クーデターの鎮圧から数日。
予定をずらしてではあるが、無事に結婚式と、その後の会談は実施された。
今後のカルネアデス王国の立ち位置や、物流における各国への対応については、ややカルネアデスの立場が悪くなり、各方面に譲歩することとなったものの……大まかには、当初の見込み通りに落ち着くこととなった。
このイベントも、ほぼ全日程が終了するところまで見え始め……ようやく終わる、と各国の使節らがそれぞれ気を抜き始めた頃。ある夜のこと。
場所は、このイベントに際して、宿泊施設として各国の代表たちが利用している宿……の、別館。渡り廊下を通って行ける先の、今はもう使われていない棟。
その一角には、壁や扉に防音加工を施されたコンサートホールがある。
すでに楽器の類は何も置かれていないが、そのステージの真ん前……アリーナ席の最前列、その真ん中の座席に、テオは座っていた。
隣の席には、アレスが控えている。
静寂に包まれていたその部屋に、ガチャリ、と扉が開く音がして……テオは、待ち人が来たことを悟る。
首を後ろに回して見ると……そこには、パーティ仕様とは言わずとも、正式な首脳会談の場でも通じるであろう礼服に身を包んだフィーネと、その後ろで、『白き魔女』の戦装束をまとったイゼッタ、そして、スーツを着たジーク補佐官の3名が。
『入り口』からここまで案内をしてきた、ニコラと共に入ってきた。
階段を下り、近づいてくる3人を、軍服のテオとアレスは立ち上がって出迎えた。
そこまで下りて歩いてくると、フィーネは、何も言わずにじっとテオの顔を見つめた。
その表情は、大公の名にふさわしく堂々とした、真面目なものであったが……しばらくそうしていた後、ふいにそれを緩め……優しい微笑みに変えた。
「初日のパーティーで軽く声をかけた時は、そうは思わなかったが……こうしてみると、確かにあの頃の面影があるな」
「そういう話題から入るということは……最初から公式的な物言いはしない方がいいですか」
「ああ、そうだな。ついでに言えば……口調も砕けたもので頼みたい」
そう言って、フィーネはちらっと隣のイゼッタに目をやり、
「イゼッタにはそうしたのだろう? なら、できるなら私にも……というのは、わがままになるか……『テオ』?」
「……そっちがそれでいいなら、まあ、お言葉に甘えるけど。『フィーネお姉ちゃん』」
先に、祝賀パーティーの際に話した時……テオとフィーネは握手をした。
その際……握手する手から手へ、日時を指定したメモと、この宿の別館のカギを渡していたのである。通常、施錠されていて誰も立ち入れない場所であるがゆえに、密会には最適。
テオの方も、この機会に2人と話せればと思っていたがゆえに、用意していたものだった。
しばしの間、対面式でもない座席に座って、他愛もない世間話に花が咲いた。
およそ、一国の国家元首と、敵対国の軍人の会話とは思えない……というよりも、実際にその立場に絡んだ内容はほとんどない話だった。
互いの近況や、孤児院で遊んでいた頃のこと。その後のこと……色々と。
「そなたには、礼を言わねばならんな……集積地の一件では、イゼッタが助けられたそうだし」
「別に、こっちはこっちの思惑でやったことだし……いいよ。まあその時はまだ、完全に忘れてたんだけどね……昔のこと」
「……そうか。……その目、その時に、私の近衛が……」
「それも含めて、気にしなくていい。わかるでしょ……一応、敵同士だよ、僕ら」
その言葉に……少し息が詰まったようになる、フィーネとイゼッタ。
互いに表情が見えない座り方をしているために、それをうかがい知ることはできないが。
しかし、突き放すように言われたわけではなかったため……さほどショックを受けた様子もない。せいぜい、現状を改めて確認することになった、という程度だ。
「敵同士……か。そうだな、その通りだ」
すこし悲しげな響きの混じった声で、フィーネはつぶやいた。
「話には聞いていると思うが……此度のクーデター、主犯は、カルネアデスの王族の傍流に名を連ねる者の1人で……花嫁の縁者だったそうだ。手段などを考えれば褒めることは難しいが、純粋に身内の幸福と、国の行く末を案じての行動だったと聞いている」
「ああ……取り調べでそう言ってたそうだね」
「でも……その花嫁さんは花嫁さんで、こうするのが国を守ることになる、って……今回、連邦の人と結婚することにしたんですよね?」
「嫌な時代になったものだ……お互いに、本当に大切に思いあう間柄でありながら、時に敵同士に分かれて対立し、戦わなければならない事態にさえなる……。それでいてその先に、誰も望む幸福を手にすることができないときた」
はぁ、とため息をつくフィーネ。
その横でイゼッタが、『あ、でも……』と、思いついたように。
「逆に、この間みたいに、『敵同士』でも一緒に戦えたりもしますよね、姫様、テオ君」
「あー、まあ、あれはね? 非常事態だったしね」
「ああ……だがその割には、息がぴったりだったそうだな? 部下として動いていたカルネアデスの兵士たちから話を聞いたが、特に戦闘の終盤など、独壇場だったと聞いたぞ? まるで阿吽の呼吸、旧知の戦友のようだと。練習もなしにあれだけのことができるとは、と皆驚いていた」
「いや、多分ですけどあれ……テオ君が私に合わせてくれたからで、私は普段通りにやってただけですし……っていうか、私はむしろ、テオ君があちこちにてきぱき指示を出して、その通りに動いてたらいつの間にか勝ってた、くらいでした。最初から最後まで流れるように、っていうか」
イゼッタとテオの活躍を楽し気に話すうち、下がってきていたムードも戻りつつあった。
そのまま、一通り話し終え……話題が途切れたところで、
「姫様。旧交を温めるのはそのあたりで……他にも話すべきことがございます」
「……そうだな。すまんなジーク補佐官、忘れていたわけではないが、いらぬ気をやらせた」
「いえ、滅相も」
それを境に、フィーネは外交の時に使う『大公としての顔』をその面に張り付け、姿勢を正す。イゼッタもそれに習った。ジーク補佐官は……最初からその姿勢のままだ。
テオとアレスもまた、公人としてふるまう際のそれにたたずまいを正す。
空気が変わったところで……それにふさわしい声音で、フィーネは口を開いた。
「さて……昔話も楽しいが、それだけしているわけにもいかない……ここからは非公式ではあるが、首脳会談としよう。テオドール・ペンドラゴン少佐……エイルシュタット大公として、そして……現代の『白き魔女』イゼッタの主として、色々と聞いておきたいことがある」
「……全てにお答えすることはできませんが、できる限りご希望に沿うよう努力いたします。どうぞ、何でもお聞きください……大公殿下」
☆☆☆
その後の会談は、新しい事実が明らかになったり、情報を交換したり、といったことがあるわけではなく……ただ単に、互いの情報の確認作業がほとんどだった。
もっとも、その確認によって、『仮説』あるいは『推測』に過ぎなかった事実が、確信に変わったということはあったが。
互いの立場ゆえに、これからの戦いについて話し合うわけにもいかない。
話せないことはないが、内容はごくごく限られる。
いかに幼馴染と言えど……テオに帝国に反旗を翻す意思はなく、またフィーネとイゼッタも帝国に歩み寄るという選択肢はないからだ。
さらりと簡単に済ませられた、社交辞令交じりの『普通の秘密会談』の後……話題は、この両者間だからこそ交わされるものへと移る。
互いが知識として、そして手段として有する……『魔女の力』について。
イゼッタとテオが出会ったあの日の戦い、その後の2人での遭難道中、そして先のクーデターの際の共闘……それらからわかった、あるいは予測できた事項の確認。
テオは、魔法について、レイラインの存在やその意味など、一定の知識を有している。
その中には、魔女本人であるイゼッタすら知らない事実や道具、技術も存在する。
それをどこから、どうやって知ったのかは、教えられない。
テオが知っているその知識は、帝国軍として知られているわけではない。
しかし、数をこなしたイゼッタとの戦闘で、徐々にその戦闘能力について解析を進められてい入る……ただこれについては、ジーク補佐官も予想し、危惧はしていた。
なぜ帝国に、テオが手持ちの情報を教えていないのか……ノーコメント。
帝国にも『魔女』がいるのか……ノーコメント。
ただ、帝国軍そのものに魔女関連の知識がない時点で、この質問の答えはおそらく否だろうと、フィーネやジーク補佐官は悟っていたが。
あの『レイライン計測器』の他に、何か魔女関連のアイテムがあるのか……ノーコメント。
この質問の時に、ジーク補佐官が何か反応したように、テオの目には見えた。
何かこれに関して知っているのか、あるいは心当たりでもあるのか、そう感じたが……答えが返ってくるとも思えなかったために、口に出して尋ねることはしなかった。
そして、最後に……テオ自身は『魔女の力』を持っているのか。
これは……戦いの中で、テオが弾倉や擲弾を浮遊させて装着、あるいは飛ばしているのを、イゼッタが見ていて――黒幕たちは、イゼッタが使った魔法だと思っていて、イゼッタもあえてそれを否定しないままにしておいたが――それを報告した結果として明らかになったもの。
イゼッタの自主的な隠蔽に感謝してか……これに関しては、沈黙ではなく答えが返ってきた。
答えは是。
なぜ使えるのか、理由は不明だが……テオは、自分が魔女の力を使えること、
しかし、イゼッタと違って『出力』が弱く、彼女のように戦車や魚雷を飛ばして攻撃したりすることはできないこと、
また、その『力』に関するある程度の知識を持ちつつ、さらに深くそれを理解し、応用して使うための研究を続けていることまでを、明らかにした。
話の最中、それだけでいくつも自分たちの知識にない事実や、『魔女の力』の性質を知るところとなったためか、何度かフィーネ達が驚愕する場面があった。
最後のやり取り以外は、ほとんど実入りもない秘密会談だったが、もともと互いに明らかにできることが多くない以上、最悪、ただの幼馴染同士の世間話で終わる可能性すら見ていたフィーネらは、多少であれど分かったことのある結果に、一応は満足していた。
フィーネは元の、穏やかな顔に戻り……イゼッタも、そしてテオもそれに続く。
ジークとアレスはそのままだったが、特に気にすることもなく、3人はまた他愛もない雑談や、立場ゆえの苦労の愚痴などを話して、穏やかな時間を過ごした。
そのまま、またしばらく話した後に……ぽつりと、フィーネがつぶやく。
「……ここは、居心地がいいな」
「? 姫様?」
「ここでだけは……私は、『フィーネ』でいられる。イゼッタと、テオ……そなたたちの前では、公の場では許されない形で……気を抜いて話すことができる」
「…………ま、誰も見てないからこそだけどもね」
「ああ……人の目があるところでは、こうはいかない。イゼッタも、公には私に仕えているという立場だし……テオに至っては敵国の軍人、それも将校だからな。だが……できることなら、私は、こういう、居心地のいい空気の中で生きていたい……そう、この所、よく思う」
どこか、疲れたような様子で……フィーネは、イゼッタとテオ、2人の顔を交互に見ながら、
「なぜ、戦わなければいけないのか……なぜ、自分が我慢し、民達に我慢を強いなければならないのか……緩んだ空気の中にいると、そんな思いがすぐに浮かんでくる。だが、私は……この思いを、間違っているものだとはどうしても思えない」
「……それ、私も思います。皆仲良くできれば、我慢なんてしなくてもいいのに……って」
「戦争とは、そういうものだと……理解してはいる。だがそれでも、その戦争そのものに疑問を抱かざるを得ない。勝っても負けても傷は大きく、大きな憎しみと痛みを生み、資源を浪費し、復興には時間がかかる……何度考えても、不和・不幸を生むだけの愚行にしか思えない」
「実際そうだと思うよ、僕も」
さらりと、テオはフィーネの言葉を肯定し、そう言った。
「領土・資源・賠償金……結果として手に入るものがあるから、それでごまかされちゃってるだけ。帝国じゃ、戦って勝ちとる、っていうことが金科玉条になってて……勝てば実入りがあるんだからいいだろう、って、平和路線なんて簡単に封殺される。陛下の意思でもあるしね。その過程でどれだけの兵が死んで、ダメージが残るかなんて知らずにさ。ったく、何考えてんだか」
テオの口から次々出てくる言葉に……フィーネとイゼッタは、驚いた様子で顔を上げ、きょとんとしてそれに聞き入っている。意外なものを見ているかのような目をして。
「こないだだって、折角結べそうな講和条約を、『実入りが少ない、もっと脅して譲歩を引き出せ』……って蹴ってさ、戦争を終わらせられそうな機会を、欲出して潰して、結果としてまた国内の傷が広がるってのに、現実を知ってるつもりで知らない政治屋共はこれだから……何その顔?」
ようやくフィーネとイゼッタの表情に気づいたテオ。
「い、いやその……随分と、なんというか……当然のように辛辣な物言いをするのだな、と」
「う、うん。なんか、帝国の偉い人たちの悪口、すごい言ってるし」
「だって事実だもん。その分のしわ寄せ食ってるのは現場の僕らなんだから……そりゃ文句の1つや2つ、言いたくもなるよ……ちっとは足元にも目を向けろ、ってね」
「足元……?」
「そ。足元。考えてもみなよ、これだけ戦争が大規模に、長く続いて……国民の生活にも、相応の負担がかかってるわけ。帝国でもね。食料は配給になるし、ぜいたく品は生産中止。物品の流通も制限されて軍に優先的に回される。嗜好品……酒やタバコは特にね。軍票で後払なんて当たり前、おまけに周り全部敵だから外から物資入っ「ね、ねえテオ君?」てこない……ん?」
と、話の途中で割り込んできたイゼッタが、戸惑いながら、
「え、えっと、今のテオ君の言い方だと……つまり、ひょっとして……テオ君っていうか、ゲールも、戦争なんてしたくない、の?」
「当たり前じゃん。いやまあ、全員が全員そういう意見ってわけじゃないけどさ? 選民思想の戦争大好き軍人とか結構居るし……けど、多分半分以上はまず間違いなくそうだと思うよ? 戦争に勝って植民地が増えても、劇的に軍人の待遇や、国民の生活が改善するでもなし……それどころか、復興でまた労力が必要になるわ、占領統治で人が足りなくなるわ……」
あっさりと、当然のように、イゼッタの問いに肯定を返すテオ。
「そんな感じだから、国民ももう疲れちゃってるんだよ……帝国の国力は確かに大きくて、周辺国家からは畏怖されてるけど、それは国民をそれだけ酷使してる面もあるから。本当は、戦争なんて早く終わってほしい、平和な日常が戻ってきてほしいと思ってる。軍人も同じ。最前線で命かけてるのを、国家を守ってるんだって誇る奴も多いけど、さすがに長すぎるし、そもそも必要ないはずの戦いも多いし……無駄に命を危険にさらしたい奴なんていない」
なのに、と毒づくテオ。
「『上』の連中はそれがわかってないから……やれ実入りが少ないだの、もっと獲れるだろうだの……こちとら戦争を終わらせるために戦ってるのに、あいつら戦争続けるために戦わせてるんだよ。戦って、勝ち続ければそれだけ多くの実入りがあるって信じて。その途中で失われて戻らないものがあるとか、そういう発想がもうなくなってるんだよな~……あー畜生、ソグンで下手に大勝ちさせちゃったのがいけなかったのかなー、調子乗ってるよなー、上層部。マジ迷惑」
唖然としているフィーネとイゼッタ。あまりにも正直な物言いに、言葉が出ない。
しかし、フィーネに先んじてイゼッタは、ふと思いついたように、
「な、ならさあ……テオ君? もし、もしも……だけどね?」
「うん?」
「……もしも、テオ君に……戦争を終わらせるために、帝国を裏切って、私たちの味方になってほしい、って頼んだら……味方、してくれる?」