終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.42 囚われのフィーネ

 

それは……終わってみれば、それはあっという間の出来事だった。

 

今後の戦況について相談するための、連合諸国や『黒の騎士団』が集っての秘密会談。その実施のため、ゲール軍の目をかいくぐって、その会場へ行く途中のことだった。

 

会議の出席者は、大公・フィーネと、首席補佐官のジーク、その護衛として、ビアンカら数名の近衛と、従者としてロッテ。そして、後方関係の助言役として、エルヴィラだった。

合計して10名弱の旅路だったが……その途中で、帝国の魔手が伸びてきたのだ。

 

(……これは……祖国に背を向けて、自分だけ逃げ出そうとした、報い……なのかもしれんな)

 

ゲールの護送車両に揺られながら、フィーネは自嘲気味にそう思った。

 

秘密会談の出席……その名目で出てきたこの旅には、実のところ、もう1つ目的があった。

フィーネの『亡命先』を秘密裏に探す、という目的が。

 

エイルシュタットの最大戦力である、イゼッタの……MIA(戦闘中行方不明)。

待てど暮らせど、探せど聞けど、一向に彼女の情報は入らず。あの戦闘……ゼロが参戦して、かろうじてエイルシュタット本国への進行は防がれたあの一件を、彼女が生きてしのげたかどうかすらわからない。

 

情報を持っているかもしれないとすれば、あの場で、単騎でゾフィーとゲール軍から戦線を守り切った彼……ゼロだけだろう。

 

しかし、裏ルートで黒の騎士団に連絡を取れども、ゼロは今『重要な任務中』であるという回答が返ってくるばかりで、一切の情報の開示が停止されている。

 

そもそも、悠長に返答を待つ時間も、その返答を含めた様々な情報を、裏を取って精査する時間もない。結果的に……エイルシュタットを取り巻く状況は、危機的なままなのだ。

 

……この状況下、今度またゲールからの攻撃があれば、今度こそこの国は……落ちる。

 

それがわかっていたからこそ、首脳陣は、国の象徴であるフィーネを助けるため、大急ぎで動き始めたのである。その身を逃がす先……亡命先を探すために。

 

根回しのための連絡を取る時間すら惜しいこの状況、その手間を省くため……この会議出席にかこつけて、各国代表に直接交渉を行う……はずだった。

 

しかし、その道中に……それを察知したゲールの部隊に摘発され、捕まった……というのが、ここまでの経緯だった。

 

圧倒的な兵力と、所持している武器や設備の差ゆえに、抵抗は無駄だと悟ったフィーネとジーク補佐官の判断で、身の安全を保障してもらうことを条件に、こうして全員無事な状態で、現在、ゲールの護送車両に乗せられて、どこともわからぬ場所に連行されていく最中だった。

 

「……すまないな、補佐官、ビアンカ……それに、ロッテも。私についてきてもらったばかりに、このようなことになってしまった」

 

「そのようなことをおっしゃらないでください、姫様。我ら一同、あなたのためにこの身命を尽くすと誓った身……後悔などあろうはずもありません」

 

「これを察知できなかった我々の責任でもあります……今は、これからのことを考えましょう。幸い、交渉できない相手ではないようでしたし……まだ、いくらか打てる手はあります」

 

ビアンカとジークの言葉に、少しだけ気が楽になるフィーネだが、依然として状況は最悪に近いことや……その隣で、懸命に笑顔を作ろうとして……失敗して、蒼白な顔色と不安な感情を隠し切れず、泣きそうになっているロッテを目にし、再び胸に痛みを覚える。

 

捕まった時、簡単に聞かされたところによれば……これから自分たちは、手近にあるゲール軍の施設に連れていかれ、そこで、本国への護送等の手筈が整うまでの間、監禁されるのだという。

 

しかし、それを教えたゲールの将校は、同時に、『妙な真似をしなければ、こちらも手荒な真似はしない』とはっきりと言っていた。嘘を言っている様子は、おそらくなかった。

 

ならば、何をされるかわからないような相手につかまるよりは……まだまし、と言える状況かもしれない。イゼッタと出会う前に自分を捕まえた、あの軍人のような男よりは。そう、フィーネは思うことにした。まだどうにでもなるし、耐えられる範囲だろう、と。

 

『ゲールの情報網は世界一ィ――――!!』

 

……やや、騒がしい将校だったな、などと思いつつ。

 

 

 

目的地に到着したのは、それからさらに数時間後のことだった。

 

そこで、車から降りるように指示されて外に出たフィーネ達は……さすがに面食らってしまい、その身の内に押し隠していた不安感を、再び燃やさせることとなった。

到着したのが……『収容所』だったからだ。

 

ゲールの『収容所』と言えば、戦争中あるいは敗戦した敵国から連れてきた捕虜などを、文字通り収容しておく施設である。

 

その内部の実態は……単なる牢獄や刑務所の類と呼べるほど『健全』ではない。捕虜への暴行や拷問が日常的に行われるような、凄惨な空間だと、噂程度ではあるが、各国に広まっている。

 

収容所の――正確には、その所長や監督責任者の――方針次第で多少は異なるようではあるが……少なくとも、いいイメージはない、いいことは起こりえない、と言って差し支えない。

 

弱者の立場にある者に対して……強者であり、傲慢をその身の内に持っている者がいるとすれば、収容所という密室の中で、人道的でまともな扱いを期待するのは、難しいだろうから。

 

フィーネと同じことを、他の面々も考えたのだろう。ロッテはもちろん、ビアンカら近衛たちもまた、その顔を青くしていた。

これから何が起こるのか、何をされるのか……想像してしまったのだろうか。

 

仮にそうだとすれば……その想像は、決して愉快なものではなかっただろう。

ロッテのような使用人が耳にする噂であれ、ビアンカのような職業軍人が情報として知っている内容であれ、『収容所』とは、戦争における負の側面、人間の欲望と残酷さの象徴のような場だ。

 

しかし、事ここに至って逃げ出すこともできるわけもない。

フィーネ達は、黙って帝国兵の指示通りに、その周囲を囲まれながら、中へ歩いていく。

 

途中……何度も何度も、ゲール兵や施設職員と思しき者達からの視線にさらされた。

予想外の人物ゆえか、驚くような視線……憎き仇を見るような視線……わかりやすく欲望のにじみ出たような、下卑た視線……様々だ。

 

務めて気にしないようにしながら、しかし心のうちに、この先に何が待ち受けているのか、という点に、どうしようもなく不安や恐怖を抱えながら……フィーネは歩く。

 

……が、その道中、徐々に別な思い……違和感を覚え始める。

 

(……なぜ、いつまでたっても、ロッテ達と引き離されんのだ……?)

 

一口に捕虜と言っても、扱い方が皆均等であるわけもない。

フィーネのような国家元首クラスと、ロッテ達のような従者クラスが、同じ房に入れられるわけもない。通常、前者は人質としての価値等も考慮され、貴賓用のある程度環境の整った部屋が用意され……後者は、簡素ないし雑なつくりの、留置所のような場所に入れられることが多い。

 

そして、その2つは通常、ある程度放されて設置されているものだ。ゆえに、施設に入って間もなく、フィーネはロッテ達と、あるいはビアンカ達とすらも離れ離れにされるだろう、と見ていた。

 

だが、一向にその気配はなく、かなり奥まで全員まとまって歩いてきた。

それどころか、そもそも収容房に向かっている気配がない上に……だんだんと人気も少なくなってきたように感じる。

 

そして……フィーネやジークのみならず、ビアンカも違和感に気づき、さらに……細かいところまでではないにせよ、ロッテまでもが同様の思いを抱き始めたころ……決定的な違和感、を通り越して、異常事態を確信させる出来事が起きた。

 

「これはこれは……ようこそ、エイルシュタットの大公殿下。このようなところでお目にかかれるとは……光栄です」

 

「……っ……」

 

そこにいたのは……短めの灰色の髪に、糸目、といっていいくらいに細い目が特徴的な、壮年の男だった。来ているのはゲールの軍服であり……というか、それ以前にこの施設にいることからして、ゲールの軍人であるのは一目瞭然。

そして、その方にある階級章は……『中将』のそれ。

 

加えて、その斜め後ろには……黒に近い紺色の髪に、メガネの向こうに見える鋭い目が特徴的な男性だった。まだ若く……ジーク補佐官と同程度の年齢に見える。階級は……『大佐』だ。

 

しかし……仮にそれらがなかったとしても、フィーネやジークは、彼らが何者なのかを察するのに不自由はなかっただろう。何せ……つい最近、会ったばかりなのだから。

 

(ハンス・フォン・ゼートゥーア中将……エーリッヒ・フォン・レルゲン大佐……! どちらも、連合軍に陰から協力を確約してくれている、ゲール軍の内通者……。この2人が、そろってここにいる、ということは……!)

 

そこで、フィーネの脳裏に、ここに来るまでの違和感の正体が、その根源が何なのか、はっきりと浮かび上がった。あくまでも予想ではあるが、そこにフィーネは確信に近いものを感じていた。

 

「シュトロハイム少佐、ご苦労だった。ここからは我々が引き継ごう……通常勤務に戻りたまえ」

 

「はっ、了解しました、大佐殿ッ!!」

 

レルゲンの言葉に、フィーネ達をここまで連行してきた軍人は、びしっ、と見事な敬礼を決め、部下たちを連れてきびきびとこの場から去っていく。

 

その代りに、ゼートゥーアらが連れてきた兵士が周りを……しかし、先程までと違って、圧迫するようにではなく、あくまで付き従うような形で囲って……再び歩みを再開する。

 

そして、そのまま少し歩いて、途中にあった分厚い金属の扉をバタン、と閉じた先で……歩きながら、ゼートゥーアがまず、口を開いた。

 

「……さて、ここまでくればもう、普通に話しても問題ないでしょう。歩きながら出失礼しますが、改めて、長旅ご苦労様でした……オルトフィーネ大公殿下」

 

「……ゼートゥーア中将殿、やはりこれは……?」

 

「お察しのとおりです。手荒で申し訳ありませんが……あなた方を保護させていただきました」

 

極秘会談に出席するための、フィーネの道程や日程は、すでに帝国軍の『特務』に割れていた。そして、会談前日……その都市に入る一歩手前で、フィーネは摘発される予定だったのである。

日数にして、今日から2日後だ。

 

放っておけばフィーネが捕まり、公国の敗北が確定してしまうこの状況。

どうにかするには、先に動くしかない……そう判断したゼートゥーアとルーデルドルフが、レルゲンと、そのさらに下のシュトロハイム少佐を動かして、いち早く『保護した』のだ。

 

そして、表向きは今後の戦線で生み出される捕虜を収容する新設の収容所であり、その実態は、帝国内部のレジスタンスグループの拠点となっている、この収容所につれてきた。

 

フィーネ達は、九死に一生を得ていた、というわけだった。

 

そのことに驚きつつも、迅速に動いてくれたことに感謝しつつ、歩いていくと……通路は突きあたりに差し掛かり、レルゲンはそこについている扉を開いた。

 

ゼートゥーアらに続き、フィーネがその中に入ると、そこには……

 

「! 姫様!」

 

「……っ! イゼッタ!」

 

片方は、そこにいた人物を見て……もう片方は、入ってきた人物を見て、

どちらからともなく駆け出し……再会を果たした2人は、ぎゅっと抱き合った。

 

フィーネの胸に飛び込んできたのは――あるいは、フィーネがその胸に飛び込んだ相手は、と言うべきかもしれないが――MIAになっていた、自分の親友たる少女、イゼッタだった。

 

「よかった……姫様、ご無事で……」

 

「ああ、そなたこそ……しかし、イゼッタ、そなた……なぜここに?」

 

と、当然の疑問を、思わずと言った様子でフィーネが口にした直後、

 

 

「いや、だからさっきから、無事だしもうすぐ来るから大丈夫……て言っといたじゃん、何回も」

 

 

そんな声が聞こえて……フィーネは、はっとしてイゼッタの後ろ側……彼女を挟んで反対側を見る。あまりにも、聞き覚えのある……本来なら、確認すらいらなそうな声だった。

 

そこにいたのは……やはりというか、予想通りの人物。

 

「だ、だって、その……それは聞いてたけど、やっぱり自分の目で見るまでは心配で……」

 

「母親じゃないんだから……ま、いいけどね、気持ちはわかるし。よっすフィーネ。お疲れー」

 

「テオ……やはり、そなただったか!」

 

眼のふちに涙を浮かべながら……彼がここにいるということの意味を理解したフィーネの、嬉しそうな声を聴き……テオは、腰かけていたソファから立ち上がりながら、ぽりぽりと、少し恥ずかしそうに頬をかいた。

 

その傍らには、アレスがいて……さらにそこから1歩引いた位置には、ニコラとマリーもいる。

 

テオは、今まさにフィーネたちが入ってきた部屋に集まっている面々を見渡して……にやり、と笑みを浮かべた。

 

(よし、役者はそろった……さあて、ここからが本番だ……!)

 

 

 

 

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