終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.46 ブラックリベリオン

その日は、帝国の、欧州の、否……世界の歴史において、重要な転換点となった。

 

その日、ゲールは長らくの因縁に決着をつけるはずだった。

 

『魔女』によって幾度も戦線を砕かれ、またたく間に制圧できる程度の規模だったはずの小国・エイルシュタット。かの国を……今度こそうち滅ぼせると見込んでいたのだ。

 

しかし、今か今かと戦勝の吉報を待ち望んでいた帝国上層部の者達の元に届いたのは……空前絶後、信じられないほどの凶報の連続だった。

 

『報告! エイルシュタットに向かった軍4個師団、連合軍及び『黒の騎士団』より奇襲を受けて指揮系統が崩壊! 妨害電波の照射により遠隔での指示も困難、遊兵化しています!』

 

『報告! エイルシュタット方面戦線に白き魔女・イゼッタ出現との報告あり! すでに1個師団壊滅の上、残存の部隊も応戦できず! 応援要請とのこと!』

 

『え、エイルシュタット方面近辺の部隊が義勇軍と思しき者達の奇襲を……う、動けません!』

 

『ほ、報告! たった今情報が……は、反逆です! 帝国軍、ハンス・フォン・ゼートゥーア中将、クルト・フォン・ルーデルドルフ中将、エーリッヒ・フォン・レルゲン大佐他、将校14名を含む各方面6個師団規模が……帝国を裏切って連合についたと! 『黒翼』ペンドラゴン中佐もそこに含まれ、現在、魔女イゼッタと共に、『魔女の力』らしき能力を使って各方面軍に攻撃を……!』

 

 

「なん、なのだ……? い、一体ッ、何が起こっているのだッ!?」

 

 

帝国軍の高級官僚の1人が……事態についていけず、冷汗を滝のように流してそうつぶやく。

答えは……どこからも、帰ってこなかった。

 

 

☆☆☆

 

 

場所は、テルミドール国境付近……ライン戦線。

 

ゲールの抱える戦線の中でも、特に苛烈な戦線であるとされているここには……エイルシュタットの制圧後、その国内、ゼルン回廊を通して戦線を拡大し、一気に攻め込むべく……過去に例を見ないほどの規模の軍が展開されていた。

 

これほどの軍であれば、時間さえかければ単独でテルミドールの反抗勢力をつぶすことも可能であろう。それでも戦略を用いるのは、より堅実に、より少ない犠牲で勝利をつかむためだった。

 

一度はすでに制圧したはずの戦線……かつて、レルゲン大佐の『鉱道戦術』と『回転ドア』によって切り開いたそこで、また自分たちが勝利をつかむのだと、ゲールは信じて疑わなかった。

 

そこに……エイルシュタット侵攻軍敗北の報告と共に……いや、下手をすればそれよりも早く……かの『魔女』と『魔人』が切り込んできていた。

 

 

 

『わかってるねイゼッタ!? 狙うのはあくまで戦車とか砲台、あとはトーチカなんかの大物だけ! 兵士や塹壕は現地の軍に任せること!』

 

『うん! そっちの方が効率がいいから……だよね?』

 

『それもあるけど……イゼッタはともかく、一応ゲールにしてみれば『裏切り者』の僕が、意気揚々と味方の軍を攻撃するとかってのは、国民のためを謳ってても評判あんましよくないから。誤差の範囲かもしれないけど、あくまで現地の軍の進軍を手助けする形にしておきたい』

 

『わかった。じゃあ……行ってくる!』

 

『おぅ、武運を祈る!』

 

そんな会話を2人が交わしたのが、およそ1時間前。

 

現在テオは……愛機『蜃気楼』をバージョンアップさせた完成版の機体『ガウェイン』に乗り込み、ライン戦線で帝国軍を相手に猛威を振るっていた。

 

『き、来た! きやがった……!』

 

『畜生……この裏切り者がぁ!』

 

『何でッ、何でこんなことに……!』

 

通信の向こうからは、味方だと思っていた自分――『ソグンの英雄』に銃口を向けられることへの戸惑いや怒り、絶望が聞こえてくるが……それも自分の行動の結果だと、覚悟の上のことだと、テオは割り切って引き金を引いていた。

 

自分を狙って放たれる、固定砲台や戦車砲の集中砲火。

しかしそれらは、『蜃気楼』だった頃よりも大きく、全高7mほどにもなったにもかかわらず……『ガウェイン』に一発も当てることができず、むなしく空を切る。

 

『ガウェイン』は、基本的にテオの『魔女の力』を『賢者の石』で増幅し、さらに機関部の『GNドライブ』から放出される半万能エネルギー『GN粒子』を同調させることによって動力源としている。プロペラが起こす風や揚力、浮力、航空力学の計算の結果として動いているわけではないため、急加速・急ブレーキをはじめ、物理法則を半ば無視した非常識極まりない動きが可能だった。

 

また、機体を構成する『サイコフレーム』は、精神……すなわち『魔女の力』に反応して動くことに優れているため、駆動の素早さや激しさに補正がかかる。

 

さらには、『GNドライブ』から『GN粒子』。これが実は、人の精神に反応して事象を引き起こすという、『魔力』によく似た性質を持っている物質であり……しかし、魔力ほど大きく物事を動かせるわけでもない。しかし、『魔力』と合わせて使うことで、それを『かさ増し』して出力を上げることに利用可能だった。

 

それに加えて、本来『人型ロボット』を動かすのに必要な、複雑な駆動機関や膨大な動力源を、ほぼ全てテオの『魔力』と『演算能力』がカバーしているため、その分を装甲や兵装の搭載に回していることで、攻撃力・防御力共に戦闘機とは比べ物にならない。

 

さらに、その増幅した魔力を自分にも供給して使うことにより、『SEED』と『眼』を発動させっぱなしにしている。それに加えて、搭載されている『ドルイドシステム』――センサーとして周囲の状況を『魔力』を通して把握する機構を活用することにより、テオはカメラなしでも周辺の状況を把握しつつ、アクロバティックに機体を操作していた。

 

小銃や大型ライフル程度であれば、『ガンダニュウム合金』製の機体には傷一つつかない。

砲撃や戦車砲はかわしているが……よけきれない密度での弾幕が来てもシールドがある。

『ブレイズルミナス』や……そのさらに上も。

 

そして、攻撃面も『蜃気楼』だったころよりも強化されている。

 

戦場をさらに進むと、テオの目の前には……第2陣として控えていたのだろうか、数えるのも億劫なほどの移動式砲台と戦車の軍団が姿を現した。

 

『向こうは1機だ! 数で押し切れ!』

 

『1発でもあたって体勢を崩させれば、集中砲火で消し炭にしてやれる!』

 

「そう簡単にはいきませんよ……っと」

 

打ち込まれる砲撃の数々を、テオは……さすがに全部はよけきれないと直感し、操縦桿を握る。

 

といっても、駆動から兵装の制御まで全てをテオが行っているこの『ガウェイン』には、計器類はともかく、基本的に手動のコントロール機構というものはない。

非常時用にないわけではないが、普段は使わない。

 

今握っている操縦桿も、基本、姿勢安定などのためだけに設置されているもの。それを含め、いくつか操縦席についているスイッチなどは、ほとんどは通信機材などのものなのだ。

 

テオは、『魔力』と『思考』で兵装を動かし……その直後、半透明のピンク色、六角形のバリアが無数に機体の周辺に現れ……たったの1発も通すことなく、砲撃全てをしのぎ切る。

しかも、そこには『揺らぎ』のようなものすら全く見えなかった。

 

『ブレイズルミナス』以上の防御力を誇るバリア機構『絶対守護領域』。その防御力を前に……愕然とするゲール兵たちの戸惑いが、テオには感じ取れた。

 

(ま……『ブレイズルミナス』も『絶対守護領域』も本家本元みたいな科学の結晶じゃなくて……実は、ちょっとしたからくりで、それっぽく『魔女の力』で再現しただけなんだけど……性能は伴ってるし、見た目も十分かっこよく再現できてるからよしとしよう。さて次は……)

 

そして次に、ガウェインの胸部を開く。

 

ゲールの中にいた、先のゾフィーVSゼロの戦いを知る者は、同じような光景を見たことがあった。胸の部分が開く時、そこからレーザーがほとばしって、こちらの戦車を貫いたのだ。

 

今度もそれかと思って見ていた兵士たちの予想はしかし……さらに悪い方向に外れた。

 

先の戦いでは、ただ一条放たれたレーザー。

それが……十重二十重に放たれ、別々に動いて戦車や砲台を狙い撃ちにしたのだ。

 

(本家本元みたいに、さすがにプリズム射出からの乱反射で一網打尽、ってのは無理だけど……発射元にプリズム置いておけば、このくらいはね……『エイジャの赤石』のおかげでレーザーの増幅が可能で、乱射しても戦車貫く程度の威力は保っていられるし)

 

言いながら、今度は戦闘機が飛んできたのを見据え……テオはその方向にガウェインの右手を向ける。その指が……ミサイルのように勢いよく、根元からワイヤーを伸ばして飛んでいった。

 

イゼッタの『ランスロット』に取り付けたのと同じ、矢じり付きのワイヤー発射機構『スラッシュハーケン』。それが、両手の指10本と、さらに腰と肩にも、ガウェインにも搭載されている。

 

ゲールの戦闘機部隊はそれを回避するが、ワイヤーが伸びたままガウェインが大きく横凪に腕を振ったことで、それを追ってハーケンのワイヤーもしなりながら動き……急旋回直後の戦闘機部隊のいくらかをとらえ、バラバラに切り裂いた。

 

それをかわして迫ってくる者達に対しては……今度は、両肩部分が上下に開く。

 

そこから……赤黒い光線が射出され、戦闘機部隊に襲い掛かった。

 

(やっぱり、ガウェインと言えばこれ……と、言いたいところなんだけど……もどきでした)

 

この兵装は、テオが前世で好きだった某アニメの兵器の一つの再現だが……『ブレイズルミナス』や『絶対守護領域』と同様、ガワだけ似せたものだった。

 

そこに搭載されている電極――これも動力源はテオだ――を使い、液体金属を一気に気化させ、高熱を帯びさせた金属の蒸気を作り出し、そこに『GN粒子』を混ぜ込んで操作する……つまり、『砲撃』しているように見えるが、実際は『ガス銃』と同様にテオが動かしているのだ。

 

一気に加速させて飛ばせば直線の砲撃になるし、包み込んで熱で燃やしてしまおうとすれば、誘導弾や火炎放射器にもなるのだ。

 

今回は、散弾銃かシャワーのように拡散させて広範囲を一気に掃討したが……それすらしのぎ切り、向かってくる戦闘機が一機あった。

 

それに驚き、まさか、とテオが脳裏に思った瞬間、

 

『ペンドラゴン―――ッ!!』

 

機銃を乱射しながら襲い掛かってくる戦闘機……帝国最新型『メッサーシュミット』。

そこから聞こえてくると思しき、無線の向こうの声に……テオは、聞き覚えがあった。

 

あえて避けずに『絶対守護領域』で機銃を受け止めると、航空力学の関係から、常に高速で飛んでいなければならず、一か所にとどまっておくことができない戦闘機は、一度すれ違うようにテオの元を離れ、しかしすぐに旋回して舞い戻ってくる。

 

その動作1つ1つにも、並々ならぬ技量を感じ取ったテオは、そのパイロットが誰か確信した。

 

「お久しぶり……ってほどでもないですね、バスラー大尉。こちらの戦線にいらしたとは」

 

『テメェ……なぜ、なぜ裏切った!?』

 

通信の向こうからの声には、怒りがこもっていた。

これまで何度も聞いた声だが……顔見知りだからだろうか、その勢いもひとしおといったところのようだ。

 

テオはその問いかけに、援軍として新たに飛んできた戦闘機部隊や、地上に残っている砲撃部隊や戦車も同時に相手をしながら――つまりは討ち滅ぼしながら――答え、会話を続けた。

 

『答えろ、なぜだ!? テメェ……いや、テメェだけじゃねえ! ゼートゥーア中将やルーデルドルフ中将、レルゲン大佐にベルクマン中佐! 帝国軍の未来を担うとまで言われた……学のねえ俺なんかよりもずっと上に行けるてめえらが、なぜ!』

 

「……もう半日もすれば、国際チャンネルでゼートゥーア閣下が声明出しますけど、それ待ってもらえません? 二度手間ですし、自分の説明に齟齬とかがあるとアレなんで」

 

『ふざけんな!』

 

返答は、通信の向こうからでも感じる気迫のこもった一喝と、鉛玉の雨あられだった。

 

『声明で発表されることなんてのは、耳聞こえのいい方便を並べた、ただの演説だろうが……お前の口から、真実を聞かせろ! なぜだ!? 金か地位でも約束されたのか? それとも……このまま帝国で戦い続けるのが怖くなったのか!?』

 

「どっちかと言えば後者に近いのかな……でもまあ、簡潔に言うなら……そうすることが正しいと思ったからですよ」

 

『正しいだと!? 祖国を裏切り……敵に媚びを撃って、味方だった兵士を殺すことがか!? いったい何人の兵士が、将校が、あんたらを信じて戦い続けて、そして死んでいったと思ってる……そいつらの思いに、無念に、後ろ足で砂をかけるってのか!』

 

(苛烈というか、熱い人だな……本気で祖国のために戦うのが正義だと思ってる、愛国者+熱血漢タイプか? ……対応するの、僕でよかったかも。多分、ベルクマン中佐とかが相手してたら、速攻キレさせてたな……あの人、ナチュラルに相手を怒らせるの上手いから)

 

「……その点に関しちゃ、申し訳ないと思わなくもないですけどね……でも、繰り返しですけど……このまま戦争続けるよりそっちの方がいいと思いました」

 

『なぜだ!? どんな理由があったら、祖国を裏切ることが正当化されるってんだ!? 言ってみろ!』

 

「正当かどうかなんてのもんの判断は、後世の歴史家にでも任せときゃいいでしょう……それでも言ってほしいんなら言いますけど、別になんてことない、ただの事実だけですよ?」

 

その先のテオの返答は……たしかに、淡々と述べられる『ただの事実』だった。

 

 

 

1939年、ゲルマニア帝国の隣国・リヴォニア侵略から始まった、欧州全体を巻き込んだ大戦。

 

大国・テルミドール共和国やブリタニア王国の力をもってしても抑えきれない、強大極まりない軍事力を誇る帝国。その国がまき散らす戦火はしかし……敵のみならず、味方をも巻き込んでいたことに気づいている者は……少なかった。帝国上層部には、特に。

 

ゲールとて、1つの国だ。何の負担も犠牲もなく、その軍事力を保っていたわけではない。

 

最初のうちはともかく、長引く戦争は徐々に国家の屋台骨をきしませていた。そしてその負担が行っているのは……最前線で戦う兵士たちと、何の罪もない国民だった。

 

兵站に負担がかかり、輸送や武器供給が十分でない中、連合を組んで向かってくる敵軍と戦わなければならないことへの、兵士たちの不安・負担は大きい。

 

救国を掲げて、あるいは手柄を上げて出世しようと、意気揚々と戦地へ赴いた者達が大多数だった開戦当初と比べて……今の士気は、戦場にもよるが、半分もないのではないかと思われるほどだ。見つかれば罰則だとわかっていてもなお、弱音や不満も多く聞こえてくる。

 

ストレスのあまり、酒やたばこに逃げる者……隠れて捕虜や、敗戦国の土地で乱暴狼藉を働くものもちらほらみられ、その対応にも軍は苦慮していた。

 

国民についても、もともと働き手である男たちが戦場に行ってしまい、生産性が下がっていた。

 

それだけなら、戦の常として我慢できていたかもしれないが……それに加えて、食料は配給になり、娯楽や嗜好品も制限され、戦時中を理由に特別な税が加算。志願兵だけでなく、強制徴収で、年齢規定外やすでに兵役を終えた男すらも連れていかれている。

 

負担が増えるにつれ、『いつまで続くんだろう』という声が増え始める。開戦当初の狂熱はもはやどこにもなく、皆、ただひたすらに平和が戻ってきてくれることを望むばかりだった。

 

しかし、帝国の敵は増えるばかりで、一向に収束の兆しを見せない。

そればかりか、帝国そのものが、実入りを多くするために戦火を拡大し続ける。そのことに不満を持つ者も日増しに増えていき……今では、『平和が戻ってくるなら負けでもいい』などと考える者すら少なくない有様だ。

 

だが、誰もそれを責めることなどできないだろう。

 

彼ら市民の力では、国という巨大な意思決定機関と、軍という暴力機関に、抗うことなどできるはずもない。ただただ、従う他になかったのだから。

 

それでも……耐え続ければいつかは終わると、歯を食いしばって耐えてきた。

だが、限界というものは当然、ある。

 

減る食糧、増え続ける税、帰ってこない家族……民への、すなわち国家そのものへの負担がもはや、これ以上は看過できないレベルに達し……しかし上層部がそれを鑑みようとする気配がないと悟った時……軍内部の、国民を思いやる心を持った者達が立ち上がったのは……必然だったのかもしれない。

 

「……ま、こんなとこですかね。愛国者として有名なあんたにはお声はかからなかったみたいですが……同じ愛国者でも、違ったものの考え方で国を守ろうとする人がいるってことです」

 

(もっとも、僕の根源の理由は、もっと自分勝手なところなんだけど……結末は同じってことで)

 

『……っ……確かに、今現在、国内で問題視されていることではある……政府の財務部に努めてる知り合いが、今の帝国は火の車だってぼやいてたからな……だが、だからって、どうして……』

 

会話の間にも、テオは数々の攻撃手段を駆使して、戦闘機部隊や地上の砲兵たちを叩いていたが……さすがというか、バスラー大尉をとらえることはできていなかった。

予想はしていたものの、片手間で相手をできる存在ではなかったということだ。

 

『あんたの頭なら……帝国が勝った後、どうにかできる問題じゃないのか!? わざわざ裏切って、国を二つに割って、それまでに散っていった奴らに背を向けなくても!』

 

通信の向こうから聞こえるのは……絞り出すような声。

テオの言うことを一部は理解しつつも、バスラー大尉は自分の信念を、祖国のために戦うということの正当性を譲れずにいた。

 

『……リッケルトを覚えてるか? 特務に在籍していた……ベルクマンの部下だった男だ。お前も何度か、あったことがあるはず……一緒にバーで酒も飲んだろ?』

 

「ああ……あのポーカー超下手な、かわいい顔のお兄さん。たしか、エイルシュタットで……」

 

ビアンカが殺した男か、と思い出すテオ。

自分も彼女に撃たれ、生死の淵をさまよった身として、一瞬微妙な気分になっていた。

 

ちなみに、未成年であるテオは酒ではなくソフトドリンクを飲んでいた記憶があった。

 

『ああ……潜入任務の最中に殉職した。他の工作員を逃がすための囮になって……成果であるフィルムと魔石を託してな……。そいつだってよ……祖国を勝たせるために、多くの味方を殺したあの『魔女』に一泡吹かせるために、命張ったんだ。それを……それを知って、どうして敵対できる!』

 

その魔女と幼馴染で仲良しなんだけど……と思っているテオの目の前で、バスラー大尉の機体は突然急上昇し……さらに縦にUターン。ノルドでも見せた急降下爆撃。

それも、テオには通じない。それもバスラー大尉は、攻撃をやめる気配はない。

 

『祖国のために命がけで戦い、祖国の全てを守る……それが俺たち軍人だろう!』

 

「その『全て』って何ですかね? 国民ですか? 国庫ですか? 政府ですか? 皇帝ですか?」

 

『だから『全て』だ! 石にかじりついてでも、わずかな可能性にすがってでも……それらを守るために、裏切るより先にできることがあるんじゃねえのかよ!』

 

「……ないよ、そんなもんは」

 

その時のテオの返答には……いらだちが含まれていた。

 

ただ単に、気づいていないだけかもしれない……彼は彼で、祖国のために一生懸命に戦っているだけかもしれない。

それでも……ほんのわずかにではあるが、バスラー大尉の言葉はテオの琴線に触れた。

 

「火の車? そりゃそうでしょ……戦争してんだから。人も、資源も、金も、いたずらに消費しまくる最悪の状況なんだから。その状況に苦しんでんだよ……国民も、遺族も、国そのものも」

 

『それを終わらせるまでの辛抱だろう! いやそれこそ、俺たち軍人が断ち切る……そのために力を注げることじゃないのか!』

 

「終わらないよ……あの玉座に座ってふんぞり返ってるおっさんが公言してんだから。堂々と……ゲールは世界征服を目指します、って」

 

『っ……』

 

国の最高権力者……皇帝を、『おっさん』呼ばわりしたのに驚いたか、はたまたその声に込められているすごみに怯んだか。

言葉を返せないバスラー大尉に、畳みかけるようにテオは続けた。

 

「戦争を終わらせて国を立て直す? その財源どっから持ってくるんだよ……敗けた他国だろ? まあ、百歩譲って、それは戦争の常だからいいとしても……うちの政府上層部のアホ共、それ戦後復興に使う気ないからね? 配給物資や公共事業じゃなくて、戦車とか爆弾に変わるから。戦争して儲けた金と資源で戦争続ける気だから。んな政策に協力できるかアホ、って話」

 

『っ……だが、だからって祖国を売り渡すなんてことが……! 今まで俺たちは、その祖国に、軍に、政府に……多くの恩恵を受けて来ただろう、それに後ろめたさや、罪の意識はないのか!』

 

「なくはない。でも、気にするほどのことでもない」

 

『な……!』

 

「それらにこだわってたら、救えるものも救えなくなる……それが一番やっちゃいけないことだ。……もうこの国に僕は、守る価値も意味も見いだせない。もうこの国が、自力でまっとうな道のりに戻ることはない……上の連中が揃いも揃って腐ってて、戻す気がないんだから。そして、この国がこのままである限り、泣く人が増える……だから、壊す。そう決めた」

 

もうこの国は、まっとうな方法じゃまっとうな形に戻れない。

 

加えて、この国が火元になって欧州全体に広げた戦火もどうにかしなきゃいけない。

 

国内の、何の罪もないゲールの市民の生活も守らなきゃいけない。

 

エイルシュタット他の国も、その国民生活ももちろん守らなきゃいけない。

 

そして……僕らの望みも、ないがしろにはしたくない。

 

これらの問題を一挙に解決したければ、一番確実な方法は……1つだ。

 

ゲールをあえて2つに割り、皇帝を含む現体制の老害共を生贄にして、一度ゲールを『滅ぼし』……その後で、欧州のコミュニティに同調する『新しいゲルマニア』として再興する。

 

欧州に平和を取り戻し、エイルシュタットも、ゲルマニアも、他の国も全部救って、守りたいもの全部守るために……

 

「僕は……ゲルマニアを含めて、全部救うために……ゲルマニアを、ぶっ壊す!」

 

 

 

その数時間後、先行して敵拠点や固定砲台等の設備を破壊しつくしたイゼッタが戻ってきて合流。戦闘機や長距離射程兵器をテオの『ガウェイン』が、地上の戦車などをイゼッタが『ランスロット』でそれぞれ担当していた。

 

そして、戦闘設備を破壊されてほぼ無力化された敵拠点を、現地の『自由テルミドール』や連合国軍、義勇軍や黒の騎士団が攻め入って制圧していった。

 

不利を通り越して敗北を悟ったゲルマニア軍は、残る戦力を逃がすために必死で撤退。

その最中、さらに設備その他を破壊しにかかるテオとイゼッタの追撃に会い、大半の設備を失い、時には投棄しながら……ゲルマニア軍は、テルミドール方面の戦線から全面撤退することとなる。

 

投入した戦力の大きさに比例して、それによって被ったダメージはすさまじいものだった。

 

突き刺すはずの鏃を叩きおられ、そればかりか多くの物資・資源を失うこととなったことは、ゲール軍の士気を大きくくじいた。

 

そればかりか、動員規模に見合ったリターンも全くなく、あろうことかテルミドール方面の占領地や準植民エリアを軒並み手放し、ゲール軍は『開戦時の』国境付近まで撤退した。

 

多くを失うはずだったはずが、逆に多くを手に入れ、勢いをつけた反帝国連合軍。

この日……戦争の流れが、変わった。

 

連邦の助けもあり、いくつか部分的な戦場において劣勢だったものの、大勢において優位を保っていたゲルマニア帝国は、この大敗北を機に、その勢いは衰え始める。

 

そこにあったのは、忠誠を誓った祖国を守るために、小国ながら戦い続けた1人の『魔女』と、民のため、世界の未来のために、裏切り者のそしりを覚悟で反旗を翻した『魔人』。

 

後の世にて、『ブラックリベリオン』と呼ばれることになる……歴史の転換点だった。

 

 

 

 

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