終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.38 魔女 対 魔女

 

 

イゼッタは、空を飛んでいた。

いつものように、対戦車ライフルに乗って。

いつものように……姫様の敵を倒すために。

 

違うのは……胸元にきらめいている、深紅の宝玉の存在だ。

 

静かに赤く光るそれは……イゼッタに力と、しかし同時に苦痛を与える。

今はイゼッタは、自分の『魔女の力』だけで飛んでいるため、苦痛はないが……もうじき、再び帝国軍が攻めてきている、レイラインのない地域に入る。

 

そうすれば、コレを使わねばならず……その力の代償は、静かにイゼッタをむしばんでいくだろう。

それでも……イゼッタに迷いはなかった。

 

覚悟なら、とうに決めていたのだ。

コレを……『魔石』を受け取った、その時に。

 

いや……姫様の、フィーネのために戦うと決めた、その時に。

 

自分の全てを、彼女にささげると。

 

 

☆☆☆

 

 

『白き魔女』を名乗る少女……ゾフィーとの戦いの後、イゼッタは、いつもの部屋で目を覚ました。ランツブルックの王宮に設けられた、イゼッタの自室……その、ベッドの上で。

 

体のあちこちに包帯を巻いた、痛ましい姿で。

動くたびに鈍痛が体中を襲う、壊れかけた体で。

 

うめき声を聞きつけてやってきたロッテによって介抱された後、車いすに乗せられて、イゼッタは部屋を連れ出され……これまた『いつもの』という言い方がふさわしい、会議室へ。

そこで、心労からかすっかりやつれた様子のフィーネや、ジーク補佐官、ビアンカ、将軍に首相といった面々と顔を合わせ……その場にて、イゼッタは説明を受けた。

 

帝国との戦いの後、回収され手当てを受けたイゼッタは、今まで眠っていたこと。

 

イゼッタのケガは、命に係わるほどではないが、決して軽いものではなく、長く見て全治1か月ほどのものもあるということ。

 

数日後……早ければ明後日にも、帝国軍が再び攻めてくる可能性があること……等々。

 

その場にいた全員が悟っていた。絶望的な状況だと。

連合国の軍が共に戦ってくれているが、長く持つとは思えないし……もしまたゾフィーが出てくれば、一気に瓦解してしまう。

 

頼みの綱の――言う際に全員が悲痛そうな顔をした――イゼッタも、あらかた傷はふさがりつつあるとはいえ、まだ万全には程遠く、動けば生傷に逆戻りしてしまうようなそれも多い。また、そのようなコンディションで、まともに戦えるとは思えない。

 

もし仮に出撃すれば……ただの軍隊相手なら何とかなるかもしれない。

しかし、もしゾフィーが出てくれば……

 

無論だが、この状態でイゼッタに『出撃せよ』などと言う者はだれ一人いなかった。いても、彼らの頂点に立つ少女が許さなかっただろう。

 

しかしそれは同時に……1つの事実を如実に示している。

このままでは、エイルシュタットは負ける、と。

 

そのせいだろう、交わされる話もまた……彼女の耳に優しくないものばかり。

 

しまいには、フィーネに亡命を進める話すら出てくる始末だった。

戦い続けるために、この国を出なければならないのか……そう、残酷なことこの上ない現実を突きつけられた親友に、イゼッタは必死に声を上げた。

 

まだ戦える。姫様がここを出たくないなら、私が何とかする、と。

 

しかし、それが実現性に乏しいものだということを、皆が知っていた。イゼッタ自身すらも。

 

……そんな中、

 

 

『……もし君が、何を捨てても、今のこの状況をどうにかしたいと思うのなら……方法はある』

 

 

そんな言葉が、この場で最も意外な人物の口から出た。

 

驚く全員の視線が集中するその先で、彼――ジーク補佐官は、懐に手を入れ……中から、何かを包んだハンカチのような白布を取り出す。

 

それを開くと、そこには……見覚えのある、赤い宝石が乗っていた。

 

 

 

その後、当然ながら会議室は荒れた。

 

ジーク補佐官の口から語られた、『白き魔女』の真実。

その魔女……本当にゾフィーという名前だった彼女が使っていた、『魔石』という名の武器。

その力……そして、その副作用。

 

当然、フィーネやビアンカは反対した。

イゼッタに力を与える、それすなわち、この絶望的な状況を改善できる妙手だと理解しつつも……その代償に、イゼッタは苦痛にさいなまれ、命が削られるのだ。

 

そんなことは認められないと、2人はもちろん……将軍や首相、エルヴィラも反対した。

補佐官は何も言わない。どんな選択をしても、誰に何を強制するつもりもなかったのだろう。

 

……それでも、最後には……この場で最も頑固な『1人』の賛成で……それは決まった。

 

『その魔石は、そなたの命をむしばんで力を引き出すのだろう!? そんなものを、そなたに使わせるわけには……!』

 

『イゼッタ、お前はもう十分戦った! もういい……そんな力で戦っても、フィーネ様も、誰も……誰も喜ばない! そんなもの、そんなこと、望まない!』

 

『私……最後までやりたいんです! 自分の意志で始めたことだから……まだ、私の体は動く、力も使える……戦える! だから姫様……諦めるなんて言わないで! そんな形で終わらせちゃダメです! ……姫様、いつも言ってたじゃないですか! 自分は国の皆に生かされてる、だから戦うんだって……』

 

『だからと言って、君が命を投げ出していい理由にはならない! 君はまだ15なんだぞ!?』

 

『本来ならば、この戦争に関わることすらしなくてよかったはずだ……なのに……』

 

『……そんなこと、最初からわかってます。それでも……それでも私、姫様のために戦うって、自分で決めたから……それが、私がやり遂げたい、たった一つのことだから、ここまで戦ってきたんです! 私だってそう……私なんかのために、たくさんの人が命を懸けたり、投げ出したりしてくれた……だから……こうして立っていられるのなら、その思いを無駄にしたくない!』

 

『無駄になんて……あなたは今まで精一杯戦ってきたじゃない! これ以上は、本当にあなた!』

 

フィーネが、ビアンカが、将軍が、首相が、エルヴィラが……どれだけ止めても、何を言っても……彼女の意思は、揺らがなかった。

 

『最後までやりたいんです……自分で始めたことだもん、最後までやり遂げなきゃ……。姫様だって、本当はあきらめたくないんでしょう……この国が、国の皆が大好きだから……』

 

『……そなたは、そうか……やはり、私が諦めない限り、そなたもあきらめてはくれないのだな』

 

『……いいえ、違います。姫様が『あきらめたくない』限り、です。もし、姫様が泣き言を言って、我慢してあきらめるなんて言うなら……私、ひっぱたいてでも止めます』

 

『……そなたなら、実際にやるだろうな。ははっ、目に浮かぶようだ……だが……もう何度も言ったことだが、言わせてくれ。イゼッタ……それではそなたが……』

 

『……私は、魔女です。それ以外の生き方はできません……その生き方の中で、最後の最後まで姫様に尽くす、って決めたんです。どんなことがあっても、必ず私は……あなたを助けます。だから……つらいのも苦しいのもわかってる……けど、でも、それでもいつもみたいに……

 

 

 

……お願い、フィーネ』

 

 

 

『……そうだな、私は……命ある限り、そなたの願いをかなえるといった』

 

『……はい……そして私も、最後まで、姫様のために戦います……!』

 

『わかった……共に戦ってくれ、イゼッタ!』

 

『はい!』

 

 

 

そうして、イゼッタは魔石を手にし……しかし、歓迎されないその力を振るって、ゲールの軍を撃退した。

 

それが……すでに、数日前の話だ。

 

☆☆☆

 

そして今、再びイゼッタは……ゾフィーと、その刃を交えていた。

 

その戦況は……あまりにも、残酷なまでに、予想の通りだった。

 

「……バカな小娘ね。そんな傷で……しかも、そんなろくでもない道具まで持ち出してくるなんて」

 

「あなたに勝つには……これが必要ですから」

 

「妄言にしか聞こえないその目標は笑わないでおいてあげる。でも……あの国の王族にそこまで肩入れするなんて……私が言うのも何だけど、本当にバカよ、あなた」

 

戦闘の中で……何を思ったか、彼女は語った。

かつて、『白き魔女』だった自分に……何が起こったのか。

 

それは、途中までは……すでに、ジーク補佐官からイゼッタが聞いていたことだった。

白き魔女は、おとぎ話にあるように、末永くエイルシュタットを守って幸せに暮らしなどしていない……裏切られ、魔石を奪われ……異端審問を恐れて、処刑されたのだと。

 

違ったのは、一点……彼女を裏切ったのが、彼女と王子の愛に嫉妬した王妃ではなく……彼女が愛した王子その人だったこと。

 

自分が生きている間はいい。自分がかばうことができる。

しかし、自分が死ねば、魔女の存在は、祖国に災いをもたらす。教会に異端視されれば、それは国の滅びを招きかねない。

 

だから……彼女を見捨てた。

国を守るために。

 

苦渋の決断だったのだろう……それは、想像できる。

 

だが、それで、その生贄にされた当人が納得するかといえば……別だろう。

 

『あんなに尽くしたのに』

『あんなに殺したのに』

『どうして私を捨てたの』

『絶対に許さない』

『私には、復讐する理由が、権利がある。あの国の全てに……あの男の末裔に!』

 

憎悪にまみれながらも……その言葉は、どこか悲しみを孕んで吐き出されたように、イゼッタには思えた。

 

 

☆☆☆

 

 

その数十分後。

あまりにも残酷な結果は……しかし当然のように訪れた。訪れてしまっていた。

 

片や、一時は疲労で撤退したとはいえ……負傷らしい負傷もない、ベテランの古豪。

 

片や、満身創痍に近い傷だらけの体を、無理に動かして戦った、新参の魔法少女。

 

勝利の女神は、下馬評を覆すことなく……ゾフィーに微笑んだ。

 

「はぁ……はぁ……っ! ま、まだ……待って……まだ、戦える……!」

 

「……もうおやめなさい。これ以上は無駄よ」

 

イゼッタの体は……ふさがりかけていた傷が開いたのも含めて、全身、これでもかというほどに大小の傷でおおわれていた。

見えない部分のそれも含めれば、30に届くだろうか。

 

当然、血も各所からにじみ出て、あるいは流れ出ており……傍目にも満身創痍であることは明らかだ。

 

加えて……この国を守る、という目的も、最早儚い。

すでに、イゼッタと共にこの戦場に来た者達が守っていた防衛ラインは突破されつつある。もう数分もしないうちに、帝国軍はエイルシュタットの奥へ、奥へと、どんどんなだれ込んでいくだろう。それを止める力は……もう、どこにもない。

 

目標は……考えるまでもない。

フィーネ大公のいる、首都ランツブルックだ。

 

そこには、一応高射砲や阻塞気球などの備えもあるが……そんなものは、数分あればゾフィーが全て片付けてしまうだろう。そこからは……考えたくもない。

 

そして……その、数時間後に滅ぶ運命をたどる、と皆が悟ってしまう、首都・ランツブルックにて……通信の向こうからもたらされる凶報に、会議室は、葬式会場のような空気になっていた。

 

(……ここまで、か……すまない、イゼッタ……そなたが、全てを投げ打って戦ってくれたというのに……)

 

最早、逃れられない破滅が、敗北が、そこまで迫ってきている。それを……フィーネは感じていた。

 

ここはもう危ない、一刻も早く逃げるべきだ。

未来のために、ここは引くべきだ。

そんな声が、どこか遠くに聞こえる。

 

フィーネは……しばしの、沈痛極まりない沈黙の後に、喉の奥から滲み出させるように、ぽろりと無意識にこぼすかのように……言った。

 

「……補佐官……ビアンカ……イゼッタは、今、戦場だな」

 

「……はい」

 

「助けることは……できるか?」

 

「っ……それは……」

 

「……難しいでしょう。最早……現地展開中の軍に、そこまでの余裕はありません」

 

ビアンカが言いよどんだことを、さらりと言ってのけたジーク補佐官。

それは、冷血なセリフのようで……しかし、あまりにも当たり前の事実だった。

 

できるはずがない。最終防衛ラインすら食い破られそうになっている現状……最前線にいる、1人の少女を助けるだけの余力が、どこにあろうものか。

 

「そう、か……そう、だろうな……」

 

絞り出すようなフィーネの声は……それを見ていたビアンカが、目の端から涙が零れ落ちるのを止められない程度には、悲痛だった。

嗚咽も聞こえる。誰のものか……わからないが。

 

(……わかっていたはずだ。わかっていて、送り出したはずだ……負ければ終わると……こうなると! それでも、どこかで思ってしまっていたのかもしれない……きっと、大丈夫だと。イゼッタなら……今まで、数多の逆境を跳ね返してきた彼女なら、と!)

 

そう、わかっていたはずだった。

 

コレは戦争。

負ければ死ぬ。死ななくとも、いいことにはならない。

テオの一件の時にも思ったことだ。

 

(もう忘れたのか、この愚か者め……)

 

自身を叱咤するも、最早それすら空しい。

 

すでに、あの優しくて強い友人を……彼女は自分ではどうにもできない。助けることも。

 

……許されるなら、叫びたかった。彼女を助けてくれと。

しかし、彼女の立場が、それを許さない。

 

国の存亡がかかったこの状況下で、そんな命令を出すなど論外だ。

自分はこれから、速やかにここから逃げ出し……安全な隠れ家へ移るか、あるいは国外へ亡命しなければならない。これから先も、帝国と戦い続けるために。祖国を守る……あるいは、取り戻すために。

 

それ以外に、力を割くべきではない。

ゆえに……

 

(……見捨てろ、ということか……かつての『白き魔女』の時と同じように……友を……!)

 

どれだけ涙を流しても、一向に消えても減ってもくれないくやしさ、悲しさ。

それをフィーネは、国家元首としての使命感と責任感で押さえつけ、あくまで国のために動こうとして………

 

「いやだ……!」

 

………少しだけ、失敗した。

 

「頼む……」

 

誰にも聞こえようがない……それこそ、隣にいたビアンカやジーク補佐官にすら聞こえない程度の音量で……ほんの少し、弱音が漏れた。

 

「誰でもいい……彼女を、救ってくれぇ……っ!」

 

その声は……誰にも届かずに、むなしく喧騒の中に消えた―――

 

 

 

―――はずだった。

 

 

 

『わかった……聞き届けよう、その願い』

 

 

 

遥かな空の果てで……無力な少女の声を聴き、そんなことをつぶやいたものがいた。

 

その声は……フィーネには、届かなかったが。

 

 

 

『……つか、思わず言っちゃったけど、どんだけ離れたところからの思念感じ取ったんだよ僕……マジでニ○ータイプかイノベ○ターじゃないのか、コレ?』

 

 

☆☆☆

 

 

それは、慈悲だった。

魔女ゾフィーから……魔女イゼッタへの。

 

このまま帝国につかまれば、ろくなことにはならないだろう。

そう考えたゾフィーは……容赦なくとどめを刺す体で――実際にそうなのではあるが――彼女に、何十発もの飛行爆弾を降り注がせ……肉片すら残さず消滅するように、眼前の景色ごと全てを焼き払った。

 

爆風で巻き起こった土煙が晴れれば、そこには……凹凸が目立つ形に無残にも変形した、何もない地面がある…………はずだった。

 

「…………っ?」

 

しかし、煙が晴れた時……そこには、あまりにも予想外の光景が広がっていた。

 

(……何、これは……いつの間に……?)

 

 

 

そこに立って、否、飛んでいたのは……黒と金色のカラーリングを持ち、鉄とも鋼ともわからない素材でできた、そして……人の形をしているという特徴を持つ、『何か』だった。

 

 

 

 

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