「ようこそ、ヘイガー少佐。まだ急ごしらえの施設ですので、大したおもてなしもできませんが……せめて旅の間の疲れをお取りください。その間に、例のものの手配を済ませますので」
「これはこれは……お気遣いいただき恐縮です、中佐殿」
鼻が高く、ややタレ目な目つきが特徴的な男……ゲール軍特務部隊所属、ヘイガー少佐。
彼は、今日、ある重要な2つの任務のために、ここを訪れていた。
エイルシュタットとの国境付近に設けられた、まだ新しい収容所。戦線から送られてきた兵や敵国民を収容しておく目的で設置されたそこで、ある重要人物の身柄を受け取る手はずになっているのである。
言わずと知れた……エイルシュタット公国大公、オルトフィーネである。
それに加えて、その部下数名。細かいところをいちいち述べると長くなるので、代表者としては彼女の名前を挙げれば間違いはないが。
その施設を現在預かっているのは、ここの暫定管理者であるシュトロハイム少佐と、前線視察からの帰りでここによっているゼートゥーア中将に、レルゲン大佐、そして帝国最大の英雄としてたたえられつつも……急激すぎる出世スピードから、古参の軍人たちの間では次第に疎まれつつある、かの『黒翼』ペンドラゴン中佐である。そうそうたるメンツがそろっていた。
それゆえに、万に一つも失礼なことがないようにヘイガー中佐も気を配る。
しかしその内心では、自分より年下で、軍人としてのキャリアも、こなした場数も下でありながら、たまたま機会に恵まれたことで上に行くことができた子供に対して、とうに自覚するレベルの鬱陶しさを覚え、舌打ちしたくなるのをこらえている状態だった。
(ふん、まあいい……いずれこいつも、政府上層部に疎ましがられて、適当なところで閑職に追いやられるだろう……出る杭は打たれる、ということもわからん若造め、せめて戦争の間だけでも祖国にせいぜい貢献するがいい)
(――とか思ってんだろうな……なんだろね、この人の、こう……隠し切れない小物感)
あっさりその考えを読みすかし、そもそもその人となりなどを事前に調査した情報で把握しているテオからの視線は、表面上『何もわかっていない子供』であるが、よく見ればわかる程度には呆れの色を含んでいた。
とはいえ、これから実行する計画の内容を鑑みれば、むしろ好都合。何も問題はない。
そして、このヘイガー中佐がここに来たもう1つの目的は……彼の斜め後ろに立っている人物に関することだった。
「しかし……ベルクマン中佐もご一緒でしたか。事前連絡では、将校はヘイガー少佐お1人とのことだったのですが……何か予定の変更でもありましたか?」
「いや、心配はいらないよ、ペンドラゴン中佐。実は、僕は今度転属することになってね? 僕の特務でのポストに後任として収まることになったのが彼なんだ。だから今日のこれは、そのための引継ぎの一環……といったところさ」
(あの世への……だがな)
にやり、とわずかに口角が上がってしまいそうになるのをどうにかこらえつつ、ヘイガーは斜め後ろの、アルノルト・ベルクマン中佐を見やる。
この任務中において、オルトフィーネ大公の護送中に、大公側からの抵抗を装って始末する予定の……『もう1つの任務』のターゲットを。
何も知らずについてきた愚かな男、自分の出世の妨げになる目の上のたんこぶを。もう数時間の命であることを、憐れむと同時にあざ笑いながら。
「そうだったのですか、おめでとうございます、ヘイガー少佐」
「ありがとうございます、ペンドラゴン中佐。ベルクマン中佐も、残り短い付き合いではありますが……ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
自らが勝利を約束された立場にいると思って疑わないヘイガー少佐は、心にもないおべっかを使い、へりくだる演技をいっそ楽しみながら、施設の奥へと歩みを進めていった。
「……ホントに予想外で、わりとびっくりしてるんですけど? 来るなら来るって事前に連絡をいただきたかったですよ……こっちだって色々準備ってもんがあるんですからね?」
「すまないね、本当に突然決まったことだから。まあその分、向こうの魂胆は読めるというものだし……相応の土産も持ってきたから許してくれ。中将殿にもうまく取り次いでくれると嬉しい」
「ま……土産の方には期待させてもらいます。あなた、何気に味方でいるうちは頼もしいし」
「天下の英雄殿にそう評していていただけるのであれば、光栄というものだな」
そんな会話が小声で交わされていることにも気づかずに。
その十数分後、ヘイガー少佐は、案内された先の部屋で……座敷牢の中、手錠で簡易に拘束されている状態のオルトフィーネ大公と顔を合わせていた。
その横には……拘束衣を着せられた上で眠っている状態の、魔女……イゼッタもいる。
「お初にお目にかかります、大公殿下……ここから帝都・ノイエベルリンまでご案内役を務めさせていただきます、ヘイガーと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「……そうか、よろしくお願いする」
伏目がちの、憮然としたような表情。ぶっきらぼうというか、雑な受け答え。
淑女とは言い難いそのようなふるまいも、ヘイガー少佐から見れば、絶望的な状況の中で、小娘が精一杯虚勢を張ろうとしている……という風に見えた。
ゆえに、その表情に……隠し切れない嘲りの笑みが、わずかに浮かんでしまう。
さらに、その戦闘力が脅威であるイゼッタも……今は、薬品を注射されて無力化されている、と聞かされていた。彼女をとらえてそれをなしたのが、ペンドラゴンだとも。
またしても若造が手柄を立てているのが気に入らない一方、彼ならばそれも可能なのだろうと納得したヘイガーは、イゼッタについては特に何も言わないし、興味も示さなかった。
彼女の処遇については、皇帝の一存だろうとわかっていたために。
大方、プロパガンダのために処刑されるか、あるいは例の研究施設に実験材料として送られて使い潰されるかのどちらかなのだろう。どちらにせよ、そこに至るまでに、自分の仕事は終わっている。少佐にしてみれば、気にすることでもなかった。
彼はただ、自分に課せられた使命を全うするだけ。遊ぶとすれば、その中で、だ。
「……今一度確認したい。私の部下たちの身の安全は……保障してもらえるのだろうな?」
「ああ、話は伺っておりますよ? シュトロハイム少佐へ投降する条件として提示されたと……そうですねぇ、最大限努力させていただきますが……いかんせん、戦争犯罪人への処罰は、我が国の平等かつ公平な司法機関が判断することですので、何とも言えませんね」
「っ……貴様ら……」
「んん? 今何やら、淑女にあるまじき言動があった気がしますが……まあいいでしょう。出立は明日の午後1時を予定していますので、準備の方、よろしくお願いしますよ。といっても……虜囚の身であるあなたには、持っていく私物も何もないでしょうがね……くっくっく」
まさに四面楚歌。この場に味方は1人もおらず、頼りの魔女は目を覚まさない。
すでに完全に詰んでいる状態の、もはやなすすべもない少女大公。その悔しそうな顔に愉悦を感じながら、ヘイガー少佐は部屋を後にしようとして……ふと思いついたように、
「ああ、それと……凶報ばかりというのもかわいそうですし、1つ、安心できる情報でもお教えしましょうか……。大公殿下、部下の方々がどうなるかはわかりませんが……少なくともあなたは、処刑などという物騒なことになることはないでしょうから、ご安心ください」
「……? どういう、意味だ?」
「小国とはいえ、エイルシュタットは色々と利用価値のある国です。同盟国であるロムルス連邦への物資のやり取り等のルートとなりますし、国内メーカーの半導体技術の水準は世界でも通用するレベル……今後、祖国の更なる軍備増強のために利用できる。そのためには、国民からの反発感情が根強いというのは面倒ですからね……ある程度の飴は用意している、とのことです」
「飴、だと……?」
「ええ……大公殿下、あなたは処刑されません。代わりに……政略結婚という形でその身をお役立ていただくことになります。お相手は……そこにいるペンドラゴン中佐だそうですよ」
「………………!?」
絶句し、目を見開き……『ギギギ……』とでも音が聞こえてきそうなぎこちない動作で、部屋の隅で壁に寄りかかってじっとしているペンドラゴンをみやる大公。
その様子は、ヘイガーから見れば……虜囚の辱めを受けておいて、この上さらに、その身を祖国を侵略する一助とされ、おまけにその旗印と言ってもいい存在だった男に嫁がされるのか……と、絶望の上に絶望を上塗りされて呆然としている……といった風にも見えた。
もう少しそのまま見ていたい、とも思ったものの……同時に、隠し切れない愉悦と嗜虐の笑みが浮かんできてしまい、それを隠すために急いで振り返り……部屋を後にする。
扉が閉まった後で、くくくく……と、喉の奥からこみあげてきた、我慢できなかった分の笑いが漏れ出ていた。
(あぁ、楽しみだ……明日には、エイルシュタット侵攻軍の本隊がここに到着する。それと入れ違いの形で私は本国に戻り、その途中であの根暗男も始末する……ふふっ、すべて順調だな)
現状、全てが自分の思惑通りに進んでいると確信しているヘイガー少佐は、その時を待ち遠しそうにしながら……旅の疲れを取るため、割り当てられた自分の私室へむけて、部下たちを伴って歩き出した。
その思惑が……前提条件の段階から破たんしつつあるとも知らないで。
「……おい、テオ? 今の話……本当なのか? そ、その……エイルシュタットがゲールに負けた場合……私は、政略結婚でお前の妻になる……と……」
「いや、僕も今初めて聞いた……そんなことになってたのか……えーと、レルゲン大佐?」
「……まだ可能性、あるいは噂話程度の信憑性だったと思ったのだが……あの様子だと、ほぼほぼ確定事項らしいな」
「ひ、ひひひ、姫様と、て、テオ君が……?」
「いや、ないから。『ゲールがエイルシュタットに勝ったら』の話であって……これから僕らが作戦を実行してその前提をぶっ壊す以上、その展開はないから」
「…………ああ、そうだな……」
「(あれ、何でちょっと不満そうなの?)……ともかく、明日いよいよ作戦開始ですから……この後、最終調整のミーティングしますんで、皆さん会議室に集まってくださいね、以上。あー、それとアレス、ニコラ、明日使う武器の最終調整とかチェックするから、用意しといてね」
「了解」
「かしこまりました」
扉の向こうで、そんな会話が交わされていることなど……ヘイガー少佐には知る由もなかった。
☆☆☆
そして翌日、
時刻は、間もなく午前11時。
現在、そろそろ目に見える距離まで近づきつつある、ゲールのエイルシュタット侵攻軍の本体は……この、収容所兼中継基地にて一度小休止と補給を済ませたのち、エイルシュタットへ向けて本格的に侵攻、途中にある要所を制圧しつつ、一気にランツブルックまで落とす予定で進んでくる。
それを迎え入れ、入れ替わりでこの国を出るつもりのヘイガー少佐は、その時を今か今かと待っていた。
……しかし、その予定は、目論見は……無残にも崩されることとなる。
それから間もなくして入ってきた、一本の無線連絡によって。
『こ、こちらエイルシュタット侵攻軍、第4師団電信担当部局! げ、現在、中継地点、戦域座標65-42-91にて、く、『黒の騎士団』及び、連合国義勇軍と思しき者達からの奇襲を……き、丘陵地帯にて突如発生した地すべりに巻き込まれて、各軍が分断、連携が……ああぁああ(ぶつっ)』
「……は……?」
☆☆☆
眼下にて、ヘイガーたちが目を丸くして……無線機の向こうから聞こえてきた内容を飲み込めないでいる状態なのを見下ろしながら……テオは、にやりと笑った。
どうやら、向こうはまずうまいこと初撃をぶちかませたらしい。
いい感じに敵は総崩れになってくれてるようだ。
といっても……元々の数が多いし、相応の指揮官を揃えてるはずだから、立て直しも早いだろう。間髪入れずに畳みかけて、きっちり最後の最後まで油断せずにすりつぶさないとな。
……まあもっとも、その『指揮官』のうちの1人……総司令部の3人の将官クラスのうちの1人が、うちとつながってるルーデルドルフ閣下なんだけどね。
彼の指揮の元……もっと混乱させてくれるだろう。そこは楽しみだ。
そして、こっちもやるべきことは多い……
そんなことを考えながら、僕は……レルゲン大佐が主軸になって、昨日の会議で完成させた、今日の作戦内容詳細……バトルプランに目を落とす。
第1作戦『レミングスの餌箱』
第2作戦『大空と大地の精霊』
第3作戦『真昼の死神』……今ここ
第4作戦『黒き豊穣への貢』
第5作戦『撒き餌と底引き網』
第6作戦『星屑の聖戦士達』
第7作戦『魔女と魔人』
第8作戦『白き故郷の平和』
第9作戦『真なる帝国の産声』
全体作戦名『ブラックリベリオン』
……なんでうちの国の軍人が考える作戦名って、ほとんど全部こんな感じなのかな……というどうでもいい疑問はおいといて。
あ、4つめと6つめ、それに全体の名前は僕が考えた。
いよいよ、僕らの計画をスタートさせる時だ。
今までゲールにはお世話になったけども……以降、悪いが敵同士だ。
(ここ来るまで長かったなぁ……まあでも……ここからは、僕らのステージだ)