終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.50 視察と未来と交流

 

 

とりあえず一言……変装舐めとんのか。

 

イゼッタは……服装を町娘風のに変えて、伊達メガネをかけただけ。髪型とかそのまんま。

フィーネは……服装を町娘風のに変えて、髪を結って上げて帽子をかぶっただけ。

ビアンカさんは……フィーネと同じ。

 

……これでばれない、とでも思ってんのか、この主従は?

 

なぜか今日、視察に行くのに変装(笑)で現れたフィーネ達。そしてなぜか、僕らにも変装するように言う。これから行く視察はそうした方が都合がいいから、って。

 

何でも、場所が……ゲルマニア、エイルシュタット両方に近い地域で……しかし、今現在、うまいことその三国が手を取り合って歩み出そうとしている最中らしい。

 

エイルシュタットとは前々から親交があったし……ゲルマニアからは、戦時中の厳しい国家運営・政策に耐えかねた難民? みたいなのが逃げ出てきてるんだって。

 

で、その町は……その受け入れ政策を行っているらしい。

 

ゲールに占領されてたのに、そんなことをしているのか、できるのか……という疑問には、まあ、当然いくつか理由があるという答えを返そう。

 

まず、その町の占領統治は、非常に緩やかというか、穏便に行われていた。

ゲール軍人等による横暴とかもなかったし、統治する側として、きちんと警察その他の役目をこなしていた。不当な徴収なんかももちろんなし。

 

……なんたって、統治方針は僕が決めてたんだからね。

 

加えて、その後釜になった人は、ゼートゥーア閣下の息がかかった人だから、僕からの引継ぎ通りにきちんと丁寧な統治を進めてくれた。テルミドール国民に実害はほぼ出ていない。せいぜい、こちらで行政権力を掌握するため、一時的に条例その他が一部停止したくらいだ。

 

加えて、ゼロによって統治府が打倒され――さっき言ったように閣下の肝いりなので、殺さず追い出すにとどめた――自由を取り戻してからも、『ゲール全てを憎んではならない、それでは今もどこかでゲール以外の民を虐げている、悪しきゲールの者達と同じになってしまう』って感じに誘導してたから、ゲール国民だからって即敵とみなすような下地にはなってないのだ。

 

むしろ、そこからさらに道徳精神を発展させたようで、『困った時はお互い様』って助け合い、手を差し伸べる精神が根付いてる様子。……人間って、本質はやっぱり優しいのかもな。

はっきり言って、僕の想定を超えていい感じになってる。

 

で、だ。そこに、それらの国の首脳やそれに近い立ち位置にいる自分たちが行っては、驚かせるだけならまだしも、まだ戦争継続中なこの状況下、いらぬ刺激をしてしまうかもしれない、と。

 

じゃ、行かなきゃいいじゃん……って言ったら、今度はフィーネの頑固なところが出て……『そんな風に前を向いている人々を、この目で直接見たい』とのこと。

 

ま、言いたいことはわからなくもないし……それはまあ、良しとしよう。

だが、それならそれで……話が最初に戻る。その変装は何だ。

 

え、何? ランツブルックではばれてしまったけど、ここなら私のお膝元というわけではないから大丈夫? え、何言ってんのマジで?

 

……時々変装(笑)して城を抜け出してお菓子食べに行ってた?

それを……ばれてないと思ってたらばれてた?

 

……ごめん、ちょっと何言ってるかわかんないです。

 

なぜか悔しそうにしているフィーネと、苦笑いしながらそれを見ているイゼッタとビアンカさんが遠くに感じる。なんか、こう……理解できない分野の話をしてる感じ。

 

……まあ、いい。

あんたたちがここにいるってことは、少なくともこのスケジュールをジーク補佐官が決済したってことだろうから……………………さすがに抜けだしたりしてない、よね?

 

とりあえず、準備するからちょっと待ってて。

 

 

☆☆☆

 

 

開始前にテオの身を襲った脱力度合いとは裏腹に、視察自体は真面目なもので、滞りなく進んだ。

 

驚かせないため、刺激しないため、作業を中断させないため、などの理由で変装(仮)している状態で、遠巻きにではあるが、町の各所の様子を見る、というだけのものだが……それでも、この町が、フィーネ達の理想とするところに、他よりも一歩近い場所であることはわかった。

 

現地のテルミドール人と思しき中年の男性と、難民のゲール人と思しき同じく中年の男性が、土木現場で仲良く汗を流して働いている。

 

足を悪くしているらしいゲールの老婦人の手をひいて、テルミドールの若い女性が道路を一緒に歩いて渡ってあげている。

 

バス乗り場にテルミドールの妊婦さんが来た時、ゲールの若者がさっと立って席を譲っていた。

 

まだ戦争が終わっていないうちから見られる、お互いを思いやることができる心の発露に……フィーネ達は驚き、そして同時に感動していた。

やはり、人々は分かり合えるのだと。協力して平和な明日を形作ることができるのだと。

 

戦争はいつか、もうすぐ終わる、そしてその先に、過去を忘れず、しかし背負って、乗り越えて……この町のように、欧州が、やがては世界が手を取りあえる未来が来ると……そう、確信できたかのような笑みを、彼女たちは浮かべていた。

 

その様子を見て……テオは自分の仕事が、まだ一部ではあるが報われたような気分になった。

 

ちなみに……テオは、急ごしらえではあるが、ニコラ監修の元、フィーネ達よりもかなり気合を入れて本格的に『変装』を行っていた。

 

ファンデーションで肌の色を微妙に変え、ウィッグで髪色と髪型を変え、服の下にタオルを巻いたり、肩にパッドを入れて体型をごまかし、その上で服装でカモフラージュ。

 

特徴的すぎる眼帯は今回は外し、義眼を普通の目に見えるものに交換(だがこれも人造魔石製)。さらに、色付きメガネをかけてわかりにくいようにしてあった。

 

ニコラ曰く、本来なら事前に道具を用意するなど周到に準備し、人工皮膚などで人相を変え、手足に重りをつけるなどして歩き方を変え、特殊な塗料を手に塗って指などを覆い、指紋や掌紋が残らないようにする、とのことだった。声も意識して変えるよう、常に気を配るらしい。

 

 

 

予定箇所全ての視察を終え、あとは帰路に就くのみとなっていたフィーネ達だったが……その途中、彼女達に試練が訪れる。

 

それは……歯を食いしばり、拳をきつく握りしめ……鋼の意思で、どうにかその誘惑に打ち勝とうとしているフィーネの、視線の先にあった。

 

「……イゼッタ、説明プリーズ」

 

「え、えっと……ひ、姫様ってさ、甘いものが大好きで……特に、あのお店のパイがすごく好きなの。さっき言ったでしょ? ちょくちょく抜け出して食べに行ってたって……あの店になんだ」

 

「……ランツブルックの店じゃなかったの? ここ、町違うどころか国違うんだけど」

 

「おそらくは、人道支援か何かできているボランティア企業の1つなのではないでしょうか? 昨今、エイルシュタットとテルミドールは、相互にそういった支援交換を行って絆を深めている、という情報がございます」

 

と、後ろにビアンカと並んで従者ポジションで控えているニコラ。

 

『ああ、なる』と納得したテオは……視線をフィーネに戻す。

未だに、彼女の視線は……そこにあるカフェのテラスにくぎ付けだ。何人もの客が、小ぶりではあるが、まぎれもなくあの店のパイを注文し、食べている光景があった。

 

どうやらフィーネはアレを自分も食べたいようだが……

 

「……い、いや……何でもない、さあ、行こう……」

 

「目をパイから放してから言った方がいいと思うけども」

 

考えていることは、もう1つあった。

 

あのパイ……というよりも、出店しているあの店のメニューは、ここ、テルミドールの人たちのための食料であり、外から来た自分たちが持って行っていいものではない、ということだ。

もし自分たちがそうすれば、その分を減らしてしまうことになる。

 

この辺り、テオには割とわかりやすいことだった。

前世……『地震大国』『災害列島』とまで呼ばれた日本に住んでいたテオには。

 

何か大規模な災害が起こった時、当然ながら、その場所には食料などが不足するし、外部から支援物資として持ち込まれることになる。被災地の人たちが消費するために。

 

そんな時……例えば、他の県、他の地方から来たTV局のクルーが、行った先の現地で食料などを現地調達するようなことをすればどうなるか。食料が必要な被災地で、だ。

 

当然、叩かれる。許されるはずもなく。

お金を払ったからと言っても、関係ない。問題ではない。そこの人たちにとって、冗談抜きに命に係わる問題である『物資』を、よそから来て持って行ってしまうなど、問題外なのだ。

 

今フィーネは、それをわかっているからこそ、国内でも販売再開されていないあのパイを、大好物のあのパイを、美味しそうな匂いの漂ってくるあのパイを我慢しようとしているのだが……長いこと歩いて、各地の状況を観察して、程よく疲れた頭と体には抗いがたい欲求であるらしい。

 

テオが、振り切るまであと1分くらい必要だろうか、と思っていたところに、

 

「よろしければどうぞ?」

 

そんな言葉と共に差し出されたのは……大きめの皿に乗った、切れ端のようなパイだった。

 

どうやら、売り物用に切り出したものの残り……本当に『切れ端』のようだ。

それを、試食用に配っているらしく、フィーネ達のところにももってきた、ということらしい。入店しようかどうか迷っているように見えたのかもしれない。

 

「えっ? あ、い、いや、私は……」

 

「遠慮なさらずどうぞ? 無料ですし……食べていただかないと、もったいないです」

 

「そ、そうか……なら、うん……いただこう」

 

『MOTTAINAI』という大義名分を手に入れたフィーネは、つまようじのような串を取って、皿の上のパイを一切れ口に運び…………とても幸せそうな表情になった。

 

「ああ、マジで大好物なんだ」とテオが思っている中、口から鼻に抜ける香りや、舌に残る味、顎に残る感触、その余韻をうっとりと楽しんでいるフィーネに、皿を差し出した店員は、

 

「ご満足いただけたようで何よりです、フィーネ様。小さい切れ端で申し訳ありませんが……」

 

「いや、十分だ。久しぶりにこの味を……うん?」

 

直後、フィーネ一行の視線が、その店員に集中する。

そして、テオとニコラはとっさに身構え……残る3人、フィーネ、イゼッタ、ビアンカは……その店員の顔を見て、驚きに目を見開いていた。

 

「そ、そなたは……なぜここに!?」

 

「え、ええと……あれ? ランツブルックの……」

 

試食の皿を差し出してきたのは……まぎれもなく、フィーネ達が暮らす、ランツブルックの菓子店で店員をしていた、あの女性だった。恰幅がよく、物腰が柔らかで……頭に巻いた三角巾が印象的で、はっきりと思い出せた。

 

ついでに言えば、あの、フィーネ達が謹慎明けのビアンカを伴って菓子店に買い食いに行った日、フィーネの『お忍び』がバレバレだったことを暴露した張本人でもある。

それもあって、フィーネ達には間違えようもない相手だった。

 

「な、なぜここに?」

 

「うちの旦那の、菓子職人の修業時代のお仲間がこの町にいるんですよ。で、折角ゲールの支配から解放されて、復興も順調そうだから、その応援に……って、先週から来ているんです」

 

「さ、左様であったか……」

 

驚きつつも……フィーネやイゼッタは、嬉しくなっていた。

 

こんなところにも、変わりつつある世界の片鱗を見ることができて。

 

見ると、その後ろで……事情を察したらしい店の人間……おそらく、ここの元々の店員らしい年配の男性が、目立ちすぎないようやんわりとこちらに会釈をよこしていた。おそらく、件の『親戚』だろう。

それに、フィーネ達も笑顔や会釈で返す。

 

と、ふいにその表情が、何かに気づいたようなものになって……その男性の視線が、テオとニコラを見据えた。そして、嬉しそうに笑顔を浮かべると……先程よりも深くお辞儀をする。

 

……少しして、テオも、思い出す。

 

「……? 知り合いか?」

 

「あー、うん……前に、ね」

 

フィーネの問いに、少しどもりながら答えるテオ。小声でだが。

 

「前にほら、僕ここの占領統治担当してたことあったじゃん? その時にね、ちょっとだけ」

 

具体的に言えば……当時、テオは穏便な形で、きちんとテルミドール市民の権利・生活その他を尊重して統治を進めていた中だったのだが……どこにでも、それを解しない愚か者はいる。

 

ゲールの兵士のうち、粗暴な者が……敗戦国の弱者たるこの町の民、この店に対していちゃもんをつけていたのだが……そこに居合わせたテオが、手ずからそれを粛清しただけである。

 

 

『ノックしてもしもぉ~~~し?』

 

『おぱああぁぁ~~っ!?』

 

 

その兵士を捕まえ、ヘッドロックをかけながら拳で頭をぐりぐり、からの説教。

その後、上官への最敬礼じみた、統率された動きで部隊全員からの謝罪を受け取った店側は、怒りとか憎しみとか以上に、驚きで何も言えなかった。

 

しかしそれからしばらくして――具体的には、冷静な思考が戻ってきたくらいのタイミングで――ぶっ飛んだ中にも、きちんと自分たちのことを考えてくれた対応だったのかもしれない、と思ったのだった。ややファンキーだったとは思うが。

 

しかしその後も、テオらの目の行き届いた中で行われた占領統治は、何も思うところがなかったとは言わないものの、住人らが安心して毎日を過ごすことができる体制を作り出していたことはたしかだったのである。

 

そのことがわかっているからこそ、ゲールにも話の分かる者はいると知っているからこそ……この町の人々は、きちんと対話を、相互の尊重を重んじる者に対してならば、ゲールだろうと手を差し伸べるのだった。

 

フィーネ達はそれを聞いて、テオのやり方に苦笑しつつも……こんなところにも、相互に分かり合える社会の片鱗を見ることができたことを喜んでいた。

 

なお、フィーネは……それと同レベルの喜びを、数分後、店側から『お土産に』とパイをまるごと1ホール渡された時に味わうことになった。

 

最初こそ、先程述べた理由で渋っていたフィーネだが、

 

『実はこれ、反帝国のゲールの人たちからのルートで密輸されてる材料を使ってるんですよ。だから、その分のお返し、ってことで、ね?』

 

とのことであった。テオを見て、ウインクしながら。

 

そういうことなら、と受け取った(代金は支払った)そのパイは、その夜の会食のデザートとして出されることになった。

 

 

 

 

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