかく安心できたんですから、ね? イゼッタ様は逃げません……っていうか、こっちに向かってますから! あ、スープ、あっため直してきます?」

 

「……ははっ、そうだな……」

 

まだ顔は赤いが、気にすることでもない、と思い直したフィーネは……2人の勧め通り、まずは正常に空腹を訴え始めた胃袋を満たすべく、途中だった食事を再開したのだった。

 

ロッテの言葉を思い出し……折角助かった親友を、自分が心配させるわけにはないかない、と。

 

 

☆☆☆

 

 

『うわああぁぁああん! えっぐ、ひぐ……』

 

『ほら、転んだくらいで泣くな……男の子だろう? どれ、見せてみろ。ケガは……してないじゃないか』

 

『あ、膝、土で汚れてるだけなんですね、よかった……ほらテオ君、大丈夫だよ』

 

『うっ、う……でも、痛かった……』

 

『全く、しょうがないな……イゼッタ、テオを頼めるか?』

 

『はい、姫様。ほら、テオ君、これに乗って』

 

『うん……。……うわぁ、すごい、飛んでる……!』

 

『昨日も飛んだろう、そなたはイゼッタの魔法を見ると、いつも嬉しそうにするな……まあ、正直私も、面白くて嬉しくなるんだが』

 

『そうなんですか? 喜んでもらえるなら、私もうれしいです、さ、一緒に帰ろ、テオ君』

 

『うん、ありがとう! イゼッタおねーちゃん! フィーネおねーちゃん!』

 

 

 

「……知らない天井d「テオ様ぁぁあっ!!」……最後まで言わせて」

 

目が覚めた直後……実際知らない天井だったこともあり、脊髄反射的について出たセリフだったが、そのさらに直後に妨害されることとなり、テオはため息をついた。

 

それを遮り、涙声の絶叫と共に飛び込んできて彼に抱き着いたのは……ゲールの軍服に身を包んだ、黒髪におかっぱ頭の少女。

その向こうには、長身の男性と、彼ほどではないかこちらも長身の女性がいる。どちらも黒髪で、ゲールの軍服に身を包んでいた。

 

3人とも、テオにはよく見覚えのある……見間違えようもない仲間たちである。

 

「アレスに、マリー……それに、二コラ」

 

「はい゛っ……ぐす……よかったです、お目を、さまされて……えぐっ!」

 

「おい、二コラ、その辺にしておけ。大怪我人だ、傷に障るだろう」

 

「ま、気持ちはわかるけどね……あの傷でここに運び込まれたのを見た時は、私たちも生きた心地がしなかったもの」

 

テオは周囲を見回して……その部屋がどこのどんな部屋か、大筋予想を立てた。

 

ベッドがあり、机があり……部屋はそこまで広くなく、しかし閉塞感を感じない程度の広さはある。まるで、シティホテルか……病院の、入院患者用の個室のような印象。

そこに、自分が『運び込まれた』ということを考えると……

 

「……いまいちよくわかんないけど、とりあえずここ、帝国軍の基地かなんか?」

 

「ええ、士官用の病室よ。運び込まれた当初から意識なかったけど……何が起きたかとか、覚えてるかしら?」

 

「えっと、確か……あれ?」

 

思い出そうとして……ふと、テオは違和感に気づく。

何かが、おかしい。今こうして、見えている景色が……何か、おかしい。

 

何がおかしいのか、しばし時間をおいてそれに気づいたテオ……おそるおそる、といった感じで……自分の顔の、ある部分に手をやろうとして、その手首をつかんだニコラに止められた。

 

「傷に障ります。触らないほうが……しばしお待ちください」

 

そう言って、横にある戸棚の上の、小さな手鏡を取ると、それの面をテオに向けた。

そこに移ったのは……当然ながら、テオ自身の顔である。

 

……左目を覆い隠すように、包帯が巻かれている状態の。

 

「……コレ、どうなった?」

 

「その……申し上げにくいのですが……」

 

「……取り繕っても仕方なかろう……残念だが、ダメだったそうだ」

 

「……そっか」

 

 

☆☆☆

 

 

1940年6月4日

 

どうやら、奇跡的に生き残ったらしい。

全くの無事じゃなく……けっこうひどいことになった末に、だけど。

 

僕が最後に見たのは、嬉しそうな表情を浮かべたイゼッタの顔と……その背後の茂みから、僕を狙って銃を構える、エイルシュタットの近衛と思しき女性だった。

 

とっさに身を反らしてよけようとしたものの……まあ、某映画みたいにはいかないな。

見事に被弾してしまい……そのまま川に落下、そこから記憶がない。朦朧とする意識中で、落下の浮遊勘と、着水の時に背中に衝撃と冷たい感触があったところまでは覚えてるけど。

 

僕の記憶からわかるのはそこまで。

で、そこに……今の僕の現状と、軍の部隊に僕が見つかってからここに運び込まれるまでの状況その他を合わせて考えると……大体の穴埋めが可能だ。

 

今、僕は……左目と、左手に包帯を巻かれている。痛い。

目の方は……絶望的だそうだ。眼球を摘出しており、戦地ゆえに移植手術なんかもできず、状態も悪かったため……できる限りのことはやったが……とのこと。

 

どうやら僕は、あの近衛(多分)に撃たれて……その銃弾は、左目に被弾。しかし、奇跡的に、眼球がダメになった程度で済んだらしい。

 

角度が斜めだったことと……直前に障害物を1つ貫通して、威力が弱まってたことが幸いしたんだろうと思う。とっさに突き出した、僕の左手を。

こっちの方は、安静にしておけば治るそうだ。若干リハビリは要るけど。

 

その後、川に落ちて流されて……下流で展開していた軍の連中に見つかってから、医務室に運び込まれたんだが……何せ、左目がどう考えても破壊されてる異様な状態だったために、助かるかどうかわからず、全員蒼白になっていたと。

 

そしてその数時間後、連絡を受けてやってきたアレス、二コラ、マリーが、今までそばについていてくれた。

 

ニコラは特に、一睡もせずに看病してくれていたそうだ。衛生兵の資格持ってるので、それなら問題ない、むしろかえって安心だとして許可されたとか。

 

アレスとマリーは、通信越しに軍の指揮とか交代しながらやってたそうで、そのおかげで、僕が留守にしていた空白の2日間も、大きな混乱は起こらなかったそうだ。

 

むしろ、いきなりエイルシュタットの軍が戦線を後退……というか放棄したかのような動きをしたので、そのままけっこうな距離を押し込んでしまえたそうで。

……それ多分、イゼッタ奪還のために襲ってきた連中だな。

 

そしてその後、深追いして逆襲食らっても仕方ないので、確実に攻め込めた分を確保することを第一に今、陣営を整えてるところだそうだ。敵の抵抗も、だんだんぶり返し始めたとのことで。

 

司令官である僕が、ちょっと前までMIA……戦闘中行方不明だったけど、現在は無事に帰還。しかし仕事復帰は不可能な状態だとして、療養中。次席指揮官として、アレスが任を引き継いだ形。

 

左目喪失、左腕負傷、その他軽微な傷があちこちにと、冷たい川の水につかりながらだいぶ流されたことで若干の低体温気味。あと、やや栄養失調。

……まあ、命があっただけ儲けもんだ。ヘッドショット食らった上に、川に落ちて……溺死せずに友軍に救出されただけでも、ね。うん。

 

しばらくベッドの上で、惰眠をむさぼらせてもらうとしよう。

 

……それにしても。

 

まあ、色々と『思い出した』な……

今の今まで、欠片も覚えてなかったものを……まるで、記憶にカギがかかってたみたいに忘れていたものを、はっきりと。

 

きっかけは……イゼッタちゃんもとい、『イゼッタお姉ちゃん』に……ああ呼ばれたことか。

 

『テオ君』

この呼び方……前にも、されたことがあった。彼女に。

 

彼女だけじゃなく……オルトフィーネ大公殿下、もとい、『フィーネお姉ちゃん』にも。

ああ、でも……あっちは『テオ』って、君付けなしだったっけ。

 

そうだ。僕は……彼女たちを知っている。

会ったことがある。話したことがある。遊んだことがある。

 

まだほんの小さな子供だったころに……あの、孤児院で。

 

 

 

1940年6月5日

 

とりあえず、現在の状況と、戦況の推移について……参謀本部に報告しておいた。

問題があるのは、左手と目だけだから、仕事はある程度できるし。

 

……休もうと思ってはいたんだけど……いざ休んでみると、手持ち無沙汰になったり、仕事が気になったりすることって、あるよね。

ワーカホリックとかじゃないはずなんだけどな……僕。

 

まあいい、ともあれ。今現在、帝国VS公国の戦線は膠着状態である。

 

帝国軍は、指揮官である僕が奇襲され負傷したことで、単純な戦闘はともかくとして、大きく動くことはできなくなり、現在は地盤固めの最中、って感じ。まあ、ある程度の戦果はすでに得られている状態なので、これに大きな問題はない。

 

加えて……『魔女』イゼッタによる奇襲から集積地を防衛した上、一度というか、最終的には逃げられてしまったとはいえ、かの『魔女』を撃墜・捕獲したことが、想像以上に大手柄だった。

『魔女』も無敵ではない、と証明し、士気を大きく上げたことになるそうだ。

 

もっとも、相応の準備をもってしなければどうにもならず、どうにかしたとしてもかなりの損害を被る相手なので、慎重にはなるべき、という結論にも至ったけども。

 

おまけに、集積地を守ったことで、軍の大規模後退を要するような事態も回避できた。

 

頑張ってよかった……降格とかされないで済みそう。

 

一方、エイルシュタットの方は……イゼッタが無事だったとはいえ、3つ同時展開していた戦線の1つを食い破られ(ていうか自分で捨てたんだけど)、残る2つも、わずかであるが押し込まれてしまった。

 

これ以降、軍備の再編のために、しばらく帝国も大きく攻めてはこないだろうという見通しだけども……長期的・全体的に見て若干のマイナス、ってとこかな。

それでも、以前の下馬評をひっくり返して奮戦してるのは確かだけど。

 

また、現在イゼッタが今回の作戦で負傷し、療養中だという噂も流れているが……それを信じて先走った帝国軍のバカが、今日未明見事に粉砕されて逃げ帰ってきたので、半信半疑って感じだ。そいつは来月には階級が1つか2つ下がってるだろう。

 

まあ、彼女は死にそうなケガしてたわけでもないからな……多分、無理して出撃したんじゃないかと思う。

 

これらを踏まえて、参謀本部は今後の動きを再度検討するらしい。僕に療養を兼ねた待機を命じた上で、今後の指示を待つようにとのこと。

場合によっては、療養のために配置転換も考えるそうだ。

 

武功も十分だし、その手腕・戦略眼を考えれば、参謀将校として本部に招くべき、って意見もあるそうだけど……同時に、これだけの腕を持つ指揮官を前線から外すべきではない、今こそより大きな権限を与えて活躍の場を……っていう意見もあるとか。

 

さて、これからどうなるやら……まあ、どっちでもいい。

僕は、僕にできることを……もとい、

 

……僕が、やるべきこと……やりたいことをやるだけだ。

 

 

 

……さて、軍関係についてはこの辺にして……

 

……僕のプライベートについても、ちと状況を整理しとくか。

ついこないだ、思い出したことも合わせて……

 

 

(日記は続いている)

 

 

 

 

 

 

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