戦力の要のはずのイゼッタは『囮』であり、さらには爆弾すら持ち込んでいなかった。
全く想定になかった敵……ゼクスが現れ、砲台という守りの要が蹂躙されていく。
帝国軍の読みがことごとく外れた状況の中……さらに事態は動く。
ゼクス、イゼッタ共に、艦砲の死角になる高高度を飛行しながらしばらく戦っていたその時……水平線の向こうから、ブリタニアの軍艦が3隻ばかり姿を見せたのだ。
それを見て、当然ながら青くなる帝国軍人たち。
一様に思ったことだろう。『やはりソグンの模倣だった。あれが上陸するつもりだ』と。
それを危惧した帝国軍は、大慌てで……もはや最初の戦闘プランをかなぐり捨てて、艦隊の迎撃のために、ドラッヘンフェルスを含む艦を全て、大急ぎで移動させていく。
だが、その予想は実のところ大外れである。
あの艦は、作戦の一環としてゼロがブリタニアに出させた艦ではあるが……戦ってもらうつもりで出したわけではない。必要最低限の兵は乗ってはいるが、今回出番はない。
そうとは知らない帝国は、さっきの予想が当たったと見て……イゼッタとゼクスの相手を完全に戦闘機部隊に任せて、湾の残った砲台と連携してその艦隊を叩けるような位置に急いで移動を開始……したわけだが……
『よし……狙い通りだ。イゼッタ嬢、ゼクス殿、作戦を最終段階に移行する。用意を頼む』
「は、はい! わかりました!」
『心得た……まずは、船の方のアクションを待って、だな』
……ここからが、作戦の山場であった。
『各艦旋回、旋回っ! 急げ、全速力だ、陣形を整えろ!』
『敵艦隊を迎え撃てる位置へ! 軍港の司令部……は、つぶれてるんだったな。各砲台に直接指示を飛ばせ! 急げ! 奴らを海の上で止めないと、ソグンから旧ノルド領を食い破られる!』
大急ぎでドラッヘンフェルスと3隻の随伴艦が陣形を変えていた……その時だった。
『!? ぜ……前方、1番艦、急速旋回! さらに減速……こ、これでは進路がふさがってしまう!?』
『何ぃ!? どういうことだ!? 一体何を考えている!?』
大きい代わりに足が遅いドラッヘンフェルスを迂回するように、一列に並んで移動していた軍艦3隻のうち……戦闘を走っていた1隻が突如として向きを変え、後ろの2隻の進路に横っ腹を向けて通せんぼするようにして立ちはだかってしまった。
正面に軍艦。右にはドラッヘンフェルス。このまま進めばぶつかって沈没である。
『1番艦、応答せよ! おい!? 応答せよ!』
『指示にない旋回の意図を説明せよ! ……くそっ、だめだ、返事がねえ!』
『仕方ない、こちらも旋回……いや無理だ、間を通り抜けろ! 面舵だァ!』
『お、おい待て! 今急カーブなんてしたら……』
慌てた後ろの2隻だが、取り舵……すなわち左方向に曲がるには、1番艦が横に広がりすぎていて間に合わない。角度が足りず、接触してしまうだろう。
しかし、『幸運にも』、その1番艦と、右のドラッヘンフェルスの間に、艦一隻がどうにか通れそうな隙間ができていることに気づいた操舵手達は、そこを通り抜けるべく、思いっきり舵をきった……のだが、それが最悪の選択だったのだ。
『チェック』
イゼッタとゼクスに、通信の向こうから……ゼロの、頼もしくも、どこか寒気のするような声が――そう感じたのはイゼッタだけだが。音源はアレスなのだし――不気味に聞こえた。
そして、次の瞬間。
『ぜっ、全艦、浮力異常! 安定が……これはっ、数値が!?』
『な、何だこの揺れは……!?』
『艦が……艦が、傾いているのか!? おい、機関室!? 今すぐバランサーと並行制御あああぁあ!?』
『け、景色が斜めに……こ、このままじゃ、船が、船が!?』
傍受している通信の向こうから聞こえてくる、おそらくは敵方の『2番艦』と『3番艦』の乗組員たちの悲鳴や怒号。
その2隻は今……急カーブしながら、その船体を……通信の内容通り、大きく傾けている。
どう見ても、わざとやっているとは思えない……そのままひっくり返ること間違いなし、リカバリなど不可能であろう角度にまで至っていた。
今現在、ゼロが乗っているブリタニアの軍艦の指令室内では、その様子を観測している乗員たちが、あっけにとられたというか、信じられないものを見るような目になっていた。
その上空に滞空している、イゼッタもそれは同様だった。
こうなるはずだ、と……事前の作戦会議で聞いてはいたのだが、やはり実際に目にするとインパクトが違うのだろう。
そして、そうではない2人……テオ(ゼクス)とアレス(ゼロ)はというと、作戦が成功した達成感や安心感はあるものの……その目に宿る光には、ある種の呆れが混じっていた。
『こちらの作戦とはいえ、基本は彼らの身から出た錆……こうもきれいに決まると、人間という種族の愚かしさというものを垣間見た気になるな』
『我々はああならないよう、普段から最善を尽くしておけばいいだけの話だ。人災のせいで勝てる戦をふいにするなど、戦略家として承服できん。いや、どんな立場だろうとそもそも問題外か』
決め手は、速度と波、遠心力、そして安定性だった。
原因その1、遠心力。
スピードを出している車が急に曲がるとき、曲がり角に対して外側に引っ張られる感覚を覚えるが……その際に発生している、あの力である。今回、急カーブした2隻にも発生していた力だ。
原因その2、波。
空母ドラッヘンフェルスに対して、随伴艦である軍艦2隻はあまりにも小さく、また重量も軽い。それゆえに、その航行によって生み出される波の大きさにも違いが出て……率直に言えば、ドラッヘンフェルスが起こす波が、随伴艦2隻に影響を与えるのだ。主に、揺れその他の面で。
原因その3……人災。
整備不良とか、職務怠慢ゆえの悲劇……と言い換えてもいい。
以下は、作戦会議の際に交わされた……ゼロやイゼッタ、フィーネらの会話である。作戦会議中、単語の意味が分からなかったらしい、イゼッタの質問に始まる。
「あの……『バラスト水』、って何ですか?」
「簡単に言えば、船の姿勢を安定させるための重しとして用いる水ですよ。主に海水をそのまま流入させて用いることが多いのですが……これが十分でないと、船体のバランスが安定せず、転覆の危険が増えるのです」
「それを利用して軍艦を転覆させると……つまり、意図的にそれを少なくさせるのか?」
「その必要はありません。連中、自分からコレを少なくする愚を犯しているのですよ……少しでも多く弾薬や人員を積み込むために、この分の重量を削っているのです」
(どこぞの国のフェリーは、コレをいじって過積載をごまかそうとしたのが最大の原因で転覆・沈没したとかそうでないとか……平和ボケってのは恐ろしいもんだよ)
書類を調べて、ノルドの方面軍が同じ愚をやらかしていたのを発見したとき、テオは呆れるとともに、利用してやろうと考え……このようなことになったわけだ。
これが平時、単なる運搬中で、穏やかな海を航行するだけならさほど問題はないだろうが……高速で大きな動きを繰り返す戦場に、そんなコンディションで赴いた結果どうなるか……今現在、テオとイゼッタの眼下に広がる光景が、その答えだった。
急カーブにより発生した遠心力で船体を引っ張られてバランスを崩し、
同時に逆方向に舵をきったドラッヘンフェルスによって発生させられた波に足を取られ、
おまけに船自体の安定性の欠落によって、そういう事態への備えが弱まっていた結果……
その様子を見守る全員の目の前で……随伴艦2隻は見事に転覆し、その腹を水面に晒した。
もし転覆しなかった場合、『トールギス』の下部に取り付けていた爆撃用の爆弾の残弾をイゼッタに使わせて横っ腹に穴をあけるつもりでいたわけだが、その必要はなかった。
そして、最初に方向転換した先頭の艦は、ノルドのレジスタンスを紛れ込ませて制圧させ、乗っ取っていた。それゆえにあのような、味方を通せんぼするかのような行動に出たのである。
館内各所で毒ガスを発生させて乗員を全滅させ、ガスマスクで防備を固めていたレジスタンスがこれを制圧した。
人員の数と、用意できた毒ガスの量の問題で、1隻しか制圧できなかったが、十分だった。
これで残るは、あっという間に随伴艦が全滅(転覆×2、制圧×1)し、丸裸にされた親玉のドラッヘンフェルスだけなわけだが……ここでイゼッタとゼクスが本格的に動き出す。
戦闘機部隊をゼクスが一手に引き受けている間に、イゼッタはガスマスクをつけて急降下し……制圧した軍艦(1番艦)に着艦、そこで武器弾薬を大量に補充。
さらにそれと同時に、制圧した艦から、極秘裏に運び込んでいた阻塞気球をいくつも飛ばす。
阻塞気球とは、簡単に言えば、戦闘機の行く手を阻んで邪魔する目的で飛ばされるバルーンだ。
たかが気球とあなどるなかれ。そのサイズと、材質の頑丈さゆえに……仮に戦闘機が突っこんできて絡まってしまえば、それで墜落してしまうことも多い。
もちろん、所詮は気球なので破壊は容易だが、ただの風船とは違って、ただ穴が開いただけではすぐには落ちず、ゆっくり時間をかけて落ちていくように作られていくものも多く、さらに撃ち落とすのに弾薬の消費も伴うため、障害物としてはそれなりに優秀だ。
今回ゼロは、素早く展開できるかわりに寿命が短いものを大量に用意して飛ばした。
結果……戦闘機部隊は、1番艦とドラッヘンフェルスの近くに近寄れなくなってしまった。
彼らが指をくわえて見ているしかない中……イゼッタはその気球の間を、浮遊させ従えている無数の爆弾と共に悠々と潜り抜け、ドラッヘンフェルスへ襲い掛かる。
そして、その司令部と、艦砲のことごとくに爆雷や魚雷を降り注がせて破壊しつくした。
さらにイゼッタは、舵やスクリューなど、あらかじめ指示されていた外部の推進系機関を破壊し……その結果、ドラッヘンフェルスは自力では動くことができなくなった。
『これで……チェックメイトだ』
ゼロのその一言がいかなる意味を持つのか……無線から聞こえる、帝国軍の狼狽した声が、全てを物語ってくれていた。
『に、2番艦、3番艦、ロスト! 1番艦応答なし!』
『ドラッヘンフェルス、砲撃設備全滅! 推進機関も同様……よ、洋上にてこれは、ひょ、漂流状態に……このままでは……』
『え、掩護を、掩護を至急願う! 火砲が全滅していて……い、今攻められたら!』
『こ、こちら湾岸砲台、第19砲兵小隊! れ、例の戦闘機がまたこっちに……ああぁぁあ!』
『た、隊長! どうすれば……空母の掩護を? それとも、砲台を?』
『……っっ……っ……! 撤退だ……』
『は?』
『撤退だ! 内陸で一番近いキルナルヴィ基地へ撤退する! 全員全速後退!』
『そんなっ!? 大尉殿、友軍を見捨てるとおっしゃるのですか!?』
『まだ我らは戦えます! 魔女とあの戦闘機を落として、友軍の空母を……』
『バカが! この阻塞気球が大量に飛んでる空域で、機動力を殺される俺たちがどれだけのパフォーマンスを出せると思ってる!? 編隊飛行も不可能……小回りの利く魔女のランスの餌食になって各個撃破されるだけだ! それにわかってるのか、今の俺たちには、帰る場所がないんだぞ!』
『帰る、場所……あっ……!』
部下の1人が、その意味を理解して絶句した。
無線の向こうの彼の表情は、
『そうだ、俺たちはドラッヘンフェルスから発艦した! だがあのざまだ……甲板は半壊、滑走路も使えなくなってる! 着艦なんざできやしねえ! 格納庫のドアも吹き飛んでる! 俺たちは……安全に着陸する場所が、一番近くでキルナルヴィ基地なんだよ! そこに到達するのに、燃料がすでにギリギリだ! 手をこまねいていたらどこかで墜落死することに……』
―――ガォン! ガォン! ガォン!
重厚な音を立てて、『1番艦』の艦砲が火を噴き……油断していた戦闘機部隊のうち、2機がその直撃を食らって爆発・炎上した。
『……っ……1番艦は制圧されてたのか……繰り返す、全速後退! もう2度と言わねえぞ……言うことを聞かねえ奴は置いていく!』
『……っ……了解、しました……っ!』
『畜生……味方を置いて逃げるなんて……すまねぇ、すまねぇ……畜生……!』
『お、おい……戦闘機部隊が、離れて……陸の方に行っちまうぞ?』
『湾の砲台を助けに行くのか……いや、微妙に進行方向が……。編隊飛行だけど、突撃軌道じゃない……ま、まさか、戦域を離脱するのか!?』
『そんな……ま、待てよ! 待ってくれ! おいて行かないでくれ!』
『た、助けてくれ、助けろよおい、戻れ……ち、畜生……!』
無線から響く悲痛な声に、応える声は……なかった。
いっそ哀れにすら思えてきた、ドラッヘンフェルスの乗組員たちに対し……ゼロが、とどめとばかりに降伏勧告をぶつけた。
『帝国軍の諸君に次ぐ! すでに勝敗は決した、これ以上の戦闘行為は無意味である! 武装を解除し、速やかに投降するならば、我々は諸君らに対し、捕虜として名誉ある扱いを保証する! いずれ帝国外交部門との交渉の後、諸君らが祖国の土を再び踏む機会も訪れることだろう……それを拒んだ場合の説明は、あえて控える。繰り返す、帝国軍諸君、速やかに武器を捨てて投降せよ!!』
援軍も期待できない状態で、このまま海をさまようしかなくなった空母。乗組員たちは、その数十分後、覆しようもない敗北を悟り……こちらの呼びかけに応じて全員降伏。
こうして戦いは、エイルシュタット、ブリタニア、黒の騎士団、そしてノルドのレジスタンス達の連合軍の大勝利に終わり、大量の捕虜と、空母ドラッヘンフェルス(若干破損)を手に入れた。
ついでに、随伴の軍艦も1隻、そのまま手に入れた。
なお、随伴艦の残り2隻は、ひっくり返ってて邪魔なので沈められた。
それから、帰りがけに残りの砲台も、ゼクスとイゼッタが破壊した。海上で繰り広げられたあまりの急展開に、統率を失って迎撃すらなかったので、楽だった……とは、ゼクスの弁だ。
ちなみに、ドラッヘンフェルスは、駆動・推進部の動力源を壊してスクリューは残しておいたので、さっと修理できる見通しだったが……それすら不要だった。
イゼッタがぽんと触って、スクリューを魔女の力で回転させて動かせたために。
そのまま、防衛戦力が全滅して無防備になったソグネフィヨルド軍港に、ブリタニアの軍艦とドラッヘンフェルスが着艦し、制圧した……というのが、今回の作戦の結末である。
☆☆☆
……さて、こんなとこかね、帰結の詳細は。
随分長くなっちゃったよ……あー、手、疲れた。休も。