「ざっけんなし! マジで何、どうなってんだよコレ!? 何この報告は!?」
数分前に届き、アレスからもたらされた、軍用通信での『報告』に……テオは、愕然として……その後、わめき散らしていた。
どうしてこうなった、そんな思いと共に。
「落ち着きなさいな、テオ! 予想できたことでしょう! ……確かに、何の前触れもなさすぎる上でのことだから、私も驚いたけど……帝国のあの部門が、私たちの予想を、何らかの形で覆した……というだけのことだわ」
「だけで済ませられるようなことじゃないから焦ってんだよ! 何だコレ……ホントに、試運転を済ませたから実践投入、攻撃目標がエイルシュタット……予想外すぎる上に早すぎる! コレ完全に独断決定に近い形で進めてるぞ!? あーでも帝政って元々そんなだっけね忘れてた!」
「それでこっちには、どころか、おそらくはゼートゥーア閣下たちのところにも相談すらないままに話が進んだのですね……しかし、この情報通りなら、このままではエイルシュタットが……」
「わかってる……わかってる! けどそれだけじゃない! 早く手を打たないと、コレは加速度的にやばいことに……日和見主義の連中はもちろん、連合国の及び腰になってる奴らがこれにビビッて寝返らないとも……とりあえずそいつらをなだめて落ち着かせて、黙らせて……それには僕が一刻も早く、というよりまずこの魔女を…………っ」
どん、と、自分の胸に叩きつけるように、何かが押しあてられた。
見るとそれは、金属製の水筒だった。冷たく冷えたそれの中身は、水に少しの果糖と塩をまぜたもの。言ってしまえばスポーツドリンクもどきである。
それを自分に押し付け、『まずは君が落ち着け』とでも言うようにじっとこっちをにらんでくるアレス。胸に感じる冷たさもあって……テオは、ようやく落ち着きを取り戻した。
『すまない』と一言断ってそれを受け取り、栓を開けてぐびっとあおる。
舌を刺激する甘みと塩味、食道を流れ、胃袋に落ちていく冷たい感触を覚えながら……テオは今度は、ゆっくりと、慎重に頭を働かせる。
現状は、控えめに言ってもかなり悪い。
帝国軍は……どうやら、いつの間にか覚醒し、戦力として実用可能なまでになっていた、あのクローンの白き魔女……『ゾフィー』を、とうとう戦線に投入したらしい。
『魔女の力』を戦争に使った場合、どれだけすさまじいことになるかは、イゼッタがすでに実証している。それを今度は、帝国がやった。
言ってしまえばそれだけだが……起こっている事象は、それで済むものではない。
報告を今一度確認し、顔をしかめ、眉間にしわを寄せるテオ。
「『エイルシュタットの魔女、2度目の敗北』『損耗多大により一時撤退となるも、数日以内に進攻再開の見込』『帝国技術部の汗と涙の結晶により、帝国の勝利は約束されり』……ちっ」
☆☆☆
「あっははははっ! 意外と粘るじゃない、小娘!」
「くっ……行っけぇ!」
すでに、何度も行われたやり取りだった。
イゼッタが高速で突撃させる、何本ものランス。
それを、横合いから斬りつける……というよりも、殴りつけるように激突してきた、ゾフィーの操る大剣が妨害。その身に届かせない。
お返しとばかりに、ゾフィーは手近にあった大岩を浮遊させて、他の大剣と一緒にイゼッタに殺到させる。
それをかわすべくイゼッタは縦横無尽に飛び回り、さらには帝国軍の戦車が密集している個所に突っ込んでいくも……構わず岩と大剣を飛ばしてくるゾフィー。
結果、当然のように帝国の戦車や兵士が、降り注ぐ岩や大剣に巻き込まれて爆散するのだが、眼中にすらない様子の元祖『白き魔女』は、もろともにイゼッタをつぶそうとする。
その様子を……後方から固唾を飲んで見守っている様子の、エイルシュタットの兵士たち。
伏兵として敵を叩く役目を担っていた彼らだが……作戦が進まず、出番が来ない。
それに……あまりに激しい戦闘に、それより前に出られないでいる、というのもある。すでに、先鋒として前に出ていた戦闘機は、半分はゾフィーによって狙い撃ちされ、もう半分は2人の魔女の戦闘の余波だけで墜落……全滅しているのだ。
それ以降は、帝国軍だけに被害が出ているが。
それでも、エイルシュタットの戦力の要であるイゼッタが……しかも、ペンドラゴンの時とは違って、正面からの戦いで苦戦している様子が、大いに兵士たちを不安にさせた。
しかも、相手は同じ『魔女』だ。それも……先程の話を信じるなら……帝国軍が蘇らせた、かの『白き魔女』本人だというではないか。
ちなみに、先に全滅した先遣隊の者が、『本当に『白き魔女』なら、エイルシュタットの味方ではないのか!? なぜ忠誠を誓った祖国に敵対する!?』と声高に問いかけた直後……いらだちに表情をゆがませた彼女に八つ裂きにされていた。
疑問ではあるが、この質問がタブーだとその瞬間、イゼッタを含む全員が理解した。
それゆえに、ならば戦うしかない……という結論に達したのだが……
(この人、強い……! 馬力ももちろんだけど、戦いなれてる……?)
『じゃあやっぱり、あなたは殺すしかないみたいね!!』
数分前。
イゼッタが、戦いをやめてほしいというゾフィーの願いを、フィーネとの誓いを理由に断った瞬間、ゾフィーは豹変して襲いかかって来た。
いや、本性を表した、というべきかもしれない。演技をやめて、普段通りにふるまいはじめたのだから。
ゆえに、甘えや情けは捨てて、全力で戦っているイゼッタだが……勝てる気がしない、というのが本音だった。
今までのイゼッタの戦い方は、『他人にできない』という点を強みにして生かした……いわば力押しによる部分が大きい。
だがだからこそ、似たような手、あるいは同じ手を使ってくる相手には分が悪い。
それも……自分以上の錬度でそれをやってくる、ゾフィーのような相手は特に。
手を触れずにものを浮かせて、動かす。
魔女の力は、ただそれだけのものだ。少なくとも、イゼッタとゾフィーの知る限りは。
それだけでもきわめて強力であるがゆえに、今日まで困ることはほとんどなかったが……互いに同じ力を持っているとすれば、そこでものを言うのは……単純な、魔女としての力量だ。
そして、ゾフィーはさらに1つ、イゼッタにはないアドバンテージを持っているのだが……それをイゼッタが知るのは、この直後のことだった。
ただし、ゾフィーの予想とは、少しばかり違う形で。
「……っ!?」
ゾフィーを追いかけて飛ぶイゼッタは、前を飛ぶゾフィーがスピードを上げたところで、自分もそれに続こうとして……その瞬間、急停止した。
「……あら? どうしたのかしら? 追ってこないの?」
「……あなた……何で……!?」
杖の上で振り返り、挑発するような視線を向けてくるゾフィーだが、イゼッタはそれを気にする様子はない。
それどころではない、とも言う。
ちら、と、手元に……乗っている対戦車ライフルに取り付けられている、『レイライン計測器』に向けられる。ほんの一瞬だけ。
しかし、確かにその計器は……これより先に進めば、レイラインの魔力がなくなる、という結果をイゼッタに告げていた。
一方で、挑発しても追ってこない……だけならまだしも、何かに驚いている、あるいは不思議がっている……といった雰囲気のイゼッタを見て、さすがにゾフィーも不審に思い始めた。
そしてその直後……イゼッタが、浮遊させていたランスのうち、今にも壊れそうな1つをこちらに飛ばしてきて……しかしそれが、途中で墜落した。
その光景に、ゾフィーは目を細めた。
「へぇ……気づいたのね?」
「やっぱり、魔力が……でも、何であなたは魔法を使えるの……?」
言いながらもイゼッタは……うすうす勘付いていた。
先程から、ゾフィーが乗っている杖の先端部分で輝く、謎の赤い石……あれが関係していると。
ゾフィーからの返答はなく、代わりに、彼女もまた問いかけ返していた。
「あなたこそ……そのままこっちに飛んできてくれれば楽だったのだけれど……今、明らかにレイラインの消失を知って止まったわね? レイラインは不可視のはずなのに……その、さっきからチラチラ見ているおもちゃに秘密があるのかしら?」
「……っ……あなたこそ、何でレイラインが通っていない土地で魔法を使えるんですか? それに、そもそもここはレイラインが、かなり太いそれが通っていたはずなのに……何で……」
「……妙な道具を使うのに、『魔石』のことは知らない……何だかちぐはぐね、あなた。それはそうと……質問しているのはこっちなのだから、答えてくれないかしら……ねっ!」
直後、再び飛んでくる大剣をかわすイゼッタは、ランスで応戦する。
再び、2人の魔女が、文字通り火花を散らす。
お互いに爆発物を武器としては持っていないために、質量武器がぶつかり合った。
そんな中で会話する余裕があるのは……2人が2人とも、すぐれた『魔女』であるがゆえか。
「ちぐはぐといえば……あなたは戦い方もそうね! あなた、私の他に魔女を知っているの?」
「……っ……何の、話ですかっ!」
「あなたの戦い方、変なんだもの……明らかに、ただの人や、機械のおもちゃを相手にしたときの戦い方じゃない……それは、『魔女』を相手として想定した戦い方だわ」
「っ……!?」
「私の他に敵対する『魔女』がいるのか、それとも……」
飛び回りながら、イゼッタは驚いた。ゾフィーの観察力に。
まさにその通りだったからだ……今のイゼッタは、自分と同じ『魔女』を相手取る際のことを想定した、その時のために訓練を重ねたやり方で戦っている。
内容自体は……ジーク補佐官が考えたものだ。
相手が質量武器を飛ばしてきた場合の対処、地形やその他周囲の条件に合わせた立ち回り方、注意すべき行動、相手にさせてはいけないこと……エトセトラ。
その意図は……自分と同じ『魔女の力』を持ち、現在帝国軍に在籍している、テオとの戦いを想定したもの。彼と戦う時を案じて、補佐官が極秘に作った戦闘用プランだ。
あまり考えたくはないが、必要性はわかるがゆえに、それを覚えたイゼッタだったが……まさか、テオ以外の『魔女』と戦うことがあり、それに役立ってしまうとは、予想外だった。
もちろん、そんなことはつゆ知らずのゾフィーだが、イゼッタに答える気がないとわかると、すっぱり思考を切り替えた。
尋問から……殲滅に。
そして、ゾフィーがまとう空気が変わったことを悟ったイゼッタは……こちらも覚悟を決める。
先手必勝、とばかりに……自分が乗っている対戦車ライフルに火を噴かせた。
直前に察知したゾフィーに、大剣を盾にされて防がれてしまったが……盾ごしに伝わってきたその威力に、ゾフィーは舌を巻く。大したものだと。
「何百年かぶりに戦いの場に出てきてみれば、驚かされることばかりだわ。動く鉄の箱に、空を飛ぶ鉄の塊、海に浮かぶ鉄の船……同族殺しの技術が随分と進歩していたもの。かろうじて昔もあった、火を噴く鉄の筒は、より大きく強力になっているようだし……」
しかしそれでもなお、余裕の笑みを崩さないゾフィーは……手元に魔力を集中させる。
杖についている赤い石が、一層輝いた気がした。
「ふふっ、肩慣らしの時は、こんな風に一方的に殺しつくすだけじゃ、私の復讐心が満足するか不安だったけど……あなたくらい、活きのいい足掻き役がいてくれると、やりがいがあっていいわ。さて……こちらも手札を1つお見せしようかしら」
直後、ゾフィーの手元の魔力が収束し、赤い、ガラスか何かのような粒ができた。
小さい。ピンポン玉ほどか、それよりも小さい……という程度の大きさだ。
見たこともない光景に不思議そうにするイゼッタに向けて……ゾフィーは、それを飛ばした。
「魔女の力に関して、少々無知なようだけど……これはご存じかしら?」
その笑みに……寒気を感じたイゼッタは、とっさにその謎の赤い結晶を、ゾフィーと同じように、周囲に浮かせたランスで防いだ…………その瞬間、
先の対戦車ライフルの一撃とは、くらべものにならない威力の……大型魚雷に匹敵しかねない威力の爆発が起こった。
☆☆☆
(……報告書通りなら、クローンであるゾフィーには活動限界がある……イゼッタが粘ってそれを理由に撤退させられたのはよかったけど、こちらのダメージも無視できないものになったらしいし……何より、帝国軍はそう間を置かずにまた来るだろう。同盟国がどれだけ動けるか……)
「……この、肩慣らし、って書いてあるの……何のことかしら?」
「おそらくだけど……アレーヌ市の焼き討ちのことだ。アレの実行犯がゾフィーだったんだろう……どれだけ資料を探しても内容がぼかされてる上に、後方にベルクマン中佐の名前があったわけだ……これ幸いと、『魔女の力』のリハビリに利用したな」
「なるほど……有効利用と言えなくもないか。しかし、この魔女……報告を見る限りだと、どうも『白き魔女』としての記憶があるようですな?」
「クローンとはいえ、その体は試験管の中で作られたもの……言うなれば、同じ顔を持っているだけの他人のはず……なのに、記憶を受け継いでいるということは……」
「単なるクローンではなく、『錬金術』を用いたホムンクルス、なのでしょうな」
「つまりは、マリーさんと同じ……?」
「うむ、おそらくは……『魔力』による副次効果かと。または、『魔石』とやらの……」
集まった情報を、吟味を通り越して『解読』しながら……テオ達は状況を把握する。
どうやら、イゼッタはゾフィーとの交戦の末……力尽きて墜落し、戦闘不能になってしまったらしい。
しかし、同時にゾフィーも不調をあらわにし、悔しそうに飛び去って行ったとある。
おそらく、全力ないしそれに近い戦闘に、体力が続かなかったのだろう。クローンであるが故の、先天的な虚弱体質に、イゼッタは、そしてエイルシュタットは救われた形だ。
しかし、現状は依然として最悪に近い。
イゼッタがゾフィーを退けたはいいが、自分も戦闘不能……となれば必然的に、その後始まるのは、それぞれの国が保有する、魔女以外の戦力同士の激突だ。
そして……エイルシュタットとゲルマニアとでは、そこには大きすぎる差がある。
幸い、イゼッタが時間を稼いでいる間に到着した同盟国の軍――ゾフィーが撤退したと聞いて参戦してくれた――が食い止めてくれたおかげで、現在は拮抗状態にある。
しかし、それも長くは続かないのは明らかだ。
数日中に……ゾフィーが戦線復帰するのだから。
『負傷』して撤退したイゼッタと違い、あくまで体力回復のために時間を必要としたゾフィーでは……コンディションの回復速度には雲泥の差があるだろう。
戦線離脱レベルの負傷が、たった数日で治癒するはずもない。
仮に、数日後のゾフィーの参戦に合わせてイゼッタが出てきたとしても……その戦闘能力には、あまりにもひどい差が出ることだろう。生傷の癒えぬままに戦場に出てきて、どれだけの働きができるだろうか。
加えて、先にゾフィーにはイゼッタの戦術や能力の程度をさらしてしまった。
そしてそれを、帝国軍も見ている。対応されれば……最悪、秒殺されることさえありうる。
しかし、それならばまだましだ。連合側の努力で、何とか改善しうる余地がある。
……もっと最悪なのは、帝国が極めてセオリー通りに攻めてきた場合だ。
「セオリー通り、とは?」
気になったのか、マリーとニコラが訪ね返してきた。
アレスは……少し考えて、思い至ったのか……何も言わない。代わりに、表情がやや険しいものになった。
「戦争における基本中の基本。なんだかわかる? 勝つために大事なこと、って言ってもいい」
「ふむ……勝てない戦いはしない、あるいは、相手よりも多くの兵を用意すること、ですかな?」
「あとは、兵站の綿密な管理や、敵の情報の把握、伏兵への対策、連絡手段の確立……」
「そこまで細かくなくてもいいわ。もっと言えば……戦争する上での前提条件でもあり、また、『魔女』にとっての最重要条件でもあるわね」
「おや、アレスは気づいていたのか……しかし、魔女にとってのとは…………あっ!」
ここで、マリーが気づき……さらに、遅れてニコラも気づいた。
「後は、そうですね……戦いやすい地形で……うん? 地形……土地……場所……っ! そうか……レイラインですね!」
それに、テオはうなずいた。
「その通り……レイラインが通っていない場所から攻め込むだけでいい。それだけでイゼッタは戦力外通告だ。今回はただ、レイラインがある――と思ってる地域で戦った方が油断させられるからそうしただけだろうね。あらかじめ魔力を吸い上げて枯渇させておけば、イゼッタは墜落……それだけで大怪我、勝負ありだ。計測器のおかげで目論見がつぶれたようだけど」
「ゾフィーとかいう魔女が目覚め、しかも『白き魔女』の記憶を持っている……当然、レイラインのことも知っているでしょうし、テオが例の研究部門で見た『レイラインの地図』の意味も知られているのでしょうね。であるならば……利用しない手はないわ」
「そして、この『魔石』とやらは……魔力をあらかじめ充填しておくことにより、レイラインのない土地でも魔法が使えるようにする道具……。偶然ですが、我々の作ったものと同様ですな。魔石があれば、イゼッタの力を封じたまま、ゾフィーだけが魔女の力を使って戦える」
「そして、その戦力差を埋めるだけの力が、連合にはない……物量、兵器の質、展開力……勝っているのは兵士の数くらいですか。それも総量で……控えめに言って詰んでいますね」
「それ、控えめに言わないとどうなんの?」
「すでに死に体、あたりかと」
「……冗談じゃないから困る……救いがあるとすれば、そのゾフィーの活動限界と……『魔石』が副作用ありの自爆アイテムだってことくらいか」
情報には、それについても記されていた。
天然ものの『魔石』は、魔力を蓄えてレイラインのない土地でも戦えるという利点があるのに加え……出力そのものを上げたり、魔力結晶を即座に手元に作れる、などの利点がある。
『魔力結晶』については、どうやら帝国の研究機関は『エクセニウム』という名前で呼んでいるようだが……こちらも勝手にそう呼んでいるだけなので、テオは特に気にしなかった。
戦闘中、ゾフィーは手元に作った魔力結晶を投射し、そのまま暴発……というか爆発させるという攻撃もしていたらしい。ファンタジー風に言えば、爆発魔法、とでもいえるジャンルだろう。そのまんまというか、単純な手ではあるが、強力であることは確かだ。
しかしその強大な力の代償として……使えば全身に激痛が走り、命がむしばまれるという……呪いのような副作用があった。
「……しかし、イゼッタさん、あるいは連合が負ける前に、その反動でゾフィーが力尽きるというのは、あまりにも希望的観測……いえ、それを通り越してありえないかと」
「だよね、やっぱ……ちっ、時間がない。さっさと対応を考えないと。まず、黒の騎士団を動かして戦力の分布を……」
そう、時間がない。それは、皆わかっていた。
だからこそ、すぐに動かなければならないと思っていた。
幸い、手元の仕事は余裕があるし、2日、いや1日半あればどうにかなる。まとまった時間を作ることも難しくないだろう……旅程は最悪、後で調整できるのだ。
それに、この出張を組んだのはゼートゥーア中将以下、『反逆組』である。そのあたりをほのめかせば、手を貸してくれるだろう。ゼロ経由で、一応話は通してあるのだから。
……そんな見通しが甘いものだったと、彼らが気づくのは……そのさらに数時間後、
遅れてやってきた、さらなる凶報と、それを上回る……吉報のような凶報を聞いた時だった。
「……何つった、今?」
座った目で、ニコラに問いかけるテオ。
それを受けて、若干委縮しながら……また、自身もその通信の中身が示すところを理解しているからこそ、ニコラは若干体を震わせながら、口を開いた。
手にしている通信の文面を、ただ読み上げるだけ……なのだか、それの、何と過酷なことか。
「はっ。さきほど届いた軍用通信によれば……ゾフィーの回復を待たずして、帝国軍は、レイラインのない土地を通ってエイルシュタット領内に進軍したと……」
「そこはいい……その後」
「はっ……その侵攻軍の先鋒が、魔女イゼッタに壊滅させられたと……レイラインのないはずの土地で、です。さらに……戦場を観測していたいくつかの班から、魔女イゼッタは、所々包帯等を巻いていて、傷は快癒していない様子であったこと。そして、胸に、ゾフィーが杖に着けているのと非常によく似た、赤い半球状の宝石がついたアクセサリーをしていた、と……」
ばきん
テオが持っていた、軍の備品の……しかし、決して安いものではないペンが、音を立てて真っ二つに折れた。
中から漏れ出たインクが手を濡らし、汚すのを気にせず……テオは、その手を握りしめる。
欠片が手に食い込んでやや痛いが、気にならなかった。
最早、一刻の猶予もない。それが、わかってしまったから。
(何でそっちにも魔石があるんだつーか何でそれを使ってんだあーあーわかるよイゼッタおねーちゃんのことだからどーせフィーネおねーちゃんのためだとか勝つためにはこれしかないとか言って自己犠牲まっしぐらの覚悟で人の気も知らずにあんのバカたれがぁ!!!)
「くっくっく……どいつも、こいつも……種類は違えど、バカばっかり……!! 上等だ……目には目を、歯には歯を、バカにはバカ、魔女には魔女、チートにはチートでやってやる……!!」
「……ボス、お気を確かに」
「心配してくれてありがとうアレス。でも大丈夫、落ち着いてるよ、水ドンはもういい」
『水ドンって何よ?』というアレスの問いは無視して、テオは手をふき、予備のペンを取り出すと、すさまじい速さで白紙の便箋に何かをしたため始めた。
横からマリーがそれを覗き込むと、それは……こなさなければならない仕事と、その手順をまとめた書類だった。
ものの数分で十数枚のそれを作り上げたテオは、それをアレスに押し付けた。
「……これを、私に、やれと?」
「うん。悪いけど頼む」
「……構わないわよ、時間もあるし……けど、あなたはその間、どこで何をするのかしら?」
「現地行ってくる」
「「……はっ?」」
マリーとニコラが、唖然としたような表情で言った。
アレスは……こちらはある程度予想で来ていたのだろうか、驚きは小さい。
そんな彼らに向けて、テオは……言った。
「無理言ってるのは承知だけど、これが一番手っ取り早くて確実だ。だから、やる。アレス、ニコラ、マリー……『蜃気楼』と予備のゼロスーツを用意しろ。僕が自ら出る!」