1940年6月1日
……最・悪。
タイミング……最っ悪!
何だってもー……よりによって、こんな時にこんなこと起こるかね……。
今現在僕は、前線各所の物資集積地その他の視察に来たところだった。
それ自体は、面倒ではあるものの、何かややこしいような、難しいようなこともなしにさっと終わるような仕事……の、はずだったんだけども。
その途中にて……僕は、特大のイレギュラーに襲われることになったのである。
まさか今日……兵站寸断を狙った、エイルシュタットの攻撃があるとは。
しかもそれをやってるのが……あの『魔女』、イゼッタちゃんだとは。
無線連絡で、どの戦線にもイゼッタちゃんが今日は現れないっていうから、てっきり疲労が限界に来たかな、と思ってたんだけど……働き者だなおい、別プランに全力出撃ですか!
ヤバい……このままだと、非常にヤバい。
今、僕がいるのは第11集積地。で、イゼッタちゃんは、突如として第19集積地に現れ、そこを襲撃して壊滅させた。普通の軍相手なら何とか持ちこたえられる設備も、さすがにイゼッタちゃん相手じゃ、足止めや時間稼ぎすら無理だった。
そのまま、猛スピードで東に飛び去ったって話だったから……順番に潰していくつもりだな、と直感した。そうなると次は多分……第12集積地。そしてその次に、ここ、第11に来るはず。
第12はもう無理だろう……しかし、このまま残りの2つ……11と4まで潰されたら、帝国軍に無視できないダメージが出る……。
何せここと第4には今、予定以上に多くの物資が運び込まれてる。ここを焼かれたら、今後の軍事行動が大幅に遅れることになるし、他の戦線にも負担が生じることになる。よくて戦線の後退……最悪、全軍での一時撤退すら考えなければならないほどに。
となれば必然……選択肢は1つしかない。
……迎え撃つしか、ない。かの……『魔女』を。
それも……この補給基地という、お世辞にも戦闘に適しているとは言えない場所と設備で。
……やれなくは、ない。
一応、策は……ある。
偶然に頼る部分が大きい上、各員の連携がドンピシャでうまくいかなければ実現不可能な……本来なら、十分な訓練の元で実行したい内容だけど。
参謀将校としては、『今からやれ』といきなりこんなものを部下につきつけるのは、上司にあるまじき非道だと考えているんだけども……幸いに、と言っていいのか、現場の部下たちは快くこれを承諾してくれた。僕に従う、と。命令をくれ、と。
……それなら僕も、やってやろう。
ここを守るために、最善を尽くそう。
……この日記の続きを書く日がくるとしたら……どういう形であれ、僕がこの戦いで生き残った時だろう。
さて、確率はどのくらいか……3割あればいい方だな。
でも、やるしかない。
やるしかないのであれば、成功させるしかない。
……よし、覚悟完了。
気楽に……うん、無理してでも気楽に行こう。
幸いにも、勝算ならあるんだから……魔女が相手でも、勝ちの目は、一応は。
………………僕を、囮にすれば。
☆☆☆
(よし、これで半分。戦う部隊じゃないからかな、いつもより楽かも……移動は大変だけど)
その作戦は、順調だった。
イゼッタは、事前の情報通り、物資がたっぷり蓄えられていた集積地を焼き討ちにした後……3番目の標的、第11集積地めがけて飛んでいた。
そして、その途中にある、公国軍の基地で、焼き討ちに使う兵器類の補充を行っていたのだが……そこでイゼッタの耳に、思わぬ報告が飛び込んでくる。
基地についたところで、慌てた様子で出てきた近衛の1人によって手を引かれ、基地内の通信室に連れてこられたイゼッタの耳に飛び込んできたのは……通信機越し特有の音質に変わった、しかしはっきりと聞き覚えのある、親友・フィーネ大公の声だった。
しかも、彼女が焦って伝えてくる、その内容は……
「そ、それ……本当ですか!?」
『ああ、確かな情報だ! 無線を傍受した情報通信室からの報告によれば、今からそなたが向かう第11集積地に、例の指揮官……ペンドラゴンが視察で来ているらしい! これは……千載一遇の好機だ! 敵の軍の頭を刈り取れる!』
興奮気味にそう言い切ったフィーネに代わり、今度は正反対の冷静な声で、ミュラー補佐官からの補足説明が入る。
『イゼッタ君、急に注文を増やしてしまってすまないんだが……』
「わかってます! その……指揮官さんのことですね」
『そのことなんだが……できればでいい、生け捕りにしたい。捕虜としての価値は計り知れないほどの人物だし……色々と聞かなければならないことがある』
「生け捕り……ですか? え、えーっと……」
イゼッタは、虚空をにらむ。考えてみれば、今まで……戦車にランスを突き立てて派手に爆散させたり、戦闘機を剣で切り刻んだりした記憶はあるが……捕獲するような行動を行った覚えはない……と、思い至り、不安になっていた。
しかし、それがフィーネのためになるならば、と、一瞬で思い直す。
敬愛する姫様のため……ひいては、この国の、世界のために、と。
「わかりました、やってみます!」
『頼む。無理なら討ち取ってくれて構わない、逃げられるよりはそっちの方がいい……もし捕獲できそうなら、腕や足の1本くらいなら吹き飛ばしてくれても大丈夫だ。人間、胴体が無事なら意外と死なないからな』
『ほ、補佐官……いくら何でも、ちょっと言葉を選んでですね……』
「はい! えっと……旅してた頃、野生の獣……野兎とか、鳩とか捕まえてさばいたりしたことありますから、できると思います!」
『そ、そうか……たくましいなそなたは。あと、さばかなくていいからな?』
魔女でありながら、その中身は田舎娘……を通り越して、サバイバルすらたしなんでいた野性味のある?ところを垣間見て、通信の向こうのフィーネや、周囲の近衛たちが引いていたことに、イゼッタは気づかない。
ミュラー補佐官の発言にもともとちょっと引いていた面々だが、今のイゼッタの大真面目な発言にもっと引いていた。
気づかない方がいい事柄であるので、まあ別に気にしなくてもいいだろう。
無線の向こうで、『ひょっとしてそのせいで殺生……戦場での命のやり取りにも耐性があるのかも?』と思っていたフィーネだが、再びその彼女に変わって、補佐官がマイクを取った。
なお、この男だけが今のやり取りで顔色一つ変えていなかったりする。
『武運を祈る、イゼッタ君。事態が事態だ、近衛に援護もさせるし、周囲にいる急行できそうな予備兵力も動かそう……近衛兵各位、全力で掩護してあげてくれ』
「「「はっ、お任せください!」」」
かくして、魔女イゼッタは……現状における公国最大の難敵、といっても過言ではない、『ソグンの悪魔』こと、ペンドラゴン少佐の捕獲に向けて動き出すこととなったのだった。
その胸の内に、この作戦が、この戦争を終わらせる大きな一歩になると、炎を燃やして……
……それが、敵の策略によるものだとも、知らないで。
『こちら観測班、コールサイン・スコープ3! 『魔女』イゼッタ、目視で確認!』
『スコープ2同じく。装備はいつもの対戦車ライフルに、周囲にランス十数本、燃料タンクと思われる円筒形の物体6つ確認、襲撃に利用すると思われます。飛行速度、目視300オーバー』
『こちらスコープ1。それに加えて、後方に投網の類と思しきものを確認。こちらの情報は正確に伝わったらしい、捕獲に使用する模様』
「そんだけ随伴して速度300オーバーとは……相変わらずのチートっぷりだな」
「はい? チート、で、ありますか?」
「あー、何でもない、忘れていいよ。それよりも、だ……どうやら連中、網なんて持ってきたってことは、きちんとこっちが流した情報をキャッチしてくれたらしい」
「はっ……わざと古い、敵に知られている秘匿回線を使って、簡単な暗号通信を送りましたから。連中、嬉々として利用しようとしたようですな」
「結構……さて、諸君」
その言葉と、振り向いた彼の視線に……その場に集まっていた兵士たちの顔が引き締まる。
「ここからが正念場だ。帝国の今後の戦線を左右する一戦だ。私も参謀将校として、この場の総責任者として全力を尽くす。ゆえに、君たちも全力をもってこの任に当たってくれると期待する。相手は、正規軍の大隊すら粉砕するかの『魔女』だ……間違っても、油断などできる相手ではない」
「その上で、私から君たちに頼もう……君たちの命、私に預けてほしい。撃てと言えば撃ってほしい、死ねと言えば死んでほしい、やれと言われたこと全て……死ぬ気で、死んでも、やり遂げてほしい。ここにいる……無論、私を含む、誰がどうなっても、作戦完遂のために動いてほしい!」
「我に策あり! 全ては……我々の後ろにいる、仲間の、民の、家族の、恋人の……守るべき全ての者たちのために、力を貸してくれるか!」
「「「はっ!」」」
一糸乱れぬ敬礼。覚悟を決めた顔。
それを見渡して……その重みを心に感じて……テオもまた、覚悟を決めた。
「よろしい……では諸君、戦争の時間だ!」
帝国の誇る、若き英傑の1人……『黒翼の魔人』。
彼に率いられた兵士たちの戦いが、始まった。
十数分後には襲い来るであろう、『魔女』に対し……戦車も、戦闘機もない、あまりにも非力な自分たちが……勝利をもぎ取るための、戦いが。